「やはりここですか」
トーカがゼノを撃退してからおよそ2時間後。キキョウ、イルミ、ミルキコンビをキルアをあやす片手間に撃破したり、襲いかかってくる使用人連中を纏めて料理したりした、トーカが最後に訪れたのがここ。トーカ専用に作られた訓練部屋だった。
トーカが部屋に入るとトーカが使っている訓練器具を手で触っているシルバが居た。
「最初は驚いた。何せ産まれた時から念を身に付けているんだ」
「当然ですわ。天才ですもの」
トーカは自分の長く美しい髪をかきあげた。
「ほんとにそうだな。お前がツボネを倒したと聞いた時、正直嬉しかった。そして先程は親父を倒したらしいな。お前は一体どこまで強くなるつもりだ」
トーカにとってそれは決まりきっていたことだった。どこまで強くなる?どこ、ということを強さには限界があるというのか。そんな事はない。強さに限界などありはしない。ならばトーカが返す答は───
「無論どこまでも、ですわ」
トーカがそう返すことをまるで知っていたかのようにシルバは笑った。自身の気持ちを笑われたと思ったトーカは少しむくれたが、すぐにシルバがオーラを練り上げたのを見て波紋を練る。
お互いがお互いの出方を見る状況。こんな状況でトーカが動かない訳がなかった。右足で踏み込み、一息でシルバに詰め寄るトーカ。それを受けてシルバは低く腰を落とす。
トーカが左拳を放つ。シルバはそれを受けようとして、下からも拳が来ていることに気付く。気付けば来ているのは下からだけではなく、右からも上からも迫っていた。シルバはすぐさま幻影を見抜き、真に迫っていた左から迫る左拳と下から迫る右拳を払った。
が、トーカは更に踏み込んだ右足で飛び上がる。両の腕は払われた後で攻撃できる体勢ではない。だが、シルバはトーカの攻撃を待った。この娘がこと戦闘において何の策もなしに動くはずがない。
攻撃してくる可能性が高いのは左足。だからこそシルバはその他に注意を向ける。そしてその瞬間はすぐに訪れた。
トーカの左足がピクリと動く。その瞬間、シルバの死角から2本のナイフがシルバ目掛けて飛んできた。
「ふっ!」
警戒に警戒を重ねていたシルバにとって死角から迫るナイフを避けるなど簡単すぎることだった。だからこそトーカがそれで終わらせる筈がない。
「釣られてくれれば楽ですのに。死なないことを祈りますわ!」
シルバがナイフを避ける、その僅かな隙の間にトーカの両腕は再び使えるようになっていた。そして突き出された両腕は全く逆に回り始める。
ゾルディック家の暗殺術の一つ。肉体操作。それを用いてトーカは突き出した右腕を右回転、左腕を左回転させる。間で生じる真空は破壊を生み、シルバへと襲いかかる。
「闘技・神砂嵐!」
トーカの想像より数瞬、遅れてからの必殺技。シルバは自分の目の前の空間が歪むのを感じた。それだけだ。それだけしかわからず、シルバは真空に引き裂かれながら後方に吹き飛んだ。
「やってやりましたわ!」
訓練場の石畳を破壊しながら吹き飛んでいったシルバの方へトーカが顔を向けると、その背後から蹴りが飛ぶ。気付けたのは正に勘としか呼べなかった。バキィ!という音ともに、トーカの身体がまるでトラックに跳ねられたかのように吹き飛ぶ。あまりの威力に受け身もまともに取れず、転がっていくトーカ。壁に衝突してようやくその衝撃を逃がす。
「中々の一撃だった。だが、俺を戦闘不能にさせたいなら赤くなった状態でやるんだったな」
服はズタズタに引き裂かれながらもその強靭な肉体には大したダメージをシルバは負っていなかった。
先程と全く逆の状況となったが、トーカの周辺の土煙が舞い上がる。
「じゃあお望み通りに、行きますわ!」
現れたのは皮膚を赤く染め上げ、ドルルン!というエンジン音にも似た音を出しながら蒸気をあげるトーカ。宣言と同時、シルバの視界からトーカが消える。
「確かにこれは、円を使わないと無理そうだな!」
意趣返し、と言わんばかりに背後からシルバへ蹴りを叩き込むトーカ。それをシルバはわかっていたとばかりにその蹴りを掴む。
そしてそのまま振りかぶり、膂力のままに地面に叩きつける。衝撃で地面が陥没しながらも叩きつけられたトーカは浮き上がる。
「次は俺の番だ!」
シルバは手のひらを前に突き出し、照準をトーカへと合わせた。その手が光り出したとき、トーカはその攻撃に遅れていた意識がようやく追い付いた。
「遅い!」
ゴバッ!と光の奔流が放たれ、トーカを包む。直線上に存在した壁はシルバの念により跡形もなく破壊されていた。シルバはそれを少し見た後、部屋の隅で荒く呼吸を繰り返しているトーカへと目を向ける。
「あれをよく避けたな」
「おかげで赤いのも波紋も解けましたわ」
ダメージでお互いを見ればシルバが有利なのは一目瞭然だった。だがシルバはむしろ警戒を強める。相手にしているのは何せ、相手の度肝を抜くことが大好きな我が娘なのだ。
「父さんが初めてですわ。私をここまで本気にさせたのは。後悔しないでくださいまし」
まだ奥の手がある、その事にシルバは自身が震えていることに気付いた。怯えているのではない、闘争を心から楽しんでいることに!
「はぁっ!」
ドン!という音ともに、トーカの周囲の石畳にビシリ!と亀裂が走る。目に見えていたトーカのオーラ量が爆発的に跳ね上がる。
「父さん、これからあなたを右ストレートでぶっ飛ばします」
その独特の呼吸音は、太陽のエネルギーを生み出し、トーカの全身を包む。
「真っ直ぐいってぶっ飛ばします」
皮膚は赤く、ドルルン!という奇怪なエンジン音と蒸気がトーカの身体から発せられる。
「文字通りの全力というわけか」
シルバは円の形状を自分とトーカを結ぶ直線上にのみ広げ、トーカを待つ。
「受け止めてくれるんですね」
「子供のわがまま一つ受け止めきれずに何が父親だ」
トーカは一度だけ、シルバに礼をした。そこには全てが篭っていた。故に、もう二人の間に会話はなかった。
「行きます!!」
最初の加速、オーラと波紋で強化された両足を包み、脚力の出力をあげる。それを二重の極みにより最高の加速を得る。
トーカの真後ろで大きな爆発が生じ、余波で壁がぶち破られる。一度の加速、それはトーカの集大成である。身体能力を一時的にあげる赤い状態で更に身体能力とオーラ量を爆発的に跳ね上げる技。その無理を効かせるために波紋とオーラで身体全身を包みながら更に脚力を強化する。最後に二重の極みで百パーセント、無駄のない加速を得る。ここが、これこそが今のトーカに出来る全て。
だがシルバは円を使用している。円の範囲内にトーカがいる以上はどれだけ加速しようが知覚できてしまう。右ストレートしか来ないのであれば、その右ストレートをいなす、受け止めるだけでトーカは衝撃により大ダメージを受けるだろう。それで今回の事件は終わりを迎える。と、シルバは考えていた。
それこそが、シルバ最大のミスだった。自分の娘の限界を見誤った。誰の娘かを考えていなかった。それこそが、シルバ=ゾルディックのミスだった。ゾルディック家の怪物娘は父親の想像で止まるものではなかった。
円を使用しているはずのシルバが気付いたのは、知覚出来たのは自らの顔面に愛娘の拳が叩き込まれているところからだった。
衝撃を逃がすことも、何故殴られているのかも、何もわからぬ空白の思考のまま次の刹那にはシルバは訓練部屋の壁を貫通し、廊下の壁を貫通し、外に植え付けてある、十数メートルの木々を薙ぎ倒しながらようやく止まる。
「さ、さす、が・・・だ」
聞こえるはずのない呟きを残し、シルバの意識は闇の中へ落ちていく。
訓練部屋の中で拳を突き出しているトーカは自身が開けた穴を見ながら「まだまだ」と自分を卑下した。直後、トーカの拳は割れ、肘から骨が飛び出してくる。
「前々から煮詰めていたけど、やっぱり念能力はこれですわね」
大量の血が吹き出る中、トーカは念能力を行使する。割れた拳は元に戻り、飛び出た骨は再びトーカの中に戻されていく。その光景は他人が見れば、まるで時間が巻き戻るかのようなものだった。
「それじゃあ父さん。悪いけど私はここから出ていくわ。もっと広い世界を見たいのよ。arrive derci、さよならね」
こうしてトーカ=ゾルディックは世に放たれる。彼女がこれから何を巻き起こすのか。それを知るものはまだいない。