深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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Act.02

 私がお泊まり会で一誠とイリナと寝ている理由には、密会のカモフラージュという理由もあるし、何の裏もなく一誠とイリナと仲良くしたいという思いもある。けれど、もう1つ、大きな理由もある。

 正確には出来てしまったというのが正しいけれども、これも私にとっては大きなターニングポイントだったと思う。故に私は眠る時は一誠と手を繋いで眠るようにしているのだ。こうしていれば“彼”の夢へとお邪魔する事が出来るから。

 

 ――紅蓮の、灼熱の夢を見た。この夢は“彼”の心象風景。

 

 燃えさかる紅蓮の炎、その紅蓮の炎の中に浮かび上がるのは巨大な影、その影は“赤き龍”だ。

 私は“夢”の中へと入り込めたのを確認して、体を動かす。泳ぐように体勢を整えていると“赤き龍”がこちらへと視線を向けた。

 

『……来たか。“夢幻”の娘』

「失礼します。――“ドライグ”」

 

 そう。この赤き龍こそ、神や悪魔が恐れ、今なおその名を世界に残す“二天龍”が一角、『赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)』 “ドライグ”である。

 今は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』にその魂を封じられている筈のドライグと私がこうして対面しているのは、一誠に触れる事でその内部に存在している“赤龍帝の籠手”にアクセスし、私の意識を夢という形で送り込んでいるからだ。

 そう、これが私がお泊まり会を定期的に続けている理由の1つ。“赤龍帝の籠手”に封じられているドライグの意識へと訪問がする目的である。

 

『……“夢幻”のは来てるのか?』

「まだ来てないですけど、その内来るかと」

『……そうか』

 

 “夢幻”の、というのはグレートレッドの事だ。私と夢を共有しているから、私がドライグの夢に入り込んでる事を知ればその内入り込んでくると思う。

 それを聞いたドライグは、深く、深く溜息を吐いた。哀愁すら漂わせるその姿に私は思わず目を逸らしてしまった。

 そもそも、私がドライグの夢に入り込むようになったのは私自身の思いつきではない。言い出したのはグレートレッドだ。つい、私は発端となったその時の出来事を思い出してしまう。

 

『我が夢。我はドライグに会いたい。なので会いに行こう』

 

 一誠やイリナとも仲良くなり、お泊まり会が数回行われたぐらいの頃だっただろうか。唐突に夢の中でグレートレッドに私は話を持ちかけて来たのだ。私は「は?」と思わず間の抜けた声を上げてしまったのを良く覚えている。

 そして、あれよこれよとしている内に一誠の内に眠る“赤龍帝の籠手”の中にいるドライグへと接触を果たし、グレートレッドと共にドライグの意識へと接触を果たした。夢という形で。

 夢の中へと入り込んだ私達を見た時のドライグの驚きっぷりは凄かったと、私は今でも覚えている。

 

『なんだ、この気配は……何が神器内の俺に干渉を? ……この力は、まさか!? お前は、グレートレッド!? 何故ここに!?』

『ドライグ。久しい』

『答えろ! 何故、お前がここにいる!』

『ドライグ。会いに来た』

『は?』

『ドライグ――未来の“おっぱいドラゴン”。我、ドライグに期待している』

『……き、貴様! 何を言っている!? お、おっぱいドラゴンだと!? この俺を、そう呼んだのかグレートレッド!!』

『ドライグ、可哀想なドラゴン。ドライグ、面白いドラゴン。ドライグ、ドライグ、おっぱいドラゴーン』

『貴様、本当にグレートレッドか!? 突然やって来て、なんなのだ貴様ぁああああ!! 馬鹿にしているのかぁああああ!!』

 

 怒りに震えながら咆哮するドライグに、私は思わず白目になってその場で震えた。意識を失えれば幸せなのに、とあれ程に思った事はない。

 そのまま夢の中でドライグとグレートレッドが喧嘩、というか一方的にドライグが突っかかっていたんだけどもグレートレッド曰く、封印されて、“夢”という領域で我に勝とうなど片腹痛い、とぷちっ、と潰していた。うん、本当にぷちっ、と。

 それから楽しそうに“私”の事を紹介し、“原作知識”をドライグへと面白おかしく伝えだした時は私は畏れ戦く事しか出来なかった。私は必死に止めようとしたよ! そしたらドライグはどうせ神器の中から出られないから話しても問題ないとか言うし! 大問題だよ! ドライグの心境的に!!

 

『ドライグは将来、おっぱいドラゴン、乳龍帝になる。我、楽しみ』

『馬鹿な……馬鹿な!! 俺はそんな未来、認めんぞ! 俺は、俺は偉大なる二天龍!! “赤き龍(ウェルシュ・ドラゴン)”だぞ!! それが、それがおっぱいドラゴン!? 乳龍帝!? おっぱいで強くなっていく宿主だと!? 信じられるか……信じられるかぁああああああ!!』

『真実はいつだって残酷。ずむずむいやーん』

『止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、その指の動きを止めろぉぉおおおおおおおッ!!』

 

 グレートレッドに足蹴にされながら藻掻くドライグを見て、私はその場で震える事しか出来なかった。あれはまさしく悪夢だった。私にとっても、ドライグにとっても。

 グレートレッドとしてはドライグを気に入っているらしい。だからこそドライグと親しくなりたいと言い出したんだけど、第一印象最悪過ぎるよね!? 親しくなる気ないよね!? とツッコミを入れたけど、グレートレッドはマイペースで、私の言葉など聞く耳持たなかった。

 すっかり意気消沈して、現実逃避を始めそうなドライグを見て、流石に心が痛んだ私は必死にドライグのメンタルケアに回った。その間にからかい続けるグレートレッドを本気で殴り飛ばしてやろうと何度思った事か。

 それから度々、ドライグの所を訪ねたがるグレートレッドを少しでも抑える為、月に何度か行われるお泊まり会の度に神器の中に意識を送り込む私とグレートレッドと、精神を疲弊させていくドライグという構図が生まれてしまった。正直、本当にドライグには申し訳ないと思っています……。

 

『聞いてくれるか、夢幻の娘よ。俺の声は未だに相棒には届かんのだ……才能なさ過ぎだろ、俺の宿主。なのに……なぁ、宿主の小僧にお前の血を与えるのはダメなのか? それなら多少はマシになるだろ?』

「う、うーん……」

『頼む、夢幻の娘よ。力を貸せというなら貸す、眷属になれというのなら宿主である小僧も説得しよう。だから、頼む、おっぱいドラゴンだけは、乳龍帝だけは……そんな未来だけは回避して欲しいのだ……! お前からも、お前からも宿主の小僧を導いて欲しいのだ……! でなければ、俺は、俺は……! はぁっ……はぁっ……!!』

「ど、ドライグ! 深呼吸! 深呼吸をして!!」

『はぁっ……はぁっ……頼む、夢幻の娘よ……! このままでは俺は狂ってしまう……!!』

 

 必死過ぎて眼光が凄く怖いです、ドライグさん。気持ちは、気持ちはわかるけど! というかごめんね! 本当にごめんね! 私だって居たたまれないよ!!

 そうしていると気配を感じた。それはグレートレッドの気配だった。振り返るとそこには――おっぱいがあった。

 ふわりと靡く赤い髪、正に絶世の美女というべき姿の女性が胸をはだけさせるような衣装を身に纏い、自信ありげな笑みを浮かべて腕を組んでおっぱいを持ち上げている。

 

『ドヤァ……』

「何がドヤァ、よ! この駄龍!! いい加減、その姿を止めなさいって言ってるでしょ!! あと隠しなさい、胸ェ!!」

 

 

 私は思わず怒声を上げる。これが最近のグレートレッドの姿だ。何をトチ狂ったのか、今の女性の姿……もっと正確に言うと私の知る“リアス・グレモリー”を元にしてグレートレッドが象った姿。龍の要素なのか、頭部に龍と思わしき角があったりするので細部は違うけど。何でも、私のイメージを借りたとか宣った時は目眩がした。

 確かに色彩は紅というよりは赤で、色合いは違うし、表情や感じる雰囲気は別物だけど。なんでそんな姿を取ったかと聞けば、ドライグにおっぱいの素晴らしさを理解させる為とか言い出すし! 本当に、本当にもう!!

 グレートレッド曰く、自分に性別という概念はなく、なりたいと思えば何でもなれるから姿形に意味はない。姿形に宿る夢こそが本質だとドヤ顔で語っていたけど、本当にもう頭が痛い。後ろでドライグが痙攣し始めているし!!

 

『お、おっぱい……お、おっぱい……!!』

「ドライグーっ!! 目を閉じなさい!! もう、もう! グレートレッド! いい加減にして!!」

『我、おっぱいドラゴンを諦めない。ドライグは乳龍帝。これは不可避の未来。我は確信している。おっぱいには夢が詰まっている。おっぱいは浪漫』

「ドラゴン虐待よ!! 弱い者虐めしないの!!」

『弱い者虐め……二天龍と呼ばれた……この俺が……弱者……所詮……真なる龍から見た俺は……トカゲか……ふ、ふふ……何が二天龍だ……』

「あーーーーーー、もうっ!! 面倒くさい!!」

 

 もう、私にどうしろって言うのよ! このドラゴン共は!! いい加減にしろ!!

 

 

 * * *

 

 

「……落ち着きました? ドライグ」

『あぁ、無様な所を見せたな……』

 

 意気消沈したドライグが平時の精神状態に戻るまで時間を費やし、リアスは溜息を吐いた。先程まで“リアス”を元にした姿を象っていたグレートレッドは小さな小龍のような姿を取り、リアスの肩に止まっている。

 そんな姿を見てドライグは不思議に思うものだ。あの偉大で、何を考えているかもわからないグレートレッドがこんな性格だったのも、そのグレートレッドにとって“娘”と言える者が悪魔だと言うのも。

 神器の中に封じられてからというもの、宿主が自分に気付くまで外からの刺激が少ないドライグにとって彼女たちとの触れ合いは実に刺激的だ。最初に邂逅した時から驚かせてくれる。良い意味でも、悪い意味でも。

 

『さて、それでは始めるとしようか』

「お願いします。ドライグ」

『何、夢の中とはいえ――』

 

 ドライグが翼を広げる。牙を剥いて威嚇するように。それは笑っているようにも見えている事だろう。

 

『――全力で力を振るえるのだ。今回は何分持つ? 夢幻の娘!』

 

 そう、これがリアスがドライグの夢に潜り込む訳。

 夢の中で再現された“最盛期のドライグ”。彼女は、夢の中でドライグに稽古をつけて貰っているのだ。

 これはリアスからドライグに申し出た事だ。夢の中でも良い、自分の修行相手になって欲しいと。これを受けたドライグは大笑いしたものだ。二天龍の、それも最盛期であった自分を相手に修行をさせろ、と言う“赤龍神帝の娘”を。

 神器に封じられ、自らで力を振るう事が出来ないドライグにとってそれは面白い提案だった。夢の中とはいえ、自分はかつての力を振るう事が出来て、あちらは修行の相手を得る。更には自分の宿主である少年に便宜を図ってくれるというのだからは、ドライグにとって破格の取引であった。

 こうして始まったリアスとドライグの擬似的な師弟関係は、今の所は良好である。そこにグレードレッドという愉快犯が付いて来なければドライグにとっては都合の良い関係なのだが、残念ながら現実は厳しい。

 全てはおっぱいドラゴン、乳龍帝などと呼ばれるという未来を回避する為に。その為にも、この娘とは仲良くしておかなければならないという脅迫概念がドライグの中に密かに存在している。

 

「――『悪魔の手(デモン・ヴェアリ)』」

 

 リアスの手に腕輪が出現する。夢の中はイメージに左右される。これは現実の戦いではなく、どれだけ己を確かに出来るかという戦い。慣れ親しんだ自らの力の源を呼び寄せ、リアスは叫ぶ。

 

「Boost!」

『Boost』

 

 体に流し込んだ魔力を自らの無色の力と掛け合わせる事で力と為す。一気に膨れあがったリアスの気を受けながらドライグは楽しげに笑う。ここからは闘争の時間だ、何よりも楽しい喧嘩の時間、自分に追いすがろうという夢幻の娘との楽しい楽しい一時だ。

 

『ははは! ふははははははっ!!』

「行きます、ドライグ――!!」

『来い!! 前よりも保たせてみせろよ!!』

 

 これは赤き龍達の、楽しい楽しい龍舞。夢の一時でしか味わえぬ過去の残影。未来へと続く礎の夢遊戯。

 

 

 * * *

 

 

 もう少しで卒園。小学校に上がる準備をしなきゃな、と漠然と考えている時だった。

 すっかりクレーリアさんの家での生活に慣れた休日。仕事でクレーリアさんが家を空けていたので家には私一人。

 今日は取材で夜まで戻らない、とメモ書きが残されていた。世間の情報を求める事に貪欲なクレーリアさんの事だから、張り切ってるんだろうなぁ、と用意されていた食事を取る。

 そのタイミングで、転移魔法陣がリビングに展開された。感じ慣れた魔力に私は笑みを浮かべる。

 

「いらっしゃいませ、お兄様」

「やぁ、リーア。久しぶりだね」

「私もいるわよ、リーア」

「お義姉様まで」

 

 転移魔法陣から出てきたのはお兄様とグレイフィア。私服姿なのを見ればオフでの来訪なのだろう。それならそれで事前に連絡が欲しかった所だけど、まぁ、今更言っても聞きはしないんだろう、と思うので諦めた。

 再会のハグをしてから、朝食の途中だった私は食事を終わらせて、その様子を眺めていたお兄様とお義姉様に向き直る。

 

「今日はただのお忍びで?」

「まぁ、それもあるがね。色々とリアスに話があってね」

「……真面目な話って事ですね」

 

 私は居住まいを正してお兄様を見つめる。突然の来訪も、何かが起きた為の来訪なのだろうと、まだ少し朝で寝ぼけていた意識を切り替えるように深呼吸をする。

 お兄様も普段の優しげな雰囲気も成りを潜めて、隣にいるお義姉様もオフの雰囲気から『女王(クイーン)』としての振る舞いへと戻る。

 

「話は色々あるが、リアス。まずはこの地でお前が提唱したシステム、その成果については私は非常に満足している」

「勿体ないお言葉です。それに、私はアイディアを出して、実行したのはクレーリアさんです。賛辞を送るなら私ではなく、彼女に」

「無論、彼女は良く働いて貰っている。報いなければいけないと思っているよ。だが……」

「……だが?」

「少し、上手くいきすぎたな」

「と、言うと?」

「大王家に目を付けられた」

 

 お兄様が端的に言った一言に私は目を細めた。大王家、つまりはバアル家。元々、この地はグレモリーとバアルの共同地域であった。主にグレモリーが工面していて、バアルの関わりは最近は薄かったのだが、まったくという程皆無ではない。

 2年。むしろ保った方だと思う。動きが無かったのが逆に不気味に感じている程だった。私達も目立たないように密会などで活動していた訳だけども、遂にか、と思う。

 

「やはり年寄り方には、リアスの方策は疑問を呈するものであってね」

「必要以上に教会側と馴れ合いすぎだと?」

「我等は本質的に相容れない。相容れてはいけない。聖と魔は相反する間柄でなければならない。……というのが、お偉いの言葉でね。私も今は雌伏の時、我等の体勢が整うまでの一時的な処置、或いはモデルケースとして独自に進めていた事で悪魔全体に広めるつもりはないと言ったんだがね」

「“まだ”、でしょう?」

「それが効果的なら、どうなるかわからないなぁ」

 

 戯けて言うお兄様に私は溜息を吐く。相変わらず食えないお人だ。

 実際に上手くいくかは私にもわからない。あくまで私とクレーリアさん、教会関係者に理解がある人達がいてくれたから上手くいっていただけに過ぎない。場合によっては変わってしまうだろう。この在り方は異質で、異端なのは間違いないのだから。

 しかし、悪魔の命を必要以上に散らす事を防ぐ事が出来ると私は思っている。戦争で数が激減して、その勢力を大きく削いだ悪魔にとって時間が必要だ。それ以上に眷属を含めて悪魔が滅ぼされる要因は出来るだけ削る必要があるのだと訴えたい所だ。

 

「それにベリアル家にもこの話が届いてね。あちらは中立の立場を取ってはいるが、やはり運営そのものには疑問を呈さずにはいられないそうだ。何より、ベリアル家の者が関わっているとなると、ね」

「……クレーリアさんは愛されていますね」

「彼女もまだ若い悪魔だからね。恐らく、既に本人は実家から手を引くように説得でもされているんじゃないかな」

「そういった素振りは見せていませんでしたけど……」

「ともあれ、見直しが必要になった訳だ。そこで私が提案したのは、この件はグレモリー家が全ての責任を担い、何かあればグレモリーだけがその責を負う事を条件に、正式に教会側に打診を考えている」

「それって……」

 

 思わず目を瞬かせる。それはつまり、この地はグレモリーのみが統治し、この地で何があろうとも他の悪魔は関与しないし、その責任はグレモリーだけの責任になると言う事。それが何を意味するのか私は朧気ながら理解した。

 私の様子にお兄様が頷く。代わるようにして、お義姉様が私に書類を出してくれた。私は手にとって内容を確認する。

 

「クレーリア・ベリアルを管理者として解任、この地から手を引いてもらう。その代わりに――リアス。君がこの地の管理者となるように私は提言した」

「……私が」

「だが、君はまだ若い。学校にも通っていない。ましてやお前は“グレモリーの無能”、“グレモリーの眠り姫”。本当にその資格があるのか、疑問を抱いても何ら不思議ではないだろう」

「では、どうしろと?」

 

 私の問いかけに、お兄様はそれは、それは楽しそうに笑っている。悪戯を思い付いたような楽しそうな顔で。

 

 

「ならば証明すれば良い、という話だ。リアス・グレモリー」

「……はい」

「魔王サーゼクス・ルシファーが命を下す。この地の管理者である資格が自分にあるのだと証明するんだ。いい加減、無能を装うのは終わりにしよう。お前を迎える準備は整った。父上達も背中は任せろ、との事だ」

「……それは、つまり」

「――“暴れて”良いぞ、リーア」

 

 

 大きく、運命が動き出す。今、嵐の前触れの静けさは終わりへと向かおうとしている。

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