冥界には大きな衝撃が走っていた。とはいえ、それは全体に知れ渡るような事ではなく、主に政界や上流階級の者達の間で広がったものではあるが。だが、それでも冥界を大きく騒がせたのは事実である。
リアス・グレモリーが有力な若手であるフォカロル家のコーネリアを下したという話だ。今まで無能とされていた“グレモリーの眠り姫”が圧倒的なまでの実力差を見せ付けて勝利したという話には誰もが耳を疑い、それが真実だと知れば驚愕を顕わにする。
まるで巣を突いたような騒ぎを見て、サーゼクスを含めたグレモリー家の関係者は鬱憤が晴れたように清々しい顔をしていたという。今まで虐げられ、貶められてきた可愛い姫が漸く、と言わんばかりであった。
しかし、それは一気にリアスへの注目を集める事に繋がり、リアスが見せ付けた力は異質な気配を悪魔達に感じさせた。悪魔でありながら別の、それこそ龍を連想させるような角や力にリアスへの疑念を募らせる者も次第に増えていくのであった。
その話題のリアスは今、何をしているかと言えば……人間界にいた。
「で。実際、どうなんだ?」
「んぃ?」
アジュカは目の前で食事を頬張るリアスに疑問を投げかける。サンドイッチを頬張っていたリアスはアジュカへと視線を向けてから、ごくん、と口の中のサンドイッチを飲み込んで吐息を1つ、口についたパン屑を舐め取る。
リアスは懐かしくも慣れ親しんだアジュカの隠れ家で過ごしていた。リアスの体の検査もあるが、今の冥界は少し騒がしい為、リアスを冥界から離す為の処置でもある。
「……どう、って。何がですか?」
「お前の力だよ。やっぱり“視て”もよくわからなくてな。お前の感覚として、あれは一体どういうものなんだ?」
「んー、と。まず、私がグレートレッドと魂が繋がってて、グレートレッドの力の受け皿となる為に悪魔の体をベースに変質してるのはアジュカ様もご存じだと思うんですけど」
「あぁ、そこまでは俺も把握してるな」
「簡単に言えば、あれはただの“思い込み”です」
「思い込み?」
リアスは喉を潤す為にお茶を手に取り、喉を鳴らせるようにして飲む。そして改めて訝しげな顔をしているアジュカへと説明を続ける。
「自分を変質させる程の思い込みですよ。グレートレッドの力は無色の力ですけど、同時に何色にでも染まる事が出来ます。私の体に宿る無色の力を、私の意志という色を乗せる事で方向性を持たせたんですよ」
リアスの力はグレートレッドに由来する無色の力だ。夢幻より生じたこの力を引き受ける為にリアス・グレモリーという悪魔の肉体をベースに変質している。故にリアスは魔力を持って生まれず、無色の力の塊とも言える存在として生誕した。
グレートレッドは夢幻より生じた龍神であり、意識を持つ者達の共通認識、或いは無意識下での夢などが現実を侵蝕する程の強度と存在を以て君臨する存在である。
そのグレートレッドの力を引き受けているリアスの性質も、実にこの性質と酷似している。但し、グレートレッドと違って、リアスの存在は現から始まっていて、そこから夢幻の力を振るえるように変質した為、グレートレッドとの成り立ちとはある意味で真逆の存在とも言える。
なので、リアスがグレートレッドの力を振るうには二通りの方法があるという。
「1つはアジュカ様も知っての通り、既存の力を持つ媒体に私の力を注いで強化する事です」
「じゃあ、2つ目は?」
「私が現実を侵蝕する程に、私自身を変じさせる程に思い込んで存在を変貌させる事です。私の体は無色の力の受け皿になる為に変質していて、無色の力を変じさせれば何にだってなる事が出来ます」
「それで龍に変質したって事か?」
「私はグレートレッドの娘だとドライグに言われました。なので龍と悪魔、その中間である姿こそが私の本質を顕す戦いの形態に向いてる、と言われて」
「以前、暴走した時も半龍化してたもんな」
アジュカの呟きにリアスは眉を寄せた。あの時の記憶は自分にとっても忌々しい記憶なので、あまり掘り起こしたくない。そう言わんばかりのリアスの表情に気付いて、アジュカがすまん、と漏らす。
いえ、と気にしてないように返しつつ、リアスは気を取り直す為にお茶を口に運んだ。
「あの時は、私が自分が自分である事を否定して、ただ力を暴走させた結果、強いイメージに引っ張られた結果、……で良いのかな。すいません、ともかく思い込んだら龍になれるようになりました、が一番簡単な説明です」
「随分とアバウトだな」
「本当に思い込んだら出来るようになったんですよ。お陰でドライグに龍の在り方とか、心得とかを叩き込まれて散々な目に遭いましたけど。何でも、お前は甘ちゃん過ぎるから多少は強欲で、傲慢に振る舞うようにしてみろって言われまして」
「そりゃ良い。お前は遠慮が過ぎる時があるしな」
「ただ……」
「ん?」
言い淀むリアスにアジュカは目を細める。どこか言い難そうにリアスは唇を引き結び、溜息を吐き出しながら言葉を紡いだ。
「下手すると、戻って来れないんですよ」
「戻って来れない?」
「龍寄りの精神から。一種の暗示なんですけど、私の中から生じたものなんで、私の一面というか……ともかく、あれは私の激しい、苛烈な部分が表面化したって表現が合うんでしょうか。そこから戻って来れなくなりそうな時があるんですよ」
「戻って来れないと、どうなるんだ?」
「龍から戻れなくなります。一応、今の所は時間をかけたり、龍の気を抜けば問題はない、とは言われてるんですけど……」
「龍になったまま、戻れなくなる可能性もあるって事か」
「……はい。ただ、結局私は今の状態が基本なので、ここに戻ってくるだろうとはグレートレッドも言ってました。私が私であろうとする限り、見失う事はないって」
「逆を言えば、見失ったらお前は龍から戻れなくなって、今のお前ではいられなくなる可能性もある、って事か」
「……そう、なりますかね」
どこか実感の無さそうにリアスはぽつりと呟く。そんなリアスを見て、アジュカは微笑みかける。
「なぁに。お前が謙虚のままでいれば良い。お前はお前だ。多少は我が儘や、我を通すような場面は必要でも、今のお前を忘れなければ大丈夫さ」
「はい」
「だから甘える時は甘えろ。無理はするな。辛かったら吐き出せ。怖かったら頼れ。お前の力が精神に由来するっていうなら、安定させておくにはお前が素直に言わないと保てないぞ」
「わかってますよ」
ぶぅ、と頬を膨らませるリアスにアジュカは笑みを浮かべて、喉を鳴らせるのであった。不満げにアジュカを睨んでいたリアスだったが、ふと何かを思い出したように顔を上げる。
「そういえば、結局私は管理者になれそうなんでしょうか?」
「ん? あれだけやれば早々文句も言えないだろう。グレモリー家も補佐に回るとは明言してるしな。サーゼクスもジオティクス様も眷属の何名かも派遣するとか言ってたし、運営に関してもグレモリーが一手に引き受けるなら、何かあっても知らんぷりで良い訳だしな」
リアスの示した実力は若手とはいえ、有力の悪魔を一蹴する程の差を見せたのだ。これに表立って反発しようとする悪魔はいないとアジュカは見ている。悪魔社会は力社会、力があれば発言権があるのだ。リアスの力は十分に及第点を得られるだろう、と。
それにリアスをどうにか出来たとして、リアスはサーゼクスの妹だ。サーゼクスの不興を買うのは誰も遠慮願いたいだろう。サーゼクスはかつての冥界の英雄にして、現魔王。敵に回すには余りにもリスクが大きすぎる。
逆に、それでも表立って動く者はリスクを勘定も出来ない馬鹿者か、余程の力を持った勢力かに絞られる。後者であるならば、それこそ表立って動く事はないだろう。動く時はサーゼクスを引きずり下ろそうと決起する瞬間だ、とアジュカは推測している。
「実際、過激派というか、和平と言って反発しそうなのってどれぐらいなんでしょうか? 悪魔界隈の中でも」
「勢力自体はサーゼクスが押さえ込んでるから、そう大きくはないんだがな。今は若手というか、若い悪魔に政治を担わせようとする動きもある。だからこそ、前の大戦を経験してない者も政治に参入してきてる。恨み辛みより、喪失によっての被害に目が行く者も多い。今更戦争を起こそうとしたって望まない奴が半数以上さ」
「そうなんですか」
「現実を見てる悪魔は結構いるさ。大戦の経験者で天使や堕天使が憎いって言っても、利益があれば背にナイフでも握りながら握手するぐらいはやってくれる」
「そうですか。やっぱり利益が必要ですよね……」
「利潤で戦争してる間は良いんだけどな。これが感情で戦争をするとなると泥沼だ。崩そうとするのは簡単でも、作ったり保ったりするのは壊すよりも困難でね。周囲の被害も考えないで暴れ回るのは本当に楽さ。後を残す事を考えなければ全てを燃やし尽くしたって良い訳だしな」
「自殺なら1人でやれ、って感じですね」
「ごもっともだ。俺としてはさっさと戦争だの政争だのどうでも良いから趣味に没頭させてくれ、とは思うがね。好んで争いたい奴は次元の挟間ででもやってくれとでも言いたいさ」
「あははは……」
アジュカ様らしい、とリアスは苦笑する。でも、とリアスは思う。自分も決して争いたい訳じゃない。戦うには龍へと変じさせなければ余りにも自分は弱すぎる。それに龍になった時の高揚感にリアスは恐怖も感じているのだ。
戦う事が楽しい、力を振るえる事が楽しいと。強くなっていく感覚と、自分が感じる痛みや、相手から向けられる様々な気。その色濃い感覚が自分に生きているのだと実感させてくれる。
気をつけなければ本当にクセになってしまいそうだ、とリアスは不安に思っている。戦場での死の気配と、生の実感と渇望は劇薬に為り得る、と。
「もし……」
「ん?」
「あ、いえ。その、もしも世界が平和になって、戦争とかもとりあえず起きそうになかったら何をしようかなぁ、って」
「リアスは何かしたい事とかないのか?」
「うーん……コレと言って。グレモリー家に相応しくはありたいと思ってますけど、これは目標で、やりたい事とは少し違いますし……」
「ゆっくり探して行けば良いさ。まぁ、まずは目先の問題を解決しなきゃいけないがな」
「それもそうですね」
リアスとアジュカとの何気ない雑談が続き、リアスは久しぶりに落ち着いた時間を過ごすのであった。
……それから時は流れ、リアスがその力を見せ付けた日から数えて1ヶ月程の間を開けたその日。リアスが正式にクレーリアの後任となり、管理者としてその名を表明する事が決まったのであった。
* * *
私が管理者になる事が決定してから、少し時間が経った。引き継ぎの関係で学校に入学したは良いものの、実家の都合で休むと伝えて通う事も出来ていない。その忙しさも漸く落ち着きそうではあるのだけど。
私が管理者になる為の引き継ぎは、クレーリアさん本人ではなくてクレーリアさんの『女王』である美麗さんを通しての引き継ぎだった。クレーリアさんは一足先にベリアル本家に戻っていると聞いた私は、何も言えなかった。
美麗さんは特に何か言及する事は無かった。ただ、クレーリアの事は私達、眷属が何とかするから、と頭を撫でられたのが印象深い。またいつか、と再会の約束をして美麗さんは駒王の地を去っていった。
「さて、と」
私は管理者といってもまだ素人だ。後でお兄様とお父様が派遣してくれた眷属達と打ち合わせをしながら、この地の運営をしていく事になる。
その前にやらなければならない事があった。それは、教会関係者への挨拶と報告だ。管理者がクレーリアさんから私に変わった事を伝えなければならない。
それに前々から考えていた事もあるし、これを機にとセラフォルー様に相談し、許可は貰っている。後は教会関係者からOKが貰えれば良いんだけど……。
そして私は教会へと足を踏み入れる。相変わらず素の状態だとあまり心地良くない場所だと眉を顰めるも、悪魔である以上は致し方ないと割り切って奧へと進む。
中に入ると案内役のシスターがいて、私は指定された部屋へと足を踏み入れる。そこにはトウジさんと八重垣さん、そして拝戸牧師の3人が待ちかまえていた。
「此度はこちらのご都合でお集まり頂き、真にありがとうございます。拝戸牧師」
「用件は何だ? リアス・グレモリー」
巌のような顔に一切動かない表情。睨め付けているようにも思える表情は、最初会った時には恐ろしい限りであったけど、今はそうでもない。少しは不貞不貞しくなったのだろうか、と思いつつも本題を切り出す為に口を開く。
「この度、正式に私、リアス・グレモリーがこの地を管轄する悪魔に任命されましたので、その交代のご報告と改めてのご挨拶を」
「……え?」
寝耳に水、と言った様子で呆けた声を出したのは八重垣さんだった。私は敢えて八重垣さんへと視線を向けないようにしつつ、まとめ役である拝戸牧師へと視線を向けたまま続ける。
「成る程……な。それで?」
「私は前任者のクレーリア・ベリアルと違い、自分の眷属を持っておりません。暫くは私が管理の手を入れていく事となりますが、規模は以前よりも更に縮小させての運営にさせていただくので。そこで今までの仕組みの見直しを改善を認識の摺り合わせを行いたいのと、頼み事がございまして」
「頼み事だと?」
「――ミカエル様への謁見を希望したいのです」
ぴく、と拝戸牧師の眉が動いて表情の険しさを増す。トウジさんも訝しげに私を見ている事に気付くも、私は敢えて無視して言葉を続ける。
「これはまだ、悪魔の中でも極秘情報ですが」
「極秘情報?」
「……ここに目と耳は?」
「……疑うならば、疑えば良い」
「では、改めて。我等が魔王、サーゼクス・ルシファーは悪魔、天使、堕天使による和平の実現を考えております。私はその理想に同調し、動いてる派閥の1人となりますね」
「何!? 和平、だと……? 停戦ではなく、和平だと!?」
ここで初めて拝戸牧師の表情が崩れる。目を見開き、私を険しい瞳で睨め付ける。トウジさんは複雑そうな表情をしつつも、なんとなく納得しているような表情を見せている。八重垣さんからはただ状況に置いていかれた気配を感じる。
「えぇ、正式に手を取り合えないかと思いまして。ただ、今すぐという訳ではありません。三大勢力が和平などと、夢のような話ではありますからね。1年、2年で為そうという話ではないのでご安心ください」
「……何故だ? 何故、悪魔が和平などと言い出すのだ? それだけ悪魔の状況は切迫しているのか?」
「痛い腹を明かすようではありますが、根が深い問題です。それにこの問題は悪魔だけでなく、天使や堕天使にとっても……っと、これ以上はお話する事は出来ませんでしたね。ここから先はミカエル様を始めとした
「……つまり、末端には話せない程の重要な情報を握っていると言いたいのか? リアス・グレモリー」
「えぇ。そうですね、せめて言えるとするなら、この問題を放置すれば我等が神話体系が崩壊の危機を迎えかねない、とだけはお伝えさせて頂きます」
「馬鹿な!? 幾ら何でも世迷い言にしか聞こえないぞ、リアス・グレモリー!!」
八重垣さんが非難するような声で言うけど、真実を知る私にとっては彼等が少し哀れにも思える。この人達が仕えるべき神がとっくに死んでいて、その事実が隠蔽されているなんて。
知らない方が幸せだと思う。だけど、だからといって問題を放置して良い理由にはならない。腹に力を込めて、私は拝戸牧師へと視線を向ける。
「私のお願い、聞いていただけますか? あぁ、別に和平を直接結びたい、とお伝えしなくても大丈夫です。お茶会でもしませんか? と。それぐらいで。私はあくまで魔王サーゼクス・ルシファーからのメッセンジャーでしかないので」
「……不貞不貞しくなりおって。やはり、本質は悪魔だったか」
「人に優しく、誠実な悪魔になりたいと思っていますわ。この通り、なりだけで良ければ祈りでも……アイタタタ……」
神に捧げるように十字を切ると、頭の中が絞られるような痛みが走る。思わず顔を顰めるけど、すぐに気を取り直して表情を引き締める。
腕を組んで、拝戸牧師は何かを考え込んでいるようだった。トウジさんも八重垣さんも拝戸牧師の言葉を待っている。私からも何か言う事はなく、時間だけが過ぎていく。
「……伝えるだけだ。実際に会ってくれるかはわからんし、責任は取らん」
「えぇ、取ってくれ、などとお頼みすることもございませんので。今後とも、この地で暫くご一緒させていただく間柄となりますので、どうかご随意に。では、今後の事についてお話を――」
「ま、待ってくれ! リアス・グレモリー、クレーリア・ベリアルは……」
「貴方に関係がありますか? 八重垣 正臣」
敢えて私は冷たい声を出すように努めて八重垣さんを突き放す。私の声に言い淀んだ八重垣さんは、それでも言葉を探すように視線を彷徨わせている。
私ははぁ、と溜息をわざとらしく吐いてみせる。そして八重垣さんと目を合わせるように顔を上げて彼に伝える。
「元々、この地は我等グレモリーが主に管轄していた土地。クレーリアさんは経験を積む為に一時的な代行をしていたに過ぎません。そこに、何か問題でも?」
「……いや、それは、ない」
「では、良いじゃないですか。もう会う事もないでしょう。クレーリアさんはお兄様も高く評価していらっしゃいました。今後、冥界の未来を担う方となってくれるだろう、と。なので早々に人間界にはやって来れないでしょう。ここに来る理由も、もうありませんから」
「……そう、か。いや、そう、だな。……そう、なのか」
目に見えて様子がおかしい八重垣さんを私は目に焼き付ける。そして、瞳を伏せて意識を切り替えて。
「それでは、今後の方針について協議させていただきましょう。まずは――」
* * *
「リアス・グレモリー。私は、君という悪魔をどう計れば良いのかわからない」
教会側との協議が終わって、一息吐いていた頃だ。そろそろ帰ろう、と教会を後にしようとした所で拝戸牧師に声をかけられた。彼の顔には迷いにも似た困惑の色が見えていて、私を見透かそうとしているかのように強い視線を向けてくる。
こちらから出した条件は、正直前よりも協会側に都合が良い話になったと思う。私は悪魔のプライドとか、契約数とか上を目指している訳じゃないし。むしろ、そこにいる人間とどう接するか。その上で契約という形で助けとなれるか、が主目的だったから。
それを語った時の教会側の3人の表情は色濃く記憶に残った。本当にそれで良いのか確認される事、数回。仕方ないにしろ、驚かせすぎたかもしれない。
「別に計られるような器ではないですよ。ただの変な悪魔ですから。自覚はあるんです」
「天使も、堕天使も。そして我々エクソシストも気にせずに付き合いを続けようという変わり者なのは認めるがね……君は何を理想として生きている?」
「平和で、豊かな世界を追い求めてるだけですよ。争いがなくて、手を取り合って生きていける世界が欲しい。その一助になれたら良いと思って育ってきただけ」
そう、だから私は目標に向けて突き進むだけだ。争いが無くなる世界、争いが起きるのだとしても、せめて広がる悲しみは少ないように。
争わずに生きていけるとは思ってはいない。悪魔は悪魔で、天使は天使で、堕天使は堕天使。どんなに和平を結んだって、その境界は護るべきだし、過度に引っ掻き回したい訳でもない。
「ただ、失われる命が嫌なだけなんですよ。私は」
「種族を問わずに、か?」
「博愛なんて謳うつもりなんてありません。私は好きだと思った相手を、大事だと思った誰かを護りたいだけです。それが悪魔だろうと、天使だろうと、堕天使だろうと、人間だろうと。私には関係ないんです」
くるり、と。その場で1回回って一礼なんてしてみせる。
「私は、私が好きなものを護りたいだけ。大事にしたいだけ。ただそれだけです。変な理屈とか、並べ立てる事も出来ないんですよ。これが私の“
そう言って言葉を無くす拝戸牧師に頭を下げて、私は教会を後にした。