充実した生活というのはあっという間に時が過ぎてしまう。学業と悪魔としての仕事。そしてプライベートの付き合い。1年などと言う時間はあっという間だ。早く大人になりたいなどと思っていた時期が懐かしく思う程に。
春は色々と私にとっても感慨深い季節だ。私が生まれた季節でもあるのと同時に切り替えの季節でもあるからだ。そして、また記憶に残るだろう思い出が一つ。
「ねぇ、リーア! 見て見て! 似合ってる?」
「えぇ、イリナ。とても似合ってるわよ」
駒王学園初等部の制服に身を包んだイリナがくるくると回って私にその姿を見せてくれる。あぁ、本当に眩しいぐらいの笑みで私も自然と笑みが浮かんでしまう。
幼稚園児だったイリナは学生になる。そう考えればやはり時の流れは早いと思ってしまう。イリナも小学生で1年生になるかと思えば感慨深いものだ。
「……イリナはいいよなぁ」
ぽつり、と。私服姿で拗ねたように呟くのは一誠だ。イリナを心底羨ましそうに見つめながら胡座をかきながら座っている。
一誠も小学校に進むものの、駒王学園は女子校の為に一誠は別の小学校に入学する事になった。特に制服などもない、普通の学校だと言う。小学校だったらそれが自然だと思うけどね。
一誠が不満に思うのは私と同じ学校に通えない、という事なのかと思うと可愛く思う。あれからドライグに会う為にお泊まり会も定期的にしているし、小学生と幼稚園児でも上手く付き合いを続けられたと思う。
それが変わってしまう。イリナは私と一緒の学校で、一誠だけが違う学校。仲良し3人組としては1人だけ仲間はずれになるのが嫌なのだろう。私もそれは自然の感情だとは思うけども、私は事情が事情故に学校も選ばないといけないから諦めて貰うしかない。
「同じ学校に通えなくても一誠とはずっとお友達よ? 拗ねないの」
「頭撫でるなよ! 拗ねてないし!」
頭を撫でようと手を伸ばすと、ぷい、と顔を背けられてしまった。うーん、一誠は普段は良い子なんだけど、頑固な時は本当に頑固だからな。とはいえ私ではどうしようも出来ないしなぁ。
私に学校を明日から共学にするのなんて無理だし。原因がわかってるけど、その原因を私自身がどうしようも出来ない場合は本当に困ってしまう。どうしたものか。
「イッセーくん。ダメよ、リーアを困らせたら」
「イリナは一緒に学校に通えるんだもんな! ズルい!」
「だって女の子だもん」
「男みたいなクセに!」
「あー! 言ったなー!」
「こらこら、喧嘩しないの」
掴み合いの喧嘩をしそうな2人の間に割って入りながら私は肩を竦めて苦笑する。仲が良いんだか、悪いんだか……。
学校が違うと、私達ばっかりと遊んでいるのも良くないだろうし。それで孤立して、学校で虐められたりして欲しくないしなぁ。
私が悩んでいると、新たな気配を感じた。感じ慣れた気配に振り返ってみれば、そこには八重垣さんがいた。柔和な笑みを浮かべて私達の方へと歩み寄ってくる。
「やぁ、こんにちわ。お邪魔させて貰ってるよ」
「正臣さん!」
「正臣さんだ! こんにちわ!」
イリナが満面の笑みを浮かべ、一誠も親しげな笑みを浮かべて八重垣さんに抱きつきに向かう。2人の子供に突撃された八重垣さんだったけども、危なげなく2人を受け止めて抱きかかえてしまう。
クレーリアさんへの思いを自覚してから八重垣さんは変わったと私は思う。以前から礼儀正しくて、物腰の柔らかい人だとは思っていたけど。どう表現したら良いかな、深みが出来たというか、懐が広くなったというか。
私の駒王の地の運営を手伝っている悪魔達の間でも八重垣さんの評価は高い。協会関係者の中でも比較的に話が通じて、穏和に対応してくれる事からトウジさんや拝戸牧師に並んで悪魔側でも重要人物として認識されてるとの事で。
その分、エクソシストとして活躍する八重垣さんは敵に回したくないと評価されている。普段の柔和さが嘘のように消え、苛烈に戦う様に恐れを抱く者も多いという。最後には将来が有望な人間だと悪魔達は口々に言う。
「何を言い争ってたんだい? 2人とも?」
「イッセーくんが駄々こねただけよ!」
「駄々?」
「一誠が私達と学校が違うのが不満みたいで」
「あぁ、成る程。君達は仲が良いからね。離れていってしまうかもしれないって一誠くんは不安なんだろ?」
八重垣さんに穏やかな声で聞かれ、一誠は反論する事なく目を逸らした。そんな一誠を見て微笑ましそうにしつつ、八重垣さんはイリナへと視線を向ける。
「イリナちゃん。一誠くんは一緒の時間が減るのは不安なんだよ。自分だけが仲間はずれになるんじゃないかって」
「……イッセーくんとは学校が違っても友達だもん」
「ほら、一誠くん。イリナちゃんもこう言ってるしね? イリナちゃんも、一誠くんの気持ちを考えてあげようね。隣人には優しく、だよ」
「当然よ!」
胸を張って元気よく言うイリナに一誠は恥ずかしいのか、照れているのか目を背けた。やっぱり同年代の子が言ってもダメな事でも、立場が違う頼りになる大人に言って貰うというのは大事なのだなぁ、と思いつつ微笑ましそうにそんな光景を眺める。
日々は穏やかで順調に、そして健やかに。育つ子達の成長を見つめながら私は今日も日々、生きている。
* * *
「……今日は、これぐらいだろうか」
「えぇ、そうですね」
今日はいつものトウジさんの家での定例報告会。一誠とイリナを寝かしつけてから居間へと向かい、トウジさんと八重垣さんと契約と教会側の動きを報告し合い、問題点を洗い出す。
回数をこなしてきたからか、会議事態はスムーズに終わった。今回は特別、話題に上げるような問題が起きていなかった、というのもあるけど。渇いた喉を潤すようにお茶を口につける。
「平和なのは良い事なのだがね。慣れてしまえばアレだが、やはりまだ我等は奇異な目で見られているのは事実だよ」
「ん?」
「いや、なに。我々、教会側の話だ」
トウジさんが不意にぽつりと呟いた話に私は目を丸くする。こうしてトウジさんが教会側の勢力について話す事は非常に珍しい。思わず目をぱちくりとさせてしまう。
「反応はあまり良くないですか?」
「秘密裏にミカエル様がお声をかけてくださっている事もあって、表立っての反感はないが……やはり疑念に思う者は多いよ。我等を背教者なのではないか、と疑う声は少なくない」
「それは……その、なんと言って良いか」
「ただ、見逃されてるというのが現状でもある。私もだが、八重垣くんは聖剣使いだからね。多少は優遇されている訳だよ」
トウジさんと八重垣さんは純粋な生まれついての聖剣使いだ。聖剣を扱える者の数は限りなく少なくて、その存在は貴重とされている。
元々八重垣さんがトウジさんの部下になったのも、トウジさんが日本国内でも有数の聖剣使いである事から引き合わされたらしい。昔、トウジさんと八重垣さんが話してくれたのを思い出す。
「聖剣使いは貴重ですからね。悪魔にとっても脅威ですし」
「その聖剣使いが悪魔と連むとは、と表立っては言われないが、裏では囁かれてるそうだ」
「ですが、それでこの街の住人の信仰や、教会と自治体との関係が良好に推移しているのも事実ですよ、トウジさん」
「そうだ。その点で言えば、我等の活動の幅は大きく広がった。危険も、はぐれ悪魔が出没する事もあるが情報提供のお陰で命を落とす者も減った。結果だけで見れば良い事の方が圧倒的に多い。しかし、教義として見れば背信を疑われても仕方がない。世の中はままならないな」
「まったくです」
嘆息するトウジさんに、肩を竦めて同意を示す八重垣さん。教会側は教会側でやはり複雑なんだな、と。
「私の方も似たような感じですね。聖職者に媚を売って悪魔の誇りを無くしたか、と言われたとか。とはいえ、そちら程の反発は受けてないと思います。私が表向きは貴方達を利用してやって、うまく運営してる、と詭弁も口にしてますから」
「利用、か。果たして利用され、利用しているのはどちらなのかな」
「お互い様で良いんじゃないですか? かつて程の勢力を悪魔は失いましたし、天使もまた然りです。私達は人間に頼らなければ種族の未来が無い。人間に寄りそうなら在り方を変えるべきなんですよ、適応したくない化石みたいな悪魔もいますが」
ふん、と思わず鼻を鳴らしてしまう。主に私が挙げているのは大王家の派閥の老年の悪魔達だ。あくまで悪魔の政治を動かしているのは自分たちだ、と傲って譲らず。あくまでお兄様達は下級悪魔などを纏める象徴でしかないと軽視している。
戦争こそ始めようとは思っていないけど、それでも人間を見下す傾向があるのはどうかと思う。いや、確かに老年の悪魔に比べれば一般人なんて塵芥も等しい存在なんだろうとは理解出来るし、悪魔として生きていた誇りもあるのはわかってる。
ただ、それでも私も信じたい理想、叶えたい理想がある。そこには過剰なプライドは邪魔だ。特に老年の悪魔である事に拘る悪魔達には。その在り方も1つの悪魔としての姿なんだろうけど、私の理想とぶつかる以上、争う事は避けられないんだろうな、と。
そこで、ふと私は思い出した事があった。口にするか逡巡したものの、私は思いきって2人に問いかけて見る事にした。
「あの、トウジさん。八重垣さん」
「ん?」
「何だい?」
「“聖剣計画”ってご存じですか?」
「なんだい? それ」
八重垣さんがきょとんとした表情を浮かべたのに対して、トウジさんの瞳に力が篭もった。私を睨め付けるような視線に思わず姿勢を正してしまう。
「……何故、それを」
「えと、とあるツテから……」
「教会の中でも極秘計画で、私も名前ぐらいしか知らないんだがな」
「トウジさん? 聖剣計画って……」
「人工的に聖剣使いを生み出す研究、とは銘打っているがね……詳細はわからん。何せ、私は計画の主導者と折り合いが悪くてね。彼だよ、バルパー・ガレリィ」
「……あぁ、彼ですか」
八重垣さんが眉を寄せながら呟く。バルパー・ガレリィ、という名に私の記憶が刺激される。聖剣計画の主導者であり、“リアス”の眷属であった木場祐斗を死の間際まで追い込み、同志達を聖剣を扱う為の因子を抜き出す為に虐殺した元凶。
しかし、それは今ではない筈だ。今はまだ。だから私は何も知らないように振るまいながら問いかける。
「どういった方なんです?」
「聖剣にとても感心の深い……いや、執着していると言っても過言ではないか。しかし、聖剣を使う才能がなくてね」
「聖剣に執着しながら、それを扱う聖剣使いを疎む……いや、あれは憎んでいると言っても良かったかな」
「八重垣さんも面識が?」
「聖剣を賜る時に、少しね」
苦笑を浮かべる八重垣さんの表情を見ると、余程折り合いが悪かったのだろうな、と私は思う。
「悪魔にとって聖剣は無視出来ないものですから。その使い手が増えるとなれば、関心はどうしても向いてしまいますよ」
「まぁ、そうだがね……和平を目指す君にとっても、あまり好ましくないか?」
「そうですね……ただ」
「……ただ?」
「力を得るには代償が必要です。代償といってもその形は様々ですが、対価となるものがある筈です。だから、人工の聖剣使いって何を代償とするんだろう、って」
私は手を握り合わせながら呟く。力を得るにはいつだって代償が必要だ。私はそう考えてる。どんな力も、力であるなら代価を支払わなきゃいけない。得る為の過程かもしれないし、供物かもしれない。或いは力を振るう事で失っていくものとか。
私は才能が無いと言われ続けてきた。ようやく手にした力を振るえるようになってから、尚更にこの思いを強めていた。力には代償が付きまとう。そして力を振るう事についての責任もまた。
これはまだ起きていない未来の話。人工の聖剣使いが生み出される代償は、聖剣を扱うまでに満たなかった聖剣使いの因子を持つ子供達という犠牲の上で成り立っている。
そんなのやっぱり嫌だな。その犠牲が仮に一誠やイリナだったらと思うと腸が煮えくり返りそうになるし、一誠やイリナのように青春を謳歌する事も許されない。それはあまりにも悲しすぎるよ。
「……リアス?」
ふと、怪訝そうな顔をした八重垣さんに声をかけられて私は顔を上げた。い、いけない。思考に取られて余計な事を言ったかもしれない。誤魔化すように笑みを浮かべて。
「わ、私、もう寝ますね! すいません、おやすみなさい!」
これ以上、何か余計な事を言う前に私は退散する事を決めた。呆気取られるトウジさんと八重垣さんを居間に残して、私は一誠とイリナが眠っている部屋を目指した。
* * *
イリナとは同じ学校にはなったものの、学年の違いという壁はやはり大きくて昼食時のお弁当を食べる時や、下校の時間が重なった時にそのまま一緒に、というのが多くなった
今日はイリナも先に帰宅していて、私も用事があった為、そのまま教会の方へと赴いていた。その理由ははぐれ悪魔の出没の報せを受けた為、教会の関係者に報告をする為だ。
はぐれ悪魔の情報を伝え、帰宅する。今は半ば一人暮らしと言っても過言ではない。それでもお父様達が派遣してくれた悪魔達が定期的に顔を出しに来るので1人という感覚が薄いのも事実だけど。
夜までの報告会まで時間があるし、何をしようかと思い悩んでいると家に備え付けられていた電話が鳴った。私はすぐさま受話器を手に取り、電話に応じる。
「はい。グレモリーです」
『あ、リアスちゃん? 私よ、私』
「兵藤のおばさま? どうなされたのですか?」
電話の相手は一誠のお母様だ。珍しい、と思いながら用件を伺う。
『一誠、そちらに行ってないかしら?』
「え? 一誠ですか。いえ、来てません。私も帰宅したばかりなので」
『そう? それならどこに遊びに行ってるのかしら。まだ帰ってきてないのよね』
「……え?」
思わず時計を見る。時刻は6時を越えようとしていた。日も沈み出す頃だろう、もうすぐ夜になる。私は嫌な胸騒ぎを覚えた。
「どこに行くとか聞いてないんですか?」
『イリナちゃんと一緒に出て行ったのはわかるけど……』
「紫藤のお家には?」
『電話したけど、そっちも帰ってきてないって。もう、どこほっつき歩いてるんだか……』
「私、探してみます」
『え? ちょっと、リアスちゃん――』
引き留める兵藤のおばさまの制止を無視して、私は通話を切って外へと飛び出した。
嫌な予感がする。はぐれ悪魔の討伐依頼が重なっているからなのか。
杞憂であれば良いと願いながら、私は日が沈みつつある街を駆け抜けた。
* * *
ちょっとした冒険のつもりだった。
一誠とイリナは街から少し離れた森の中にいた。学校から帰宅した二人は森へと遊びに来ていたのだ。子供なら一度は経験するだろう秘密基地を探し求めてだ。
ただの子供の思いつきだ。誰も知られていない秘密の場所を探してみたい、なんて。だから少し帰るのが遅くなって、親に怒られてしまう。それも1つの思い出になる筈だった。――あんな“バケモノ”が出るまでは。
「走れ! イリナ!」
「イッセー、くん……! 私、もう……!」
「いいから! 走るんだよ!!」
一誠はイリナの手を引いて走っていた。後ろで走っているイリナは足を縺れさせそうになりながら、それでも必死に一誠に連れられて走っていた。しかし、それも限界に近い。無理もない、彼等はずっと全速力で走り続けてるのだから。
その理由は彼等の背後、木々を掻き分けるようにして迫ってくる異形の影。それが一気に跳躍し、一誠達の足を止めるように前に出る。
「鬼ごっこは、おしまいかぁ?」
「ひっ……!」
悪鬼と呼ぶべきか、人の形をしているものの腕は大きく、丸太のように太い。更に肌も赤黒く、その頭には角、背には蝙蝠のような翼を広げていた。一見して異形だと分かる姿にイリナが悲鳴を飲み込む。
そんなイリナを庇うように一誠が両手を広げて前に出る。しかし、その足は恐怖に震えている。そんな一誠を嘲笑うかのように悪鬼は口元が裂けんばかりに笑みを浮かべる。
「健気だなぁ、坊主。いいぞ、そういう小僧は俺は大好きだ。野郎でもガキの肉は軟らかくて甘いんだろうなぁ」
「た、食べ……!」
牙が覗く悪鬼の言葉にイリナは己の末路を想像したのか、歯をがちがちと鳴らせ始める。一誠も歯を鳴らせそうだったが、奥歯を砕かんばかりに強く噛みしめて悪鬼を睨み据える。
「よぉし、坊主。俺と勝負しようぜ? 勝ったらお前等を食べないでやるよ」
「ほ、本当か?」
「あぁ。――俺が一発殴って、立ってられたらなぁ!!」
瞬間、一誠の意識は暗転した。意識を取り戻した時には背中と腹部に激痛が走っていた。地面に横たわり、背中には木の感触を感じる。殴られて木に叩き付けられたのだと、傍目から見ていたイリナしかわからない。
口の中に血の味が広がる。痛い、痛い、痛くて、ただ痛くて、一誠は朦朧とする意識でイリナを見た。
「いやぁあああ! イッセーくん!」
半狂乱になりかけて、頭を抱えて叫ぶイリナ。すぐさま一誠に駆け寄ろうした所で悪鬼の巨大な手がイリナの体を掴んだ。
「へへっ、あのガキはもう死ぬな。お前から食ってやる。負けた男は女を奪われるんだ。ガキでもあってなぁ」
「あ……いや、離して、離してぇっ!!」
「無駄無駄ぁ! さぁて、久しぶりの人間のガキ……ッ!?」
イリナが腕を剥がそうと身動ぎをするも、それを無駄な抵抗だと嘲笑う悪鬼。だが、その表情がすぐに歪んで、次の瞬間、イリナは解放された。悪鬼はイリナを掴んでいた手を抑え、悲鳴を上げた。
「あ、あつい! あっちぃいいい! こ、これは……まさか! お前ぇッ!!」
「ひぃっ!」
怒りに満ちた表情でイリナを睨み据える悪鬼は、イリナの首から下がっているロザリオ、聖なる十字架を目にした。鬼の手は焼け爛れたように肉が剥がれ、溶けるように地に落ちていく。
その苦痛たるや、悪鬼が悶えるように手を抑えながら動けなくなる程であった。その光景をイリナは呆然と見ていた。ただ、十字架に触れただけで相手が苦しんでいる光景がどこか信じられなかった。
「て、テメェ! 聖職者のガキかぁ! くそ、くそ、くそ! 十字架に触っちまった! いてぇ、いてぇよ! いてぇぇええよぉぉおおおお!!」
「ぁ……あ……っ……」
「殺してやる……! お前の親も、殺してやる!! 悪魔に殺されるなんて最高の復讐だよなぁ!! 絶対に殺してやる、くされエクソシスト共め……!!」
爛々と殺意を瞳に篭もらせながら鬼は腕を振り上げた。一誠は血に倒れながらもイリナに手を伸ばそうとする。イリナは恐怖に引きつっているのか、その場から動けそうにない。
「イリナ……! イリナァァアアアアアアアアアアッ!!」
これから起きる惨劇を否定したくて、一誠は血を吐きながら叫ぶ。鬼が振り下ろした腕がイリナを潰してしまう。そんな光景が一誠の目に――飛び込むことはなかった。
――血のように、しかしそれでいて気高き紅の髪が舞う。
イリナを庇うように立ち塞がり、悪鬼の振り下ろした腕を片手で押し留める。肩で息をして、顔を俯かせたその姿は……。
「リー、ア……?」
呆然とイリナが名を呼ぶ。そう、現れたのはリアス・グレモリー。彼女が自分の2倍以上も大きさの悪鬼の拳を片手で受け止めている。そんな非現実めいた光景に一誠もイリナも目を奪われる。
「ば……かな! 俺は『
力を込めてもビクともしないリアスに、悪鬼は信じ難いモノを見たかのように呻き声を上げる。
リアスが顔を上げる。一誠も、イリナも、悪鬼も見た。瞳孔が避け、黄金の瞳に7色の光を宿した“
「……お前か」
ぽつりと、それは静かな声で。しかし、確かな響きを以て声はその場にいる者達に届く。
「一誠を殴ったのは、お前か。イリナを泣かせたのは、お前か」
空気が軋むような音を立てる。一誠は見た。リアスの頭部から伸びていく“竜のような角”を。
「――“吹き飛べ”」
受け止めていた拳を押し返すようにリアスは悪鬼を押しやる。すると信じられない事に悪鬼の体は宙へと浮き、木に叩き付けられるように押しやられた。
木に巨体が叩き付けられる音が響き渡る。それを信じられない様子で見つめる一誠とイリナは、リアスへと視線を移す。
「……イリナ、一誠をお願い。すぐ終わらせるから」
イリナへと振り返らず、リアスは呟くように告げて歩みを進める。悪鬼へと距離を詰めていく中で、悪鬼もようやく体勢を立て直してリアスへと向き合う。だが、その体は震えていた。
「……竜のごとき角、異色の瞳、紅の髪……! まさか、貴様! グレモリーの!!」
「――“私はお前を許さない”」
リアスの吐き出す言葉が“
言葉にした思いを形とする。明確なイメージを以てして現実を喰らう。今、リアスの心の中にあるのはただ1つ――大切な者達に傷をつけた愚か者に、制裁を。
「“
『Boost』
「“
“
紅の鱗が手を覆っていくように、爪は鋭利で鋭く、そしてしなやかでありながらも強靱な竜と人の中間の手へと変わる。
一気に踏み込み、リアスは距離を詰める。悪鬼もリアスへと拳を向けて振るい、一拍遅れてリアスの竜人の拳が迎え撃つように放たれる。
空気を振るわせる衝撃の後、鈍い音が響き渡った。悪鬼の腕の骨が砕ける音だ。悲鳴を上げる事も出来ず、声なき悲鳴に悪鬼は目を剥く。
意識を保っていられるのもそこまでだった。殴り飛ばした拳を再び引き、一歩足を前へ。体を捻り、拳を打ち出す如く繰り出されたリアスの拳が悪鬼の腹部へと叩き込まれた。
「が、――ハァッ……!」
衝撃が遅れて浸透し、鬼の体が再び木に叩き付けられ……血を吐いて、白目を剥いた。そのまま巨体が沈む音を立てて悪鬼は沈黙した。ぴくりとも動かない事を確認したリアスは肩で息をしていたのをゆっくりと戻していき、紅の鱗に覆われた腕を撫でる。
すると竜の腕はあっという間に姿を消して、いつもの手へと戻る。それを確認してからリアスは一誠とイリナへと視線を向ける。
「イッセーくん! しっかり!」
イリナは一誠の近くに寄り、一誠に声をかけている。一誠はぐったりとしていて、虚ろに視線を彷徨わせるだけだ。リアスもすぐさま駆け寄り、一誠の脈を確認し、傷を確認する。
不味い、と判断する。死の気配が濃厚だとリアスは眉を歪める。子供の体に受けるには大きすぎるダメージだ。
「リーア! イッセーくんが……イッセーくんが!」
「わかってる。落ち着きなさい、イリナ。揺らしてはダメよ」
リアスは懐に手を伸ばす。取り出したのはポーションだ。何かあった時の為に、とマグレガーから持たされていたものをリアスは開封する。
「一誠、聞こえる? 返事は出来る?」
一誠の体を出来るだけ揺らさないように一誠を仰向けに寝かせるようにして問いかける。ぜいぜい、と一誠は荒く呼吸を繰り返すのみで返答はない。
思わずリアスは舌打ちをして、一瞬の逡巡の後、思いっきり己の唇を噛み切った。イリナがその様を見て、小さく悲鳴を上げる。
「リ、リーア……血、血が……!」
「静かに」
ぺろり、と舌で己の血を舐め取り、血の味が口の中に広がるのを確認してからリアスはポーションを口に含み、己の口の中で自らの血とポーションを混ぜ合わせる。
そして、そのまま一誠へと口付けをし、口を塞ぐ。そして少しずつ己の血を混ぜ込んだポーションを一誠に与えていく。噎せ返らないように少しずつ、ほんの少しずつ。もどかしくなるような思いを抱えながらも、リアスは淡々とこなしていく。
そんな光景をイリナは呆然と見ていた。やがて、リアスがゆっくりと一誠から唇を離す。先程まで荒く呼吸を続けていた一誠の呼吸は落ち着き、血の気が戻っていた。
「……病院」
「え?」
「病院に連れていかないと、あぁ、でも、どう説明すれば、先にトウジさんに連絡を、携帯……あぁもう! なんで持ち出してないのよ、私は!!」
一命は取り留めた筈だが、まだ予断は許されない。リアスは医者ではないのだから。すぐさま病院に連れて行くべきだと考えるも、どうやって病院に連れて行くべきか。リアスは頭を掻きむしり、己の不甲斐なさに叫ぶ。
「リアス! イリナちゃん! ……それに、一誠くんか!? 無事か!」
「八重垣さん!? どうしてここに!?」
その時だ。まるで計ったかのようなタイミングで八重垣が木々を掻き分けるようにして駆け寄ってきたのを見て、リアスは驚きの声を上げる。
「はぐれ悪魔の討伐で、先行していたんだ。話は後だ! ともかく一誠くんを病院に。教会の息がかかってる病院がある!」
「お願いします! ポーションは服用させましたが、まだ判断がつかなくて……」
「わかった!」
てきぱきと互いの情報を交換し、次の行動の為に移し出すリアスと八重垣。そんな2人を見つつ、心配げにイリナは一誠の手をぎゅっと握りしめる事しか出来なかった。