深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.06

「待てよ! 待てって言ってんだろ!!」

 

 一誠は自転車を全力で漕ぎながらイリナを抱えて走る牧師服の男を追う。一誠も顔を知っている相手だった。言葉も交わした事がある。しかし、親しい仲かと言われればそうではなかった。

 それでも一誠の胸に滾るのは怒りだ。なんでこんな事をするのか、と。この状況、子供の一誠だってわかる。裏切ったのだ。自分たちを、リアスを、そして同僚であるトウジの事を。

 腸が煮えくりかえりそうな程の憤りを抱えながら一誠は自転車を走らせる。そんな追跡してくる一誠に焦りと苛立ちを滲ませた表情で男はイリナを抱えたまま振り返る。

 その手に光るのは銃。一誠も見たことがある。エクソシストが使う祓魔弾を放つ為の道具。それが今、正に自分に向けられている。

 

「やべっ!?」

 

 身を倒し、転がるようにして一誠はその場を離れる。瞬間、銃撃の音が鳴り響き、自転車から嫌な音が聞こえた。

 自転車が倒れる音を背に聞きながら一誠は地を低く這うようにかける。後先なんて考えていなかった。ただ、無我夢中で一誠は距離を詰めていく。

 思考の間はなかった。ただ、体の動きだけが異様に冴えていた。相手が自分に向ける銃口を冷静に見ていた。ジグザグを描くような軌道で一誠は牧師へと全速力で向かっていき、一発、二発、銃撃の音が響く。

 当たらない。一誠は回避しきったのだ。予想外の光景に牧師は驚きに目を見開き、しかしその間にも一誠は止まらない。全力で歯を噛みしめ、溜めていた力を解き放つように相手の顎をめがけて頭突きを放つ。

 頭部に鈍い音と嫌な感触、そして痛みが走る。一誠の全力の頭突きを喰らった牧師はゆっくりと後ろへ蹈鞴を踏み、手に囚われていたイリナが転がる。動きを拘束されていたイリナもまた自ら転がるようにして一誠の方へと向かい、一誠がイリナを抱き起こす。

 

「イリナ!」

「イッセーくん!」

 

 涙を目に浮かべたイリナが一誠に縋り付く。そんなイリナを庇うように一誠は立ちながら牧師を男を睨み付けた。思いっきり鼻に一誠の頭突きを喰らったのだろう。赤い鼻血がぽたりと落ちていき、一誠達を睨み付けている男と目が合った。

 

「……この、ガキ」

「なんでこんな事するんだよ!」

「子供に説明しても理解出来るか」

「わかんねぇよ! こんな事をして良い理由なんて!」

 

 一誠の叫びに、牧師の男は目を背ける。それは苦渋の色に染まったもので、憤りを隠しきれないような表情だった。

 

「……俺だって、こんな事したくなかったさ」

「じゃあ、なんで!?」

「悪魔と教会が馴れ合うなんて、良いことなんて何も1つないんだよ! トウジも、お前達も悪魔に騙されてるんだ! 悪魔と教会は相容れない! 思い出させなきゃいけないんだよ! 俺達が、何と戦わなきゃいけないのかを!」

 

 血を吐くような叫びが響き渡る。一誠もイリナも目を見開く。一誠は強く拳を握りしめて、思わず歯を軋ませる。

 

「だから、リーアの邪魔をしようって言うのか。オッサン、あんた、自分が本当に正しい事をしてるって! 本当にあんたに誓う神に言えるのかよ!」

「……ッ……!」

「見てきたんだろ! リーアがやってきた事を! 俺は確かに子供で、わかんねぇよ、何もわかんねぇよ! それでも! リーアが俺達の為に、この街の人達の為に、誰かの為に尽くしてきた姿を見てきたんだ! その姿を信じてるんだ!!」

 

 自分を助けに来てくれた時のリアスの姿を一誠は一時も忘れた事はない。常に誰かの為に一生懸命で、頭を悩ませて、トウジ達と難しい話をしていたのも知っている。

 それが自分には何なのか理解出来なくても、頑張っている事と、自分達に向けてくれた笑顔を一誠は信じている。

 

「リーアが悪魔だから何だよ! 悪魔だからって良い事したら全部否定されなきゃいけないのかよ! リーアはこの街や、色んな人の為に頑張ってきたのに、アンタは!!」

「何も知らない子供が! 大人に口答えするんじゃない!! 子供だからと、無知だからと、何でも正しいからと言えば許されると思うなよ!!」

「正しい事を正しいって叫ばないで、何が大人だ!! そんな大人、最低じゃねぇか!!」

「黙れェッ!!」

 

 怒りを宿した目で一誠に叫び散らしながら男は一誠に拳銃を向けた。一誠は動けない、まだ震えて満足に動けそうにもないイリナがいる。動く訳にはいかない。

 撃たれる、死ぬ。思わず過ぎった言葉に一誠が息を呑んだ。しかし、銃撃が鳴り響く前に響き渡った音があった。それは、雷鳴。

 

「―――雷よッ!!」

 

 それは、その名を代名詞にする彼と比べれば弱々しく、精度も低いものだろう。それでも確かな意志を込めて放たれた“雷”は男に突き刺さる。

 轟音が鳴り響く。地に突き刺さった雷によって生じた眩むような光と轟音に一誠はイリナを庇うように抱きしめる。

 余韻が抜け去り、一誠は慌てて顔を上げる。そこにはゆっくりと倒れ伏す男と、空より肩で息をしながら指を男へ向けている朱乃の姿があった。

 

「はぁ……っ……はぁ……っ!」

「朱乃!」

「イッセーくん! イリナちゃん!」

 

 焦燥が浮かんだ顔色を安堵に変えて、泣きそうになりながら朱乃は一誠とイリナを纏めて抱きしめるように抱きつく。

 一誠を追って朱乃が目にしたのは、今にも撃たれそうな一誠とイリナの姿だった。それを見た時、朱乃の中で何かがタガを外した。

 無我夢中で、一度見せて貰った父のように、こっそりレイナーレに教えて貰ったやり方で雷を放っていた。

 そして三人はこうして抱き合っている。互いの無事を喜ぶように。

 

 

「―――ケッ、やっぱり人間なんて使えねぇな」

 

 

 そこに新たな声が響き渡り、一誠達は警戒を顕わにして周囲を見渡した。

 姿を見せたのは異形。絵本などで出てくるような肌が赤黒い牙を見せるように笑う者。

 

「悪魔……!?」

 

 なんでここに、と思うのと同時だった。気配が増えていく。自分たちを囲むように悪魔が無数にそこにいたのだ。

 

「時間通りに来ないから来てみれば、反撃されてやられてたのかよ。いくら2人がかりだからってガキにやられるなんて大した事ねぇな」

「おい、連れてこいって言ってたのはあの人間のガキだろ? 男のガキと堕天使のガキはどうする?」

「喰っちまおうか? 堕天使のガキは羽根をもいでいたぶるのも面白そうだ」

 

 10はいるだろうか、悪魔達が醜悪に笑みを浮かべながら一誠達を見やる。その視線に込められたものに朱乃が思わず身を震わせる。

 

「なんで悪魔が……! お前等もリーアの邪魔をしに来たのかよ!」

「リーア? あぁ、あの忌々しいグレモリーの娘か」

「そうだよ、僕ちゃん達ぃ。俺達はね、あのグレモリーの娘がやろうとしている事が気にいらねぇんだよ。上手くいけば、また戦争が出来るしなぁ!」

「戦争……!?」

「和平だぁ? 誰がそんな事してくださいって頼んだんだよ! 天使も、堕天使も、今更手を繋いで仲良しこよしなんて、望んでねぇんだよ!! 戦争するんだよ! 今度こそ! 滅ぼすまで!!」

「だから邪魔なんだよ、あの紅髪のガキも、その兄の魔王も! お前達にはその生け贄になって貰うんだよ!」

 

 ぎゃはははは、と悪魔達が笑う声が聞こえる。その余りの言葉に一誠は身を見開かせ、歯を噛みしめる。

 

「……ふざけんなよ」

「あ?」

「戦争とか、俺にはよくわかんねぇよ。わかるのは! お前等みたいな奴にリーアの邪魔をされるのが頭に来るって事だけだ!! お前等の思い通りになんてなってやるか!!」

「……ちょっと格好付けられたからって、いい気になるんじゃねぇぞクソガキが!!」

 

 悪魔の1体が一誠に言葉に激昂し、飛びかかろうと一歩を踏み出す。

 しかし、そこに光が奔った。槍のように放たれた光は飛びかかろうとした悪魔を地に縫い止める。

 

「ぎゃぁああああ!? あつい、あつぃぁあああああああああああああああっ!!」

 

 肉が焼けるような音が響き、そのまま光に焼かれて悪魔の体が解け、溶けていくように消えていく。

 

「……まったく、割に合わないったらありゃしない」

「レイナーレさん!?」

 

 ばさ、と翼を羽ばたかせながら舞い降りたレイナーレは溜息を吐く。そして悪魔の集団を睨み付ける。

 

「下級悪魔如きが寄り集まろうと所詮は烏合の衆よね」

「堕天使!? チッ、バラキエルの他にもまだいたのかよ!」

「子供を攫ってくるだけの楽な仕事だと思ったのによ!」

 

 姿を見せたレイナーレに悪魔達が次々と悪態を吐く。それをゴミを見るかのような目で見据えながら、レイナーレはその手に光の槍を生み出す。

 レイナーレの光の槍に怯えるようにして後退る悪魔達。そんな悪魔達の様子にレイナーレはふん、と鼻を鳴らして。

 

 

「今の私は最高に苛ついているわ。……楽に死ねると思わない事ね」

 

 

 * * *

 

 

(これは――朱乃!?)

 

 

 一方で。

 教会、その内部にも朱乃が発した渾身の雷の余波が届いていた。

 誰もがその雷に意識を取られた。リアスも、シャルバでさえも。

 その中で真っ先に動く者がいた。誰よりも早く動いていたのはリアスだった。

 

(シャルバが気を取られた。バラキエルじゃない、朱乃の雷。なら、朱乃は戦ってる。イリナと一緒にいた朱乃が。なら一誠も、レイナーレもいる。状況はわからない。だからこれは無謀かもしれない。正解かもわからない。けど、私はここで屈する訳にはいかない、だから、朱乃を、一誠を、イリナを、皆を―――信じる)

 

 だからこそ。

 

(私がすべきなのは、私がやるべきなのは、私がしなきゃいけないのは―――)

 

 ―――目の前の、シャルバを。

 

(―――殺す)

 

 殺す。

 殺す、殺す、殺す。

 何かする前に殺す。何かしても殺す。結果的に殺す。奪われる前に殺す。

 

(躊躇うな、振り向くな、殺さなきゃいけない、殺さなきゃ、殺さなきゃ何も守れない、何も救えない、何も、何も、何も、だから)

 

 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。

 時間がない、余裕もない、だから、ただ、一点に―――!

 

 

(殺す、殺す、殺ス、殺ス、こロス、こロス、コロス、コロス、コロスコロスコロス―――ッ!!)

 

 思考が、染まっていく。

 そんなリアスの内側で、嘆息する偉大な赤。

 

『触れたな、触れたぞ、触れてしまった。馬鹿な奴、愚か。龍には触れてはいけないものがある。その名は―――逆鱗』

 

 ―――バキン、と。何かが壊れたような音が自分の中で何かが鳴った気がする。それも最早、気に留める事なくリアスは踏み込んだ。

 

 

「シャルバァアアアアアアッッッ!!」

「―――ッ!? ぐぉぁ、ぁああっ!?」

 

 

 リアスが弾丸のようにシャルバへと一気に踏み込む。その速度はシャルバに追い切れず、リアスの拳がシャルバの腹へと叩き込まれる。

 まさかこの状況で、一瞬の気を取られた隙に動くなどと思わなかった。あまりにも無謀、あまりにも無策、あまりにも暴挙。だが、それ故にシャルバはその一撃を許してしまう。

 血反吐を吐き、シャルバが壁に叩き付けられる。すぐに瞳に殺意を燃やしてリアスを睨もうとした所で、再びリアスが眼前まで迫っている事をシャルバは気付く。

 

「舐めるなよッ! グレモリーの小娘風情がぁっ!!」

 

 障壁を展開し、リアスを押し留める。一撃を入れられていた為、シャルバにも頭に血が上っていた。このような獣のような形相をしている小娘に一撃を入れられたという、傷つけられたプライドが彼にリアスへの殺意を増幅させる。

 仮にも旧魔王の子、リアスの一撃は障壁に押し留められる。そして、そのまま障壁をオーラの波動へと転換させ、リアスに叩き付けようとする。

 

「ぐ、る、ぅ、うぅぅぁぁあああああああああああああああああああッッッッッ!!」

 

 咆哮。

 おおよそ子供の喉から放たれるような声とは思えぬ声がシャルバの障壁ごと破砕していく。シャルバが叩き付けられた壁がひび割れ、窓が甲高い音を立てて破れていく。

 その光景にシャルバは目を見開き、驚愕を顕わにする。そして気付く。リアスの力が時が経つにつれて膨れあがっていくのを。まるで堰き止めていた栓が抜けるかのように。

 

「なんだ……なんだ、その力はぁっ!?」

 

 シャルバが叫ぶ、そして、シャルバは目にした。

 赤き尾、竜の尾が壁ごと自分を薙ぎ払う光景を。そのまま外へと薙ぎ払われるようにシャルバは飛び出していく。なんとか体勢を立て直し、リアスを睨む。

 竜のごとき角に尻尾、手足は竜の爪の如く変貌していき、龍人と呼ぶべき姿へと変貌していくリアス。

 

「なんだ……それは!」

 

 シャルバが叫ぶも、意に介さずにリアスは口を開く。そう、リアスはシャルバを見ているようで見ていない。虚ろな眼差しで、見る者によっては正気を失っているように見えるだろう。

 

「……謳わなきゃ」

 

 ぽつりと、リアスが呟くように零す。そして、“言霊”が紡がれる。

 

「“我が夢に理を、覇を、覇を”」

 

 リアスの変貌は、止まらない。より強靱に、より凶悪に、彼女の感情を糧にするかのように。

 

「“夢、我は夢、我が夢、泡沫が夢、終末の夢”」

 

 爛々と輝く7色の光を宿す黄金の瞳が、その輝きを一色に。

 

「“来たれ、終焉。弾ける泡の如く”」

 

 全ての色が混じり合った光は、やがて……黒く。闇に呑まれた金色が、月のように爛々と輝く。

 漆黒に塗り潰された満月の瞳がシャルバを睨み付ける。そして―――かの歴史をなぞるかのように、禁忌の名は紡がれる。

 

 

「――“来たれ絶望、我は悪夢なり”(ジャガーノート・リーンカーネイション)

 

 

 それは、いつかの日の再現。心弱く、己の悪夢に飲まれてしまった彼女が辿った道をなぞるように。

 しかし、違うのはただ一点。彼女は自ら進んでその道を突き進んだという事だ。同じのように見えて違う。故にその変質はあの日と異なる事もまた必然。

 牙が鋭利に、角は太く本数を増やし、腕は肩まで鱗に覆われ、足もまた同様に。その背に翼が広がっていく。

 紅の髪を揺らし、その四肢を龍のように変じさせ、しかし辛うじて人の形を保つように。

 殺意の色に染まった夢、狂気の悪夢、己の望みを一点に集中させた極地。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

 ―――シャルバ・ベルゼブブを殺す。

 ただ、その1点に凝縮された殺意が余す事なく悪夢に変じていく。天を震わせるような嘶きが響き渡っていく。

 咆哮を終え、とん、と地面を蹴るようにリアスが疾走し、シャルバへと襲いかかる。

 向かってくるリアスを幾多の魔法陣を展開し、様々な魔弾を放つ事で押し留めようとするシャルバだが、リアスは一切止まらない。

 それどころか防御する事なくシャルバへと突き進む、角が、腕が、頭も撃ち抜かれて肉が削げ落ちる。流石にその光景にシャルバも驚き、目を見開く。

 しかし、リアスはその場で巻き戻しをかけたように傷が復元していく。ただ、爛々と殺意に輝く闇に浮かぶ金色がシャルバを睨め付ける。

 

「なんだ、なんなのだ! なんなんだお前はぁあああああ!!」

 

 シャルバの叫びを気にする事もなくリアスはその拳をシャルバの顔面へと叩き付けた。

 リアスに殴り飛ばされたシャルバは回転するように転がり、地へと叩き付けられる。

 起き上がろうと腕に力を込めた所を、リアスが踏みつぶす。シャルバの悲鳴が響き渡る。

 そしてボールを蹴るかのようにシャルバの体を蹴り飛ばし、上空へと叩き上げる。

 痛みに目が眩みながらもシャルバは上空で体勢を立て直し、同じように空へと上がってくるリアスを目にした。

 

「バケモノ……め……!」

 

 悪夢。今、正にシャルバに襲いかかっているその者の名は、そうとしか言いようがなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……世界の、どこかで。

 ふと、空を見上げる。

 風が鳴いているかのようだった。

 まるで、何かの叫びをここまで届けるように。

 黒い髪が風に舞った。どこか虚ろな瞳で、空を睨むように。

 ドレスが風に揺れる。漆黒の、ゴシックロリータと呼ばれる装いの服装。

 身に纏うのは少女だ。ただならぬ佇まいの少女は暫し、空を見続けて。

 

「……グレートレッド」

 

 ぽつりと、その名を口にした。

 暫し、空を見つめていた少女はゆっくりと歩き出す。

 まるで呼ばれるかのように、導かれるかのように。

 ゆっくりと、頬が持ち上がる。笑みと呼ばれる表情に変わった少女は小さく呟く。

 

 

「―――グレートレッド、倒す」

 

 

 龍は、力を呼び込む宿命を持つ。

 邂逅は未だ遠い。しかし、時計の針は刻み続ける。いずれ来たる時を待ちわびながら。

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