深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.04

 悩めども、悩めども答えは出ず。日々は過ぎていくばかりで、手応えがない。

 わかってる。わかってるんだ。こうして貴族としてのマナーや知識を身につける事は。両親に子供のように甘えて、一緒に笑い合うのが大事なんて事は。

 けれど焦燥ばかりが募っていく。時間がない。時間がなくなっていく。何も出来ていないのに。何も為せないままなのに。

 焦がれる。心が焦がれていく。あぁ、今すぐにでも大人になりたい。そんな子供じみた考えさえ浮かぶ。

 

「リーア」

「……お義姉様?」

 

 勉強机に向かいながら唸っていると声をかけてきたのはお義姉様だった。今日はメイド服じゃなくて、私服姿だった。

 そういえばお父様が今日はグレイフィアは用事があるからオフだって言ってたけど、なんでここに来たんだろ?

 

「……相変わらず課題は終わらせてるわね。自己学習も大事だけど息抜きもなさいね? 煮詰めると体に毒よ」

「はい」

 

 表面上、素直に頷いて見せるけど正直無理だと思う。今は貪欲に知識が欲しいと思っている。自分が得られるものは知識ぐらいしかないから。

 筋トレでもしようかと思ったけど、成長期の頃の筋トレは身長が縮むという迷信なのか、それとも根拠のある話か思い出せなかったから止めた。

 なら、少なくとも出来るのは本の虫になる事だ。それでも子供の身だから休み休みだけど。

 

「課題を終わらせてるなら良いわ。リーア、外出の準備をしなさい。出かけるわよ」

「え? どこに?」

「お忍びよ。……貴方ならわかるでしょ?」

「えーと……内緒の会合、とか?」

「そういう事」

 

 なんでまた。思わずそんな風に思ってしまった。しかし、外出は外出だ。

 私はグレモリー領から出る事は少ない。そもそも私の話は多少なりとも外部に漏れているのだからあまり目立つ訳にもいかないだろう。人目に無能とされた私が出回るのは風評に良くない。

 だから出かけても保養地に家族で出かけたり、といった具合で人目につく所では無かったけど、今回はちょっと違うらしい。

 着替えはお義姉様に言われるままに帽子の中に紅髪を仕舞い込むように被る。その上に伊達眼鏡をかける。お義姉様も一見、お義姉様だとわからないように変装しているので徹底している。

 

「お義姉様、今日はどこに出かけるんですか?」

「道中で説明するわ」

 

 うぅむ、なんだろう。正直、私には検討もつかない。

 

「グレイフィア、リーア」

「お母様」

 

 出かけようとした所、待っていたかのようにお母様が立っていた。私を見れば抱き上げて抱きしめてくれる。頬寄せてくるのでちょっとくすぐったい。嫌ではないんだけど……。

 頬ずりを終えて私を離すと、どこか憂いを帯びた瞳でお母様は私を見た。時折、私を申し訳なさそうに見ているのは気付いてるけど、知らない振りをする。大方、私が魔力を持っていない事とかを気に病んでるのだろうけど。

 

「グレイフィア、道中気をつけて。あの人達によろしく伝えて頂戴」

「はい。……お忍びの訪問ですが、必ずお伝えします」

「リーアも。きっと貴方にとって良い出逢いとなるわ。大切にね」

「はい……」

 

 んー? ……一体誰なんだろ。

 

 

 * * *

 

 

 私は外に出るのは良くないと思いつつ、外に出る事そのものは好きだったりする。

 未見の景色を目にするのは好奇心が刺激されるし、本当はもっと大手振って外を出歩きたいと思っている。子供だし、魔力を持たないなんていう劣等児だから難しいんだけど。貴族階級というのも悩ましい仕組みだ。

 お義姉様に手を引かれながらやってきたのは見知らぬ場所。どうにも田舎のような景色が広がっていて、のどかな印象を受ける。

 

「お義姉様? ここはどこですか?」

「リーア、ここはもうグレモリー領ではないの。今回はお忍びです、大丈夫だとは思いますが決して私の名を口に出さぬように。私もリーアで通しますので」

「え、と。はい」

「それで、ここがどこか? でしたね。ここはバアル領ですよ」

 

 ……バアル領? バアル領って言ったの? お義姉様。

 それって、もしかして。私の脳裏で蘇る姿がある。

 雄々しき獅子のような男、人を見せ付けて止まない一人の男。

 そして、私と同じ境遇に立たされていた不屈の彼。

 

(サイラオーグに会える……!?)

 

 緊張に胸が高鳴った。そしてお忍びだと言うのもわかる。この頃のサイラオーグの立場は決して良くなかった筈。田舎に移り住んで、そこでも虐められて、体を鍛えている筈。

 もう奮い立った後なのか、それともこれから奮い立って修行を始めているのかわからないけど、そんな彼と出会える。

 周囲の景色を見回す余裕なんてなかった。ただドキドキしっぱなしでお義姉様に手を引かれるままに進んでいった。

 そうしてのどかな街中に入る。そのまま歩いていると喧噪の声が耳に届いた。そちらに視線を向けていると、どうやら子供が集まって騒いでいるらしい。

 ……それが、何故か妙に気になった。

 

「お義姉様、アレは何?」

「……アレは」

 

 お義姉様に問いかけると、お義姉様は目を細めた。子供達は囲いを作って何やら騒いでいるようだった。口々に大きく声を上げ、それはまるで何かを罵っているようで。

 ざわり、と胸がざわついた。思わずお義姉様の手を解いて人垣の中へと進む。リーア、と後ろで怒鳴る声が聞こえたけど気持ちが抑えられない。

 小さい体を活かして、間をすり抜けるようにして前へと向かう。円の中心には二人の少年が向かい合っていた。……いいや、片方は膝をついていた。

 ボロボロだった。酷い有様だった。いたぶられたのだろう。膝は震え、立ち上がる力が無く、それでも立ち上がろうとするかのようだった。

 ボロボロの少年と対峙していた少年は、逆に余裕そうで、嘲笑うように膝をついた少年を見ていた。その手には炎が浮かんでいる。あれが魔力で生み出した炎なのだとわかった。あれが魔力……! 相変わらず目にしてもよくわからないけど!

 

「いい加減諦めたらどうなんだよ、魔力無し! ―――無能の“サイラオーグ”!!」

 

 ―――ッ!

 やっぱり、あの子がサイラオーグなんだ! ……本当に、ボロボロで。悔しそうに歯を噛んで、それでも立ち上がろうとしている。

 痛い。痛そうだ。正直、目を背けたい。だって火傷が酷い。炎に焼かれたんだと思う。殴られた後も、擦り傷もある。それでも涙は流さない。僅かに目に滲む程度で、彼はただ必死に相手の少年を睨んでいた。

 

「取り消せ……!」

「まだ吠えるのかよ!」

「俺への侮辱は良い……! 母上の侮辱だけは許さない! 取り消せ!!」

 

 ……あぁ、なんとなく察した。

 こいつ、サイラオーグの母親を馬鹿にしたんだ。無能を生んだ能無しとか、きっとそんな感じで。母親を敬愛しているだろうサイラオーグはそれが許せなくてこんな喧嘩になったんじゃないかと思う。

 

「取り消せ? 事実は取り消せないんだよ、お前が証じゃないか! 取り消すものなんて無いなぁ!」

 

 こいつ! 思わず頭に血が上がりそうになった所で手を掴まれた。振り返ればお義姉様が鬼の形相で私を見ていた。短い悲鳴が口から漏れて、泣きそうになる。

 そのまま私の手を引いて人垣から離れようとする。人垣が再び覆われる瞬間、私が見たのは少年の手に浮かんでいた炎がサイラオーグに向けられて放たれた光景だった。

 

「お義姉様! 離して!」

「リーア、貴方、自分が何をしているのかわかって?」

「でも!」

「お忍びで来ているのよ。私達がここにいる事がバレたら誰の迷惑になるのかを考えなさい」

「ッ―――!!」

 

 それを、それを言われたら頭が冷えた。そうだ、私達はお忍びでここに来ていて、ここにいる事がバレたら不味いんだ。

 そこに苦痛に叫ぶ声が聞こえてきた。サイラオーグの声だ。あの炎に焼かれたのだろう。酷い! こんな、こんな! こんな事が現実なの!?

 もしかしたら私がこうなっていたかもしれない。グレモリー家の庇護がなければ、こうなっていたかもしれない可能性がある。

 弱者が強者に淘汰されるなんてよくある事だ。争いの歴史を紐解けばそんなのすぐわかる。けど、だからといって目の前に見せ付けられて、はいそうですか、なんて受け入れられない! 受け入れられなかった!

 でも、何も出来ない。実際に私はあの場にいて何をするつもりだったのか。止めろと叫んだ? それで? それで一体何が解決する? ……しない、何も、何も解決する事なんてない。私は子供で、あまりにも無力だ。

 お義姉様に連れられてその場を離れるまで、私はただ、歯を噛む事しか出来なかった。

 

 

 * * *

 

 

 タイミングが悪い、とグレイフィアは舌打ちをしたい程だった。今回の目的だった片割れ―――サイラオーグ・バアル。彼をリアスと引き合わせたいというのがジオティクスの願いだった。

 サイラオーグもまたリアスと同じく魔力に恵まれず生まれた身。その境遇はリアスとは比較にならない程に不遇なものだ。

 それでも風の噂を聞けば諦めずに不屈の精神で立ち上がり、自らを鍛え続けているという。そんな彼にだからこそ、リアスを会わせたいとジオティクスは語っていた。

 バアル家はサイラオーグ、そしてサイラオーグの母であるミスラを快く思っていない。それ故にこのような辺境の地で暮らしている彼等だが、かつてはグレモリー家や母方の実家であるウァプラ家が引き取ろうとするも強烈な反発を受けた。

 それはバアル家がプライド高く、大王家という事もあって人目を気にする傾向もあった。故に、この辺境の地で生活を送る事がせめての妥協案だったという事だ。

 この事にヴェネラナが心を痛めていた事を知るグレイフィアも辛いものがあった。そして、二人目の我が子がよく似た境遇を抱えてしまった今では尚更に。

 自分に手を引かれ、顔を俯かせながら歩くリアスを見る。自分の手を離れ、リアスが飛び出した時は血の気が引いて、急いで連れ戻したものの意気消沈するばかりだ。しかし、何がこの子をここまで駆り立てたのだろう、とグレイフィアは疑問に思う。

 

「リーア。貴方、さっきどうしてあの騒ぎに入って行こうとしたの?」

「え? そ、それは……気になって……」

「軽率な行動よ。お忍びだって事を忘れないで頂戴」

「ごめんなさい……」

 

 肩を落とすリアスの様子にグレイフィアは眉を寄せる。

 

「……リーア、貴方は何を思ったの?」

「え?」

「さっきの光景を見て、何を思った?」

「……酷いな、って」

「酷い?」

「うん。あんな見せ物にされるのも、母親を馬鹿にされても覆せないのも、痛いのも、全部酷いなって。許せないなって」

「……そうね。許してはいけないわ。力あるものは力を振るう事に責任を持たなければならない。それが言葉であれ、魔力であれ、ね」

 

 力は容易く他者を傷つける。それ故に律しなければ、そこに残るのは破壊と悪意の連鎖だ。力あるものは決して無闇に力を振るってはいけない。それが責任というものだ。

 立場ある者であるならば尚更にだ。リアスが感じた事は尊い事だとグレイフィアは思う。それ故に、この出逢いは無くてはならないものだったのだろう。

 グレイフィアはふと、足を止める。きっとこの道で待っていれば“彼”は歩いてくるだろうから。足を止めたグレイフィアに不思議そうにリアスは首を傾げる。

 

「リーア、貴方に会わせたい人がいる、と言ったわね?」

「え? うん」

「貴方は、あの子に出会わなきゃいけなかった。今ならそう思うわ」

 

 どれだけその道で待っていただろうか。そんなに時間は長かったように思えない。

 その道を歩いてきたのは少年だ。リアスも目を丸くする。その身はボロボロで、火傷の痕が隠せない。それでも堂々と歩く姿は先程の広場で膝を付いていた少年、――サイラオーグ・バアル、その人だ。

 

「サイラオーグ様、ご無沙汰しております」

「……誰かと思えば、グレイフィア殿。変装をされているものだから誰かと思いました」

 

 道を歩くサイラオーグに歩み寄りながらグレイフィアは一礼する。するとサイラオーグは驚いたように目を瞬かせ、しかしすぐに笑みを浮かべて対応した。

 体の傷が痛むだろうに、その振る舞いは痛みを感じさせる素振りをまったく見せない。強い子に育っている、とグレイフィアは心中に複雑な思いを抱く。

 するとサイラオーグの視線がグレイフィアの傍らにいたリアスへと向けられる。リアスは一心にサイラオーグを見つめていた。サイラオーグも、その視線をどこか気まずそうに受けながらグレイフィアを見る。

 

「グレイフィア殿、この子は……?」

「今回はお忍びの訪問なので大きな声で申し上げられませんが、……この子が貴方の従妹(いとこ)のリアスです」

「! おぉ、君が……俺の……」

 

 リアスの名を聞いたサイラオーグは目を見開き、しかしすぐに声を潜めるようにしながらリアスを見た。その表情には様々な思いが詰まっているのが見て取れた。

 

「リーア。この人が貴方に会わせたかった人の一人、サイラオーグ・バアル。あなたの従兄(いとこ)ですよ」

 

 リアス・グレモリーと、サイラオーグ・バアル。

 同じ魔力に恵まれなかった子達が邂逅した瞬間だった。

 

 

 * * *

 

 

「怪我の手当、忝ない。グレイフィア殿」

「いえ。そのままお帰りになられてはミスラ様もご心配されるでしょう。……それに私は騒ぎを目にしていました。故に、これは私が見逃した傷でもございます」

「見られてしまいましたか。いや、お恥ずかしい所をお見せした……」

 

 お義姉様に手当されながらサイラオーグが申し訳なさそうに頭を掻いている。年の頃は私よりも上で、多分10歳ぐらいの外見だ。同年代、とは聞いてたけど悪魔の寿命は長いし、このぐらいでも同年代と称されてしまうんだろうなぁ、と。

 その体はボロボロだったけど、今はお義姉様に手当されて大分良くなったみたいだ。あのまま帰ったらサイラオーグのお母様も心配しちゃうしね。

 それにしても、この人がサイラオーグ。後の獅子の王と呼ぶに相応しき戦士となる人。主人公である一誠も一目を置いていた輝かしき人。

 その片鱗はもう今も見られるんだなぁ、といった感想を抱く。だって私だったら動けないだろう怪我を負いながらも平然と歩いて帰ろうとするんだから。本当、凄いと思う。

 お父様は私をサイラオーグと会わせたくて、お義姉様にここまで連れてきてくれたらしい。やっぱり、理由は私がサイラオーグと同じだからかな。

 

「痛みは大分引きました。これで母上に心配をかけずに済みそうです。感謝致します、グレイフィア殿」

「いえ……」

「それでお忍びの訪問という事でしたが、詳しい話は家についてからでも?」

「えぇ。お忍びといってもリアスの顔合わせの為に訪れたのですが……」

 

 ……えーと。

 ちょっと今、気まずい感じの空気が流れてるんだよね。

 私の方も、私の中では憧れの相手に会えてどんな風に話せば良いかわからないし、サイラオーグの方も私とどう接して良いかわかってないのが感じ取れる。

 そういえば、サイラオーグは私の事はどう聞いてるんだろ? 自分と同じ魔力に恵まれない子だって知ってるのかな。だから戸惑ってるのか、それとも私が女の子で年下だからかな。んー……どうしよう。このままは良くないよね。

 

「……傷」

「……?」

「傷、痛くない?」

 

 話題を探すように私の口から出たのは、やっぱりそれだ。

 痛い筈だ。絶対に。治療されている間も呻き声を上げるぐらいで、見るからに痛みに耐えてるのがわかった。だから無粋な質問かもしれない。でも、聞きたかったんだ。

 

「痛かったよね」

「……心配してくれてるのか?」

「うん。痛いのは怖いから。でも、サイラオーグは凄いね。泣いてないから。凄く強いんだね」

 

 それは本心だ。こんな幼いながらも、もう私が知る未来の姿の片鱗を見せているんだから。だからこそ凄いと思う。痛かっただろうに。苦しかっただろうに。なのに、なのにそれでも平然と見せている。

 羨ましい、と思う。格好良いな、と思う。私もなりたいと思う。こんな人のように強く、強くなりたい。そんな思いで一心にサイラオーグを見つめる。

 

「俺が強い、か。そう見えるか?」

「うん」

「さっきの俺の姿はお前も見てたんだろう? 俺は、ボロボロに負けてたぞ」

「それでも、アイツよりサイラオーグの方が絶対に強い。今は負けてても、サイラオーグの方が絶対に強くなれる」

「……本当にそう思ってくれるのか?」

 

 頷く。真っ直ぐに見つめてくるサイラオーグの目を見つめ返しながら私は嘘偽りなく口にする。

 

「誰かを馬鹿にする人より、大事な人を護ろうとする人が弱い筈なんかない」

「……そう、だな。弱いままではいられないよな」

「私も、サイラオーグみたいに強くなりたい」

「俺みたいに?」

「うん」

「俺みたいに、か」

 

 なんだろう。何かを噛みしめるような顔をしてる。でも、そうだよね。弱いままではいられない。私もそう思う。強くなりたい。やっぱり私は、子供でいる時間よりも強さが欲しい。大事な人を護れる力が欲しい。

 

「……お二人とも。そろそろ行きましょう、ミスラ様が心配されますから」

「あ、あぁ。……そうだな、案内するよ。リアス、遅れたけどようこそバアル領へ。辺境の田舎だがな」

 

 グレイフィアが移動を促す。そうだね、サイラオーグのお母さんが心配するもんね。

 どんな人なんだろう。そんなに記憶がないけど、逞しくて、優しい人だって印象があるような気がする。

 逸る気持ちを抑えられず、私はグレイフィアの手を引くようにして歩き出した。

 

 

 * * *

 

 

 俺の少し前を進むように歩く“従妹(いとこ)”の姿がある。グレイフィア殿の手を引いて歩く小さな姿に俺は不思議な気持ちになっていた。

 リアス・グレモリー。彼女の事は多少知っていた。“グレモリーの眠り姫”と呼ばれ、生まれてから3年ほど眠り続けていたという眠り姫。

 最近になって意識を取り戻し、意欲的にリハビリに取り組み実家に戻ったという。しかし、そんな彼女は魔力を持たないと言う。……俺と同じように。

 母上がその話を知った時、どこか辛そうだった。リアスの母であるヴェネラナ様は母にとっての義理の姉に当たる。俺の魔力が無かった事が発覚した後、グレモリー領での保護を訴えていたヴェネラナ様に思う所が母上にもあるのだろう。

 今でも細々とした手紙などのやりとりは続いているものの、直接顔を合わせる事はない。バアルの辺境とはいえ、まだここには本家の目が付いているのだから。

 俺も最後にヴェネラナ様に出会ったのはかなり前だ。だが、あの美貌は記憶に残る程だ。……思えば、リアスはヴェネラナ様の面影を確かに残しているように見える。帽子から僅かに覗く紅髪はサーゼクス様や、ジオティクス様のものとよく似ているが。

 正直、不思議な子だと思った。こちらを一心に見つめる視線には悪意がまったくなく、むしろ尊敬といった好意的な色が含まれていた。

 そんな目を俺に向けてくれる奴なんていなかった。母上でさえ、慈しみの中に俺を憐れむ色を見せているから。それは数少ない母上に付いてきてくれた執事や従者の者達も同じだ。

 リアスにも憐れみの色があるか、と言われれば僅かに感じる。だがそれを塗り替える程の真っ直ぐな好意に俺はちょっと慣れなかった。だが、彼女から投げかけられた言葉の1つ1つが俺の中に染み入るような気がしたんだ。

 

 ―――サイラオーグは強いね。

 

 そう言われた事は、初めてだった。

 最初は不思議だった。何故そんな事を言うのか、と。続いた言葉に涙が出そうになった。けど涙を見せるのは憚れた。一心に俺を見つめてくれる瞳を憂いの色で穢したくなかった。

 同じ境遇だから、俺を強いと思ってくれたのだろうか。それは同情なのかと思った。だが、同情ではない。同情などではなかった。ただリアスは俺を真っ直ぐに見て、俺を強いと認めてくれたのだ。

 救われた気持ちになった。足掻いて、足掻いて、足掻いて、何度も辛酸を舐めながらも戦ってきた。勝てた試しなど一度もない。嘲笑はどこを付いても回っていた。何度も泣いた。母に叱咤された。母を泣かせていた。このままではいけない、と奮い立って自らを鍛えた。今もまだ理想には届いていない。

 そんな中で真っ直ぐなまでの好意を示された。強いのだと認めてくれた。あぁ、嬉しいものだな、と思う。……途中でグレイフィア殿に指摘されて気付いた事なのだが、俺は笑みを浮かべていたらしい。本当に嬉しそうな、心の底からの笑みを。

 

 

 ……あぁ、自分が気付かないままに、心の底から笑ったのはいつ振りだろうか。

 

 

 

 

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