深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.05

「ここが私の実家よ。歓迎するわ、黒歌、白音」

「…………わぁ」

 

 列車を乗り継ぎ、グレモリー本邸前の駅で降りた後、迎えの馬車で移動して辿り着いた我が家。これには白音はぽかんと口を開けているし、黒歌も少し目を剥いているようだった。これにはここに来たばかりの私を思いだして、思わず笑ってしまう。

 入り口にはメイド達が揃っていて、私を出迎える為に一礼をする。それに私も応じるように背筋を伸ばす。

 

「少し遅れたけれど、今戻ったわ」

「お帰りなさいませ、リアス様」

「旦那様からご指示いただいております。お客様は客間に上げる前に風呂の準備が整っているので、そちらにご案内するように、と」

「そうね。丁重に持て成して頂戴」

「畏まりました。では、お客様、こちらへどうぞ」

「ちょ、ちょっと……!」

「いいから、ゆっくり2人で湯に浸かってきて頂戴。貴族の家だから、泥まみれで上げる訳にもいかないの」

 

 黒歌が戸惑ったように抗議の声を上げるも、こればかりはお父様の指示でもあるのだから従って貰うしかない。白音もあわあわとしているようだが、うん。可愛らしい。暫くは我が家のスケールの大きさに反応が初心であって欲しい。

 

「これからどうするか2人で話し合うのも大事でしょう。邪魔はしないから、体の疲れと汚れを落として来なさい。じゃあ、後は頼むわね」

「はい、リアス様。旦那様は私室でお待ちです」

「ん、ありがと」

 

 まだ戸惑ったままの猫又姉妹を置いて、私は慣れ親しんだ屋敷の中を進んでいく。

 暫し歩いて、お父様の私室の前に辿り着く。軽く身だしなみを整えてから、ノックを数度。

 

「お父様、リアスです。ただいま戻りました」

「入りなさい」

「失礼します」

 

 中に入ると、執務机に向かっていたお父様が立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。

 帰宅の抱擁を交わした後、互いに部屋の椅子に座って向かい合う。

 

「連絡を聞いた時は驚いたよ、リーア」

「私もまさか、と思うばかりですよ」

「黒歌、そして小猫……いや、白音だったか。偶然か、或いは必然だったのか。僥倖とは言えるのだろうか」

「まだ黒歌は罪を……いえ、窃盗などには手を出していたようですが、大きな事件は起こしていません。これを幸いと取るべきかは、私には判断しかねますが……」

「災厄の芽は摘み取れる内に取れるならば、それに越した事はないさ」

 

 ですね、と返答をしているとメイドが入ってきて紅茶と茶菓子を置いて去っていく。

 喉を潤す為に紅茶に手をつけて、一息を吐く。意識の澱みを吐き出すようにゆっくりと息を吐いてから。

 

「この件、お兄様にはまだ?」

「いや、グレイフィアが既に使いに出ている。本来であればリアスが拾う訳ではなかっただろう? であれば……」

「黒歌達を拾っていた悪魔がどうなるか、ですね。“原作”(ほんらい)であれば、黒歌によって殺されてしまう筈ですからね……」

「様子見はしておいた方が良いだろう。その部分の記憶は抜けていたのだったか?」

「えぇ。私はあくまで事実関係を知るぐらいで……」

「わかった。では、少し調べるように伝えておこう。彼女たちの親の事も含めね」

「ありがとうございます、お父様」

「何、お前の為だ。気にする程の事ではないさ」

 

 微笑むお父様に、私も力を抜いたように苦笑を浮かべる。ここで頼らない方が後々に響きそうだし、こうするのが一番良いのがわかっていてもね。

 だからこそ、この申し訳なさは感謝に変えないといけない。そして私自身も変わっていこう。もっと良くなるように。出来る事はいっぱいあるから。

 

「しかし、この時期か。もうすぐお前も人間界に戻るというのにな」

「いっそ連れていくつもりです。日本にいれば、最悪妖怪達の勢力に身を寄せるという選択肢も黒歌達に残せますし」

「……手元に置く気はないのかい?」

「それを決めるのはあの子達ですから。私は強制出来ません。……庇護下にいてくれたら、とは思いますが。白音はともかく、黒歌は私を信用していませんしね」

 

 少し寂しくは思うけれど、こればかりは仕方ない。私に黒歌の心の傷を癒してあげられそうにはないし、歩み寄ってくれなければこちらが歩み寄るには限界は訪れる。

 それで不和の要因になるぐらいなら、好きに生きて貰った方が良い。私はその生きるという事を選べる選択肢を用意する事しか出来ないと思う。今の黒歌を救うと言っても、正直見当もつかない。それこそ契約という枷で縛るぐらいだ、私に出来る事は。

 

「……それでも、いつか側にいたいと思ってくれたらいいな、と。そう思うばかりです」

「……ふぅ。そこで何か後ろめたい事を言おうものなら拳骨だったのだがな」

「ははは。いい加減、自分に酔うのも止めないといけないと思うばかりですよ。目に見えない微々たるものだとしても、私は前に進んでいますから」

 

 辛くても、苦しくても。それが生きるという事だから。生きていくなら、積み上げていかなければいけない。

 

「まぁ、自分のペースで。のんびりしすぎず、急ぎすぎず、適度に頑張ります」

 

 私の返答に、お父様は少しだけ困ったように笑って。

 

「仕方のない子だ、本当に」

 

 はい、仕方ない子で申し訳ありません。ただ自覚して改善するようには努めているので見逃して欲しいなぁ、などと思いつつ。

 

「……しかし、頃合いか」

「? 何がですか?」

「リーア、人間界に戻る前に一つ、儀式を済ませていきなさい」

「はぁ。何の儀式ですか?」

“王”(キング)の登録だ。もう、今のお前なら自分で“眷属”を選んでも良い頃合いだろう」

「…………うぇぇ!?」

 

 と、登録って……まさかの悪魔の駒(イーヴィル・ピース)!? 突然のお父様の言葉に私は目を白黒させる。

 

「ベルゼブブの一件もある。お前はそろそろ自衛の為にも、自分の身を固める事をし始めても良い時期だろう。そういう意味では、あの姉妹と出会えたのも良い契機とも思う」

「私が、私の眷属を」

「これからお前の生きる道は激しさを増すだろう。少し前までのお前ならば不安は残ったが、今ならば大丈夫だろう」

「……お父様」

「自分の夢を、幸いを忘れずに生きていきなさい。お前が健やかに育ち、目指す未来を実現する事を私達はいつでも祈っているのだから」

 

 突然の事で衝撃を受ける。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)が私の手元に来る。それは自分で眷属を選ぶ事が出来るようになるという事。

 他人の一生を左右するもの。その実感と重みが一気に心に押し寄せる。戸惑うばかりの私に、お父様は朗らかに笑う。

 

「まぁ、まだお前が人間界に戻るのも時間がかかる。心構えだけ済ませておきなさい」

「……はい、わかりました」

 

 それから暫くお父様と今後についての打ち合わせをすると、ノックの音が聞こえてくる。失礼します、と一言を置いて中に入ってきたメイドが一礼をする。

 

「リアス様、お客様なのですが……」

「? 何かあったのかしら」

「いえ。お風呂の後にマッサージもご案内したのですが……2人とも、すっかり眠ってしまいましたので、そのご報告にと思いまして」

「あらら」

 

 思わず口に手を添えて声を漏らしてしまう。まぁ、それもそうか。今までの生活で疲れ切っていた所に至れり尽くせりだ。どんなに気を張っていたのだとしても、体の方が限界を迎えてしまったんだろう。

 色々と話もしようかと思ったけれど、これは改めた方が良いか、と。

 

「リーア、お前も今日は休みなさい。旅の後なのだからね」

「それもそうですね。では、今日はもう休ませていただきますわ」

「あぁ」

 

 挨拶を交わして、部屋を退室する。確かに旅の疲れは残っているようで、少し怠い。勿論、唐突に“悪魔の駒”(イーヴィル・ピース)の話を振られたのもあるけど。

 黒歌達の対応もあるし、今日はさっさと休んでしまいましょうか……。

 

 

 * * *

 

 

 さて、翌日となりまして。朝食を頂いてから私は黒歌と白音の様子を見に行く事を決めて、2人に宛がわれた部屋へと向かっていた。

 2人に宛がわれた部屋は、あまり他者との接触が少ない方が良いだろうと選ばれた離れの方だ。あまり慣れない環境で、刺激が多いのも大変だろうと、2人に配慮された結果との事で。

 

「黒歌、白音。リアスよ、入っていいかしら?」

「……入って大丈夫よ」

 

 ノックの後、問いかけをすると黒歌からの返事が聞こえる。返事を確認した私は部屋の扉を開ける。

 大きなベッドが一つ、そこに黒歌が座っている。白音は横になっているのか、黒歌に布団をかけられていた。

 2人とも、昨日出会った時に比べると綺麗になっているし、服も用意されて見窄らしさは綺麗さっぱり消えていた。それに安堵を覚えて、つい息を吐いてしまう。

 

「……あんた、上級悪魔の娘だったんだね」

「まぁね。あぁ、畏まったりはしなくていいわよ。貴方達はあくまで客人だもの」

「そうも言ってられないんだけど、アンタがそう言うなら楽にさせて貰うわ」

 

 黒歌の態度は昨日に比べれば、どこか柔らかい。けれど尖った雰囲気は消えず、こちらを伺うような視線は変わらないままだ。

 一方で白音の方だが、穏やかに眠っているようで、すぅすぅ寝息を立てている。まだ朝で、食事は終えたと聞いていたのだけど、もう寝ちゃってる?

 疑問に思っていると、黒歌が察したのか説明をしてくれた。

 

「まだ現実だと思えないみたいで、そのまま寝かしつけたわ。まぁ、お風呂にマッサージ、こんなにふかふかの布団に、暖かな朝食……昨日まで望める筈もないものがこんなにも惜しみなく出されたら、ね」

「……そっか。それは何よりだよ」

「……感謝はしてる。けど、アンタを信用するかって言われたらそれは別問題だから」

 

 白音の頭を撫でていた手を離して、私に向き直るようにして向けた視線は昨日と変わらない疑惑の眼差しだ。……多少は和らいではいるようだけれど、やはり対応の姿勢そのものは変わらない。

 それで良いと思う。私が勝手にしている事だし、それをどう受け取るのかは本人の勝手だ。少しだけ、寂しくないと言えば嘘にはなるけれど。そんな感傷を振り払うようにわざとらしく咳払いをして。

 

「……そうね。今後の話を、とも思ったけど。白音が起きてからの方が良い? それとも“白音に知られたくはないけど”、言っておきたい事とかある?」

「……その“わかってます”みたいな喋り方、すごくムカつくから止めて貰える?」

「ごめん。そういうつもりはなかったんだけど、でも、そういう事でしょう?」

「……そうね」

 

 白音の頭を少し撫でてから、黒歌は指を指す。この離れの客間にはバルコニーがある。意図を察して、バルコニーへと場所を移す。

 そこで手すりに体を預けるようにして、黒歌はこちらを見る。自然体のように見えるけれども、よくよく観察していればすぐ飛びかかれるようにしているのはわかりやすい。

 

「さっきも言ったけど、感謝はしてる。そこはちゃんとお礼を言うわ」

「恩を売ったという訳でもないから良いんだけど、そのお礼は受け取ってはおくわ」

「……で? 私は何をすればいいの? 私達の生活は貴方の意志一つな訳だし。私だけじゃなくて白音にも何かさせるつもり?」

「それは、今後の契約内容の確認という認識と受け取って良いかしら? こちらはあくまで貴方に仕事を依頼する立場として応じる、という事で話しても?」

「……それでいいよ」

 

 拗ねたような反応をされて、思わず苦笑する。まぁ、仕方ないと気を取り直しつつ。

 

「まず今後の話だけど、私の今の活動拠点は人間界、それも日本なのよね」

「……日本」

「そ。だから貴方と白音にもそっちに移って貰おうかと思うのだけれど、もしここで生活をしたいって言うなら……そうね、メイドとかの仕事は斡旋出来るけれど。で、私が定期的にこっちに戻ってきて、貴方に仙術を教えて貰ったり、そんな感じかしらね」

「教えるのは構わないけど、アンタが仙術を取得出来るかは責任持てないよ。私だって母親から教えて貰った程度の事しか出来ない訳だし」

「ん。まぁ、それはそれでいいわ。そもそも知る切っ掛けすらない状態だったから、それだけで一歩前進だもの。それに対しての報酬は支払うわ」

「……アンタについていった場合は?」

「そうね……まず白音には学校に通って貰おうかしら。教育は今後、色々してもらうにせよ、独立するにせよ必要でしょう? 出来れば貴方も通って欲しいと思うのだけれど」

「はぁ?」

 

 凄い気の抜けたような声を出す黒歌。まぁ、あっちに連れていくならカモフラージュの為にも学生をやっていた方がお得ではある。他にも方法がない訳じゃないし、猫になれる彼女たちなら必須ではないけれど。

 教育というのは受けてるのと受けてないのではやはり全然違う訳で。それなら学生として知識を身につけて貰った方が今後の展望が広がりやすい。白音に関してはグレモリー家に残すのだとしても家庭教師を呼ぶつもりでいたし。

 

「……それ、私達側があまりにも貰いすぎて裏を疑いたくなるんだけど」

「それだけ貴方達に価値を見出してる、と言っても……貴方からすれば気味が悪いかしら? けれど、私にとっては適正な対価だと思っているわ。仙術を学べるというだけではなくて、今後の貴方達の将来に投資している、と思ってくれて構わないわ」

「将来、ね」

 

 探るような呟きが零れる。未来を知っている身としては、黒歌の才能は惜しいのは事実。ポテンシャルが高いのは証明されている。ここから同じ道筋は歩まないとしても、将来への期待は大きい訳で。

 意図せぬ敵に回られるよりは、手元に置いておきたい気持ちはあるけれど……それだって相手の意志次第だ。無理に抑え付けて手元に置いておく意味も、理由もないのだから。

 

「……アンタは何を目指してるの?」

「ん?」

「私達の将来を保証してくれるのは結構だけど、肝心のアンタは何を目標にしてるのよ」

「目標、かぁ」

 

 さて、どこまで話そうかな。少しの間、目を閉じて話す内容を吟味しようとして、止めた。

 思ったことを言おう。素直に思ったまま。それが、なんとなく正しい気がした。

 

「立派な悪魔になって、色んな場所にいって、争い事が少なくなるようにして、平和な世界を築きたいかな。平穏で、平和で。そんな世界が欲しいし、誰かに与えたい」

「……はぁ」

「その為に色々とやってるんだけどね。黒歌が私についてくれる、って言うならその辺の関係も話さないといけないんだけど……あぁ、どっちにしろ日本に行くとしたらわかるだろうしね。今、天使と堕天使と和平条約が結べないかどうか活動中なのよ、私」

「はぁ!?」

 

 黒歌が心底驚いた、と言うような声を張り上げる。耳はぴん、と立って、目は限界まで見開かれている。

 

「……本気で言ってるの? それ。というか私が聞いて良い話なの?」

「私が雇う以上、後でどうせ知る事だしね」

「……呆れた。私がその情報を持って雲隠れするとか思わないの? それ、表立ってやって良いことではないでしょ?」

「その情報を貴方が白音の幸せの為に有効活用出来る術があれば、まだ言わなかったかもね」

「……言うじゃない」

 

 睨むように黒歌の視線が鋭くなり、舌打ちをされる。実際、私に拾われてる次点で選択肢は限られている。伝手なんてあったらそこを頼ってる筈だし。

 ちょっと甘い気もするけど、黒歌には変に隠す方が疑いを持たれなくて済むと思う。疑心暗鬼に関しては元々だ。なら、少なくとも自分が後悔しないように振る舞わせて貰うよ。

 

「後はそちらの希望を聞いてから、という所かしらね。私も人間界に戻るのはまだもうちょっと先だから、それまでに纏めてくれればいいわよ」

「……本当に、アンタと話してると気が狂うよ」

 

 忌々しげに呟く黒歌に、私は笑みを浮かべて返す。それに気付いた黒歌がジト目で私を見る。

 

「何笑ってるのさ」

「……ん。ちょっとね。私は貴方とこうして話せてちょっと楽しいから」

「……私は楽しくないよ。感謝はしてる。だけど、アンタは嫌いだ」

「あらら、嫌われちゃった」

 

 肩を竦めて笑ってみせる。今は、これぐらいで良いかな。

 

「白音が起きたらまた来るわ。今はゆっくり休んで頂戴。足りないものがあれば持って来させるから」

 

 返答はない。ただ、黒歌は黙り込む。それに軽く手を振ってから、私は二人の部屋を後にする。

 いつか、黒歌とも笑い合えるようになれたらいい。そうなる為にはどうしたらいいかなんてわからないけれど、出来る事を少しずつしていこう。先は長いのだから。

 

 

 * * *

 

 

 リアスが去り、扉が閉まるのを確認してから黒歌は深く溜息を吐いた。

 そのまま未だ眠りについている白音の下へと向かい、自分も仰向けになるようにしてベッドに倒れ込む。

 

「……何なのよ、アイツ」

 

 言ってる事は全部、自分にとって都合が良くて。

 向けられる言葉は優しくて、こちらに譲るものばかりで。

 暖かな空間、飢える事のない時間。何もかもが充実しているのに、心は荒むばかりで。

 まるでねじ切れそうな心を抱えて、黒歌は胸に淀んだ感情を吐き出すように呟く。

 

「気味が悪い」

 

 黒歌の胸に嫌悪感が浮かび上がる。そう、嫌いだ。どうしようもなく黒歌はリアス・グレモリーという悪魔を嫌悪している。

 感謝はしている。白音も助けられた。自分も楽になった。だけれど、リアスへの感情は嫌いという思いが先立つのだ。

 リアスの言動はあまりにも都合が良すぎて、わかったように話されるのが癪に触って。神経を逆撫でされているかのようで。

 

「何が、わかるって言うのさ」

 

 アンタに、私の何が。

 こんな風に暖かい生活をしていた奴が、親にも大事にされてるのが目に見てわかるような奴が。

 どうしようもなく嫌いなんだ。だからこそ、黒歌はリアス・グレモリーを嫌悪し続ける。

 目元を隠すように手を乗せる。視界が闇に覆われて、何も見えなくなる。

 

「……お母様」

 

 口にした言葉に、噛み切りそうな程に唇を噛む。悔しくて、虚しくて、悔しくて、ぐちゃぐちゃになる感情に吐き出してしまいそうになる。

 弱くなりそうだ、と黒歌は口に出さず思いを巡らせる。この暖かさに触れていると、自分が脆くなっていくと。それがどうしようもなく、不愉快だ。

 だからといって、あぁ、もう手放せる訳もない。だって白音が笑ってくれているんだ。そう、笑ってるんだ。それに代えられるものなんてない。……ないのに。

 

「嫌いよ。嫌い、嫌い、嫌い、みんな、きらい」

 

 辛い事しかなかった世界も、自分を置いていった母親も、私達を省みる事がなかった父親も、リアス・グレモリーも、何よりも大事な白音を笑顔に出来ず、守りきれなかった自分も。差し出される手を取るしか出来ない自分も。

 悔しい。虚しい。苦しい。憎い。ヘドロのようにへばりつく感情の波。それを自分の中に押し込めるように黒歌はベッドの上で身を丸める。

 嫌いだ、と何度も口にして。黒歌は唇を硬く引き結ぶ。軋みそうな程に歯を噛みしめて、拒絶するように頭を抱えて耳を塞いだ。強く閉じた目から零れ落ちたものに本人も気付かぬまま。

 

 

 ――白音さえ幸せで笑ってくれるならそれで良いのに、“それだけ”で満足出来なくなった自分も、それでも何一つ叶えられやしない自分も、世界も、他人も、みんな、みんな嫌い、嫌いよ。

 

 

 

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