深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.06

 深くを息を吸う。喉から肺にかけて、そして全身に行き渡っていく感覚に自分の体の強張りを感じた。まったく、緊張する場面はいつもこうなのだから。どこか他人事のように自分の体に苦笑する。

 鏡の中に映る自分は今までの生の中で一番、飾り付けられているのではないかと思う程だ。それもその筈、色んな経験をしてきたけれども今回の出来事は大きな一つの節目になる。

 ――『(キング)』の登録の儀式。それは、私が上級悪魔に仲間入りするという事実を示す。

 その事実を思えば色々な思いが駆け巡る。まだ早いとか、怖いとか、不安が大半。でも、その中に確かに息づくものがある。それは夜空に瞬く星ほどの小さなものだけど、確かに自分の中にあるものだと今なら感じる事が出来る。

 サイラオーグと戦った時の胸の高鳴りにも似た色のそれは、未来への期待と決意だ。不安に押しつぶされそうでも、その中で確かに輝く星の一点は私の足に確かな力をくれていた。

 

「儀式の手順は頭に入ってるわね? リーア」

「はい、お義姉様。しっかりやってきます」

「節目となる晴れ舞台よ、胸を張ってきなさい」

 

 身だしなみを整えてくれたお義姉様が抱擁をし、私の背を撫でてくれた。強く、そして長い抱擁はまるで私の存在を確かめるようだった。

 

「……正直、早いと思うわ。でも、貴方はそれでも時代の先駆けとならなければならない。今更な話かもしれないけれどね」

「王になる、上級悪魔になると言う事は自らの眷属を持つ事が出来る資格を有するという事ですから。自覚以上の責務を認識しないといけません。だから、改めて言葉にして貰えると助かります」

「背負いすぎないのよ。その眷属は、貴方が護るべき者達でしょうけれども、同時に貴方を支える存在であるのだから」

 

 お義姉様の言葉に瞳を伏せる。胸の中に灯るのは、いつか選ばれるだろう私の眷属達への思いだ。私は彼等の王となり、その上に立ち、先導していかなければならない。

 そこに誰が加わるのか。知っている誰かなのか、知らない誰かなのか。それは正直に言えばわからないけれども。だけど、まだ見ぬその姿に誓う事が一つだけある。

 

「……星に」

「? 星?」

「星になりたいと思います。どんなに不安があっても、それが無明の闇に見えても、その中で確かに輝き続ける星でありたいと。私自身にとっても、私を知る誰かにとっても。闇に怯える事はなく、寄り添えるような確かな存在に」

 

 はっきりと口に出来る願い。私は、夜空に浮かぶ星になりたい。太陽にように鮮烈に輝けなくても、月のように煌めく事は無くても構わない。

 小さな星で良い。でも、確かにそこにある存在になりたい。見上げればそこに光を灯し続ける存在に。私は、私という闇をこれからも抱え続ける。そういう存在として生まれたからにはどうしようもないものだ。

 だから、この胸に灯った願いの光を私は星と呼びたい。私のこれからの道標として。絶えず輝き続けるものにしていきたい。そして、いつか胸を張るんだ。ここに私がいるんだと、確かな証を手にする為に。

 告げる私を見つめるお義姉様は柔らかく微笑んでくれた。そして、手を引く。時計を見れば時間が迫っている。もう移動しなければ。

 

「本当に時は瞬く間に過ぎていくわ。悪魔の生は永いのに、貴方は瞬きと共に変わっていくよう。だから消えないで留まりつづけて頂戴」

「はい。グレモリーの家が、お兄様達がいる家が私の帰る場所です。私がいるべき場所です。だから、必ず」

 

 その返答にお義姉様が満足げに頷いて、私の手を引いて歩き出す。そうして向かった先に待っていたのは正装したお父様。そう、私の付き添いはお父様その人。グレモリーの家から生まれた者を、その父が牽引する。

 

「……待っていたよ、リーア。準備はいいね?」

「はい、いつでも」

 

 お父様に返事をして、私はお義姉様に手を振る。お義姉様の傍にはお母様がいつの間にかいて、私を見送ってくれた。その目に涙が浮かんでいた事にくすぐったい思いを浮かべながらお歩いて行く。

 ファンファーレの音楽が鳴り響き、演奏と共に私がお父様の背に続く。行く道の先には上級悪魔のお偉い様達が拍手をして待ち構えていた。

 その中には社交界で見知った顔が幾つかある。それを眺めていると、シトリー卿と、シトリー卿に連れられてきたのだろうソーナの姿を見つける事が出来た。

 

(ソーナ、来てくれたんだ……)

 

 儀式の途中だから、手を振り返す事などは出来ない。ただ視界の端で参列してくれてきたソーナに感謝を心の中で伝えつつ、先へ進んでいく。

 そして、思わず息を止めそうになった。その参列者の中で忘れられない顔が並んでいるのが。

 灰色の髪に見事なまでに化粧を施した顔を私は忘れた事はない。そこに、確かに彼女がいた。

 

(――クレーリアさん)

 

 止めそうになった足に力を込める。けれど視線は外せなかった。すると、クレーリアさんもまた私に視線を向けられている事に気付いたのか。

 私達の視線が絡み合う。けれどクレーリアさんは何も言わずに、ただ私を真っ直ぐに見つめてくるだけだ。その曖昧な表情からは、どんな感情を思い浮かべているのかを察する事は出来なかった。

 ……それが、少し胸に刺さった。喜んでほしかった。本当は、最初に“友達”になっただろう彼女に心の底から私の晴れ舞台を喜んで欲しかった。

 私は彼女の運命をねじ曲げた。だからクレーリアさんは生きている。それがでも、彼女の幸福に繋がっていなかったとしたら。私のやってきた事とは何だったのだろうか。

 

(――今更だ)

 

 声は出さない。奥歯に力を込め、顔を上げ、胸を張る。

 確かに私はクレーリアさんから八重垣さんとの恋の成就を奪った。それをクレーリアさんが今、どう思っているのかは推し量る事は出来ない。

 でも、この席に参列している。私を見ていてくれているというのなら、胸を張れ。先程、自分に言ったばかりじゃないか。星になるんだと。誰かが見上げればそこにある星になるんだと。

 だから、この踏み出す一歩を確かに。どんなに苦しくても前に踏み出す。未来が、理想が、願いがその先にある。この歩みを止める事は出来ない。例え足が千切れたって這いずってでも辿り着いて見せる。

 心に灯る願いに火を灯すように。私の心臓は早鐘を打ち鳴らすように鼓動を加速させていく。それで良い。この心臓が、グレートレッドから貰った“生命の証”が私をここに立たせてくれている。

 

(必ず、貴方にも笑顔を浮かべさせて見せる。私の大事な人に諦めさせない為に。そうだ、あの人が私の最初の切っ掛けで、私が最初に運命をねじ曲げた人だ。なら見せなきゃいけない。今の私を……!)

 

 進む、進む、進む。お父様の背について、誰にも恥じる事はないと胸を張るように。

 そうして祭壇に辿り着いて、そこに待ち構えていたお兄様の姿を見る。私の姿を見た兄様が、その顔を笑顔に綻ばせる。

 

「待っていたよ、リーア。この日が来るのは思ったよりも早かったけれども」

「……はい、お兄様。私は確かに、ここに辿り着きました」

 

 ここは通過点でしかないけれど、確かに一つの節目。悪魔として過ごす一生の大きなイベントだ。ここを通らずして、私は“リアス・グレモリー”を越える事なんて出来はしない。

 ここから大きく変わる。今までの変化よりも大きく、激しく、それでいて確かなものに。未来に希望を灯すんだ。他でもない私の未来の為に。そして私が大事に思う誰かの為に。

 私の決意を余所に儀式は滞りなく進んでいく。儀式の為に呼ばれた演奏家や歌手達が私の祝いの席の為にその芸を披露するのは、やはりどこか心臓に悪い。劣等感に似た気持ちを無理矢理引っ込めつつ、密かに感謝の念を送っておく。

 そうして、ようやく本番の時が訪れる。導かれるようにして私はお父様に連れられて祭壇の中央へと立つ。そして承認証を手にしたお兄様がそれを広げ、会場に通るような厳かな声で告げる。その内容は、魔王として私を上級悪魔として認める旨だ。

 

「此度の承認は異例なるもの。しかし、その異例に恥じる事なく、胸を張って受け入れる事を誓うか?」

「この身、この名、この血、この魂、我が全てをかけて」

「よろしい。では、リアス・グレモリー。汝を上級悪魔とする」

「謹んでお受け致します」

 

 お兄様の手から承認証が手渡される。しっかりと承認証を受け取り、持ち替えて周囲の方々に見えるように掲げてみせる。

 次の瞬間、目が眩むようなフラッシュが焚かれて、少しビックリする。出来るだけ表情や動きに出さないように四苦八苦しながらも、受け取った承認証を傍付きの係に手渡して、次の行程へと進む。

 祭壇の中央で、お父様を前にして片膝をつく。お父様の手には豪奢な王冠があり、それが私の頭へと被せられる。確かな重さを持つ王冠の感触を感じながらゆっくりと立ち上がる。

 再び炊き上げられるフラッシュと、盛大な拍手。今度は慣れたのか自然と次の行程へと進む事が出来た。お父様に代わるようにして、再びお兄様が進み出てくる。

 お兄様がそのまま手を上に翳すと、上空から立派な黒光りする石碑がゆっくりと降りてくる。思わず息を呑む。これが、王の登録を済ませる為の石碑……!

 

「さぁ、リアス。石碑の前へ」

「……はい」

 

 促されるまま、石碑へと一歩を踏み出す。自分よりも巨大なそれを目の当たりにして緊張していないと言えば嘘になる。

 手を伸ばす。石碑へと伸びた手がそれに触れるまでの瞬間はまるでスローモーションにさえ思えた。

 そして、触れる。予め魔力は充填して溜めておいた。これで問題はない筈。そう思った次の瞬間、体の芯から響くような鼓動の音が体を揺らせた気がした。

 

『──我が夢。これは一つの通過点であり、しかし到達点である。我はお前を祝福する』

 

 脳裏に聞こえた声は、グレートレッドのものだった。グレートレッドも私を通して見てくれている。それがなんとも言えない思いを胸に浮かべていく。

 思わず、この身に流れる感触に委ねていたかった。しかし夢心地は一瞬だった。私が触れていた石碑が紅く輝いて私の手形を浮かべて……そして消えていく。

 ただの石碑の状態に戻った事を確認して、私は手を引いた。手を引いた私に歩み寄ってくるのは、今度はアジュカ様だった。

 そのアジュカ様の手には小箱が握られている。心臓の高鳴りが抑えられない。あれこそが、この世界では大きな切っ掛けとなったアイテム。私の、そして私に関わる誰かの運命すらも大きく左右してしまうハジマリを告げたもの。

 

「……おめでとう、リアス。さぁ、受け取ってくれ」

「ありがとうございます。アジュカ様」

 

 壊れ物を扱うような手付きで、その小箱を受け取った。その中には確かに『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』が収められている。

 それを見て、胸に沸き上がるのはどうしようもない程の感慨だった。ここまで来たのだと。来てしまったのだと。それを宝物を抱くように抱き締めてしまった事は、どうか責めないでで欲しいと思った。

 こうして、この日を以て私は上級悪魔の仲間入りを果たすのであった。

 

 

 * * *

 

 

 儀式が終わって、参列していた方々が帰っていく中で私は目当ての顔を探して走っていた。

 どうしても抑えられなかった。どうしても、今、この場で話が聞きたかった。その声を聞いて、問いただしたかった。

 少し外れた会場の外で私は向かい合う。……まるで、相手も私が来る事がわかっていたように待ち構えていた。ゆっくりと振り返って、彼女は──クレーリア・ベリアルは私と向かい合ってくれた。

 

「……久しぶり、リーア」

「クレーリアさん」

「おめでとう。……本当、型破りな事ばっかしてるのは相変わらずだね」

 

 柔らかく微笑む彼女に影を見出してしまうのは、私の罪悪感か。それとも、実際に帯びた影だったのかはわからない。それに心臓が軋むような痛みを覚え、咄嗟に胸を掴む。

 でも、目を逸らす事はしない。ゆっくりと言葉を選ぶように息を整える。まだ、多くの参列者がいる。どこで、どんな目と耳があるかわからない。そんなのはわかってる。

 それでも、今を逃したら一生向き合えない気がした。そんな焦燥感のまま飛び出して、私はクレーリアさんと向かい合ってる。

 

「……クレーリアさん」

「ふふ、そうやって緊張してたら、また過呼吸で倒れちゃうよ?」

「──あの日の思いは、まだ死んでいませんか?」

 

 茶化すような、いつものやりとりを押しのけるようにして問いかける。それに微笑を浮かべようとしていたクレーリアさんは、哀しさを秘めたような複雑な色の表情へと変える。

 私とクレーリアさんの間を吹き抜けていくような風。それが過ぎ去った間を置いて、クレーリアさんが口を開く。

 

「……病とはよく言うわ。本当に、ね。まるで微熱みたいよ。ずっと、ずっと残ってる」

 

 その返答に息を吐いた。重く、重く。高鳴る鼓動を抑え付けるように爪を立てて、その痛みが私の思考をクリアにしていく。

 

「クレーリアさん、私ね、私、私はね」

「うん」

「夢を叶えたい。色んな夢がある。いっぱい夢があるの。叶えるのは大変で、どれだけかかかるかわからない」

「うん」

「今日、来てくれて、嬉しかった。だから、私が見た夢の一つも、まだ続いてる」

「……うん」

「あの日の続きを、途切れさせてしまった夢を、私はまだ夢見てる! 諦めたくなくて、どうしても伝えたくて! だから、ここにいてくれて、本当に、嬉しかった」

「……リーア、貴方」

「怖くて言えなかった。でも、今なら言える。ねぇ、クレーリアさん」

 

 

 ――待っていてくれますか。その病の熱を、途切れさせない日が来る事を信じて。

 

 

 喘ぐようにして吐き出した言葉に、クレーリアさんはやっぱり無言だった。

 また風が吹いていく。それが昂ぶって、熱を込めた体には心地良かった。ただ真っ直ぐにクレーリアさんを見つめる事が出来た。

 あの日、約束する事なんて出来なかった。叶える為に進んでも、叶えると誓う事は出来なかった。だって、怖かったんだ。裏切ってしまうのが怖かったから、この思いに蓋をして背を背けた。

 その証明が、今の再会。今日に至るまで私はクレーリアさんに会おうとしなかった。叶えたら、叶える事が出来たら。その時はきっとなんて、知らずに自分に言い訳を重ねてて。

 今、その想いを形にして届ける。もう逃げない。期待されたら、その期待に押しつぶされないように立つことが出来ると思えたから。

 

「……本当、馬鹿みたいに真っ直ぐのは相変わらずね」

「それしか、出来ませんから」

「……うん。らしい、良かった。変わってなくて……うぅん。いや、強くなったんだね、リアス」

 

 私達の距離が無くなった。クレーリアさんが私に歩み寄ってくれたから。私の肩に手を置いて、私と目線を合わせて。

 

「――ごめん」

 

 申し訳なさそうに、私の胸を引き裂く言葉を告げた。

 悲しげに笑う彼女に、希望の色は見えなかった。ただ緩やかな諦めの色があった。私への気遣いの色が見えた。それをどうしようもなく悟った。

 

「ごめん、だから。良いんだよ、リーア。貴方が抱える事じゃない」

「クレーリア、さん」

「……ありがとう。でも、ごめん。だから、せめて貴方の夢は貴方の心の中に置いていって。私は願える程、もう子供じゃなくなっちゃったから。貴方が忘れないでいてくれたら……少しだけ報われるから。本当に来て良かった。貴方がそう言ってくれたから、私も歩き出せるよ」

 

 手が離れる。私が叶えたかった夢が離れていく。それが、私の心に、私の願いに罅を入れていく。

 だから、咄嗟にその手を掴んだ。目を見開くクレーリアさんと額をぶつけるぐらいに顔を近づけて、その目の奧を覗き込むようにしながら言葉にする。

 

 

「――諦めてた。きっと、別れる前のあの日の私だったら。でも、絶対に諦めてやらない。貴方が忘れてたって私が覚えてる。ちょっと手遅れで、貴方に怒られたって私の夢を押し付けに行くから」

「――――」

「貴方が希望を落としたなら、私が拾い上げに行く。届けに行くよ、一緒に。それがどんなに子供の理想だって、私は今、ここに辿り着いたんだ。だから、そこにだってきっと辿り着ける。辿り着いて見せるから」

 

 ――私は、貴方の言うように突き進む事しかできない。だから、何もかも突き破ってでも届けに行くよ。

 

 

「……ねぇ、リーア。“アイツ”、元気にしてる?」

「……はい」

「そう。そっか」

 

 額が離れて、背を向けられる。一歩、二歩、距離が空いて、遠くの空を見上げるようにクレーリアさんが顔を上げる。

 その背をただ見つめていた。今度は目を逸らさないように。離れてしまった距離を確かめるように。これが、今の私と彼女の距離。きっと、私達の願いの距離でもある。届きそうに見えて、でも届くと思えない距離にある願い。

 

「それで充分。でも、私は夢を見れない。見る事は出来ないよ」

「……うん」

「でも、見せてくれるなら。凄い奴だって、笑い飛ばしてあげるからね」

 

 ――期待しないで待ってる。

 涙交じりの声に、今は返す言葉を持たない。今度こそ歩き去って行くその背中を見つめて、私は空を見上げた。

 張り裂けそうな思いを吐き出したかった。でも、周囲の目がある。これ以上は目を惹けない。それでも動かない足に多少苛立ちながらも、空を睨んだ。

 

 

「まだ、何も終わってない。終わらせてなんかやらない。待ってくれないなら、私から叩き付けに行くんだから。覚悟しててよ。……泣かないでよ、なんて言えないから。その涙の分だけ、笑わせてやるんだから!」

 

 

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