深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.10

 ――その異変に気付いた者達は数多い。いや、気付かれない方がおかしかったのだ。

 

「――なんにゃ、今の」

「お姉様……! な、何ですか今のは!」

「わかんないにゃん、でも、結界も張ってないのにこんな街中でドンパチ起こすって正気!? あぁもう! 結界の張り方は覚えてるね、白音! 誰か張るかもにゃんて思ってたら不味いにゃん、これ!! 結界張りながら行くよ!!」

「は、はい!」

 

 町外れの山中で修行をしていた黒歌と白音が異変に気づき、駆け出して。

 

「な、何今の音は!?」

「一体、何が……それに何なの、この気配……! あぁもう、ようやく平和になったと思ったら、また何なのよ……!! とりあえず、バラキエル様に連絡を……!」

「リーア……リーアにも連絡を入れないと!!」

 

 自宅で過ごしていた朱乃と朱璃、レイナーレが突然の異変に連絡を取ろうとして。

 

 

「紫藤さん! これは一体……!」

「結界も張らずに、こんな街中で力を振るうとは非常識にも程があるぞ!? 八重垣くん、住民の避難を優先させろ!! これは……私達で手に負えるものじゃないぞ……!!」

 

 教会の戦士達が、この異常事態の危険性に気づきながらも己の職務を真っ当しようとして。

 

 ――それが、もうどうしようもない事態が引き起こされた後だという事をまだ知らずに。

 

 

 * * *

 

 

 ――意識が、戻る。

 全身が痛い。その痛みに眉を顰めて、すぐに自分に何が起きたのか把握して私は飛び起きるように身を起こした。

 眼に移ったのは砕けたアスファルト、折れ曲がった電柱、千切れた電線が痛々しい音を立てて電気を走らせている。あまりに凄惨な光景に息が止まる。

 その中央に、彼女が立っている。そう、オーフィスがいる。うっすらと笑みを浮かべて、私を見つめている。その視線に怖気が走る。恐怖に体が竦みそうになって、ふと、気付く。

 まず視線に入ったのは、オーフィスから少し離れた場所で倒れ伏した一誠だった。オーフィスの力の余波に巻き込まれたのか力なく倒れ伏している。……そして、じわりと血の海が広がっていた。

 

「……ぁ……?」

 

 目の奧が細くなっていくような感覚、一誠の姿がはっきりと映し出される。腹部に瓦礫の欠片が突き刺さったのか、そこから血が流れ落ちていく。あぁ、あのままじゃ一誠が死んじゃう。手当をしないと。

 身動ぎをしようとして、手をついて起き上がろうとして気付く。私から少し離れた、崩れた塀の瓦礫の中に半分埋まるようにして倒れている姿を。

 

「イ、リナ……?」

 

 ぐったりと倒れている。そう遠くない距離で、彼女が倒れている。あぁ、瓦礫が重そう。早くどけてあげないと、じゃないと、死んじゃう。

 ……死んじゃう? 誰が? いやだ。認めたくない。視界から送られてきた情報を理解したくない。だって、だって。

 もう、イリナの半身は千切れかけてる。瓦礫に押しつぶされて、明らかに息をしていない。力のない体は、最早命の鼓動を感じない。

 

「嘘、だ」

 

 何かの間違いだ、こんなの。だって、さっきお守りをくれて、頑張ろうって、そう思ったばかりで。だから、こんな事になるのは、きっと夢か何かで――。

 ぱき、と。何かが割れる音がした。胸元で。それは、イリナが私にくれたタリスマンが砕けた音だった。罅が入ったそれは半分に割れて、そのまま紐が千切れて落下する。地面に落ちた瞬間、完全に砕け散った。

 それが、まるで否定していた事実を指し示すかのようで。意識が現実を認識していく。ただ、私にとって理解したくない最悪を伴って。

 

「あ、ぁ、ぁあ、あぁあ、あぁあ、あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

 

 どこから声を出せるのかとわからないと程に声を上げた。飛び跳ねるようにイリナの傍へと跳んで、その手を握る。

 温もりはある。けれど、もう力なく垂れ下がっていて動く事はない。息の音も聞こえない。……あぁ、死んだ。死んでる。イリナが、イリナが、死んだ。死んだ。死んで。

 

「嘘だ」

 

 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。何度も繰り返すように呟く。イリナの口元に手を当てても息を感じなくて、背中越しに触っても心臓の鼓動も聞こえない。

 

「イリナ、おきて、イリナ……イリナ――」

 

 呆然とイリナを呼ぼうとして、横合いから殴りつけられた衝撃に吹き飛ぶ。そのまま何度か地を撥ねるようにして私は転がる。

 衝撃を受けた部分が痛い。骨が砕け、肉が殺げている。体が痛みを思い出したかのように血を吐き出して、喉に引っかかった血に噎せ返り、痛みに転げ回る。

 痛みで歪む視界の中で見たのは私を蹴り転がしたオーフィスだ。ただ淡々と、敵意を以て私を見ている。その表情は怪訝そうな表情で、何を考えているかわかりはしない。

 

「なんで、戦わない。グレートレッド」

 

 ただ不思議そうに問いかけてくるオーフィスに、私は何を言っているのかわからなかった。わかりたくもなかった。オーフィスが攻撃を仕掛けてくる理由も、イリナが死んでしまった事も。何もかもが、認めたくなかった。

 そのまま痛みに藻掻いて、呻く。今は、イリナの傍に行かなきゃいけない。だって、イリナが死んでるなんて、そんなの認めない。だから、だから。

 オーフィスが怪訝そうな表情のまま、私に歩を進めてくる。その現実がどこか遠い。まるでフィルターを被せられているかのように、全てが遠い出来事のようだった。

 

 

「――や、めろぉ……!!」

 

 

 そんなフィルターが晴れたのは、絞り出すような声だった。

 声に吊られて私が見たのは、這いずるようにして血の痕を引きながら藻掻いている一誠の姿だった。動けるような状態ではないのは一目でもわかる。声を出す事だって精一杯な筈なのに。

 

「やめて、くれ……リーアを……リーアが、死んじゃう……だろ……だから……やめ、ろよ……」

 

 最初に叫んだ声から、その声は段々弱々しくなっていって、やがては動かなくなった。必死に上げていた顔は自分が吐いた血に埋もれ、一誠もまた動かなくなる。

 あぁ、なんなんだろうか。これは、きっと夢だ。悪い夢なんだ。夢なら覚めて、早く起きてしまわないと。だって、じゃないと、こんなの。

 

「……」

 

 一誠の声に、一誠へと視線を向けていたオーフィスが見えた。けれど、彼女の顔には――なんの興味も浮かんでいなかった。そして私へと視線を戻す。どうでも良い、と言わんばかりに。

 

「――ぁ」

 

 それを見た瞬間、私の中で何かがブチ切れた。こいつ、こいつは。自分が殺した相手にまるで興味を示してなかった。まるで、どうでも良いと。私の大事な人達を、イリナを、一誠を傷つけて、何も感じて無くて。

 

「ふ、ざ、け、る、な」

 

 震える手で地に突きつける。体の痛みに震えながらも、起き上がる。

 突然なんだ。訳が分からない。理解が追いつかない。理解もしたくない。今の現実の全てが嫌で、理解を拒んで、ただ、目の前に存在するオーフィスが憎くて、許せなくて――。

 

「オーフィスゥゥウウウッ――――!!!!」

 

 殺してやる、殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやるコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテコロシテコロシテコロスコロスコロスコロス――ッ!!

 

「やっと戦う気になった。我、グレートレッド倒して静寂を手に入れる」

 

 

 ――オマエヲ、コロシテ、ヤル。

 

 

 * * *

 

 

 そして、三度目の悪夢が呼び起こされる。

 一瞬にして半龍化を遂げたリアスは襲いかかる獣のようにオーフィスへと飛びかかる。それをオーフィスは無造作に受け止め、オーフィスを中心とした地面が陥没するようにひび割れていく。

 それを煩わしく思ったのか、オーフィスはリアスの腕を掴んで思いっきり投げつけた。その勢いでリアスはアスファルトを砕き、削るようにして転がっていく。

 その間にオーフィスは宙へと浮かび、無造作に生み出した光球をリアスへと投げ放つ。既に転がりながらも体勢を立て直していたリアスが尻尾で光球を打ち払い、オーフィスに食らい付かんばかりの勢いで宙へと浮かび、殴りかかる。

 空中戦に舞台は移して、互いに殴り、蹴り、光弾をぶつけ合う。それだけで空気が震え、世界が砕けていきそうな余波を撒き散らしていく。

 

「ガァアァアアアアァアアアアッ!!」

 

 殺意に染まった目でオーフィスを睨み付け、リアスは接近して拳を振るう。それをオーフィスも真っ向から打ち払うように拳をぶつける。

 打ち負けたのはリアスだ。そのまま体勢が流れた所をオーフィスの光弾が叩き込まれる。その勢いのまま、再びアスファルトにリアスは叩き付けられる。アスファルトが波を打つように砕けて、リアスが沈む。

 

「……ガ、ハ……ゴホッ……!」

 

 血を吐き出して、再生していくもその間にオーフィスが急降下し、リアスを踏みつける。再び波打つように地面が弾け、リアスが盛大に血を吐き出す。

 その足を掴み、撥ね除けるようにして回転してリアスは身を起こす。撥ね除けられたオーフィスは着地して、踏み込んでリアスに殴りかかる。それにリアスもまた応じるように拳をぶつけ合う。

 今度はリアスが尻尾を駆使して、オーフィスを打ち上げるようにして空へと飛ばす。そのまま再び宙に浮かんでオーフィスを殴りつけようとして、オーフィスが防御の構えを取る。

 両者は再び距離を取った後、激しくもつれ合うようにぶつかり合いながら空中でぶつかり合う。

 

「コロス、コロス、コロス、コロシテヤル、オーフィスゥゥウウウウッ!!」

「……グレートレッド、煩くなった」

 

 リアスが殺意と憎悪に満ちた咆哮を上げてオーフィスに襲いかかるも、オーフィスは少し眉間に眉を寄せて、耳障りだと言わんばかりにリアスを払うようにあしらう。

 その光景を遠目で目にした者達がいた。それは結界を二人がかりで展開し、内部へと入り込んだ黒歌と白音だ。空中でぶつかり合い続ける攻防に、本能がこの場から離れるように訴えているかのようで、表情を歪める。

 

「な、なんにゃあれ……! と、とてもじゃないけど割って入れるような争いじゃない……!!」

「リーア様が戦ってるなら……待ってください、リーア様はイリナと帰宅してた筈じゃ……!」

「……まさか」

 

 リアスの様子に脳裏を過った嫌な予感に黒歌は周囲の気を探る。荒れ狂う気によって調べづらくなっていたが、黒歌はその気配を感じ取って。

 そしてすぐさま地へと降り立つ。そこに転がっている一誠とイリナを見て、白音は息を呑んで口元を抑えて、黒歌は全てを察したように眉を寄せた。

 

「……そんな」

「……そりゃ、キレる訳だにゃ。くそ……!」

 

 短い間だけど、友達として過ごした相手が回避しえない死に見舞われている事に白音はショックでその場で膝を折り、黒歌はリアスが二人を溺愛している事を知っていたが故に悪態を吐いた。

 せめて、この場から遺体だけでも、と。黒歌はショックに茫然自失とする白音の肩を揺さぶる。ここで起きている戦闘に巻き込まれれば、今度は自分達の番だと言うのは嫌でも理解している。

 だけど、だからといってリアスを放置する事は出来ない。あの明らかに暴走状態になってるリアスを放っていく事は、少なくとも今の黒歌には出来ない。少し前の自分では考えられない事に思わず苦笑をしつつ。

 

「……不完全だけど、アレをやるしかにゃいか」

「黒歌お姉様、まさか……」

「やるしかないでしょ、戦うにしても、逃げるにしてもリアスだけじゃ拮抗してるだけにゃ。正気も失ってるみたいだし、叩いてでも正気に戻さないと! あんなの相手にしてたら今度はリアスが危ないにゃ! いい? 白音は二人を運んで結界の外に! あと、本家に連絡入れてくるにゃ! いいわね!?」

「……でも!」

「いいから! 行きなさい!!」

 

 渋る白音に黒歌は怒鳴りつける。猶予はないのだと言うように。それを白音も理解はしている。飲み込めないのは、突然起きた事態を受け止めきれないからか。それでも白音は仙術で体を強化して、一誠とイリナを抱えた。

 その重みに思わず白音は短く悲鳴を零した。人の体は死ねば重くなるというが、その重みがのし掛かってくるかのようで、思わず体が震えそうだった。それでも姉の言いつけを護るように二人の体を抱えて白音は走り出した。

 その背を見送って、黒歌は懐へと手を入れて、中からケースを取り出す。その中から取りだしたのは丸薬だ。

 それはリアスの血液を固めて込めたもの。詳細こそは聞いていないけれども、リアスの血肉には他者の力を強化する効能がある事を黒歌は説明を受けていた。そして、何かあった時の為にと仙術を最大限に使えるようにリアスがグレイフィアを通じて黒歌へと託していたのだ。

 これを使えば黒歌の実力は大きく跳ね上がる。だが、問題はまだその制御に不安が残るという点だ。冥界にいる間に体術などはグレイフィアから仕込まれているが、グレイフィアでは仙術の感覚までは教える事は出来なかった為、自己流なのだ。

 

「そもそも、あんなバケモノを真っ向から相手なんて無理にゃ。どうにかしてリアスの正気を取り戻して逃げる……!」

 

 目標を定めて、意を決したように黒歌は丸薬を口の中に入れて、噛み砕いた。

 リアスの血を取り込み、仙術を最大にまで使用して気配を黒歌は消していく。正面から割り込むのは無理。あんな力の奔流の中に仙術で自身を幾ら強化しても割り込めるとは思えない。

 慎重に、しかし決して機会を見逃さないように黒歌は余波に巻き込まれない距離を保ちつつ、リアスとオーフィスの戦いを観察していた。そして、二人がぶつかり合って距離を取り合おうとした瞬間、黒歌は溜めていた力を解放した。

 

「喰らえ、猫だましにゃッ!!」

 

 瞬間、世界を一瞬にして白く染め上げるかのような光が弾けた。戦闘に集中していたリアスとオーフィスは互いに、突然弾けた光に目が眩み、閉じてしまう。

 そこからはスピード勝負だと言わんばかりに黒歌はリアスへと近づいた。そのままリアスの肩を掴み、ありったけの自分の気を流し込むようにしながら叫ぶ。

 

「何やってるにゃ! リアス!」

「――ァ、ァ?」

「さっさと正気に戻るにゃ! あんなバケモノにただ暴れてどうにかなる訳じゃにゃいでしょ!!」

「黒、歌?」

 

 リアスの漆黒に染まっていた瞳が、黒歌に焦点を合わせて正気の色が戻り始める。そのままリアスの手を引くようにして、黒歌は全力でその場を離れる為に飛翔した。

 リアスは黒歌の仙術によって、怒り狂っていた気が強制的に静められ、やや呆然としていた様子だったが、すぐに気を取り戻したのか、黒歌の服を掴む。

 

「ダメ、黒歌、離しなさい……!」

「離せる訳ないでしょ! いいから逃げるにゃ!」

「相手はオーフィスよ! 貴方が私の血を使っても逃げるのだって……! それに、私はアイツを!!」

「冷静になれにゃ! アンタが死んだら救えるものも救えないでしょうが!! あの子達、一誠にイリナを! アンタにしか持ってないものがあるでしょ!!」

「――――ぁ」

 

 黒歌に諭されて、リアスは思い出す。そう、黒歌が言っているのは“悪魔の駒”の事だ。あれならば死んだばかりの二人にならまだ間に合うかもしれない、と。それに気付かされたリアスは呆けたように声を漏らした。

 リアスの抵抗が弱まった事を良い事に黒歌は加速する。だが、今の黒歌がどれだけ強化されようとも、その存在はあまりにも無慈悲であった。

 

「――逃がさない」

 

 オーフィスが恐ろしいまでの速度で黒歌を補足していた。その光景を黒歌はスローモーションで見ていた。そして、どうしようもなく確信する。

 

(あ、これ私、死んだにゃ)

 

 諦観が黒歌を包み込んでいった。オーフィス、聞いた事がない覚えだけど、きっと恐ろしい強者なのだろう。だから、これは仕方ない事だ。自分はここで死ぬのだと。

 走馬灯のように今までの自分の生が過る。そしてその中で白音の顔が浮かんだ時、自然と笑みを浮かべてしまっていた。

 

(ごめん、白音)

 

 せめて、リアスを護ろうと力を込めようとする。こいつだけは、せめて最後ぐらいには良い夢を見せてくれたリアスを護ってやろうと。

 

 ――しかし、それは叶わなかった。

 

 リアスが、黒歌を無理矢理引き剥がすように投げ放ったからだ。リアスの体を抱きかかえようとした体は無理な力で引き剥がされ、そのまま宙を回転するようにして黒歌は投げられた。

 そのまま勢いよく地面に叩き付けられ、一瞬意識が明滅する。それでも、歯を食い縛って意識を無理矢理引き上げ、空を見上げた。そうして見たのは、胸をオーフィスによって貫かれているリアスの姿だった。

 

 

 * * *

 

 

「この、馬鹿!! 何やってるにゃ!!」

 

 ……黒歌の、声がする。

 あぁ、本当に。馬鹿だな、私。もっと冷静になってれば、やれる事、あったのにな。

 痛い、凄く痛い。胸を貫く爪の感覚が、心臓を握られている感覚がただ熱くて、体が震える。

 私を胸を貫いているオーフィスはただ、淡々とした目で私を見据えている。

 

「オー、フィス」

 

 痛い、痛い。凄く、痛い。イリナも、一誠も、痛かったのかな。痛い、よ。痛いよ。

 

「わ、私、違う……、グレート、レッド、……じゃ、ない」

 

 痛くて、何も考えられなくなりそうで。心に浮かぶのは、たった一つの感情で。

 

「ご、ごめ、ごめん、なさい、……ッ、だか、……だから、だから……、こ、……殺さ、ないで」

 

 死にたくない。

 まだ、死ねない。

 まだ、死にたくない。

 まだ私にはやらなきゃいけない事も、やりたい事もいっぱいある。

 なんでオーフィスが私を殺そうとしたのか、わからないでもない。

 だって、グレートレッドと私は繋がってるから。だから、わかる。

 でも、違う。違うんだよ、オーフィス。だから、私は、まだ。

 痛い、痛い、こんなに痛いのは嫌だ。殺されたくない、死ぬが怖い。嫌だ、怖いよ。

 

「私は、ちが――」

「我は、静寂を手に入れる」

 

 私の言葉を遮るようにして、オーフィスが告げる。それは冷ややかとも言える程で、でも確かな感情の熱を感じさせる言葉だった。

 その感情が、どんな感情なのか理解する前に心臓を握る手に力を込められたのがわかった。それにゾッとする。痛みは、もう感じない。ただ埋め尽くされるのは。

 

「死にたく、な――」

「――消えて」

 

 

 ぐしゃり、と。

 死にたくないと願いながら、自分の心臓が潰される感触を最後に私の意識は真っ黒に塗り潰された。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「――――大丈夫か?」

 

 声が、した。

 目を開く。目の前には、高校生ぐらいの男の子がいた。

 

「おーい、大丈夫か? 意識、ハッキリしてるか?」

「…………ぇ?」

「お、大丈夫そうだな。保健室、行けるか?」

 

 ……どういう、事だろう。

 私は、さっきまでオーフィスと戦ってて、黒歌を庇って、心臓を潰されて、死んだ、筈じゃ?

 それまでの記憶を思い出して、あの心臓を潰される感触に私はカタカタと体が震えるのが押さえられなかった。

 自分の体を抱き締めるようにして震えだしたのを、目の前の男の子が慌てたような様子で声をかけてくる。

 

「や、やっぱり大丈夫じゃねぇ! ……嫌かもしれないけど、我慢してくれよな!」

 

 ひょい、と。私の体を抱えて男の子は駆け出す。

 どうやら、ここは何故か学校で。私はここにいて、抱きかかえられてる。

 運ばれていく中で、私の意識はようやくしっかりし始めた。そして私を抱きかかえて運ぶ男の子の顔をしっかりと見る事が出来た。

 

 

 

「一誠……?」

 

 

 

 思わず、掠れた声が出た。どうして、彼が。あれ、でも。私の知る一誠はこんなに大きくなかった筈なのに。

 

「あぁ、もう、本当に俺で悪いと思うけど、仕方ないと思ってくれよな! べ、別に合法的に女の子をお姫様抱っこ出来るぜ! なんて思ってないからよ! だから暴れないでくれよ!」

 

 ……どういう事なの? 何が起きているのかわからないまま、私は“兵藤一誠”に運ばれながら、ただ呆然とするしか出来なかった。

 

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