深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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Chapter:獅子の膝元で

 ――あの日の誓いが、頂点はまだ先だと走らせ続けている。

 

 * * *

 

 駒王学園の高等部校舎。駒王町に戻ってから私はここの1年生として生活を過ごしている。『原作』のようにオカルト研究部を設立する訳でもなく、気ままに学生生活を楽しんでいた。

 ここはグレモリー家が所有する学園。私がまだ幼い頃に通っていた時は全体で女子校であったものの、最近になって共学へと変わっている。その為、男子の数はまだ少ない。

 ここでは異能を持ちながら生まれ、しかし誰の庇護の手を受ける事が出来なかった者や、その異能を持つ故や、特殊な家柄に生まれた為に普通の学校には馴染みにくい可能性を考慮して環境を整えた学園へと変わっていた。

 『原作』がいつから共学には変わったのかは思い出せないけれども。『原作』にあった筈の光景を垣間見せる学園の空気に少し心が躍る。いつかは朱乃達もこの学園に来たい、と言っていたので楽しみではある。

 

「グレモリーさん! まだ部活を決めていないなら是非、ウチの部活のマネージャーに!」

「いえいえ、何を言っているのよ! リアスさんは私達の部活に来て貰うのよ!」

「俺達のアイドルに何をしている貴様等ーーーー!!」

 

 後ろから聞こえてきたギョッとして私は振り返る。そう、私はどこの部活や委員会に所属はしていない理由なのだが、いつの間にか私の追っかけが出来ていたからだ。

 特に何か特別な事をしていた訳ではないけれど、これでもお母様とお父様から頂いた容姿の良さもあり、何より幼少期の私を知っている生徒も少なくない。それ故に私の噂が一人歩きして、謎の人気を得ていた。わけがわからない。

 別に何かされるという訳ではないけれど、囲まれると厄介なのは散々経験済みだ。ここにソーナでもいてくれれば簡単にあしらってくれるのだけれど、ここにソーナはいない。生徒会に興味を示して、生徒会の書記として頑張っているのだから。

 となれば、私が向かう場所はたった一つ。階段の手すりに手をかけて、そのまま滑るようにして踊り場へ、そこから更に何段か飛ばすように階段を降りて、途中でジャンプをする。階段の傍にいた生徒が何事かと目を見開くのが見えた。

 

「御免遊ばせ!」

 

 驚かせて申し訳ないと思いつつ、私は足に力を込めて走り出した。まずは追いかけてくる生徒達を撒かなければならない。校内のルートを模索して、ジグザグに廊下を駆け抜けていく。

 そのまま、窓を開けて外へと飛び出す。上履き用の靴なので、後で靴底を拭かないといけないな、と思いつつ向かった場所は用務員室。そこで新聞を広げている相手、サイラオーグの姿を見つけて窓を叩く。

 窓の音に気付いて私を見たサイラオーグは、またか、という顔で窓を開けてくれた。私はすぐさま窓へと上がり込み、靴を脱ぎながら用務員室へと入り込んだ。そのまま大の字で転がるようにして、大きく溜息を吐いた。

 

「あぁ、疲れた!」

「またここに逃げ込んできたのか、リーア」

「仕方ないでしょ。ここなら貴方が匿ってくれるし」

「人を便利屋のように扱うな、まったく」

 

 注意する声が頭上から飛んでくるも、からかうような色が含まれてる事に私も気を楽にする。今日のように、私は生徒から追いかけられる度にサイラオーグが務めている用務員室へと逃げ込んでいる。

 私の要請で駒王町へと来てくれたサイラオーグは普段は学園の用務員として、夜は自分が管轄する地域で領地の運営を行っている。

 サイラオーグの学園内での評判はとても良い。共学になったばかりで、男子に対してまだ耐性がなく蟠りがある女子生徒と、女子の方が多いという環境で勇み足を踏みがちな男子生徒の間を上手く取り持ってくれる等、私も思わなかった大活躍を成し遂げている。

 更には力仕事でも大活躍。女子の中にはサイラオーグへと熱い視線を送る者だって少なくない。私の幼馴染みで従兄弟だと言うと、是非紹介して欲しいと詰め寄られた事は記憶に新しい。

 

「どうだ? 学生生活は」

「ぼちぼちじゃない? 冥界(あっち)よりは気楽には過ごせてるわよ。まぁ、ソーナみたいに目標を決めてる訳でもないから、ふらふらしてるけど」

「それはいかんな。だいたい、こうした騒ぎになるのもリーアがどこにも所属していないから、というのもあると思うんだがな」

「えー。でも私がどこかの部活に入ったら客寄せパンダになりそうだし、それに私目当てで部活に入られても、他の部活が可哀想でしょう?」

「平等であろうとするのは聞こえは良いが、それではただ逃げ回っているだけだな」

 

 くくく、とサイラオーグが喉を鳴らして言う。そういう意見もあるか、と私はサイラオーグに用意して貰ったお茶を飲む。そういえば、サイラオーグは緑茶を好む。紅茶より好きかもしれん、と言うサイラオーグには思わず笑ってしまった。

 ふと思ったのだけれども、サイラオーグには着物は似合いそうではある。サイラオーグは慎ましい生活をしているから派手な買い物は好まないけれど、誕生日の機会に贈ってあげるのもありかもしれないわね。

 

「日本の学校というのはいいものだな。リーア」

 

 ぽつりと、サイラオーグが呟きを零す。サイラオーグは窓へと視線を向けていて、その視線の先のグラウンドでは生徒達が部活に励んでいる姿が見受けられる。その光景を見つめるサイラオーグの視線は柔らかく温かい。

 

「最初は戸惑う事でいっぱいだったな。冥界でも学校はあれど、日本の学校というのは冥界の学校とはまったく違う。義務教育だったか。誰でも子供であれば教育を受ける権利はあるというのは目から鱗だった」

「完全に、って訳ではないけれどね。どうしても爪弾きにされる者だっているわ。いじめの問題だってある訳だし」

「あぁ、それは問題ではあるがな。だが制度があるのだ。それだけでも素晴らしい事じゃないか。つまりは誰にだってチャンスを与えられているという事だ。教育を受けるというチャンスがな。それが仕組みとしてごく当たり前にあり、子供達は知識を学び、将来へ思いを馳せていく。個人の才能や、状況によって選べる道は限られるだろうが、それは生きていれば誰でも同じだ」

 

 熱く語るサイラオーグの目は生き生きとしていた。羨望するような目に映るのは、日本の学校制度というものに対する希望と言えるのだろうか。

 それは確かにサイラオーグには得る事が叶わなかった世界だ。それをサイラオーグが悲観しているとは思わないけれど、それを他人に背負わせて良しとするかと言われればきっと違う。

 だから私も見せたかったのだと思う。サイラオーグに、そしてソーナにも日本の学校というものを。2人とも、冥界の将来を考えている伏があったから。そして、冥界は人間との関係を考えなければならない時代が来ている。

 悪魔の数が数を減った事で、『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』によって力ある者を悪魔へと転生させ、下僕と出来るようになった。だけど、それは今までの人生を奪う事でもある。同意もなければ尚更に。

 それを理解しない悪魔が多すぎる。だからこそ、悪魔と人間の間に亀裂は生まれ続けるし、その亀裂は他の種族に付け入れられる隙にもなりかねない。旧魔王は既におらず、現魔王であるお兄様達は融和の道を説いている。だから好き勝手な振る舞いをされるのは、正直私が気に入らない。

 勿論、私達は悪魔だ。人間とはどうしても相容れない部分は生まれてくる。それでも、手を取り合う事が出来る未来を私は知っている。問題がまったくなかった訳じゃなかったけれども、それでも目指すべき未来はあそこだ。だから、頑張らないといけない。

 あの未来を、そしてあれ以上の未来を。そうじゃなきゃ嘘になってしまうから。その為に越えなければいけない問題は山ほどあるけれど。思わず溜息を吐いてしまうと、サイラオーグが頭を撫でてきた。

 

「なに、急に」

「また難しい事を考えていたようだったからな」

「余計なお世話よ。サイラオーグが楽観的なんじゃないの?」

「楽観的でもなければ、ここまで生きては来れなかったさ。生きていればなんとかなる。足りなければ補えば良い。そうすればいつか、夢は叶うのだからな。お前がこうして俺に夢を見せてくれたようにな」

 

 サイラオーグにそう言われると、少しくすぐったい気持ちになって手を払った。

 手を払うと、サイラオーグはおかしそうに笑って、思い出したように私を見る。

 

「そうだ、たまにはウチに来ないか? 母上も喜ぶだろう」

「ん? それならソーナも誘いましょうか」

「あぁ、それが良いな」

「メールしてみるわ。貴方もそろそろ帰るのでしょう?」

「あぁ」

 

 携帯を取り出して、ソーナへとメールを入れておく。返信はすぐに、少し遅れてでも良いなら向かうとの事だった。

 私も眷属達へとメールを送っておく。今日はミスラ様の所にお世話になります、と。

 

 

 * * *

 

 

 人間界にサイラオーグがミスラ様を連れて来てからすぐ、私はミスラ様の治療を施した。その治療の際にはアジュカ様やイリナに立ち会って貰って、悪魔の眠り病についての研究を進めて貰っていたりする。

 どうしても私の治療方法は感覚によるもの、想像の範疇を出る事はない。悪魔の眠り病は何もミスラ様だけがかかるものじゃない。今後、治療法が確立させられるのであればそれに越した事は無い。

 さて、サイラオーグの領地は駒王町から駅で二つほど離れた街だ。サイラオーグと一緒に電車でその街へと向かう。サイラオーグとミスラ様が住んでいるのはごく普通のマンションだった。

 そう、本当にごく普通の一般的なマンション。ミスラ様やサイラオーグの立場を思えば質素すぎると思う程なのだけど。ただ、このマンションはバアル家、正確に言えばサイラオーグが個人で所有しているマンションなので贅沢と言えば贅沢で、その境界線が難しい。

 冥界の学校を卒業してから、サイラオーグも上級悪魔として認められて悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を与えられている。既に幾人か眷属がいるようで、彼等はこのマンションで生活をしている、

 

「お帰りなさいませ、サイラオーグ様。それとリアス様。よくいらっしゃいました」

「お邪魔するわ、クイーシャ。というか、様はいらないって」

「では、オフという事ね。ふふ、改めていらっしゃい」

 

 サイラオーグとミスラ様が生活している部屋に向かおうとした所で、ばったりとその女性と遭遇する。サイラオーグの『女王(クイーン)』であるクイーシャ・アバドン。

 『番外の悪魔(エキストラ・デーモン)』のアバドン家の生まれの悪魔。サイラオーグから紹介を受けて、彼女とは何度か顔を合わせている。私の顔を見れば柔らかく笑みを浮かべて挨拶をしてくれた。

 どういった経緯でサイラオーグの眷属になったのかはわからないけれど、私がサイラオーグの従妹という事で、色々と相談を受けていたりする。主に恋のお話という内容で。

 まぁ、私とサイラオーグの仲が良いので、最初はやや警戒されてた伏があったのだけど。私とサイラオーグが恋愛的な意味で一緒になる事はほぼまずない。血筋的にも立場的にもそうだし、何よりサイラオーグとはライバルで、兄みたいなものだし。

 そう言ってからは、こうして柔らかく対応して貰えるようになった。しかしアプローチは上手く行ってるんだろうか。半ば強引にこちらに連れ出したとはいえ、あまり表立って接触しているとバアル本家を悪戯に刺激しかねないので、あまりこちらの近況は聞かないようにしているのだけど。

 流石にサイラオーグと一緒に住んでいる訳ではないので、買い物に出かけるというクイーシャを見送って私とサイラオーグはサイラオーグとミスラ様が住む一室へとやってきた。

 

「ただいま帰りました、母上」

「おかえりなさい、サイラオーグ。それからいらっしゃい、リーアちゃん」

「ご無沙汰しております。あれから体調に如何ですか?」

「もうすっかり良くなったわ。これもリーアちゃんのお陰ね。本当にありがとうね」

 

 ミスラ様は私を見れば柔らかく笑みを浮かべて抱擁してくれた。それにくすぐったさを覚えながらも、こうしてミスラ様が普通に生活出来ている事が何よりも嬉しくて甘えるように身を委ねた。

 ミスラ様は今ではもうすっかり日本での生活に適応してしまっている。最初は自分が人間界にいるという事に戸惑っていた。経緯を説明すると、無茶をした事を叱られたりもしたけれど。

 ミスラ様が激怒する程、バアル家とグレモリー家の確執は深いのだ。そんな中で私が本家に直接乗り込んで直談判をしたと言えば、その表情を険しいものに変えて怒るのも無理はないとは私とてわかっている。なのでお叱りを受け止めた訳だけども、本気で怖かった。

 優しい人ほど怒らせてはいけない。私の中で怒らせてはいけない人の五本指の中にミスラ様は入っている。怒らせなければ優しい御方だし、怒る時は必ず理由がある。だから本当に良い母親なのだと思う。サイラオーグが真っ直ぐ育つ理由もわかる。

 

「後でソーナちゃんも来るのでしょう? 今日は少し豪勢にさせて貰ったわ。貴方達のお話、いっぱい聞かせて頂戴ね」

「はい、あまりこちらに顔を出せないですし、今日は是非とも」

 

 * * *

 

 

「だいたいですね、リーアとサイラオーグはですね!」

「うんうん、聞いてるわ。ソーナちゃん、二人には困ったものねぇ」

 

 どうしてこうなった。

 私は思わずサイラオーグと顔を見合わせて、互いに苦笑して目を逸らし合った。

 最初はお互いの日常話で盛り上がっていた。ソーナもやってきた頃にはお互いの学校での生活の様子、楽しかった事の近況を報告し合っていたのだ。それにミスラ様が何か困っている事はないか、という所でソーナがヒートアップしてしまったのだ。

 こっちに来てから、そんなにソーナには迷惑をかけてはいない筈。……多分? いや、確かに部活の勧誘から逃げ回る際に、サイラオーグが非番だったりする時にはソーナに泣きついたりはしてるけど。

 でも、滅多にソーナを巻き込む事はない。それは本当だ。あと、極希にサイラオーグのスパーリングをする時に、ソーナの管轄する町の一角をお借りさせて貰った事があって、ちょっと壊しちゃったけど。ほんのちょっとだけ。

 というか、ミスラ様。どうしてお酒を出したんですか。ここでは私達は一応、未成年なんですけど。ソーナが次から次へとお酒を注がれているのを見て私は思わず突っ込む。お酒によって枷が外れたのか、何度も耳にタコが出来そうな程に聞かされたソーナの恨み節が響き渡る。

 ソーナ、一度根に持ったらずっと根に持ってるのよね。いや、悪いのは私だからあれなんだけど。否定は出来ないんだけど。いや、本当にごめんって。

 そのままソーナが愚痴を言いながらミスラ様に泣きつき始めたのを見て、私はこっそりとその場を抜けるようにベランダへと逃げた。既に夜へと変わり、星々が輝き始めている。悪魔の目には暗闇はあってないようなものだけれども。

 夜風に当たって、少しだけ酔いの回った頭を冷やす。そうしていると私と同じように逃げてきたのか、サイラオーグが顔を出した。

 

「逃げてきたの?」

「最初に逃げたのはお前だろう」

 

 それもそうか、と私はクスクスと笑う。それに吊られたようにサイラオーグが笑って、私の隣に並ぶ。

 

「ここに来て、少しお前の事を理解出来たような気がする」

「え?」

 

 私の隣に並び、夜の街並みを見つめながらサイラオーグが呟く。それに私はサイラオーグに視線を向ける。

 

「お前の望んだ夢、というものの一端と言って良いのか。お前が見たかった世界は、ここのように穏やかな世界なのだろう?」

「……そうね」

「誰もが学ぶ権利があり、誰もが夢を、理想を抱いて良い。限りなく平等で、争う事がない。悪魔に望むには、少しばかり平穏過ぎるかもしれんがな。お前らしいと言えばらしいのかもな」

「そう?」

 

 私が首を傾げていると、サイラオーグが私の頭を撫でる。その大きな手にやや揺らされるように頭を撫でられるけれど、嫌ではない。そのままサイラオーグの手に撫でられるままに身を委ねる。

 

「お前と強くなるとは誓ったが、ここに来て俺の目指す場所、目指すもの、それはお前とは大きく違うのだな、と理解した」

「それは……まぁ、そうでしょう。私はサイラオーグじゃないし」

「あぁ。お前は結局の所、誰かを傷つけるのが怖いのだろう?」

「…………うん」

 

 サイラオーグの指摘に言葉を濁そうとする事も考えたけれども、そのまま内心を吐露する。

 

「俺はバアルで、お前はやはりグレモリーだよ。それぞれが目指す夢は違う。俺は誰かが阻むなら打ち倒してでも進む気概があるが、お前はそんな生き方を出来ない。拳をぶつけた相手を慈しめる優しさがある。それを甘さと言うのかもしれないがな。それはこの国の、この地の在り方によく似ているよ」

「……そうかな」

「あぁ。だが、それでも俺達はこうして語り合う事が出来ている。俺は誰かの望みを打ち砕く事に躊躇いはないが、お前はそうではない。むしろ躊躇う方だろう。相反している在り方だが、共存が出来ない訳ではない」

「……それは、サイラオーグだからだよ。貴方は無闇に誰かを傷つけないって信じていられるから。それは必要な事だって納得出来るから」

「そこまで思って貰えるのは、誠意などだけでは足りないだろう。運もある。時代や思想の違いも。なぁ、リーアよ」

 

 私の頭を撫でながら、サイラオーグは嘆息するように言葉を紡ぐ。

 

「その優しさは、お前を守っているのか?」

「? 私は、いつだって私の事で精一杯だよ」

「そうか。お前がそう言うなら、こう言うべきか。誰かの為に必死すぎて足下が疎かなんじゃないか? とな」

「……それは、どうなんだろう」

 

 誰かの為に必死、という評価は否定は出来ない。自分でそういう面がある事は自覚しているし、自覚しているからといって変えられるようなものじゃない。なら、そう生きるしかないと飲み込めるまでかなりの時間がかかったけれども。

 今も、飲み下し切れているのかわからない。それは足下が疎かにしているという評価に繋がるのであれば、もう少し自分を見直した方が良いかもしれないと考えて……結局、どうにもならないという結論に至る。

 

「やはり俺とはお前は違うな。だが、知れて良かったと思う」

「サイラオーグ?」

「リーア。もし、お前が夢を目指す道の途中で躓いたなら躊躇わず誰かを呼べよ」

「……なんで、そんな事を言うの?」

「お前の夢は、もうお前の夢だけではないという事を自覚しろという事だ。お前は王になったのだ。王とは、臣下を束ね、導き、従えねばならない。お前と俺の王の在り方は違うだろう。だが、夢の魅せ方は同じだろう?」

 

 頭を撫でている手が、私の背を撫でる。まるであやすかのような感触に目が細くなる。大きな手、お兄様やお父様とは違う無骨な手。男の人なんだな、と感じさせる手。

 

「だから俺達はこうしてここにいられる。お前の夢もまた大事だと思えるのだから。だが、素直に頼れと言っても聞かんのだろう? その点、俺達は似たもの同士かもな」

「…………まぁ、うん」

「だから助けて、と言えまでは言わん。吐き出す事に慣れておけ。俺達は王だ。臣下に見せられない姿もあるだろう。俺の前では、と自惚れるつもりはないが。お前には俺だけじゃなくて、ソーナもいる」

「……うん」

「ソーナがお前の事をあれほど叱るのは、迷惑をかけられているのは大いにあるが。それでも突き放さないのは、それでもお前を思っているからだろう」

「……それはサイラオーグだってそうでしょう」

「あぁ。だが、お前はどうにも他人の心配を素直に受け取るのが不得手なようだからな。つい口出ししたくなるのさ」

 

 ……サイラオーグの言葉に、反論しようとして言葉を浮かんでは消えるのはどうしてなのだろう。似たような事はいつだって、皆に言われているのに。

 それは私がサイラオーグが近い距離にいると思っているからなのだろうか。考えてもよくわからない。自分の心の筈なのに、どうしてそう思うのか筋書きを描けない。

 

「……サイラオーグ」

「なんだ?」

「私、ちゃんと進めてるかな」

 

 ぽつりと零れた言葉は、私の弱さだ。思っていても、口にしないようにしている言葉がするりと落ちていくように。

 不安はいつだって消えない。そんなの誰だって同じだ。じゃあ、誰かに迷惑をかけないように頑張らないと。それが自分の我が儘だと解っているなら尚更の事。

 そうは言い続けても、どうしようもなく吐き出したくなる事があるのは確かで。つい、サイラオーグの言葉に当てられるようにして思いを吐露してしまう。

 

「フラフラはしているな」

「……そう見える?」

「あぁ。誰かの為にとあっちへこっちへ、忙しなさそうだな。だが、だからこそ必死だという事もわかる。どれだけ真剣なのかも。それが過度に思える程だとしても、それが誰かの一歩に劣るものだとしてもだ」

 

 軽く背中を強く叩かれる。唐突な衝撃に僅かに私は咳き込み、恨めしげにサイラオーグを見る。そうして目を合わせたサイラオーグは、ただ真剣な眼差しで僅かに笑みを浮かべながら告げる。

 

「お前は、お前の望む未来に進んでいる。ここに俺がいる。ここにソーナがいる。お前の眷属達がいる。そうだろう?」

「……うん」

「なら、それで良いだろう。深く悩む程ではない。お前の甘さは、確かに誰かに受け取って貰えているのだから」

 

 手を引くように、サイラオーグが居間へと戻ろうとする。あぁ、少し待って欲しい。サイラオーグの言葉に少し涙腺が緩んだのか、涙が零れそうだったから。目元を拭いながら、私は不満を示すようにサイラオーグを睨む。

 

「サイラオーグは、狡い」

「何故狡いと言われるのかわらからんな。夜風も冷えるし、いつまでもソーナを母上に任せている訳にもいかんし、何よりな」

「?」

「母上も、お前を思っているのだから。話をしてやってくれ。お前の事を。何を思っているのかを、何を願っているのかを」

 

 ……これは、暖かなものだ。

 皆から与えられる暖かさは、いつも私を強くしてくれる。けれど、時折それに潰されてしまいそうになる事も事実で。

 でも、この暖かさは何と言えば良いのだろう。背中を押されるのではなくて、正面から受け止めて貰えるような。そんな言い方をするのが適切な気がする。

 

「……私、貴方にここにいて欲しかったのかもしれない」

「ふっ、そうだろうな」

「……否定、しないんだ」

「欲張りだよ、お前は。求められて悪い気はしないさ。俺も、母上も。そしてお前の眷属も。それをお前は我が儘だと戒めている伏がある」

 

 私に振り返りながらサイラオーグは笑う。引かれていた手は背中に回され、私の背を押すように。

 

「望めよ、思うままに。それが嫌だと思えば、俺は正面からそれをお前に伝えよう」

「……うん。皆、いつも似たような事を言うなぁ」

「それだけお前が心配だと言う事だ。自覚しろ、鈍感め」

 

 サイラオーグに背を押されるままに、私は居間へと戻って来る。ソーナはすっかり出来上がっていて机に突っ伏しているようだった。

 座ったまま戻ってきた私達へとミスラ様が視線を向ける。柔らかな笑みを浮かべて、両手を広げるように伸ばす。

 

「おいで、リーアちゃん」

 

 おいで、と言われた意味の意図を悟って、流石に気恥ずかしかったのにサイラオーグが背を押すものだから逃げられない。

 そのままミスラ様の腕に収まるように抱き締められる。サイラオーグとミスラ様、この2人にはどうしても逆らえないのは何故なのか、本当に疑問になってきた。

 悩むように眉を寄せていると、ミスラ様に眉間を解されるように指で撫でられる。そのまま頬を撫でるように触れながら、ミスラ様が微笑む。

 ……やっぱり、何故かこの2人には勝てない気がする。私は諦めたように目を閉じて、力を抜いた。 

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