深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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第3章 堕天使の涙
ACT.01


 ――身の程を知れと言うのなら、ここから逃げ出す術を教えてください。

 

 

 * * *

 

 

 項垂れるような日差しが照りつける季節がやって来ていた。じりじりと蒸した空気の感覚ははっきり言って不愉快だった。

 不幸中の幸いと言えば、そんな室内を換気する設備を整えるお金はあるという事だ。しかし、これといって自分で選ぶ事も出来ず、店員のオススメに任せるという投げやりでレイナーレはエアコンや除湿機といった機材を購入していた。

 それも最早いつの事だったか。椅子の背もたれに背中を預けてぼんやりと天井を見つめながら思う。部屋の環境は快適でも、自分の仕事は山積みの一途を辿るだけで、最近はそれを確認するのも億劫だった。

 

「……外の見回りに行こう」

 

 ぐっ、と背伸びを伸ばして席を立つ。最低限の身なりを整えてからレイナーレは自室を後にする。日は落ちつつはあるもの、まだ空で忌々しい程に照らし付けている。

 隠さぬように舌打ちをしながらも歩き慣れた街を歩いていく。人に紛れるようにして、そこら中から感じる人外の気配も相変わらずだと、すっかり慣れてしまった自分に厭気すら差していく。

 どん詰まりの下り坂。今やレイナーレの機嫌は最高潮で最悪だったと言えるだろう。そこに自分の名前を呼ぶ声がした。この町で好き好んで自分の名前を呼ぶのは、あの甘ったれた悪魔ぐらいだと思いながらも視線を向けてみれば、見慣れぬ男が立っていた。

 

「……どちら様?」

 

 本気で見覚えがなくて首を傾げる。こんな知り合い、いただろうかと。少なくとも各勢力の代表者ぐらいは顔を覚えていたものだったが。やや困惑気味で対応するレイナーレに男は被っていた帽子を取って、恭しく頭を下げる。

 

「名乗りが遅れたね。私はグザフォン、神の子を見張る者(グリゴリ)の幹部と言えばわかるかな?」

「……グザフォン……? ……! まさか、神器研究の……! これは失礼を!」

 

 グザフォン。それは神の子を見張る者(グリゴリ)の幹部の1人だ。主に技術関係、それも神器の研究に携わっていた研究者の1人。参考資料の中に彼が送ってくれた情報もあって、レイナーレはすぐに彼の存在が目上だと言う事を理解して姿勢を正した。

 そのレイナーレの反応を見て、グザフォンは薄く笑みを浮かべる。それは嘲笑の笑みと言うべきものだったが、頭を下げていたレイナーレはその笑みを見る事は叶わなかった。

 

「いや。キミが頭を下げる必要はないんだよ、レイナーレ。幹部だったのもついこの前までの話だ」

「……それは、どういう?」

「端的に聞くが。レイナーレ、キミは今の現状に不満を抱いてはいないかね?」

 

 ここまで来て、レイナーレは何かがおかしいと悟り始めた。じわりと浮かぶ汗を隠すように拳を握りながらも顔を上げて、グザフォンの顔を見る。

 穏やかに、しかし薄く笑うグザフォンの気配はどことなく背筋が凍るような、そんな危険を知らせる警鐘が頭に鳴り出している。レイナーレの動揺を知ってか知らずか、グザフォンは決定的な一言を口にした。

 

「私はキミを評価している。そしてキミの現状も憂いてもいる。どうだろうか? ――アザゼルを裏切り、我等につかないか?」

「……ッ! まさか、貴方は……!」

 

 今、堕天使内部の勢力は荒れている事はそれとなく耳にしていた。お前には関係ない、とアザゼルからも言われていたし、面倒事はごめんだとレイナーレもその辺りの事情に触れようとはしてこなかった。

 そもそも下級堕天使である自分に声がかかるなどと思う事がなかったからだ。ましてや自分は駒王の地の調停役というだけで、目立った成果を上げている訳でもない。言うなれば厄介事を押し付けられただけなのだ。同僚と会う事さえ久しい状況にいる。

 それ故、グザフォンが神の子を見張る者(グリゴリ)を裏切った1人であるという情報を知らずにいても仕方が無い。これは運が悪かったとも言えるし、彼女の意欲の無さ、多忙極まる故の状況把握の甘さが招いた事とも言えよう。

 

「あぁ、勿論すぐに返答をくれ、という訳ではない。だが、私達にはキミを迎え入れる準備があるという事だよ」

「……私に神の子を見張る者(グリゴリ)を裏切れと?」

「そもそも考えてもみたまえ、キミの現状を。アザゼルに対して使いっ走りにされ、都合良く利用されている現状をキミとて気付いていない訳ではないだろう? キミは聡明だ。確かに力は劣るかもしれないが、その頭脳には価値があると私は評価しているとも」

 

 それは甘い誘惑のようにも思えた。現状に不満を抱いているというのは嘘ではない。だが、それ以上にレイナーレには気になる事があった。慎重に息を呑みながら、言葉を間違えないように質問を口にする。

 

「……仮に頷かなかった場合は?」

「その時は――死んで貰おうか」

 

 まるで明日の天気は何だろうか、と言う程に軽い調子でグザフォンはレイナーレに告げた。

 あぁ、やっぱりと。レイナーレはどこか諦めたように溜息を吐いた。どうせそんな事だろうと思ってしまったのだ。

 レイナーレは自身の評価を間違えない。自分の頭脳とは言うものの、神器の研究において自分より優れているものは数多い。その筆頭が朱乃であり、自分はあくまで末端の研究員でしかない。わざわざ自分に声をかけているのは、ただ“都合が良い”だけに過ぎない。

 そして、それは同時に尊重される立場でもないという事だ。そこまで思考が至り、手の中で嫌な汗が浮かんでくる。

 

「私はここで事を荒立てたいとは思っていない。そうだね、また改めてキミの事をスカウトしに来よう。それまでは1人でゆっくりと考えて欲しい。少なくともキミには価値があると思っているのは本当だとも」

「私の頭の中にある情報が、の間違いではないでしょうか」

「それもあるが……私はキミの内心を評価しているとも言っているんだよ。聞いた事はあるだろう? オーフィスの“蛇”の事を」

「……まさか」

「キミが望むなら、その用意もあるという事さ。求め、欲する者にこそ“蛇”は莫大な力を与えてくれるんだ。キミならば、もっと上を目指せるだろう」

 

 オーフィスの『蛇』。それは種族を問わずに集結し始めているテロリストの勢力が手に入れた力の増幅器と言うべきもの。それを自分に与える用意がある、と聞かされたレイナーレは動揺を露わにした。

 力が手に入る。少なくとも、現状に甘んじるだけでしかない自分を変える切っ掛けになるかもしれない。そんな甘美さが確かにあった。だが、すぐにレイナーレはそれを飲み込む事が出来なかった。

 

「良い返答を期待しているよ、レイナーレ。キミは正しく評価を受けるべきだとも。少なくとも、こんな僻地で埋もれているのは勿体ない」

 

 それだけ囁くようにして、レイナーレの肩を叩いてグザフォンは姿を消していた。振り返って消えた背中を見つめて、レイナーレはその場に力なく座り込むようにして項垂れてしまった。

 

「……何よ、それ」

 

 今更。そんな言葉が口についてしまった。疲れ果てて、現状に甘んじる事しか出来ないレイナーレにとって、その勧誘は今更過ぎたのだ。更に言えば、アザゼルに逆らおうという気なんてある訳がない。

 そもそも、それはこの地にいる悪魔達も敵に回す事だろう。リアス・グレモリーを始めとしたあの子達と。彼女たちの顔が脳裏に過る自分に、思わず渇いた笑いが零れてしまった。

 1人で悩め、とグザフォンは言った。元からここに頼れる存在なんていない。脳裏に浮かぶ姿があるものの、所詮自分は堕天使で、あのお人好しと言える彼奴等は結局は悪魔で。

 助けは請えない。そもそも今、自分は監視されているのだろう。不用意に接触しようとすれば何をされるかわからない。

 そこまで思考して、溜息を吐いた。漠然といつか、こんな事が起きるんじゃないかとは思っていた。自分に不幸が降りかかるのはいつもの事だ。あぁ、今回も運が悪かったのだろう、と。ただ、それだけの話なのだ。

 本当に、ただそれだけの話なのだと。自分に言い聞かせるように内心で呟きながら、レイナーレは暫くその場から動く事は出来なかった。

 

 * * *

 

 体調が悪いと、リアス達の所への定期的な訪問を断った。レイナーレは自室で膝を抱えるようにして思考を巡らせている。巡らせてるといっても、打開策が浮かぶ訳でもない。いや、そもそもそんな事を考える気力もない。ただ、今までの記憶を反芻するだけ。

 力が手に入ると言われても、今更力に望むものなんてない。力を手に入れた自分が何かを成し遂げるヴィジョンが見えないのだから、そもそも力なんて貰った所でという所だ。

 じゃあ、これからどうするかと考えて、何も思い付かない。そんな自分を自嘲するようにレイナーレは口元を釣り上げる。目を覆うように手で押さえて、笑い声を漏らす。

 

「……ったく、本当に冗談じゃないって話よね」

 

 どこから自分の運命は狂ったのだろうか。問うても意味がないなんて事は、一番自分がわかっている。

 思い出したように席を立って、電源を入れっぱなしだった端末を見つめる。定例報告の送信はまだ行っていない。それを暫し、ぼんやりと見つめた後……レイナーレは、何もせずにそのままパソコンの電源を落とした。

 堕天使にとって夜闇は視界を暗くするには至らない。光源を失って光が絶えた部屋の中でレイナーレは暫く佇んだ後、無言で身なりを整えて部屋を後にする。

 ばたん、と。扉が閉まる音が虚しく辺りに響き渡った。

 外へと出たレイナーレはそのまま歩いて行く。深夜も近いというのに光は絶えずに、飲み歩く人が時折擦れ違う。そんな人の流れに逆らうようにしてレイナーレは人気の絶えた場所へと足を運んでいく。

 空を見上げるように顔を上げる。降り出しそうにはないけれど、空は曇り空なのか星どころか月すらも見える事は叶わない。まるで自分の心のようだと思えば、こんな時に何を思っているのかとやっぱり苦笑が零れる。

 

「見ていらっしゃるんでしょう? 出てきたらどうですか?」

「随分と決断が早かったのでね、少し罠なんじゃないかと疑ってしまったよ」

 

 レイナーレの言葉に影からグザフォンが現れる。恭しく一礼する動作はいちいちキザったらしい。

 そして、その周囲には彼1人だけではなかった。恐らくは堕天使なのだろう、自分と似た気配を感じてレイナーレは肩を竦める。

 

「随分と派手なお迎えですね」

「えぇ、万が一という事もありますから」

 

 にこやかに笑みを浮かべるグザフォンに、レイナーレは笑みを浮かべ返す。

 

「万が一って言うのは――こういう事、かしらねッ!!」

 

 瞬間、レイナーレは手に光の槍を生み出してグザフォンへと投擲する。速度を増してグザフォンへと迫る光の槍は、彼の手から響いた銃声音によってガラスが砕けるような音を立てて掻き消える。グザフォンの手には仰々しい銃が握られている。

 銃声と同時にレイナーレを取り囲むように堕天使達が周囲へと回り込む。その手に構えた銃をレイナーレに向けて。グザフォンは笑みを浮かべ、しかし呆れたような声でレイナーレへと問いを投げかける。

 

「抵抗しますか。我等の同志になるつもりはない、と?」

「どこに行っても同じだし、アンタのやり口が気に入らない。それだけで十分よ」

「キミは決して暗愚ではないと思っていたのだがね。力の差は理解しているだろう? キミがアザゼルからテスターを頼まれた人工神器があったとしても、キミにこの戦力差を覆す事は出来ない。そもそも私どころか、ここにいる同志に勝つ事すらできないでしょう」

「はっ、そんなの百も承知だってっての」

 

 自分が弱い事ぐらい、他ならぬ自分が知っていると。そうして光の槍を構え直すレイナーレに理解が及ばないというようにグザフォンは首を左右に振った。

 

「そこまでアザゼルに義理立てする必要があるのですか?」

「別に? あんな顎髭に立てる義理なんかないわよ」

「では、何故?」

「言ったでしょ? ――アンタ達が気に入らない、それだけで十分でしょ!!」

 

 レイナーレが再び槍を投擲する。それを呆れたように溜息を吐きながら、グザフォンは銃の引き金を引いてレイナーレの光の槍を破壊する。

 レイナーレが動いたのと同時に取り囲んでいた者達もレイナーレと同じように光の槍を生み出して、レイナーレへと投擲する。その場から上空へと逃れるように跳躍し、レイナーレは堕天使の翼を広げる。

 

「アンタ達から見ればザコでしょうけどね。ザコにはザコなりの意地があるのよ!!」

「残念です、レイナーレ。貴方の持つ知識には興味があったのですが……いえ、頭から上を持ち帰れば良いですが。元から用があったのは貴方の頭の中身ですしね」

「そんな事、だろうと、思ったわよ!!」

 

 1本、2本、3本、次々と投擲される槍をレイナーレは飛翔しながら回避していく。当たりそうになった槍を自らの槍で叩き落としながら、空中で回転する。

 それだけで気付く。明らかに力負けしていると。舌打ちを一つして、レイナーレは両手に槍を握って、振り回すようにして光の槍の雨を掻き分けていく。致命的なものを回避する事に注力している為、彼女の身には無数の傷が付き、血が周囲に散っていく。

 

「アンタ等が欲しいのは、どうせ『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』や、他の勢力の情報でしょう!」

「聡明ではあるのですね」

「馬鹿でも辿り着けるわよ、私みたいなのでもね!!」

「では、何故それを理解しながらも抗おうと? ただ気に入らない、それだけが理由ですか?」

「――それ以外のものなんて、もう私にはないっつーの!!」

 

 プライドなんてへし折られた。夢も理想もとうの昔に忘れた。もう自分には守るものすらもない。

 命が助かる為に恭順する事だって出来た。それでも選べなかったのは、ただ衝動的で短絡なものだ。

 

「いい加減、誰かに振り回されるままのはご免なのよッ!!」

 

 自暴自棄に叫びながらレイナーレはグザフォンへと距離を詰めようとする。それを許す堕天使達ではない。光の槍の弾幕の密度は膨れあがっていき、レイナーレの進路を塞ぐ。

 だが、それがどうしたと言わんばかりにレイナーレは前へと出た。計画性も戦略性もない。ただ歯を噛みしめて、翼をズタズタに撃ち抜かれながらもグザフォンへと距離を詰める。

 到達距離、自身に込められるだけの最大の光力を込めてレイナーレは槍を投擲した。しかし、それをつまらなさそうにグザフォンは手に持った銃の引き金を引く事すらせず、身を翳すだけで回避する。

 響き渡る轟音はいつの間にか張られていた結界によって外に漏れ出す事はない。その間にレイナーレは地面に縫い止められるように光の槍によって串刺しにされる。

 翼、両腕、両足。悲鳴すら上げる事が出来ずに、レイナーレは目を見開いて痛みすら感じられなくなった体の感覚に歯を噛む。そんなレイナーレの頭をグザフォンは踏みつけ、見下しながら溜息を吐いた。

 

「……ただの厄介払いというのは本当でしたか。期待外れでした。さて、それでは頭の上からを持ち帰らせて貰いましょうか」

 

 グザフォンが銃を握っていない手に光力で生み出した刃を握る。頭を踏みつけられたレイナーレは、血が抜けていく喪失感を感じながら目を閉じる。それも、笑みを浮かべながらだ。

 そんなレイナーレの様子に、やはり不可解だと言うように。しかし些末事だと言うようにグザフォンはレイナーレの首を跳ねようと刃を振り下ろそうとして――。

 

 

「――殺すぞ、お前」

 

 

 その台詞が聞こえるよりも前に、悪寒が背筋を這い回るような気配に直感的にグザフォンはその場を飛び退いていた。

 遅れて結界が破られるような破砕音がする。地面に縫い止められているレイナーレと自分の間に立ち塞がるのは、鮮やかな赤の籠手と剣を携えた少年の姿。

 

「『赤龍帝』……!」

 

 グザフォンの喉から、驚き、いや歓喜の声が漏れ出た。その視線は少年、兵藤 一誠の腕につけられた『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』へと向けられている。

 一誠に遅れるようにして降り立つのは白い毛並みを揺らした少女、白音だ。白音は手に生み出した炎を纏わせたまま、レイナーレを地面に縫い止めていた光の槍を破砕する。

 

「レイナーレさん……!」

「……あーぁ、やっぱり、来ちゃうんだ。あんた達……」

 

 呆れた、と言うようにレイナーレは力なく笑みを浮かべて、自分を抱きかかえる白音へと呟く。

 どこかで思っていた。派手に騒ぎを起こせば、それが自分だとわかれば、もしかしたら彼等が助けに来るんじゃないかと。そんな予測をしていた。

 来なければ良かったのに、と。そう思う自分がいる。ここで死ねれば楽になれたのに、どうやら楽になるのはまだ先になるだろうな、と思いながらレイナーレは白音に身を預けるようにして力を抜く。

 そんな様子を横目で見ていた一誠は油断なく周囲を見渡す。自分達の出現に警戒するように集まり、光の槍を構えている堕天使達と、その手に銃を握っているグザフォンが銃で肩を叩くようにして一誠達を見つめる。

 

「成る程、これを見越して派手に動き回っていた訳ですか。これは読み違いでした。自暴自棄になったのも演技だったという事ですか。なかなか肝の据わった――」

「うるせぇよ。黙れ、お前」

 

 芝居がかったように言うグザフォンに、苛立ったまま一誠は吐き捨てるように語気を荒らげる。

 元々、レイナーレが体調を崩したという連絡が来てから見舞いに行こうかと話が上がっていたのだ。だが、白音に探知してもらった所、レイナーレの様子が奇妙で、更に周囲に堕天使の反応が増えていた事から様子を伺っていたのだ。

 そして、この騒ぎである。もっと早く割って入っていればと一誠は歯噛みする。一誠達が介入する前に結界が展開されてしまい、そこに割り込むのに時間を要してしまった結果がこれである。

 一誠は抑えきれない怒りをなんとか鎮めようとしつつも、しかし湧き出る怒りは抑えられそうにもない。呼応するかのように一誠のオーラが膨れあがっていく。傍にいる白音は一誠の怒りのオーラに息を呑む程だった。それ程までに一誠は激怒していた。

 

「――頭を冷やしなさい、一誠」

 

 そこに凜とした声が響き渡る。ゆっくりと一誠達へと歩み寄ってくるのはリアスだった。敵も味方も、リアスの声の響きによって視線が集まる。

 

「これは、グレモリーの姫君。ご機嫌麗しく」

「お初にお目に掛かり光栄です、ミスタ。それで? これは一体何の騒ぎがお尋ねしても?」

「スカウトですよ、断られてしまいましたが」

「……テロリスト、って事で良いのよね? まぁ、どっちにしろただで逃げられると思ってる訳じゃないでしょう?」

 

 肩を竦めるように見せるリアスに、グザフォンは笑みを浮かべて銃を構え直す。控えていた堕天使達も、光の槍ではなく各々武器を取り出した。それを見てリアスは一言、小さく呟く。

 

「……人工神器」

「正解です。以前、ここを襲撃して全滅した同胞がいたと耳に挟みましてね。できる限り、戦力をかき集めた次第でございます」

「そう、それはご苦労な事だわ」

「いえいえ。それに、ただの人工神器と侮るなかれ。――やれ」

 

 グザフォンが指示を出すと同時に堕天使達がそれぞれ、己の人工神器に何かを添える。その手に収まっていたものを見てリアスは目を細めた。

 それは『蛇』。見間違う事ない、オーフィスの蛇だ。それが人工神器の中へと入り込んでいき、力が一気に高まっていく。

 そして、その全てが力を解放した。武器が先鋭化した者や、鎧を纏う者だったりと、その変化は千差万別だ。一誠は怒りを忘れて思わず息を呑んだ。そう、その光景は正にあの現象とそっくりだったのだから。

 

「まさか……『禁手(バランス・ブレイカー)』!?」

「擬似的なものですがね。それに、一度これを使えば人工神器は壊れてしまいますので、正に禁じ手と言うべきもの。しかし『蛇』を用いて出力も底上げされた力、『赤龍帝』を含め、貴方達の相手をするのに不足はないとは思いますが?』

 

 不敵な笑みを浮かべるグザフォンに一誠は歯を噛む。世界を混乱に陥れた『蛇』。今までそれに辛酸を舐めさせられた事も多かったが、これは今までにない程に危機感を感じるレベルだった。

 それは白音もだったのか、レイナーレを支えながらも力を昂ぶらせようとする。そんな2人を遮ったのはリアスだった。

 

「一誠、白音、下がりなさい。結界の外でイリナが待機しているわ。レイナーレの治療と護衛、任せたわよ」

「リーア?」

「まさか……1人でやるつもりですか?」

「流石に貴方達にアレの相手をさせるのはちょっと荷が重そうだしね。一対一ならまだしも、あれだけ多数だと一誠のスタミナも保たないでしょ?」

 

 敵は複数、そして全員が擬似的とは言え『禁手(バランス・ブレイカー)』を果たしている。一誠も“至って”いるとはいえ、その持続時間はまだまだ短いのだ。長期戦は不利な上、今はレイナーレが動けずにいる。

 それに白音が応急処置をして止血はしているものの、流れ出た血の量も多く、レイナーレの顔色は悪い。一誠はリアスとレイナーレを交互に見た後に、歯ぎしりをしながら拳を強く握った。

 

「……無理はしないでくれよ、リーア」

「大丈夫よ。私を誰だと思ってるの? 貴方達の『(キング)』よ?」

 

 ふっ、と微笑を浮かべるリアス。一誠と白音は顔を見合わせた後、一誠がレイナーレを抱き上げて白音と共に後退していく。それをリアスは静かに見送り、そしてゆっくりと振り返る。

 その間、堕天使達は動かなかった。……いや、動けなかったと言うべきか。あまりにも自然体なリアスの挙動が不気味だったからだ。そんな堕天使達に溜息を吐くようにしてリアスは告げる。

 

「追おうとするのは勝手だけど、今の一誠は気が立ってるから死んでも知らないわよ? まぁ、1人たりとも通す気はないけれど」

「……我等を1人でお相手するつもりで? 風の噂では、それなりの実力はあるとお伺いはしていますが」

 

 目を細めながらグザフォンが問いを投げかける。リアス・グレモリーの情報は極めて少ない。若いとはいえ、上級悪魔を一蹴した事があると噂が流れているが、彼女の詳細な情報は表に出る事がないのだ。

 それ故、主に目立つのは既に『禁手(バランス・ブレイカー)』を体得している一誠と、それを支える仙術の使い手である白音な訳だが。それ故に、リアス・グレモリーは未知数の相手と言えるだろう。

 

「あら、『蛇』を貰ってるのにオーフィスから私の事を聞いてないのかしら?」

「は?」

「まぁ、あの子って無頓着で雑だし。聞かれなかったら答えなさそうだものね。仕方ないわよね」

 

 どうでも良いけど、と言わんばかりにリアスは息を吐いて構えを取る。その手には一本の剣が握られている。グザフォンはその剣から感じられる波動は魔力と判断し、つまりは魔剣と推測した。

 だが、その存在は擬似的とはいえ『禁手(バランス・ブレイカー)』を発動させた人工神器に比べるまでもない。それなのに、先程の台詞と良い。どうにも奇妙な違和感のような悪寒をグザフォンを含めた堕天使達は感じる。

 そんな違和感の正体を探らせないまま、リアスは淡々と言葉を紡ぐ。

 

 

「――どうせ、貴方達はここで終わるのだから。あぁ、安心しなさい? キレてる一誠とは違って、私は殺さない程度には加減してあげるわ。但し、洗いざらい情報は吐いて貰うけどね」

 

 

 

 

 

 

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