深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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ACT.02

 目覚めの時は来たれり。我という存在の合わせ鏡、互いより為る胡蝶の夢。

 今こそ、その本質を示せ。世界は夢によって塗り替えられるのだから。

 

 * * *

 

 人工神器の疑似的な『禁手(バランス・ブレイカー)』とはいえ、その実力は並のものではない。例えば、これが一般的な上級悪魔であれば苦戦を強いられる事は間違いないであろう。場合によっては圧倒される事すらも有り得る。

 それだけにオーフィスの『蛇』を媒介とし、更に自分自身も『蛇』で強化した堕天使達の力は確かなものだった。一太刀で大地を削る一撃、堅牢なる全身鎧、光力を何倍にもして放つ銃身。その連携の決して粗悪なものではない。

 しかし、リアス・グレモリーはその上を行く。攻勢に出る事はないが、舞うように必要最低限の動きで攻撃を弾く。それに忌々しそうに堕天使の1人が咆哮を上げる。

 

「おのれ! ならば、これならばどうだ!!」

 

 大地を割らんばかりの一撃を集束させて、今度はそれを乱れ突きの要領で突き出す。その一突きがレーザーのように変じて、無数にリアスへと迫り行く。

 迫り来るレーザーの雨に対してリアスはバックステップで回避し、そのまま空中で回転して大きく距離を取って、そのまましゃがみ込む。リアスの頭上をグザファンの光力を倍化した銃撃が通り過ぎていく。そのまま曲げた膝の力を込めて宙へと跳躍して迫ってきた全身鎧の堕天使の拳を回避する。

 

「ちょこまかと……!」

「しかし、何故避けられる!? これだけの攻撃の数を何故……!」

 

 中には息切れを起こしつつある者がいる。そもそも疑似禁手は神器の耐久力も、使用者の体力や精神力、光力を大きく消耗するのだ。圧倒的な力であるからこそ、その制限もまた大きい。それは通常の神器と変わらない性質である。

 ふわり、と静かに着地したリアスは自然体に剣を構えて堕天使達を見つめる。吐息を一つ零す。ここまでリアスが戦える絡繰りは仙術を応用して得た力の流動を掴む感覚の為だ。

 それは直感、或いは先見。更に突き詰めれば疑似的な未来視に迫る領域にまでリアスは足を踏み入れようとしている。仙術とは世界の気を取り込み、己の力とするもの。取り込む力の差はあれど、いや、異なるからこそリアスが得た固有の力と言える。

 

「成る程。人工神器の力、流石に侮れないわね」

「……ふん、守りだけで手一杯か? リアス・グレモリー」

「時間切れを狙うなら、それでも構わないけれども」

「……貴様」

 

 涼しげに言い切るリアスにグザファンが歯噛みする。それは確かにこの場において、こちらが取られたくはない戦略ではあるのは間違いないからだ。

 ならば、と。守勢にリアスが回るならば幾人か、先に離脱した眷属達を追わせるかとも考えたが、あちらには赤龍帝がいる。総出ならばともかく、速度に優れる『騎士』の赤龍帝と索敵に優れる『僧侶』の猫妖怪の組み合わせは厄介の一言に尽きる。

 時間を稼がれて赤龍帝の『禁手(バランス・ブレイカー)』を許してしまえば、数によっては圧殺される可能性を秘めている。故にリアスを無視して離脱をするという選択肢も選べない。確実にこちらを潰す一手を冷静に彼女は打っている。

 時間を稼がれるのは不味い。レイナーレの治療を終えれば、治療に回っている眷属達も参戦してくるだろう。であれば、状況がひっくり返される可能性がある。

 撤退。その二文字がグザファンの脳裏に過った瞬間だった。不意にリアスの纏う気配が変わる。先程まで凪いだ風が吹き始めるように、彼女の周囲に力が集束していく。

 

「そろそろ、じゃあ私も攻めましょうか」

 

 自然体に構えていた魔剣をリアスは掲げるようにして構え直す。その瞳には『虹色』の光が放ち始め、リアスの周囲を風が渦巻いていく。

 世界が震えているようだった。目覚めてはいけないものが降臨する前触れのように。風によってリアスの紅の髪が舞い上がり、揺らめくように靡く。

 

「我が目覚めは、泡沫の夢。泡と散りて消えゆくは我が理想。

 

 しかし、故にこそ。この世に希なる願いを為し、民の夢を纏おう。

 

 其れは無形、この身は夢現。願いはここに、我は幾万、幾億の夢を見る。

 

 奉じ、祝福せよ。この身は龍となり、具現の偶像と為らん。

 

 あらゆる願いを受容し、その祈りをここに形と為そう。

 

 我が誉れはここに。我が身は、願いを映すものなり」

 

 リアスの“詠唱(うた)”に合わせて、リアスの持つ魔剣が光を帯びていく。喜びに打ち震えるように、共に歌うように共鳴していく。

 

 

「使わせて貰うよ、イリナ。――さぁ、行こうか」

 

 

 楽しげにリアスは笑って、剣を天へと掲げる。異常を察知した堕天使達が次々と攻撃を仕掛け、周囲一帯が爆音に包まれ、土煙が舞い上がる。

 

「――やったか!?」

 

 堕天使の1人が、叫びを上げる。しかし、それを断ち切るように、リアスは土煙を引き裂いてその姿を現す。

 

 

「“剣”、“竜”、“浸透(コンタミネーション)”。変異転生!

 

龍身転生(メタモルフォーゼ・リインカーネイション)祈念変性(グラント・アフェクション)』!!」

 

 

 その姿は、銀の龍人と言えば良いのか。いいや、それにしてはあまりにも異様な姿であった。頭部に伸びる角は龍のもの、手足には鱗が覆うように銀鱗が覗いているが、それは生物のようなものではない。

 それは剣であった。剣の鱗を纏う龍人。そうとしか言えな異様な姿へと転じたリアスにグザファンが驚愕に目を見開く。

 

「なんだ……その姿は!?」

「答える義理はないわ。さぁ、続きと行きましょうか? お望み通り、真っ向から相手になってあげるわよ」

 

 手の甲の鱗が剣を形成するように伸びて、両手に剣が生まれる。リアスは地を蹴って堕天使達へと突撃する。前に出たのは全身鎧の人口神器を纏う堕天使が仲間の盾にならんと立ち塞がる。

 手刀の要領でリアスは剣を振り抜く。甲高い金属音が鳴り響き、攻撃を防ぐ為にクロスした腕の鎧を引き裂いて、血が勢いよく噴き出した。

 

「ぐ、ぁああああっ!? な、た、ただの一撃で俺の神器が!?」

 

 痛みに呻く全身鎧の堕天使にリアスは剣に変じさせていた鱗を収納するように縮め、今度は鋼の鱗が手を覆うように変化していく。

 両足をしっかり踏みしめ、腰を軸にして全力で振り抜いた一撃が顔面を捉える。フルフェイスの兜が砕け散り、そのまま全身鎧もリアスの力に耐えきれなかったかのように砕けて、粒子となって溶けて消えていく。

 殴り飛ばされた堕天使はそのまま地を滑り、やがて動かなくなる。一瞬、静寂が場を包み込む。

 

「さて……降伏はする? まだやるなら死ぬ気で抵抗しなさい。うっかり死んでも責任取れないわよ?」

 

 金属が擦れるような音を響かせながら、再び手の甲に剣を生み出すリアスの瞳は冷徹に堕天使達を見つめていた。内心、自分の力が安定して使えている事に安堵を覚えながら。

 

 ――『龍身転生(メタモルフォーゼ・リインカーネイション)祈念変性(グラント・アフェクション)』。

 

 それはイリナの力が確認されてから、リアスが体得する事が出来た力。イリナの創造物は原理としてリアスと同じ“無色の力”を使って生み出されている。

 つまり、元を辿れば同じものである。そしてそれ故にリアスはその『創造物』を己に取り込める事に気付いたのだ。

 元々、リアスの変異は強い願望による変身とも言うべきものだ。しかし、そこには明確な指向性が無ければ成り立たない。リアスが難儀しているのは、このイメージの指向性を深める点だった。

 仙術の応用で力の運用自体はスムーズに行えるようになったが、リアスはこのイメージの指向性を深めるという点で躓き、いまいち壁を破る事が叶わなかった。

 それを打開したのがイリナだった。イリナはリアスと同じ『無色の力』の力を使っているが、彼女は錬金術師でもあり、その創造物の骨子の完成度はリアスを遙かに凌駕する。

 この明確な属性と指向性を持って生み出されたものをリアスが使ってみようと試した所、取り込む事が可能と判明し、その属性を転身に利用した結果がこの『龍身転生・祈念変性』である。

 “竜”と“剣”と属性を取り込んだリアスは、鱗が剣のような機能を果たす無機物と有機物の融合体とも言える。そんな法外なる存在、これこそグレートレッドが由来の『夢幻』の力、『無色の力』を最大限に活用したリアスの新たな力。

 

「おのれぇっ!!」

「刃鱗!」

 

 一気に距離を詰めて振り下ろされた人工神器の一撃。それをリアスは幾重にも刃を重ねたような鱗を盾として、その刃と刃の間に噛ませるようにして引っかける。そのまま、膝の動きと連動させて“剣折り”の要領でへし折る。

 一瞬にしてへし折られた人工神器に絶句する堕天使を、そのまま肘鉄を胸に叩き込んで吹き飛ばす。そのまま刃の鱗を収納して、次の獲物へと襲いかかるようにリアスは疾走する。

 

「開け、剣翼!!」

 

 背に開いた翼は鋭い刃のようなものだ、それを全身を振り回すようにして左右から挟み込もうとした堕天使達を一閃する。剣翼の一閃を受けた人工神器は砕け散り、その衝撃によって意識を失って倒れる堕天使達。

 こうも呆気なく神器が砕けるのは、疑似禁手(バランス・ブレイカー)によって神器が疲弊し、壊れやすくなっているのもあるが。それを込みで見たとしてもリアスの攻撃力は絶大だ。

 ふぅ、と一息を吐くも、それの束の間。リアスは膨大な力の高まりに視線を向ける。そこには幾重の魔方陣を展開し、光力を膨大なまでに圧縮して解き放とうとしているグザファンの姿。

 

「この、バケモノめ……! しかし、悪魔ならば光には耐えられまい!! 消えろぉ!!」

 

 放たれる一撃、圧縮されてからの砲撃は膨大な面による飽和射撃だ。自分の傍には先程倒した堕天使達が気を失って倒れている堕天使達がいる。

 それにリアスは舌打ちを零す。味方ごと巻き込むつもりで攻撃したのは目に明らか。効果的ではある。それは認める。あぁ、でも。そういうものはリアスは『大嫌い』だ。

 拒絶する。否定する。その存在を、その意義を、その脅威を、ただそれだけを強く願う。今この身は刃。なればこそ断つのみ。この身が望むものを切り裂く刃なれば、願う事をはただ一つだけで良い。

 切れ、斬れ、切れ、斬れ、切れ、斬れ。この脅威を憎むならば、一撃の以てして斬り伏せる――!!

 利き手の剣にのみ意識を集中させる。願いは定まった、為すべきイメージは結実した。ならば、あとはそれを現とするのみ。

 

「――“刃龍一閃”!!」

 

 龍の“詠唱(といき)”が叫ばれる。振り抜いた刃より放たれた一閃は膨大な光力の砲撃を切り裂き、その結合を断裁していく。それは呪いにも等しき一撃、存在の有無を許さぬ虚無への一閃。

 夢に幻と消え果てる。その砲撃はなかったかのように、しかし存在した名残だけを残して消え去っていく。その光景を見たグザファンは驚愕に目を見開いたまま、膝をつく。

 

「……バケモノめ……!」

 

 人工神器が砕け散る音が響き渡る。動く者はなく、勝者はただ1人。

 剣鱗を収納する音はまるで鞘走りの音にも似ている。鍔なりの如く収められた音を最後に戦いは静かに幕を下ろすのであった。

 

 

 * * *

 

 

 ――目が開けば、見慣れない天井だった。

 

 レイナーレは目覚めたばかりのぼんやりとした意識のまま、天井を見上げる。意識が落ちる前の記憶が曖昧で、そのまま暫し呆けていた。そうしている内に次第と認識がはっきりしていき、直前の記憶が蘇る。

 

「……生きてる」

「生きてるわよ、おはよう」

「……そのようね」

 

 ぽつり、と呟いたレイナーレに応答するように声を返したのはリアスだった。レイナーレは視線をリアスの方へと向けて、静かに溜息を吐いた。

 ぱたん、と手にしていた本を閉じながらリアスはレイナーレと視線を合わせようとするも、レイナーレがそっぽを向くように視線を逸らす。

 

「人のベッド貸してあげてるんだから、少しは愛想良くしたらどうなのかしらね」

「アンタの……? じゃあ、ここは」

「そう、私の家よ。あの後、うちに運ばせて貰ったわ。怪我の方は白音が治癒してくれたけれど、完治したって訳じゃないから痛むと思うけど」

「……そうね、動かす気力がないわ」

 

 レイナーレが四肢を動かそうとすれば確かに痛みを訴えてくる。それでなくても、今は動こうとする気力が沸かない訳なのだが。

 リアスが口を開かなければ、レイナーレもまた口を開く事はない。そうすると自然と生まれて来るのは沈黙の間だ。そんな気まずい時間を終わらせたのはリアスの口から出た一言だった。

 

「死んで楽になりたかった?」

 

 リアスの問いに、レイナーレは何も答えなかった。ただ、そっぽを向いたまま視線を合わせようとはしない。触り心地の良い布団を、力の入りきらない手でそっと握る。

 

「……それでもいいかな、って。考えたわね」

「……そう」

 

 死んでもいいと思った。確かにあの時、レイナーレはそう思った自分を思い返していた。

 疲れていたんだろう。生きて行く事にも、しがらみにも。あんな風に狙われる可能性があった事も、納得はするけれどもいざなってみなければ思い至らなかった。そして、その可能性は今後も続いていくのだろう、と思えば溜息が零れた。

 だから、死んでも良いと思えたのだろう。目が覚めて、頭が冷えても尚、死への誘惑はとても甘美なものだった。それを口にする事は出来ないのだけれども。何せ自分の傍にいるのはあのリアス・グレモリーなのだから。口にすれば、何を言われたものかわからない。

 それでもリアスは何も言わずに傍にいるだけ。その沈黙が耐えきれなくなり、今度はレイナーレの方から口を開く。

 

「……何も言わないの?」

「言った所で貴方を追い詰めるだけでしょ」

「……ふふ、辛辣ね」

「……馬鹿につける薬はない、とは私が言えたものじゃないけどね」

 

 馬鹿。そう言われてレイナーレは苦笑を浮かべる。確かに自分は馬鹿なのかもしれない。来る日も来る日も仕事に追われて、プライドはへし折られ続けて、更には夢も希望も抱けないまま惰性でここまで来てしまった。

 潮時なのかもしれない。そもそも自分には荷が重すぎたのだ。それを死という幕引きで終わらせる事に抵抗はなかった。今も、生き延びた事を素直に喜べない自分がいる。そして自分が死ねば、残された子達が何を思うのかも嫌という程知っている。

 それがおかしくて、不愉快で、どうしようもない程に切なくて胸を締め付ける。おかしいのはわかる、不愉快なのもわかる。ただ、切なさだけがどこから出たものなのか解らずにレイナーレは目を閉じた。

 

「……今回の件、予想はしてたわ。いつかこんな日が来るんじゃないかって」

「冷静に考えればそうよね。材料を並べれば、私でもわかるわ」

「ねぇ、レイナーレ」

「何よ」

「貴方、これからどうするつもり?」

 

 どうするつもり、と問われてレイナーレは押し黙る。先の事、未来の事を聞かれれば思わず鼻で笑ってしまった。

 

「どうでも良いわよ……もう、どうでも良い……」

「レイナーレ」

「別に研究者として優れてる訳でも、堕天使としても優れてる訳じゃない。分不相応に知りすぎた私に選べる選択肢なんて少ないでしょ? それに、先の事を選ぶ気力なんてもう私には残ってないのよ。ただ、惰性で生きてここまで来ちゃったんだから。もう、後戻りなんて出来ない。でも、じゃあ、どこに行けって言うのよ」

 

 自嘲が零れた。後戻りは出来ない。期待に応えよう、なんて夢を見ていた自分があまりにも遠く、懐かしく思える。

 自分の矮小さも、限界も、弱さも思い知らされた日々だった。それがこれからも続いていく、と思えば。あぁ、助けられた事すらも怨んでしまいそうで。そんな自分があまりにも惨めで。

 

「……今日は1回休みなさい。このままもう一度寝て、良い夢でも見なさい」

 

 前髪を払うように、そしてそのまま頬を撫でるように触れてくるリアスの手。レイナーレにはその手の感触は不愉快だった。不愉快だが、払いのける気力もない。好きにさせたまま目を閉じる。

 覚醒したばかりの意識は、しかし体の疲労を示しているのかすぐに眠りに落ちようとしている。頬を撫でていた手は頭を撫でてくる。あぁ、本当に不愉快だとレイナーレは眉を顰める。

 もう眠ってしまおう。今は、ただ何も考えずに。何も知らずに。眠りの淵に落ちていよう。その時だけは何もしなくて済むから。そんな思いを抱えたまま、レイナーレの意識は再び眠りの中へと落ちていく。

 知らずに零れ出た涙をリアスが指で掬う。それすらも気付かないままに。

 

 

 * * *

 

 

「調子はどうにゃ? リーア」

「……ダメね。もう、限界は超えたと見ていいんじゃないかしら」

 

 レイナーレが眠ったのを確認して、私は居間へと降りてきていた。そこには黒歌だけじゃなくて、一誠とイリナ、白音も残っている。

 レイナーレへの襲撃の後、レイナーレは私の部屋に匿う事にした。襲撃犯も拘束した状態で眠らせて、地下室へと放り込んである。後処理は終わったけど、その傷跡を確認すれば嫌でも気が滅入る。

 一誠は沈痛な表情で唇を噛んでいるし、白音も気落ちした様子のままだ。黒歌も含めてレイナーレと付き合いが長かった分、今回の事に動揺も苛立ちも隠せずにいるのだろう、と思いながら目を閉じる。

 

「……体は治せても、心までは難しいからね」

 

 ぽつり、とイリナが呟く。その言葉の重さに私も頷く。イリナが言うと説得力が違う。

 レイナーレの心は元々限界に近かった。それを今回の事で完全に壊れる一歩手前まで踏み込んだと見るべきか、或いはもう手遅れなのだろうか。

 結局、何も出来ずに後手に回ってしまったのは痛恨の限りだ。私も思わず苛立ちから舌打ちを零してしまう。いつかは何かしらの形で伝えなければいけなかった事だけど、あまりにも間が悪すぎた。

 

「どうするの、リーア」

「どうする、って」

 

 唐突な黒歌の問いかけに私は眉を寄せる。……それは次に黒歌が言うだろう事が予想出来たからだろうか。

 

「正直、楽にしてあげるのも一つの手だと思うにゃ」

「……それは、死なせる、って意味で?」

「社会的な死だってあるにゃ。別人になる事だって出来る。記憶操作だって白音がいれば多少は誤魔化せるでしょう?」

「そんな! そんなの! ……それで、良い訳あるかよ……!」

 

 黒歌の台詞に一誠が堪えきれない、と言うように叫ぶ。握りしめた拳が震えていた。そんな一誠に白音が手を添えるようにして寄りそう。それで少しは落ち着いたのか一誠が深く息を整える。

 記憶を操作する。それは確かに一つの手ではある。だけど上策とも言えない。記憶を消すといっても、どこまで消すのかにもよる。更に言えば無理矢理に記憶を引き摺り出されれば今度こそ取り返しのつかない事になる可能性だってある訳で。

 何より手を施す事になるのは現状では白音だ。記憶を失わせるという事は、それまでの人格をリセットするという事に他ならない。それはレイナーレを殺す事と何が違うのだろうか?

 必要に迫られて記憶を消してきた事はあるけれど、それは知らなくて良い事を知ってしまった人達に向けてきたものだ。レイナーレは事情が違う。

 

「……黒歌さん」

「私はそういう役割だからね」

 

 咎めるように黒歌の名を呼ぶイリナに、黒歌は悪びれた様子もなく肩を竦める。

 

「ともあれ、レイナーレをどうしたいのか意見はあるのかにゃ? 敢えて本人の意志とか勘定に入れないでね。リーアがどうしたいのか、その答えはあるかにゃ?」

「……そうね」

 

 黒歌の問いかけに目を閉じて、腕を組む。どれだけ思考に時間を取られたか。それはわからないけれども、逆に複雑に考えたって見失うだけだと結論は出せた。

 だから、ストレートに口にする事にした。私はレイナーレをどうしたいのか。その答えは、もう当然決まっている。

 

「助けたいわよ、やっぱり」

「結構面倒だよ? それでもかにゃ?」

「それでも、よ。そうする事を止めたら私が私でなくなるから」

 

 助けない、なんて選択肢はない。レイナーレを見捨てる事は出来ない。一誠がずっとお世話になってきた恩もあれば、レイナーレの現状を生み出したのは自分が原因でもある。ならば責任が私にはある。

 だから助けよう。レイナーレの救いが死を望む事だったとしても、そんなの知った事かと強く思おう。傲慢であれ、助けると決めたのなら最後までやり遂げる。その為に思考を巡らせて、溜息を一つ。

 

「まずは――呼び出しますか。総督殿を」

 

 先送りにしておいた問題を、ここで解決しよう。そう思いながら私は通信用の魔方陣を起動させた。

 諦めはしない。諦める事だけは絶対に、それだけは許されない事だから。変えていこうと決めたあの日を裏切らない為にも。迷いは無いとは言えないけれど、踏み出さない事はもっと罪だと思うから。

 

 

 

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