いつからだろう。こんなに何も望めないようになってしまったのは。
そんな自分に飽いて、失望して、堕落して。底まで落ちた先で光を見た。
まぁ、結局そんな所で。自分に光り輝くものなんかない。
それでも、まだ。最後に残ってるものがあるのだとすれば。
きっと、意地って言うだけの些細なものなんでしょうね。
* * *
日々は過ぎゆき、夏休みも終わりを迎える間近。それは修行の日々の終わりが近づく事を意味していた。
別荘から少し離れた広場、白音によって張られた結界の中で一誠とレイナーレは対峙していた。
幼くなっていたとはいえ、かつての面影を残したレイナーレ。その手には何やら物々しい布に包まれた長物が手に握られている。
そんな姿を見て一誠は思う。彼女とこうして向き合うのは幾度目だろうか。
自分が人間だった頃から、『
その裏でレイナーレが苦しんでいるの知っていても、理解は出来ていなかった。だから何もしてやれないまま今に至った。
それを後悔しているかと問われれば頷いてしまう。だけど何かが出来たとも思えない。けれど何かが変わる。そんな予感を一誠は感じていた。
この約1ヶ月、食事の席などでは一緒に過ごしてはいたものの、彼女の修行の内容を終ぞと一誠は知る事はなかった。
基礎を高める事は大事だとはわかっていても、自分に大きな変化はやはり訪れなかった。無駄ではない、とは思う。けれども対峙するレイナーレの変化を思えば心に去来する感情は複雑なもだの。
「それじゃあ、お互いの修行の成果を存分に見せると良いにゃ」
結界の内部には黒歌がいる。これから一誠とレイナーレが戦って、万が一が起きた時に止める為だと。つまりは立会人という訳だ。
レイナーレは自然体だ。いつもだったらブツブツと文句を言いながら、恨みがましい視線で自分を睨んできた彼女は静かに戦意を高めているようだった。
結界の外ではリアスとイリナが見守っている中、一誠も剣と『
そんな一誠に向けてレイナーレは真っ直ぐに一誠を見据えるようにして言葉を発した。
「一誠」
「……何ですか、レイナーレさん」
「レイナーレでいいって。あと敬語もいらない」
「習慣付いてるんですから、いきなり変えろって言われたって難しいですよ」
「……あっそ。まぁ良いけど。先に言っておくわ」
レイナーレの纏う気配が険阻なものへと変わってく。今までにない程に強い意志を感じる瞳で一誠を見据えたまま、彼女は告げる。
「――『
「……いきなりですか」
「貴方の修行は力のコントロールを磨く事、だったら全力の力を振るう事が何よりの証明になるんじゃないかしら?」
「……良いんですか?」
「本気で来なさいって言ってるのよ。今までみたいに手加減なしで、私を傷つけないようにとか、そういう気遣いもなし。私を本気でぶっ飛ばすつもりで来なさい。じゃないと怒るわよ」
そう言ってレイナーレは手にしていた長物を包んでいた布を取り払った。良く見れば細かな文字が描かれているのがわかる。恐らくは、何かを封印するもの。
そうして封を解かれて姿を見せたのは槍だった。漆黒の柄に眩いまでの白い刀身の十字槍。それを目にした瞬間、一誠は全身に悪寒が走って肌が粟立つのを感じた。
あれは良くないものだ。本能が警告を発する気配に一誠が息を呑む。レイナーレはそれを何度か振り回すようにしてから構える。空気を裂く度に息が詰まるような気配が広がっていくようだった。
「……槍なんか使えましたっけ?」
「流石に付け焼き刃よ。けれど、本気で来ないとどうなるかぐらいわかるでしょう?」
「何ですかそれ、まさかイリナが作ったとか言いませんよね?」
「終わったら教えてあげる。構えなさい、一誠」
「……ドライグッ!」
『相棒、気をつけろ。……俺も把握しかねているが、あれは“良くないもの”だ』
ドライグからの警告もあって一誠は僅かな慢心も捨てて、警戒心を最大に引き上げる。相手はレイナーレと言えど、ここからは死合いだと。
念じる。今まで『
その実感を得ながらも、それでも悪寒は消えてはくれない。レイナーレの手にした槍が一誠の警戒心を刺激し続けるのだ。光力にも似た清浄さも感じるが、そこに強烈な害意が混ざり合っているような歪さ故の禍々しさ。
言葉にすると形容し難いの一言に尽きるのだが。ともあれ、あれは不味い。まずは様子見と言うように一誠は『
手加減はなしとは言ったが、それでもレイナーレの今の底がわからない。今まであれば、これで反応するのが精一杯な速度で一誠は一撃を振るった。
それにレイナーレが一拍遅れて反応する。槍を振り、一誠を近づけさせまいと剣を叩き落とさんばかりの勢いで振り抜く。甲高い金属音が鳴り響き、一誠とレイナーレは互いに弾き飛ばされるように距離を取る。
「ッぁ――! なんなんだ、これ、めっちゃ頭に響くぞ……ッ!!」
『相棒! あれは魔槍のようなものだ! まだ掴み切れんが、呪いじみてるぞ……!』
レイナーレの槍を弾いた際に響いた金属音が脳を直接突き刺すかのような痛みを発する。その痛みに一誠は眉を顰めて呻く。内側からドライグが警告する声が聞こえてくる。
距離を取ったレイナーレは、その背に翼を広げる。それは堕天使の羽根と悪魔の羽根の2対4枚の翼。レイナーレが纏う歪な気配が膨れあがり、一誠もドライグが呪いと称するのもわかると頷く。
あれは決して良くないものだ。ただの一合、されど一合。それだけで一誠はあの槍の危険性を察知した。あれは対象を『拒絶』するものだ。自分が込めた分の力がそっくりそのまま叩き返されるかのような感触があった。
「厄介なもん振り回してますね!?」
「うるさいわね!! 来ないなら死ねッ!!」
獣のように歯を剥いてレイナーレが横凪に槍を一閃する。すると槍が振り抜いた軌跡から光力にも似た、けれど決して自分の知るレイナーレの光力とは異なる光刃が一誠に向けて放たれる。
それを飛び退くようにして一誠は回避する。そのままステップを踏むようにして左右に体を揺らしながらレイナーレへと近づこうとする。しかし、一誠が近づこうとする度にレイナーレがまた反応してくる。
1度、2度、3度、斬り合う度に響いて帰って来る力の反動に一誠は眉を顰めつつ再度、距離を取る。
『相棒、わかったぞ。あれは光力を宿している槍だ』
「あぁ!? そんな訳あるか、いや、そうかもしれないけどそれだけじゃないだろ!?」
『あぁ、そうだ。あの槍は、光力と魔力を『反発』させ合って、内部で力を爆発的に増幅させている。本来、聖と魔は反発し合うものだ。あの堕天使、悪魔に変じて魔力を得た事で混ざり合う事のない力を『混ぜ合わせない』まま使っているという訳だ』
「そんなのありかよ!!」
『“夢幻”の力だ、なんでもありだろう! ただ、爆発的に力は上がってはいるが、制御をミスればそのまま暴発するようなものだぞ、あれは! 互いの力が『拒絶』し合って生まれる反発力をそのまま出力にしている訳だからな。相棒がさっきから感じている反発は、その余波のようなものだ! 聖属性を秘めた魔槍という矛盾した存在だな!』
ドライグから告げられたレイナーレの槍の情報に一誠は目を見開く。反発し合う力、一誠は磁石を思い浮かべた。あのくっつけようともくっつかない磁力のようにレイナーレは光力と魔力を反発させ合い、それを内部爆発を起こすようにして出力にしている訳だ。
制御をミスれば、その反動が全部自分に返る。確かに魔槍と言うべき存在だろう。但し、秘めている属性は聖属性だと言うのだから、これは巫山戯た存在と言われても仕方ないと一誠はデタラメさに舌打ちをしたい程だった。
「相変わらず『
「怖ッ!?」
レイナーレが無造作に槍を振り回して魔力によって反発して放たれた光力の刃、敢えて名前をつけるとするならば魔光刃と言うべきか。それが一誠に向けて放たれ続ける。
それを一誠は掻い潜るようにして疾走する。近づいて斬り付ければ近づけさせまいと反応されて、反発するだけでこちらの脳を揺らされるような衝撃を受けるのだ。流石の一誠とて慎重になる。
一方でレイナーレは肩で息をし始めていた。無理もない。これは安定した力とは程遠いものなのだから。明らかに反発し合っている力を制御する事に疲労が見え始めている。それでもレイナーレの目から意志の光は消えない。
それは闘志でも、戦意でもない。そんな清廉されたものではない。もっと泥々として鬱屈した感情そのものだ。ただ気に入らないという拒絶の意志だけでレイナーレは力を振り絞っていた。
「底の底まで堕ちて、悪魔になって、私に残されたものが最後にこれだけよ……! アンタにだけは……アンタにだけは負けない、負けたくない……! もう二度と、私が私でいる為にも!!」
「レイナーレさん……」
「憐れまないで! 私を憐れまないで! 元人間とはいえ、悪魔になって! 『赤龍帝』に選ばれて、アンタは特別よ! 特別な奴よ! そんな奴を見下してた私が愚かだったんでしょうね! 良いわ、それも全部もう認めた! 認めた上で、アンタには負けない……! アンタだけには、アンタだけにはぁッ!!」
レイナーレの叫び共に力が膨れあがる。それはまるで一誠の『倍加』にも似た現象だった。悪魔と堕天使の羽根を羽ばたかせて大きく振りかぶるようにして一誠へと突撃するレイナーレを一誠は籠手を盾にするようにして受け止める。
響き渡る衝撃は、レイナーレの拒絶そのものだ。ようやく一誠も理解した。『
代償は自我一つ。拒絶の意志は周囲だけではなく自分すらも痛めつける。それでもただ自分でありたい、という嫌悪と拒絶を以てしてレイナーレは力を跳ね上がらせ続ける。
お前にだけは負けない、負けたくないと。その執念は最早、呪いとも言うべきものだ。それを真っ向から受けた一誠は歯を噛みしめる。
「――だとしてもッ!!」
弾く。レイナーレの一撃を剣で逸らし、籠手で腹部を思いっきり一誠は殴りつける。隙を縫うようにして放たれた一撃を受けてレイナーレは跳ね回るように地を転がる。
「俺も負けられない! 俺はリーアの眷属で、『赤龍帝』で、『
それは一誠の誇りだ。譲れないものだ。それは夢と言うべき目標だ。リアスと並んで恥ずかしくないように、命を救われた恩を返せるように。桜舞う季節、目を奪われた美しい原風景が胸に残り続ける限り。
レイナーレが槍を支えにしながらも立ち上がる。嫉妬に焦がれた目だった。美しいものを目にした時の、自分を省みさせられる最悪な気分だ。だけど、それで良いとレイナーレは不敵に笑った。“アンタはそれで良い”し、自分も曲げるつもりもない。
羨望と嫉妬。それはとてもよく似ていて、けれど隣り合う事はない遠いものだ。一誠は憧れから走り続け、レイナーレは拒絶し続ける事で遠ざける。その方向性は真逆の筈なのに、結果として似た形を得た2人は向き合う。
「だからアンタは疎ましいのよ一誠――ッ!!」
「何でそんな捻くれてんだアンタは――ッ!!」
互いに憤りの叫びを上げて、戦いの速度は上がっていく。事前に許可を貰っていたレイナーレは当て付けのように『
本来、一般的な『
スペックの時点でレイナーレが一誠に勝てる筈がないのだ。そのデータは既にアジュカによって観測されている。それでもレイナーレは一誠に追いすがる。彼に追いつき、食らい付かん勢いで剣戟を交わす。
負けたくない、もう二度と。一度負けて、折れて、砕けた自分を『拒絶』し続ける。レイナーレに宿った『無色の力』が、弱い自分を拒絶する事によって出力が上がり続ける。
それは自我を削り取っていく代償を孕んでいるが、知った事ではないとレイナーレは力を上げ続ける。
自分には何も残らなかったし、何も残せなかった。少なくともレイナーレはそう思っている。それを他人がどれだけ認めても自分が認められない。
認められない自分がいるから、レイナーレは『拒絶』し続ける。届かない星に手を伸ばし続けるように。目の前の相手に力を振るい続ける。
レイナーレと一誠の差は絶対的だ。結果を始まる前から確定している。レイナーレでは一誠に勝つ事は出来ない。出来ないが、一誠が勝つ事も出来ない。もし勝利があるとすれば、それはどちらかが折れて、屈する瞬間のみだ。
一誠が早くなればなる程、レイナーレも負けじと速度を上げ続ける。互いに互いが限界を超えようとするように上り詰めていく。負けない、と。その方向性は真逆の癖して、同じ気持ちで一誠とレイナーレはぶつかり合う。
けれど終わりは間もなくだった。代償に自我を削り続けていたレイナーレの意識が一瞬、断絶する。それは一誠の必殺の一撃を避けられない事を意味する。
「――はい、そこまで」
その必殺を阻んだのは黒歌だった。素手に薄い結界の膜を張るようにして一誠の剣とレイナーレの槍を掴むようにして間に割って入る。
互いに睨み合っていた一誠とレイナーレは黒歌が視界に入った事で、一息を吐くようにして肩の力を抜く。一誠が自然体に戻るのに対して、レイナーレはその場に倒れ伏して、荒く呼吸している。大量の汗が浮かび、体が妙な痙攣すら起こしている。
「レ、レイナーレさん!?」
「大丈夫にゃ。まぁ、ここが限界かにゃぁ。よく頑張ったよ、レイナーレ」
「黒、歌、わ、たし、ま、だ、やれ、る」
「はいはい、落ち着くー。良い子、良い子にゃー」
起き上がろうとしたレイナーレの背中を押さえつけるようにして黒歌は撫でる。力の反動で乱れていた精神状態を落ち着かせるようにして気を整えていく。荒かった呼吸は静まっていき、レイナーレがその場にぐったりとしたまま動かなくなる。
それを不安げに見守っていた一誠だったが、戦いが終わったのを確認して『鎧』を解除する。疲労感はあれど、まだまだ『鎧』を維持する力だけの力はあった。細かな訓練の積み重ねを確かに実感した瞬間だった。
同時にレイナーレへの畏怖が浮かび上がる。今までは力任せに振り回していた力を研ぎ澄ませられた感覚が一誠には確かにあった。それをレイナーレは真逆の、暴発し続ける力で食らい付いて来たのだから。
「……ぁ……、あ……ぁ……」
そんなレイナーレは今、呻き声を上げて虚ろに震えている。自分の体を抱き締めて、怯えている子供のようだった。そんなレイナーレの背中を黒歌は優しく撫で続けている。
「……大丈夫なんですか、黒歌さん」
「ん? あぁ、時間が経てば大丈夫にゃん。レイナーレの力はどうしても代償がつきものだけど、その癖、我だけは強いからすぐ落ち着くにゃ」
「大丈夫には見えないんですけど……」
「――ふざけ、ないで。大丈夫、よ」
一誠が心配そうに声を漏らせば、レイナーレが目を見開いて一誠を睨み付ける。思わず蛇を思わせるような視線を受けて一誠がギョッとする。それを見て黒歌は苦笑を浮かべた。
「ほら、代償というか。代償を上手く使える性格なのが幸いというか、こうして無理矢理戻って来る事も出来るから。無茶はさせられないんだけどね」
「うるさい、わね……大丈夫って言ったら大丈夫なのよ……まだ負けてないし……」
「アンタが一誠に『負ける』としたら死ぬ時でしょうに。これは稽古、勝敗をつける必要はないのよ。いいから休めにゃ」
こつん、とレイナーレの額を軽く小突きながら黒歌は言う。それにレイナーレが気に入らなさそうに鼻を鳴らして目を閉じた。そんなレイナーレを黒歌が抱き上げて、何を思ったのか一誠にそのまま手渡す。
突然レイナーレを手渡された一誠は慌てながら、レイナーレをお姫様抱っこするように抱える。ちゃんと抱えれば軽い体と柔らかさに一誠は思わずドキマギしてしまう。
「あ、あの、あの黒歌さん!?」
「こういうのは女の子の憧れのシチュエーションにゃ。私がやるよりマシでしょ」
「俺がやるとレイナーレさんに殺されそうなんですけど!?」
「……煩いわね、今は黙っててやるから叫ばないで」
一誠の大声に眉を顰めたレイナーレは目を閉じたまま、一誠に身を預けるようにして力を抜く。胸に頭を預けてくるレイナーレに一誠はドキドキしっぱなしだ。
自分が見慣れた姿よりも幼く、そして力を抜いてあどけなく汗で肌に張り付いた髪などが目に入って、一誠は思わず目を逸らす。それでもしっかりとレイナーレを抱える為の力を緩めないのは男の子故か。
そんな一誠の様子を黒歌はニヤニヤしながら見守る。すると結界が解けて、白音が真っ先に飛び出してくるのに笑い転げそうになりながら、黒歌はゆっくりと微笑む。
「お疲れ、レイナーレ。まぁ“負け”はしなかったんじゃないかにゃ」
* * *
一誠とレイナーレの模擬戦が終わって、私は一息を吐いていた。結果は不満がないとは言えないけれども、私が出した目標は達成されたと見て良いと思う。
しかし、本当にレイナーレが一誠に追いすがっていったのは凄かったわね。スペック上ではどう足掻いたって一誠には、それも一誠と同じ土俵の“速度”で張り合うのだから、見ていて実際驚いてしまった。
しかし私の力の使い方とよく似ているのは間違いなかった。それ故、代償も似たようなものだけれども、レイナーレはその代償を性格でカバー出来ているというのが黒歌の弁で、それには思わず苦笑を浮かべてしまった。
性格が幸いして力が制御出来る、なんて上手い話だ。扱える力は穏やかなものではないけれど。そんな事を思いつつ、レイナーレを部屋で休ませて残りの眷属でお茶会を囲んでいた。
そして気になっていた事が一つ。それはレイナーレが使っていたあの『槍』だ。
「あの槍はイリナが用意したの?」
「正確には私だけじゃなくて、レイナーレとの合作だよ」
「合作?」
やっぱりあの『槍』はイリナが作ったものだったのね。でも、合作とはどういう事なんだろう? レイナーレは確かに研究者としての一面もあったけれども。レイナーレの力は基本的に『拒絶』で、力を形にする事には向かないと思うのだけれども……。
「私の『錬成』も『あり得ないもの』を形にする以上、レイナーレの『反発』の側面を有してるのも事実で、だからレイナーレと合作する事で私1人では足しきれない属性の武器を作ったり出来るようになったのよ。ただ、私とレイナーレの力は反発し合うものだから、まず『型』となる器を用意して、それからゆっくり馴染ませないと固定化出来ないから、私の『錬成』みたいにパッと作れる訳じゃないのが欠点かな」
「レイナーレの槍は、あれはレイナーレの『光力』と『魔力』を重ね合わせたものね?」
「そう。あれが形になるまで何回も壊したよ……お陰で私も大分、錬成力も上がったと思う」
むんっ、とイリナが意気込むように両手を胸の前で握る。なるほど、確かに言われれば納得だ。イリナは『存在しないもの』を『創造』して『錬成』している。そこにはレイナーレの力である『反発』と通ずる側面もある。
そこを強調する事によって力を跳ね上げる事が出来るのは、今回レイナーレが見せてくれた通りだ。それをイリナも適用出来るし、感覚を掴んだ事でイリナ自身の力への理解も進んだのだろうと思う。
「でも、それなら私も少しぐらい関わらせてくれたって。ほら、アイテムを強化するなら私の血とか使えば……」
「うーん、まずは壊れないものを作るのが前提だったから。じゃないと作る度に壊してても仕方ないでしょう?」
「それもそうにゃ。だから変に刺激しない方が良いと思ってリーアは遠ざけさせて貰ったにゃ。レイナーレ、厚かましいけれども繊細だからにゃ。あんまり失敗する姿をリーアに見させたくなかったのにゃ」
「……なるほど」
確かに私達の力は精神や意志が重要となってくる。失敗を積み重ねているレイナーレを見てしまったら余計な干渉をしていたかもしれない。それがレイナーレの不調に繋がっては本末転倒だ。黒歌の判断もわかる。
「俺も大分、『
「そう言えば、3分以上は鎧を纏って戦ってたものね」
『前に比べればかなり力に無駄がなくなったな。白音のお陰だろう』
一誠からの報告にドライグが補足をしてくれる。白音はどこかホッとしたように胸を撫で下ろしていた。どこか悩ましそうな顔で一誠と修行していて不安だったけれども、結果が出たから安心したんだと思う。
この1ヶ月で皆、学ぶ事は多かったのであればやって良かったと思う。特にレイナーレはあまり歓迎は出来ないけれど、あの力は得がたいものだ。
後はレイナーレも力の制御を学んで、必要に応じて出力を上げられるように出来れば問題はない、と黒歌が太鼓判を押してくれた。それに合わせて私も『槍』の強化に携わらせてくれるとの事。それにはちょっと嬉しかったりする。
昔はイリナの錬金術の為の素材集めをしていた事が懐かしい。今はイリナが自前で採取に行ってしまったりするので、誘われなかったのがちょっと寂しかったりはしていた。私の血を使うのも、あまり歓迎されてなかったしね。
いや、うん、ある意味チートだから頼りにしたくないって気持ちはわかるけれど。頼られないというのはそれで寂しいものがある。そんな気持ちを飲み下すようにお茶を飲み干す。
「リーア、レイナーレの顔でも見て上げて来たらどうにゃ? そろそろ落ち着いた頃でしょう」
「それもそうね。ちょっと行って来ましょうか。誰か来る?」
「あまり大勢で行っても嫌がるだろうから1人1人で後で行きにゃ。リーアもレイナーレの事、気になってるんでしょ?」
「まぁ、そうね。じゃあ、ちょっと行って来るわ」
ちょうどお茶も飲み干した所だし。そう思いながら私は席を立ってレイナーレが休んでいる部屋へと向かった。
* * *
「……行ったね。さて、リーアも行った事だし、少し眷属会議と行こうかにゃ」
「へ?」
リアスが退室してから、黒歌が気を探るように耳を立ててから周りに声をかける。一誠は間の抜けた声を出して、白音も訝しげな表情を浮かべている。イリナは目を瞬かせるも、何かを察したように表情を引き締める。
さて、と。前置きをしてから黒歌は表情を真剣なものへと変える。滅多に見れない黒歌の真面目な姿に一誠と白音は呆気取られつつ、大事な話があるのだと意識を切り替える。
「率直に聞くけど、一誠、白音。レイナーレの力、どう思ったにゃ?」
「……呪術に近い、と感じました。あまり良くないものだとは」
「俺も。呪いというか、危なっかしいというか……あのまま使わせてて良いのかな、って思ったりはします」
「そういう感想になるのはわかるにゃ。ただ、レイナーレはあの形で力を使うのが一番“嵌まる”以上、改めさせるのは難しいと思うにゃ」
難しい表情を浮かべる白音と一誠に対して、黒歌が頷きながら返答する。
その黒歌に追随するようにしてイリナも表情を固くしたまま言葉を紡ぐ。
「うん。私も黒歌さんと同じ意見かな。確かに危なっかしいけど……ちゃんと使いこなせればレイナーレの確かな武器になり得ると思う」
「ま、あれは自分で出力を出すというよりは『相手に合わせて必要な反発力を生み出す』という『
「……前置き?」
それが本題じゃないのか? と一誠が首を傾げる。話しぶりからしてて、てっきりレイナーレの力についてが会議の本題だと思っていたのを透かされた気分だと。
「レイナーレの力を理解した上で、一誠、白音。リーアの“龍身転生”をどう思うにゃ?」
「……どう、思うって。リーアの力はグレートレッドの力が由来だから、半龍化するのが一番力を発揮出来るんじゃないんですか?」
「それだったらイリナの『錬成』したものを取り込んで変化するのに、絶対に『龍』の属性が必要ないとは思わないかにゃ? それを言ったらイリナや一誠だって『龍』にちなんだ力が一番安定すると思わない?」
黒歌から投げられた問いに一誠は思わず顎に手を当てる。確かに意識した事はなかったけれども、『無色の力』は確かにグレートレッドから流れ込んだ力ではあるけれども、それは力そのものであって龍の属性を持つ訳ではない。
それが顕著に出ているのがレイナーレだったとも言える。レイナーレは元々持っていた属性を『
「……俺は『赤龍帝』だけど、イリナは違うよな」
「うん。私は『龍』は力の象徴として捉えてるから、力と同義って意味で出力はしてるけれど……別に龍そのものを意識した事はないよ」
「……つまり、何が言いたいのですか? お姉様」
黒歌を睨み付けるように視線を鋭くさせて白音が問いかける。黒歌は涼しげに白音の視線を受け止めながら話を続ける。
「リーア……リアスの力はレイナーレの力と方向性が一緒にゃ。一誠達の力の使い方が正しい用法だとするなら、レイナーレは悪用している例だね。そして、リアスはその中間と言っても良い。どっちでもある、と言うのが正しいかにゃ」
「どっちでもある……?」
「あの変化は『変身願望』と『自己否定』による自分自身の変化が合わさったリアスだけの特有の力って訳だにゃ」
「……変身願望に、自己否定?」
思わず一誠の声が震えた。話の流れがなんだかおかしな事になってきた。今までリアスの力は単純に凄いものだと捉えていて、それが自然なものと思っていたのが前提から崩されて来た錯覚を覚える。
それは白音も一緒だったのか、目を見開かせて耳をぴんと立てていた。イリナは悩ましげに目を伏せている。各々の反応を確認してから黒歌が続ける。
「良い? 良い機会になったし、アンタ達もそろそろ毒を知る頃にゃ。今までリーアが徹底的に遠ざけて来たからね。あの子も自覚があるんだか、ないんだかでふわふわしてるし、危なっかしいという意味ではレイナーレ以上に危ないのはリーアなのよ」
「……この話をする為にリーア様を出て行かせたんですか?」
「私達が心配してるっていうのをリーアだって感じてる筈にゃ。でも、それを明確に言葉にしようとはしない。それは、あの子がいつだって誰かの枷になるのを恐れているからだにゃ」
「……枷」
ぽつり、とイリナが呟く。改めて口にされるとリアスの習性がわかる。誰かの枷にならないように、自分が誰かの負担にならないように、心配をかけないようにとしているのは心当たりがある。
「それが行きすぎるとどうなるか、って言うのは……アンタ達は一度見てるんだっけかにゃ?」
「見た?」
「リーアが思い込みすぎて、追い詰められるとあの子は暴走する。それがどうしようもない状況を生み出した時、あの子は全てを破壊しつくす災禍そのものになる」
黒歌の言葉によって一誠が思い返したのは、幼少期の頃の記憶だった。リアスが大事な会議があると言ったあの日、イリナが教会の裏切り者によって拉致されかけたあの日の事を。
あの時に見た、獣のように吠え猛るリアスの姿を。その後の、力の反動から獣のように振る舞っていたリアスの事を。一誠はフラッシュバックするように思い返し、思わず目元を抑える。
「……行きすぎた暴走、レイナーレさんの力と一緒って、そういう事か」
『……今だから言うが、あれをリアス・グレモリーは“ジャガーノート”と呼んでいたという話だったな?』
「ドライグ? そういえば、リーアがそう言ってたっけ。“ジャガーノート”って」
突如、話に割り込んできたドライグに一誠が目を瞬かせる。周囲の視線も一誠の、正確には一誠の左手に集中する。そこに光の文様が浮かび上がり、ドライグの声が響く。
『それは『
「……なんだよ、それ。そんな形態があるのかよ」
『リアス・グレモリーは一時期、『
「んで、その『
『これは一種の暴走状態だ。『
「……そんなのがあったのかよ」
『リアス・グレモリーからは固く禁じられていたし、なりそうだったらなんとしてでも止めるか、自分を呼べと釘を刺されていたからな。だが、あっちが同じような爆弾を抱えてる以上、黙っている訳にもいくまい』
「……確かに、よく似てるね。リーアが真似したって言うなら、尚更」
『……皮肉な話だがな。『
しん、と場が静寂に包まれる。それは確かに皮肉な話だ。かつて『二天龍』と称されたドライグが力を求めた先にグレートレッドやオーフィスを参考にした力を、その力を参照した存在の力の受け皿となっているリアスが扱った事があるのだから。
「……ま、そういう訳でリーアの力の危険性は今まで、説明するのがややこしいのと、説明した所で対処が難しいって事でアンタ達には伏せてたんだけどにゃ」
「……このタイミングで話したって事は」
「私は話をしただけで、今後アンタ達がリーアとどう付き合っていきたいかは任せるにゃ。私は今まで通り、あの子が崩れそうになったら支える。それまでは手を出さない。ただアンタ達に同じように接しろ、とは言わないにゃ。特に一誠とイリナは密接にリーアと、リーアの力そのものと関わってるにゃ。その心情まで縛れば、影響が出かねないからね」
「私は事前に話されてたし、レイナーレと一緒に武器を作るに当たって再確認が出来たから……ちょっと考えてみてる所。今後、私自身としても、『
イリナが表情を引き締めたまま言う。それを受けて一誠と白音もそれぞれ考え込むような表情を浮かべる。
言われれば改めて気付けるリアスの危うさ。絶対的な愛情の裏に隠された、その危うさの意味をレイナーレを例にする事で知った今、確かに無視は出来ない。
レイナーレの力と触れ合っていたらいつかは自分で気付いたかもしれない。だからこそ、敢えて黒歌は今、ここで口にしたんだと一誠は考える。
しかし、それにしても突然だった。『
「……私はいつも通りです。かといって、姉様とは違うスタンスですけど。私はリーア様の心が安定するように努めるだけです」
「ま、白音はそうだろうにゃ」
「私は直接リーア様から力を受け取ってる訳ではないですし……言葉にされると漠然とした不安だったものが明確になりましたから。かえって確信出来ました。だから私は変わりありません。リーア様から受けた恩義に尽くすのみです」
白音が胸に手を当てながら言う。そこには不変を感じさせる確かな誓いが見えていた。
それを聞いても一誠は、自分の中で答えを出す事が出来なかった。今まで、ある意味で絶対的な存在に思えていたリアスの真実。それに戸惑っているのは間違いない。
結局、そのまま流れで解散となる事になり、一誠は言い知れぬ靄を心に抱いたまま、小さく溜息を吐く事しか出来なかった。