深紅のスイートピー   作:駄文書きの道化

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第4章 焼却の転換点
ACT.01


「……やはり、“例”の研究資料が欠けていては、これ以上の進展は厳しいか」

 

 ぽつりと、モニターの光に照らされた横顔が悩ましげに呟く。そこに表示された研究の進展は明らかな停滞を見せている事が男にとって不満であった。

 その為には失われたものを取り戻すが必要があった。そして、その為の調査に関しては進展があったと報告があった。そこに表示された姿を目にして、男は笑みを浮かべる。

 モニターに映し出されたのは“塔城 白音”と“塔城 黒歌”の2人。

 闇が鳴動する。誰にも気付かれる事のない深淵の底から、気泡が浮かぶように。

 

 

 * * *

 

 

 暑い夏は過ぎ去って、景色は秋めいてきた。瑞々しい緑が燃えるように赤や黄色に変わっていく景色を楽しむ季節。日本での四季の変化を味わうのは久しぶりで、不思議な感慨が胸を過る。

レイナーレの一件からというもの、大きな出来事はなく再び日常へと戻っていた私達に季節の変化と一緒に新しい変化を迎えていた。

 

「レイナーレ姉さん、可愛い!!」

「むぐぐ、は、離しなさいよぉ、朱乃ぉ……!」

「あぁもう、本当に可愛らしいですわ……! うふふ! まさか姉さんが私よりもちっちゃくなっちゃうなんて! うふふふふ!」

「リアス、見てないで助けなさいよ! はーなーせーっ!」

 

 駒王町のグレモリー邸。そのリビングでは朱乃がレイナーレを抱き締めて頬ずりをしていた。レイナーレの近況こそ伝えていたものの、多忙の身である朱乃が駒王町に顔を出せたのは今日が久しぶりで。

 そして、レイナーレの姿を見た瞬間の朱乃の反応がこれである。荷物を落としたかと思えば、素早い動きでレイナーレを腕の中に抱え込んで猫可愛がりしている。そんな朱乃を引き剥がそうと藻掻いているレイナーレが私に非難の目を向けてくるけれども、目を逸らしてしまう。

 何でかって、こういう時の朱乃は止められない事は嫌でも知ってるから。元気に藻掻いていたレイナーレだったけれども、逃げられないと悟るなりぐったりと朱乃の腕の中で項垂れている。朱乃はまるで花が咲いたかのように笑みを浮かべたままだ。

 

「そっか。イザイヤ達も転校して来るって事になったんだな」

「それも私達の学校にですか」

「あぁ、一誠くん。という訳で、君とは同じ学校の生徒になるよ。今後ともよろしく」

「よろしくね、一誠くん。それに白音ちゃんも」

「よろしくお願いします!」

 

 その横では恒例となったネフィリムトリオのイザイヤ、トスカ、アーシアが一誠と白音と握手を交わしていた。

 そう。レイナーレが神の子を見張る者(グリゴリ)から抜けた事で、この駒王町に在留する役として朱乃が派遣される事がようやく決まったらしく、今日はその為の挨拶という名の報告に彼等が来ていた。

 朱乃の護衛という事でイザイヤ達もセットで転校してきて、朱乃は私と同じ学校に、イザイヤ達は一誠の学校に通う事となる。来年には一誠達も進学して駒王学園の高等部に入学する予定になっているけれども。

 そういえば、イザイヤとトスカはファミリーネームがないという事で、アーシアのファミリーネームであるアルジェントを名乗るらしい。イザイヤ・アルジェントにトスカ・アルジェント。アーシアにとっては義兄と義姉になるという事で。

 そう思えば不思議な気持ちになる。グレモリー眷属としてではなく、人間のまま、義理の家族とはいえ彼等が一緒に過ごせている事が妙に嬉しい。……さて、そろそろレイナーレに助け船を出しましょうか。現実逃避は終わり。

 

「朱乃、そろそろレイナーレを解放してあげなさいな」

「あら、私ったらつい」

 

 おほほほ、と上品に朱乃が笑いながらレイナーレが解放され、レイナーレはふらふらとソファーに倒れ込むようにして丸くなった。ソファーに座っていた黒歌はそんなレイナーレの様子を見て、ぽんぽんと頭を撫でた。

 抵抗する気力も削ぎ落とされたのか、レイナーレはぐったりしたまま動かなくなった。そんな様子に周囲が苦笑する気配が広がっていく。そんな空気を切り替えるようにして朱乃が咳払いをする。

 

「それでは、改めて『神の子を見張る者(グリゴリ)』から派遣されてきましたので。これからよろしくね、リーア」

「えぇ、また貴方と学生生活が送れるのを楽しみにしていたわ。朱乃」

「何年ぶりかしらねぇ、学生だなんて」

 

 本当に嬉しそうに朱乃は笑う。私達がまだ学生だった頃が懐かしく感じる。私がオーフィスの襲撃で冥界へと帰り、朱乃は『神の子を見張る者(グリゴリ)』へ移ってから空白が生まれてしまったから。

 あっという間だった気もするし、長い時間にも感じられる。ただお互い、共通した思いは嬉しさだろう。またこうして一緒に学校に通える。そんな幸せを私は噛みしめるように実感する。

 

「私が来た事で、今後の事も色々と動き出すでしょうね」

「……そうね。アザゼルからも聞いてる?」

「……それは後で。貴方の部屋でね」

「……わかったわ」

「ふふふ、久しぶりに一緒に寝られるわね。楽しみだわ」

「えっ」

 

 あ、そっちで話すのね? ちょっと予想外。というか本当に朱乃はよく笑うわね。少し浮かれているようにも見える。恐らくは一緒に寝ようという提案なのでしょうけれども、こういう所は小さい頃から本当に変わってない。

 すっかり綺麗な女性に育っているというのに、中身はまだ昔の面影があるようで安心したような、不安になるような……。

 イザイヤ達も仕事に熱心になりすぎて休んでくれない、という悩みも聞いているし。これは昔のよしみとして様子を見ていあげた方が良いかしらねぇ。

 ……私が言うな? それはそれ、これはこれという事で。

 

 

 * * *

 

 

「ふふ、こうして一緒にベッドに入るのも久しぶりねぇ」

「そうね。お互い、離れてから時間が流れたものだわ」

 

 今日は全員がウチに泊まるという事で、一誠はイザイヤと語り明かすそうで、女子は女子でガールズトーク。

 そんな中で私達も途中まではガールズトークに混ざっていたけれども、時間を見て解散。こうして自室のベッドで朱乃と一緒に横になっている。朱乃は嬉しそうに私の手を触ったりしてくる。

 

「もう、貴方だって良い年なんだから」

「ふふ、いいじゃない。リーアとこうしてゆっくり出来るのも久しぶりなんだもの」

 

 それを言われると少し弱い。思わない事がなかったとは言わない。あの日、オーフィスが私と出会わなければ。

 そうしたらもっと静かで、穏やかな日々が送れたかもしれないと。そんな夢を見る事もある。

 けれど現実は現実。オーフィスは私と出会い、そして私達は殺し合って一誠達は悪魔に転生した。朱乃は力を求めて駒王町を去り、私もまた冥界へと戻っていた。

 長い時を経て、お互いがそれぞれの経験をして今がある。もしも、なんてあり得ない。それでも取り戻せるものもあるのだと、朱乃の手を握り返す事でそう思えた。

 

「……大きくなったわね、リーア」

「朱乃もね」

「私はまだまだよ。人工神器の研究だってまだこれから。私は出来る事がたくさんあるわ」

 

 吐息がかかりそうなほどに距離を詰めて朱乃が私を見つめる。その表情は真剣なものへと変わっていて、瞳には強い意志の色が見えている。

 

「私はもう、貴方に守られるだけの子供じゃないわ」

「……朱乃」

「これからようやく肩を並べて歩いていけるわね。私、それが嬉しくて堪らないのよ。勿論、貴方に比べればまだまだなんでしょうけどね」

「そんな事ないわよ」

 

 朱乃の手を握り返しながら、私も距離を詰めて額を合わせながら言葉を紡ぐ。

 この手でどれだけの人を救って来たのだろうか。その努力の価値を私は正しく評価出来ないと思う。

 その多くは『リアス・グレモリー』が担っていた役割だった。でも、私にはそれは叶わなかった。それ以上に背負うべき因果があった為に。

 だから、朱乃には感謝しても感謝しきれない。私の為にどれだけ頑張ってくれたのだろうかと思うと胸が切ない程に痛くて、同じぐらいに温かくなっていく。

 

「朱乃がいてくれて、本当に良かったわ」

「私こそ。ありがとう、リーア。貴方がいてくれたお陰よ」

 

 お互いに額を離して顔を見合わせて笑い合う。それがどうしようもなくおかしくて、そのまま一緒に笑った。

 

「何かの切っ掛けさえあれば、和平の道を探っていくわ。内部のいざこざも落ち着いたしね。これでようやく貴方の夢を直接助けられる」

「えぇ、力を貸してね。朱乃」

 

 どうしても私だけでは、私の眷属達だけでは届かないものがある。悪魔というだけで救えないものがある。だから天使も堕天使も必要だと私は思っている。お互いに共存していかなければならないと。

 ずっと見ていた夢だった。まずはそこから始めないと舞台に立っている気もしなかった。私の知る世界が、偶然を重ねた産物なのだとしても。結果として存在している以上、私には奇跡を祈るだけでは許されない。

 だから力を尽くして、願いを口にして、皆の手が繋がれるように走り続けるしかない。結果が出るその時まで。

 思わずそんな思いから手に力がこもっていたのか、朱乃も強く握り返してくれる。皆がそうしてくれるように、また私を思ってくれている誰かが傍にいてくれる。それが、ただ嬉しくて。

 そのままぽつぽつとお互いの近況を語り合って、気付けば手を繋いだまま眠っていた。起きてお互いにそれに気付いて、やっぱりおかしくて笑うしか出来なかった。

 

 

 * * *

 

 

 朱乃達が来てからというもの、各々の人間関係も大きく変わっていた。

 まずはイザイヤ。彼は当然のように一誠と連んでいる。私の知る“木場 祐斗”に比べると素直に感情を出すので、一誠とは悪友というような関係だ。喋らなければ端整な顔立ちだというのに、口を開けば少年特有のやんちゃが顔を出す。

 一誠と男の特有の話題で盛り上がっているのを密かに見つけてしまったり、良くも悪くも男の子をしている彼等を見ると微笑ましくなってしまう。

 そしてイザイヤが多く関わっているのがイリナとレイナーレだ。レイナーレの『槍』、あれから『拒絶の光魔槍(カオス・リジェクション)』と名付けられた槍に大いに興味を持ったらしい。

 聞けば『聖魔剣』を作り出せるようになっていたという話を聞いて、思わず驚いてしまった。その為、レイナーレの持つ『槍』に強い興味を示した結果、イリナとレイナーレと混ざって『錬成』について議論を交わしている。

 そんな議論の末に生まれた試作品のテスターに一誠が駆り出されていて、イザイヤは一誠と一緒にぐんぐんと成長していっている。イザイヤはあくまで人間なので、身体能力の差で苦心しているらしいけれども。今はそこも克服するように修行を重ねている。曰く、負けっぱなしは悔しいとの事。

 次にアーシア。アーシアは白音とよく一緒にいる。お互い、回復の力を持つ支援者として話が合うのでしょうね。料理の話題や、生活の知恵、世間話からお互いの能力を高める為のやりとりをしているのを見かける。

 白音の影響で料理の腕も上達して、朱乃達がすっかり胃袋を握られている事に笑ってしまった。収まる所に収まったと言えば何よりだと思う。

 少し意外だったのは、トスカが黒歌と話をしている事が多い事。ネフィリムトリオの中では一番上、という印象がある彼女。それ故か、黒歌と話が合ってしまったらしい。最近は悪い影響を受けているんじゃないかとイザイヤが戦慄していたっけ。

 普段はふんわりとして穏やかな印象を受けるけれども、時折見せる笑みには薄ら寒いものを感じる事がある。特に朱乃が何かやらかした時とか。私の中では怒らせてはいけないリストの中に彼女の名前が入っていたりする。

 トスカの神器で作られる結界はなかなか抜け出せないのよね。なので隔離されたら出られずに朱乃が反省するまで閉じこめられてる姿を見かけた事がある。それも相まって、怒らせてはいけない相手だと思っている訳で。

 後は、朱乃をソーナやサイラオーグに紹介したり、改めて教会側のまとめ役になっている正臣さんと顔を合わせたりと、日々は過ぎゆき、変わるものは多い。

 

 

 * * *

 

 

「はぁ――ッ!」

「チッ!」

 

 剣戟の音が響き渡る。一誠の振り抜いた剣をイザイヤが受け流すように受けるも、体勢を崩しかけた為に後ろへと下がる。その隙を逃す一誠ではない。そのまま踏み込もうとした所に足下から生えてきた聖魔剣の群れに阻まれる。

 距離を取ろうと跳躍するイザイヤに向けて、一誠は振りかぶるように剣を構える。その剣は赤い意匠が施された剣、その配色や宝玉を見れば一誠の左手に嵌められている『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』に酷似しているのがわかるだろう。

 

「Link Boost!」

『Boost!』

 

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の『倍加』の力が迸る。しかし、それは一誠の全身へと行き渡るのではなく、一誠の持つ剣へと集束していく。集束していく力は刃を淡く赤く輝かせ、赤熱しているかのように思わせる。

 一振り、空気が唸る。二振り、音が爆ぜる。構え直しの僅かな動作にすら圧迫感を覚える。対峙するイザイヤも汗が止まらない、と言うように息を呑んでいる。

 

「行くぜッ! おらぁッ!!」

「なんのッ!!」

 

 一誠が勢いよく宙を凪ぐようにして剣を振るう。瞬間、放たれた剣閃は光の刃を放ち、空気と裂きながら駆け抜けていく。それに対してイザイヤが手を天へと掲げ、聖魔剣が幾重にも重なるように立ち並び、さながら城壁を築き上げるかの如く。

 力と力が弾け合う。ガラスが砕けるような音と共に聖魔剣の城壁が砕かれていていき、その存在が失われていく。城壁によって隠されていたイザイヤの顔が苦悶に歪む。

 その一方で、一誠は振り抜いた己の剣を見る。ぱきり、と。耳障りな音を立てて刀身に罅が入った剣を見て、はぁ、と溜息を吐いた。

 

「……またやっちまった」

「まぁまぁ。その為の実験なんだから」

『案は悪くないんだがな。『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の宝玉を移植した剣。倍加した力を『収束』させる為の触媒。だが、未だに神滅具の力に耐えうるだけの刃は研鑽しきれんか』

 

 そう、一誠が使っている剣は『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の宝玉を移植した剣。イリナ、レイナーレ、イザイヤが研究している一誠の為だけの剣だ。だが、この作成がどうにも上手く行っていないのが現状だ。

 

「なんで壊れるかなぁ……レイナーレさんの『拒絶の光魔槍(カオス・リジェクション)』は壊れないのに」

『あれはレイナーレが『必要に応じた拒絶』を発揮する為の触媒だ。アイツによる、アイツ自身のものだからな。それに性質上、上限が元からないものだ。但し、代償が付きまとう。相応の拒絶の意思がな。この剣とは仕組みが違う』

「素材がダメ、って訳でもないんだろうけど、多分『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の構造とマッチしきってないんだと思う。言ってしまえば、神滅具をもう一つ作ろうとしていると同じだし。『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』が無ければ機能しないと言っても、もう一つ同じものを用意しようとしているようなものだからね」

「そう考えると、もっと『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の内部構造は把握したい所だけど、流石は神滅具ね。どこから手をつけていいものやら……」

『いっそ魔剣を使わせておいた方が良いまではあるな』

「『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の力に耐えうる魔剣を手にするのが早いのはわかるけど、研究者としては納得いかないー!」

 

 一誠の剣に罅が入った所で模擬戦は終わり、一誠の手にしていた『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の宝玉を移植した剣を囲んで議論が始まる。

 『倍加』の力に耐えきれずに何度も折れる剣を研鑽し続ける姿に思わず笑みが浮かぶ。そして、その一方で行われている修行風景にも目を向ける。

 それは黒歌と白音の組み手。白音が汗だくになっているのに対して、黒歌は汗一つかかずに飄々としたままだ。

 

「そろそろギブアップかにゃ? 白音」

「……まだ、です」

 

 白音では黒歌には勝てない。それは単純な実力差もあるけれど、土台として2人が戦うのに白音の相性が悪すぎるのが要因。

 黒歌は単純な暴威、白音の最大火力すらも一蹴してしまうのが平常運転。真っ向勝負では白音は黒歌には勝てない。

 白音の役割は回復や補助、結界の展開など多岐に渡る汎用性はあれど、一点に特化している黒歌にはどうしても勝てない。一点に特化しているといっても、黒歌でも「白音ほど器用ではない」というだけで色々出来るのだけども。汎用と万能、それが白音と黒歌を現す関係だろうか。

 

「……お姉様、全力で行きます」

「あら、本気だったでしょ? 強がりかにゃ?」

「本気でした。でも、まだ“全力”じゃないです」

 

 戯けた様子の黒歌に白音が懐から何かを取り出す。白音が取り出したものを見て、黒歌の表情が険しくなる。

 紅い丸薬、それは私の血を使って作り出したもの。白音に頼まれて用意していたもの。元々、非常時用には2人に渡していたものだけれど。

 

「それを使っても、私には届かないにゃ。地力の差があるのはわかってるでしょう?」

「えぇ。私と姉様の方向性は違います。――だからって、負け続ける言い訳になんかしたくない」

 

 口に放り入れ、勢いよく白音が丸薬を噛み砕く。仙術のデメリットを打ち消す事が出来る丸薬は、単純にその出力を上げる事が出来るようになる。けれど、それだけでは勝てないのは白音だってわかっている。

 そう。あれを使うのね。白音が丸薬を用意するのと一緒に頼んでいた事。黒歌にすら伏せて教えていなかった白音の新しい切り札。

 

「――嘶け、我纏うは力の権化なり」

 

 白音の猫耳がぴん、と立つ。目が見開かれて、体から溢れ出した闘気が空間を揺らしていく。纏った闘気が濃縮されていき、可視化していく。最後の一息を押し込むように、白音が普段は見せないような形相で叫ぶ。

 

「――“仙龍変化・白尾”!!」

 

 頭部に角が伸びる。猫の尾が太くなり、龍を思わせるように撓る。猫に龍を足したような姿に変じた白音は深く息を吸う。

 大気が揺れた。その直前に黒歌はその場を飛び退いていた。白音の背で揺れていた尾が伸びて、闘気を纏いながら鞭のように襲いかかっていた。

 大地が砕ける。距離を取った黒歌に対して白音は睨み据えるように視線を外さず、再び息を吸い込む。白音の体を包む闘気が揺らめき、口元へと収束していく。

 

「――ッ!!」

 

 吹き付けるように息を吐き出す。その吐息は炎を纏い、熱線のように空中へと浮かんでいた黒歌へと直撃する。

 白音の熱線を受けた黒歌はすぐさま射線から外れるように転がって大地に足をつける。その身に纏わり付いた火はこびりつくように黒歌から離れようとせずに黒歌を焼こうとしている。

 

「チッ……! 浄化の炎……! ここまで出力が上がって……って熱ぅっ!? ちょっ、白音!? 流石に熱いんだけど!?」

「やってやりました」

「……ははーん。成る程ね、それが白音流の使い方って訳にゃ。『龍』だけに」

「リーア様の『転生』を参考にしました。なりたいものに、なりたい姿に、もっと強く、もっと先へ、もっと上へ。貴方のようにはなれなくても、私は私なりのやり方で貴方に勝ちます」

 

『仙龍変化・白尾』。私の『龍身転生』を参考にして、『龍』へと変化する白音の私の血の使い方。元々、血によって仙術のデメリットを解消して、出力を底上げる事が出来るのは検証済み。

 そこで白音が目をつけたのは、純粋に上げた力を練り上げる事。つまり、単純な底上げではなく特化させて変化させる事。『僧侶』の特性は魔力の底上げ、あれは白音が闘気と魔力を混合させて生まれた戦闘形態。

 今まで白音が悩みがちだった火力不足。それを解消する『浄化の炎の収束砲撃』。参考にしたのは龍の炎や、特撮作品の怪獣の熱線だとか。

 

「その尻尾、ただ変化させただけじゃなくて、そこから周囲の気を吸い上げる器官にしてるね?」

「流石、お姉様。わかりますか」

「口や手は放射に、尻尾は収束に。成る程ね、白音らしい理に叶った形態だにゃ」

 

 朗らかに黒歌は笑いながら、纏わり付く白音の浄化の炎を毟り取るように己の手に闘気を纏わせて掻き消していく。それを見て白音が少しだけ目を細めるも、すぐにわかっていたというように吐息をした。

 収束した炎で倒せれば良い。例え倒せなくても仙術は自然の気を扱う。生命あるものは誰でも気を少なからず体内に含むもの。白音の熱線はその気に反応し、癒着しながら焼き払うもの。

 故に浄化の炎。その性質と出力が強化されたもの。悪魔には大敵とも言える必殺技でも、黒歌は呆気なく引き剥がしてしまった。それだけに黒歌も気の扱いには長けている事が伺わせられる。

 

「んー、よし。今日はお姉ちゃんの負けにゃ、白音」

「……負け?」

「これ以上やったら、ちょっと“全力”になりそうだったから。それは私の中で負けにゃ」

「はぁ」

 

 黒歌の言う負けは、白音にとっての勝ちではない。でも、白音は気が削がれたように変化を解いた。

 白音も知っている。黒歌の全力は『身内』に対して向けられるものではないと。だから無理強いはしない。『全力』を出せば自分は黒歌に届かない事も、白音はよくわかっているんだろう。

 

「……私、『全力』を出さないとって思わせる事が出来たんですね」

「えぇ」

「なら、今日はそれで『勝ち』にしておきます」

 

 柔らかな笑みを浮かべて白音が黒歌へと歩み寄っていく。黒歌の焼けた肌にそっと癒しの術をかけながら、そんな白音の姿を黒歌は優しく見守っていた。

 その光景を少し離れた所で見守っていた私は空を見上げる。皆、変わっていく。少しずつでも、前へ、前へ。いずれ来たる時の為に。そうして進んでいく皆の背中を見守るのが、なんだかどうしようもなく嬉しかった。

 

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