……雷の音が遠くなっていく。戦いが終わっていく気配がする。その中で私はぼんやり、その場に俯くように座り込んでいた。体中に重い枷がかけられたように動く事が出来ない。
コーネリアが死んだ。彼は倒すべき敵だった。それは間違いない。どうしようもなかった。止めなければいけなかった。言い聞かせるように呟いても、心の蟠りは解けない。地面に爪を立てるも、掴むものなんて何もなかった。
何も掴めなかった。これを勝利と呼ぶべきなんだろう。けれど、こんなものが、こんな形が求めていたものじゃない。でも、そんな未来は叶わない。コーネリアと重なる未来は私にはなかった。だから、どうしようもない。
「どうしようもない、なんて! ……言えないよ、言いたくない……!」
……やはり動けない。そのまま、ただ俯くようにして座り続ける。
「――かなしい?」
だから、耳に届いた声に驚き、我を忘れた。勢いよく顔を上げれば、そこには忘れられない顔が私を覗き込んでいた。
昏い混沌を溶かし込んだような瞳、艶やかな夜を思わせる黒髪。黒のゴスロリを風に揺らせて私の眼前に立つのは、オーフィスだった。
「――オーフィス……!」
先程までの体の重さはどこへ行ったのか、私は構えを取り直す。私が戦意を高めるのに対してオーフィスは自然体で私を見返すだけだ。
その感情の色が見えない表情は相変わらず何を考えているのかわからない。そのまま暫く緊張の時間が続く。そんな時間を終わらせたのはオーフィスの方からだった。
「今日は、戦わない」
「……なんですって?」
「声が、聞こえたから」
「……声?」
「リアスの声が、聞こえたから」
無造作にオーフィスが歩み寄ってくる。あまりの無防備さに困惑していると、オーフィスの手が私の頬に触れる。思わず触れられた手を払いのけるようにして、また距離を取る。
手を払いのけられたオーフィスは、それでも戦うような意志を示さずに払われた手を下げるだけだった。そんなオーフィスにどうしても不気味さを感じずにはいられずに、汗が伝う。
「……何をしに来たの?」
「リアスを見に来た」
「……ここでは戦わない、とでも言いたいのかしら」
「我は、別にリアスと戦いたい訳じゃない」
「……巫山戯てるの?」
オーフィスの返答に私は思わず怒りが点火しそうだった。煮えたぎりそうな感情がふつふつと腹の底に溜まっていく。
それでもオーフィスは涼しげに、ただ思うままに言葉を紡ぐだけ。
「本心。我、リアスが共に来てくれるならば争う理由がない」
「……私と静寂の世界を作る。諦めてはくれないのね」
「それが、我の望み。そして、リアスの望みでもある筈」
「私の……?」
「この世界で生き続けるのは、本当にリアスの幸福?」
「――――」
何を、言ってるのか。
思わず拳を握りしめる。歯がかちかちと音を立てて震える。オーフィスを睨む視線が強くなっていくのが自分でもわかる。憤りのままに私は吠える。
「私の幸福を乱したのは貴方でしょう! オーフィス!」
「……本当に? 我が出会わなければ、本当にリアスは幸せだった?」
「貴方がそれを言うの!? 世界を騒がせて、混乱させて、私の世界を壊そうとした貴方が!!」
「我が壊そうとしなくても、この世界は貴方を壊し続ける。我がやらずとも」
「……この世界が、私を壊す? なんでそう言い切れるのよ!」
「――我も、リアスも、どこまでもこの世界に相容れないから」
オーフィスが指を差しながら私に言う。どこまでもこの世界に相容れない、とオーフィスは口にする。その言葉に息を呑み、言葉が出なくなる。
「我は理解出来ない。かつて、我を求めた者達もいた。皆、我に覇を求めた。我は求められた。だから与えた。それを世界は否定した。最後は、我は誰にも求められない」
「それ、は……だって、それは、貴方の影響力が強すぎるから、貴方の力が世界を混乱させるからであって」
「なら、我はどうしてここにいる? 我は求められた。求められないなら、我はそこにいない。……だから我は帰りたかった。あの静寂に。リアスも、我と同じ」
「……違う」
「どうして違う? 我も、リアスも、同じ。誰かに力を与え、そこにあるだけ」
「私は貴方とは違う!」
「なら、どうして泣く? ――その涙に、見合う世界がリアスには見えている?」
オーフィスの問いに言葉が途切れる。私は、私が見たかった世界。
私が作り上げないといけない理想、それはこの世界に本当にあるのか。
オーフィスの問いに、私の中の何かがブレそうになる。ただあるだけで、求められて、それだけで世界が変わってしまうなら。それが、私の望んだ世界でないのならば。
……私は、私のしてきた事は、私のいる意味は本当にあるんだろうか。
「我は、リアスと共にあれる。それでも、我と戦う?」
オーフィスなら。ただ、静寂を求めるだけのオーフィスとなら。私はここまで苦しむ事はないのかもしれない。
ただ静かに、眠るように穏やかに夢を見る。何にも邪魔されずに、何者にも壊される事はない。そんな夢を。
……コーネリアは私がいたから、その運命が歪んでしまった。シャルバだってそうだ。一誠も、イリナも、朱乃も、黒歌も、白音も、レイナーレも。皆、私が居たから本来なるべき形から変わってしまった。
私が私のままでいる事に、どれほどの価値がある? 私は、オーフィスの言う通りなのかもしれない。
「――……それでも」
それでも、目は逸らさない。震えて、今にも崩れそうな足でも確かに力を込める。
間違いだった。最初から全てが。それでも、間違いと一緒に生きると決めた。
私の存在も結局、オーフィスと同じように存在するだけで全てを崩してしまうのかもしれなくても。それでも、と私は言い続ける。
「……いつかは、どうしようもなく諦めたくなる日が来るかもしれない。今回で痛い程にわかった。私がどれだけ頑張って、望んでも、私の願いだけが叶う世界は永遠に訪れない。でも、だからって諦めるのは今日でもないし、明日でもない。ずっと、ずっと先だ。まだ私は走っていられる」
拳を握る。まだ、この手に握りしめる力が残っているなら、今掴んでいるものを手放すのは何よりの侮辱だ。そんな無責任は許されない。
私がこの世界にとって災厄になろうとも、まだ諦められないものがあるなら。……そんな生き方が、誰かにとって邪魔になっても。
「私が私を否定するその日まで、私は――止めないよ」
そうすると決めた。そうすると誓った。例え、その果てに見返りがなかったのだとしても。いつかは全て、泡沫の末に消えてしまうのだとしても。
だから自分から投げ捨てない。それだけは絶対にしないと、強く心に刻むようにしてオーフィスを睨む。
「……そう」
私の宣言にオーフィスは表情は変えなかった。だけど、私は目を見開いた。
その瞳から涙が落ちている。……オーフィスが泣いていた。
「……オーフィス?」
「……なに?」
「何故、泣いてるの?」
「……?」
オーフィスが私の問いかけに自分の頬を拭う。そこから溢れていたものを目にして、オーフィスは訳が分からない、と言うように目を瞬かせた。
どうしてオーフィスが泣くのかがわからない。思わぬ反応に私は狼狽えてオーフィスを見やる。……ふと、そんな中で思い出した。
「……オーフィス、貴方、本当にオーフィスなの?」
「……? 我は、我。皆、我をそう呼ぶ」
「グレートレッドが言っていたわ。“今の貴方”の事は知らないと。貴方は、今、ここにいる貴方は……“
思えば、それが疑問となって形となる。オーフィスは自分の姿を自由に変えられると知っていたから疑問に思わなかった。
ただ単に“自由に姿を変えられる”から、ただそれだけなのかもしれない。でも、以前は老人の姿だったというオーフィスが、今、こうして無垢な子供のような姿を取っているのはただの気まぐれなのか。
だけど。もし、そこに意味があるのだとしたら。“今”のオーフィスは知らない、というグレートレッドの言葉に意味があるのだとしたら。
「――貴方は、誰?」
――空気が軋んだ。
オーフィスの全身から気が膨れあがっていき、オーフィスを中心としてひび割れるようにして大地が陥没していく。その余波に私は蹈鞴を踏むように後ろに下がりながらも、オーフィスから決して目は逸らさない。
オーフィスは呆けた表情のまま、片手で顔を押さえながらよろめいた。そのよろめく体勢に反して、威圧感は膨れあがっていく。何かが栓を抜いたように。
「……あ……、あぁ……、ぁぁ? 我、は、我……オーフィス……グレートレッド……無……我は、生まれた……我は、我は、帰りたかった、我は無に……」
「オーフィス!」
「……オーフィス、我は、オーフィス。無限を司る蛇、無より生まれた……求める者に、全てを与えた、けれど、誰も、誰も……――誰もッ!!」
世界が砕ける。咄嗟にその消失を打ち消すように力を込める。一気に意識が削られるような感覚に頭を抑える。
かつての邂逅の日を遙かに超えた衝撃、まるで何かの栓が抜けたように。ただオーフィスは譫言のように呟く。その目は虚ろで、世界を見ているようで見ていない。
「……帰りたい、我は、帰りたかった。グレートレッドを倒して、次元の挾間へ。でも、貴方がいた。リアスがいた。我は、静寂を手に入れる。それだけが我の望むもの。それだけがあれば、それさえあれば……!」
「……オーフィス、貴方、まさか」
「――我は、静寂を手にする。リアスが我と来ないなら、例え、この世界を滅ぼしても」
無機質なオーフィスの表情に宿る色は何だろう。真っ先に思い浮かべるのは……悲哀。
そこに怒りや、憎しみの色が混ざっているけれども、大半は悲しみだった。涙はもう流れていない。ただ、龍神と呼ぶに相応しい形相を浮かべている。
……既視感があった。どうしようもない程に。思わず深く吐息する程に。
「……オーフィス、貴方は」
私が問いかける前に、オーフィスは姿を消していた。
1対1ならともかく、以前のお兄様のような介入を恐れてか。それとも、別の理由か。
オーフィスがいなくなった事で圧力が消え去っていく。私は構えを解いて立ち尽くす。オーフィスが確かにここにいた名残だけを残して。
* * *
オーフィスが去った後、すぐに一誠とイリナが駆けつけてきた。オーフィスの存在までは感知出来なかったのか、私に何か聞いてくる事はしなかった。
それからは戦後処理である。一番厄介だったのが黒歌が焼き払った土地だった。幾ら結界で隔てられていたとはいえ、その黒焔の影響は本来の世界への侵蝕も危ぶまれたので私と白音で浄化作業を行った。
その際、白音が黒歌に綺麗にアッパーカットを決めていて、見事な放物線を描いていた。それで完全に力尽きたのか、黒歌はそのまま絶対安静で医療班へと預けられる事となった。
イリナや一誠、サイラオーグ達も負傷者の治療や後始末に奔走していた。その陣頭指揮を執ったのはソーナ。彼女の指示で手際よく事態は収束していき、夜になる頃には襲撃があった事も思わせないほどに綺麗さっぱり片付いていた。
そうして平穏を取り戻した街を、私は何気なしに眺めていた。私も何か手伝おうかと思ったのだけれど、今回は休んでおけ、と一誠やイリナから懇願されて休息に時間を宛てていた。
……正直、好都合だったのかもしれない。今は1人になって色々と考えたかった。オーフィスの事だけじゃない。コーネリアに対して、自分の気持ちを纏めたかった。
「――隣、座るよ」
ふと後ろから声をかけられた。その気配に私は視線を向ける。そこには黒歌がいた。全身の至る所に包帯が巻かれていて、見るからに痛々しい姿をしていた。
その手に握られているのは、なんとワイン。それを見咎めるように私は目を細める。黒歌は私の視線を気にした様子もなく、ワインをグラスに注いで私に手渡してくる。
「……ったく、怪我人なんだから大人しくしてなさいよ」
「あんな場所にいたら窮屈で休まる気がしないにゃ」
黒歌から受け取ったグラスで、黒歌も自分の分を注いだグラスと無言で乾杯をする。
月に透かせて見た赤ワイン。まるで血をも思わせるような色合いのそれを口に含む。
私が一口含む程度の量を飲む頃には、黒歌は一杯を既に飲みきってしまっている。そして二杯目を注ごうとする黒歌を制して、私が黒歌にワインを注いでやる。
少し驚いたように目を瞬かせる黒歌だったけれども、すぐに嬉しそうにワインに口をつけていた。どうしようもなくおかしそうに黒歌は笑う。
「良かった」
「何が」
「ようやく吐き出して、伝えてくれた」
「……あぁ、うん。そうね」
僅かに頬を上気させて黒歌が言う。それに私も素直に受け止める。今回は、思う事ばかりだった。一つ乗り越えて、確かに得たものがある。
「……辛かったよ。凄く、苦しかった。やり直せるならやり直したい。殺したくなかったんだ、私。手を伸ばせるなら、救いたかった」
「うん」
「でも、届いちゃいけない手だった。それでも知らなかったから、なんて言い訳にはしたくなくて。あの人が救う機会を掴みきれなかったのは確かに私で、こうなってしまったのは誰も責めるような事じゃなくて、ただ、それだけが辛くて、今も泣きそうなんだ」
「泣けばいいのにゃ」
「泣いたよ。散々泣いた。今も泣いてる。涙は落ちないんだけどね。でも、口に出来るようになったんだ。私は、凄く悲しかったって。もう嫌だって、もうあんなのはごめんだって。そう言えるんだ、心の底から」
言い切ってからワインを口に含む。血の色にも似たワインを喉に通す度に、誰かの血を飲んでいるようだと思ってしまう。そう思えば、一気にワインを飲み干してしまった。決して忘れないように、自身の血肉とするように。
「言い訳はしないしたくない。でも、いっぱい苦しかったって、もう隠さないよ。次はないようにって、私は続けて行くしかないから」
「……そっか」
ぽすん、と黒歌が私の肩に預けるようにして頭を乗せてくる。甘えるように頬を寄せてくる黒歌の頭を撫でる。黒歌は抵抗せずに私に身を任せてくれる。
「……リーアはさ、もっとそうやって口にしていいんだよ。辛いとか、苦しいとか」
「……黒歌?」
「助けるから。私が、私達が。だから、隠さないで、こうして……」
言葉尻がどんどんと小さくなっていって、黒歌の手からグラスが滑り落ちる。割れる事はなかったけれども、すっかり黒歌は意識を失ってしまっている。普段は酒に強い筈の黒歌がこれだ。
まったく、無理をして。思わず呆れて溜息を吐いてしまう。けど、それだけ心配されているのだと自覚する。肩を寄せて寝息を立てる黒歌の頭を起こさないように優しく撫でる。
「ありがと、黒歌。今回は、頑張ったね」
私は大丈夫だから。今そう言っても、きっと信じてはくれないだろうけれど。
少しずつでも良い。慣れていこう。こうして、私の心を打ち明けていく事にも。
この胸中の不安が消える事がない。でも、それを1人で抱えるのではなく。許されるなら皆と一緒に。
……その為に。確かめなければならない事があると、私は月を睨むように見据えた。
* * *
――夢に沈む。
私という形を呼び起こし、私は向かい合う。私の視線の先に広がるのは燃えるような赤一色。
何もない空間、水の中のような、地に足の付かない空間で私は私を見つめるグレートレッドへ視線を向ける。
グレートレッドは相変わらずの無表情だ。鏡合わせのように向かい合いながら、私はグレートレッドに問いかけた。
「……グレートレッド。貴方なら、答えられるんじゃないのかしら」
「何が聞きたい。我が夢」
「――オーフィスは、“1度、死んでる”わね?」
私の問いに、グレートレッドは何も答えなかった。ただ無表情のまま、私を見つめ返すのみ。
それでも私は答える得る為に言葉を重ねる。二度目のオーフィスの邂逅、そしてオーフィスの反応から立てた推論を確信へと近づける為に。
「……死んでるというのは、別にオーフィスという存在が本当に死んだと言う訳ではないわ。そうね、正確に言えば『心が壊れた』というべきかしら。だから貴方はこう言った。『今』のオーフィスは知らない、と。だって、あれはオーフィスだけど、中身が貴方の知るオーフィスじゃない」
「……」
「どうしてオーフィスが子供のような姿をしているのか。それがただの気まぐれじゃないなら、それは『今のオーフィス』が精神相応の姿をしているからじゃないの?」
私の問いかけに、それでもグレートレッドは答えない。ただ私を見つめるだけだ。
私も沈黙する。グレートレッドが答えるまで。どれだけの時間を置いただろうか。
口を開いたのは、グレートレッドだった。……向き合っていた視線が、初めて逸れる。
「……『死』は、我とは無縁だ。感覚は知っていても、知識と得ていても、我は夢。それを得る事はない。故に、『今』のオーフィスになるに至って、その切っ掛けが『死』であったと言う事は我には判断出来ない。だが、『壊れた』と称するなら、それはその通り」
「……そう。じゃあ、オーフィスはやっぱり一度壊れたのね」
オーフィスは『壊れた』。だから、かつてのオーフィスと今のオーフィスは結びつかない。
グレートレッドはそれを別物と認識している。例え、その存在が同じであろうとも、中身が違う。どれだけ面影があろうと、どれだけそれが延長線上にある存在だったとしても。
あれは自分の知るオーフィスではない、と。グレートレッドはそう言うのだろう。私はそう受け取る。グレートレッドも私の納得に否定の気配を見せない。
「どうして? 何故、オーフィスは壊れたの?」
「我は夢から、オーフィスは無から生まれた。どちらも根源と言うべきもの。気が遠くなる永劫の彼方から変わらぬ不変の理。……オーフィスは、近づきすぎたのだろう」
「……無限の体現者が、有限の世界には耐えられなかった?」
「我は夢、アレは無。我は夢と共にあり、アレは無と共にある。我は不変であり、しかし変化しつづける者と寄り添う。だが、アレもまた不変であり、しかし変わる事はない。無限とは、何者でもあり、何者でもないのだから」
「…………それは」
それは、孤独という言葉が当て嵌まるのだろうか。
それすらも生温い気さえしてくる。だって、それはつまり何者にもなれないまま、何にも変われないまま、オーフィスはずっとこの世界に居続けた事になる。
変わらないままならそれで良かった。変わらないのなら心は痛まない。痛む心がなければ、変わらない事に痛みなど覚える筈がないのだ。
「……変質」
「その言葉が正しい。長い時を経て、アレは有限に触れすぎたのだろう。枯れ木のようになる程に、その果てに変質し果てる程に」
「……グレートレッド、貴方はそれを寂しいと思ったの?」
「我は夢、変わりゆくものと共にある。夢は過ぎる。いつかは覚める。そして、新たな夢が生まれる。我は、それだけで良い。……だが、アレはそうではなかった。だから、もういない」
いない、と。もう一度繰り返して口にするグレートレッドは……どうしようもなく寂しさを覚えているようだった。
それは、かつてのオーフィスが失われたからなのだろうか。正確には理解する事は出来ない。グレートレッドと私とでは、物事を判断する基準のスケールが違いすぎる。
どこまで私達は繋がろうとも、互いの規準で物事を見る事を止められない。私ではグレートレッドを理解出来ない。けれど、逆は可能なのだろう。大きすぎるものが、小さくなる事は出来るから。
「私の言葉で答えて。グレートレッド。“悲しい”の?」
「……“悲しい”。我が知る、最も長き夢が潰えた。それは“悲しい”事だ」
……私を経て、グレートレッドは私の尺度で己の感情を言葉に出来た。
グレートレッドは悲しんだのだろう。自分と並ぶ存在が変わり果ててしまった事が。
それをグレートレッドが理解する事はなかった。彼は夢、漠然とあるもの、そしてそれが強固であるが故に存在するもの。
その在り方は流転。不変であるオーフィスとは真逆だったのだろう。それも、失われてしまった。対が失われた感覚を、グレートレッドは悲しいと捉えている。
「……そう」
人知れず、一つの神話が終わっていた。誰にも知られる事無く、誰にも看取られる訳でもなく。
オーフィスが静寂を求める理由は、ソレなんだろうか。オーフィスが変質しきった先に求めるのが、変質しきった故に求める原点への回帰なら。
「我が夢」
呼ばれる。グレートレッドが私を呼ぶ。そう、私は、グレートレッドの見る夢だ。
グレートレッドが私の言葉を借りて、語るように。グレートレッドは私を通して夢を見る。そして、赤き龍神は私に問うた。
「――お前の“見る夢”で答えてくれ。我は、かつての同胞に……何を夢見るのか」
* * *
――解答は示された。
いつかの日、その答えは出される事になるだろう。
運命はここに確定した。転換点は、もう戻る事はない。
さながら、それは燃えゆく焔の中に消えていくように。