今日は2/14、バレンタインデー。男女問わず否が応でもムードの高まる一日であった。中高生であればなおさら、その重みは増す。
ここは武石中学校、神奈川県に位置する公立中学校である。どこにでもあるような普通の学校だったが、今年、軟式の県大会で優勝する快挙を成し遂げ、全国大会でも好成績を納めたのだった。
一人の学帽を被った男子生徒がそわそわしたように下駄箱を開ける。彼こそが、武石中を全国へと導いた野球部のキャプテン、戸井鉄男(といてつお)であった。
「戸井くん、おはようでやんす」
下駄箱を開けた戸井は、固まったかのように動けない。そんな彼に眼鏡をかけた男子生徒が声をかける。
戸井は刹那の沈黙の後、大声をあげた。
「うおおお! 矢部くん、これを見てくれ」
眼鏡の男子生徒、矢部明雄(やべあきお)に向けて彼は1枚の手紙を見せる。そこにはこう書いてあったのだ。
--今日の放課後、河川敷で待ってます。響--
それは紛れもなく、女の子からのラブレターであった。野球部のキャプテンとして県大会のMVPにも輝きながら、女運に恵まれなかった戸井についに訪れたこの世の春。戸井は喜びを爆発させ、矢部にそれを伝える。
「ついに、オレにも春が訪れたんだ!」
「お、おいらには……オイラには……ガンダーロボがいるでやんすー‼」
「あ、どうしたんだよ。矢部くん」
戸井の喜びようがあまりにもショックだったのか、矢部は走り出してしまった。
矢部もまた副キャプテンとして県大会の優勝に貢献したのだが、親友の戸井同様に女運には恵まれておらず、ある意味で安心しているところがあった。
そんななか、バレンタインに戸井へと渡されたラブレター。
矢部は悲しかった。ましてや、彼が好意を持っていた西田響(にしだきょう)からのものであったことが、なおさら彼の悲しみを増幅させたのであった。
矢部明雄は野球だけでなく、恋愛にも戸井鉄男に負けた。そのことが彼にはものすごく悲しくて悔しかったのだ。
「それじゃ……。問3の(2)(4X+3Y+1)(X+6Y+2)ここを戸井!」
「はい」
数学の授業中、戸井は黒板に答えを書き込む。普段の彼なら融けないような難問も、今日はバッチリと正解を書き込む。
これが恋の力なのか。学年屈指の美少女、西田響(にしだきょう)からのラブレターは、彼の知力を一時的に引き上げたのだ。
その後も戸井は冴えに冴えた。体育のマラソンでは敗戦続きだった俊足の矢部についに勝利を収めるなど、彼はこの世の春を謳歌していた。
「そんな、オイラが戸井くんにマラソンで負けるなんて……」
「今日はツイてるなぁ、もしかしたら響ちゃんからも……。」
放課後、野球のバットを肩に掲げながら、河川敷へと向かう戸井。今日の無双ぶりから、響からも甘い展開が待っている……。そう確信している。
野球部のキャプテンとして全国に駒を進め、名門校・あかつき大付属の推薦をも射止めた彼にはこれからの展開を妄想している。
--同じくあかつきに入学する最高のライバル、猪狩守(いかりまもる)と、最高の仲間として切磋琢磨しながら己を高めあい、甲子園を目指す。その過程に響ちゃんが加われば--
彼が河川敷に到着すると、彼を待っていた西田響は、どういうわけか左手にグローブをはめている。響は戸井の姿に気づくと、彼にこう告げた。
「戸井くん、来てくれてありがとう。早速だけど1打席勝負してくれないかな。勝ったらチョコを渡すから」
そう言った彼女は、河川敷のグラウンドへと降りていき、マウンドへと立つ。
素直にチョコをもらってデートする展開を予想していた戸井としては意外な展開であるが、彼もあかつき大学付属高校の推薦入学が決定しているほどの実力者。一方の相手、西田響はとても野球をしてそうな体つきではなく、どう考えても負ける要素はない。戸井は打席に立つ。
--戸井は彼女の投げる球を見るまでそう確信していたのだ--
どうも、Orfevre(オルフェーヴル)です。
初投稿ですが、気長に見守ってくれると幸いです。