「ミヨちゃんも響ちゃんもスタメンになれなかったねー」
「うん、でも実績がないから仕方ないよ」
翌日、美代子と響は昨日のオーダー決めを思い出しながら、教室の掃除にいそしんでいる。奥居と雅が掃除で遅れると伝えてくれるらしく、彼らに佐藤監督へと伝言を頼むことにした。
「終わったー、さあ、部室にいこうよ!」
掃除が終わり、新月高校オリジナルのエナメルバッグを肩にかけた美代子が部室に向かおうとすると、響も彼女と共に女子更衣室の戸を開いた。
「「「あ!?」」」
一瞬の驚きと沈黙が女子更衣室を支配する。そこには金髪をポニーテールにしてる男子生徒がいたのだ。しかし、彼は野球の練習着を着ている。
「雅くん?」
「あ、いや。僕は監督に掃除を頼まれただけだよ」
響がその名前を挙げると、その相手、雅は事情を話しはじめた。確かに、彼が掃除をしたためか昨日よりも部屋はきれいになっているし、響たちも直接覗かれた訳ではなかったので特にこじれることはなかった。
「とりあえず、まだ掃除の途中だったからあまり散らかさないようにしてほしいな」
それだけを言うと雅は部屋を出ていき、何事もなかったように響たちは着替え始め、野球部の一日が始まろうとしていた。
「雅が迷惑をかけたみたいで悪かったな」
奥居がウォーミングアップ中の響たちに声をかけてくる。実際のところは実利的な被害はほぼ0であったし、監督の指示なので彼が悪いわけでもない。響と美代子は意に介さず、気さくに返した。奥居は安心したように二人へという。
「俺のプレーを見ててくれよ」
「うん、頑張ってね」
美代子の背中を押しながら、響が奥居に答えると、美代子から悲鳴が聞こえてくる。力を入れすぎていたことに気がつき、響は美代子から手を離す。
「ミヨちゃんは響ちゃんほど、体柔らかくないんだって」
柔軟性、スポーツにおいては体のバネと、しばしば形容されるもので、体の柔らかさはそれだけでも大きなアドバンテージへと変換される。美代子は柔軟性にこそ乏しかったが、それを補えるだけのパワーが持ち味であった。
佐藤が選手たちに集合をかける。
「これより、新入生チームVS先輩チームの試合を開始いたしますわ!」
「よろしくお願いします!」
矢部と存在感の薄そうな先輩部員が佐藤にオーダー表を渡してから、佐藤がオーダーを確認すると、新入生チームの1番打者、矢部が右バッターボックスへ入った。
「プレイボール!」
マウンドに登る新月高校の先発投手は暮羽鋭次(くればえいじ)抜群の制球力と、その名の通り、クレバーな投球術を持ち味にしており、スタミナの不安をうまくカバーしている。
矢部はその初球、内角をえぐるクロスファイアを打ち上げてショートフライ。存在感の薄そうな先輩がそれをキャッチする。彼こそが新月高校の野球部の主将、田中山太郎(たなかやまたろう)であった。
2番の雅は三遊間に鋭い当たりを飛ばすもののこれを田中山キャプテンが好補。ショートライナーで2アウトになる。
ランナーがいないまま、3番の奥居を迎えた。暮羽の初球は内角のクロスファイアで1ストライク。2球目は高めへわずかに外したスローカーブで1ボール1ストライク、3球目も同じようにわずかに外したストレートだが、スローカーブの山なり軌道が目に焼き付いていた奥居は思わず手を出してしまった。
結果はボールの下を叩くホップフライ。田中山がこれをつかんで3アウト。新入生チーム、初回の攻撃が終了した。エース暮羽の容赦ない投球と、キャプテン田中山の好守で3者凡退で終わってしまった。
「おいおい、暮羽。そんなに飛ばすなよ」
ベンチに戻ってきた暮羽に田中山が言う。
「すまない、キャプテン。第一打席だけでいいんだ。監督を甲子園につれていくためにも、今すぐにでも新入生の実力が知りたいんだ」
暮羽は強い決意を秘めた眼差しを田中山に向ける。彼の事情や想いを熟知している田中山は納得したように彼に言う。
「第一打席だけだぞ、後は流して完投することを覚えるんだ」
スタミナDのエース(笑)暮羽に存在感の薄さに定評がある田中山、この二人の活躍にも期待です。