バレンタインから遡ること1週間、西田響(にしだきょう)は体の数ヶ所に湿布を貼って登校してきた。響は家の階段で躓いたのだと、周りに弁明していたが、それは全くの嘘であった。
実際には謎の医者から処方された【野球がうまくなる湿布】を貼っていたのだ。彼女の父、西田武(にしだたけし)はプロ野球選手であったが、2軍でくすぶり、戦力外通告の最有力候補とまで揶揄されているほどの選手だったという。
そんななか、彼はある医者と出会い、その湿布を受け取る。湿布を貼ってからの彼は目覚ましい活躍を見せていたが、交通事故で妻のお腹に響を宿したまま死んでしまう。その心労が祟り、彼女の母も彼女を産むと共に死んでしまい、生まれたときから響は親の温もりを知らなかった。
彼女の里親はいい人であったことから、彼女の人格は壊れなかったが、彼女は気になっていた。
--父はどんな人だったのだろう--
そんな彼女がその湿布を見つけたのは、年末に帰省したときだった。父の部屋の荷物を整理していたとき、偶然その湿布を見つけた。
落ちてきた荷物で打撲の怪我を負った響がその湿布を貼ったところ、みるみるうちに体へ力がみなぎってくる感覚を覚える。湿布がよく利いたのだと、そのときは思っていた。
その湿布の効果を知ったのは、里親とバッティングセンターに行ったときだった。今までは打てなかった球をいとも簡単に打てるようになっていたのだ。
--父親が貼っていた湿布は、野球がうまくなる湿布--
それを知ったとき、響は残っていた湿布を、すべて自らに貼り付けた。父のような選手になりたいわけではなかった。ただ、湿布を張ることで父のことを知れるような気がしたのだ。
湿布を貼ったことで野球がうまくなったとはいってもどのくらいうまくなったのか、響には分かりかねた。そこで響は大胆な行動に出る。
野球部のキャプテンで県大会MVPの戸井鉄男と1打席勝負をしてみよう、と。もちろん、いくらうまくなったところで、彼に勝てるとは思っていないし、チョコはしっかりと鞄に入っている。
いわば、完全なエキジビション、ほんの試金石であり、戸井が打ってチョコを受けとれば、すべてが丸く収まるのだ。
だが、ダイジョーブの歯車はすでに狂っており、異なる動きを見せようとしていることには、このときは、誰一人として気がついてはいなかった。
「これでいいかな、西田さん」
戸井が右打席に入ってバットを構える。それを見た響は振りかぶり、彼に向かって第1球を彼に投じた……。
響ちゃん、まさかのダイジョーブ経験者(しかも成功)。彼女がどう物語関わってくるのかは、お楽しみです。