響が戸井へと投じた1球目、戸井はそのスピードに驚愕する。いや、スピードだけではなくキレやノビも彼がい今までに見たことのないような球であった。
--女の子の投げる球じゃない‼もしかしたら猪狩よりも……--
「……1ストライクだね、戸井くん。ボール」
響がきょとんとして、目を見開いてた。自身の投げたボールに一番驚いていたのは彼女なのだった。
--この湿布、思ったよりもすごくなってる--
戸井に笑顔を見せて、ボールを返すよう促す響。だが、戸井にはその愛らしい笑顔ですら、狂気に満ちた悪魔の笑みに写る。それだけのインパクトを、あの初球は残していたのだ。
戸井からボールを受け取った響は、戸井がバッターボックスで構えたのを確認すると、大きく振りかぶって2球目を投じた。
--打ってもらわないと困るよ--
そんな彼女の思いから、投じられたのは遅い球。しかし、彼女はまだ知らなかったのだ。緩急という概念を、戸井がこのスローボールにタイミングが合わず、空振りしたことの意味を。
「2ストライクだよ、戸井くん」
響に声をかけられ、ボールを彼女へと返す。戸井の表情は絶望に包まれていた。
あのストレートに、意表を突いたスローボール。
--打てる気がしない--
最後に投じられた響のボールは、ストレート。
強振する戸井だったが、バットはむなしくもボールの下で音を立てるだけであった。
ぐうの音も出ない三球三振。中学MVPになったはずの自分が、女の子にチョコをもらえなくなることよりも、そのことの方が彼にとって悪夢であった。野球部での3年間、県大会に優勝してMVPにまでのぼりつめた自分のそれを全否定されるような完敗であった。
「あーごめんね、戸井くん。」
マウンドから打席で呆然としている戸井の元へ響が駆け寄ってきた。彼女の表情は先程と同じような愛らしい笑顔だ。それなのに、今の戸井には嘲笑にしか見えなかった。
--オレの3年間は、響ちゃんに全否定されるほどのものだったのか--
「なんか予定が狂っちゃったけど……。これ」
響が戸井に向かってチョコを差し出す。だが、彼の心の中では、屈辱と絶望が渦巻いていた。それゆえに彼はさしのべた響のチョコを振り払う。
「響ちゃんに……響ちゃんに、オレのなにがわかるんだ‼」
戸井はそのまま響を怒鳴りつけ、帰ってしまった。野球が大好きで野球が心の支えであった戸井にとっては人生を否定されたも同然だったのだから……。
「まさか、戸井くんに勝っちゃうなんて」
その場に残された響としても意外な結果であった。湿布の効果を試したくて仕掛けた勝負なのに、これほどまでに湿布の効果が強力で中学MVPの戸井を圧倒する結果になるとは彼女自身予想していなかったのだ。
--でも、戸井くんを打ち取ったとき、すごくう嬉しかった。ああいう強打者と対戦して、また勝ちたいな-
思いもよらない勝利、しかも中学MVPの強打者相手に完全勝利を収めた瞬間の喜びは、彼女を野球の道へと目覚めさせるのには十分すぎるものであった。
こうして、後に猪狩世代と形容される黄金世代は西田響の出現によって出揃ったのであった。
今回の対決はダイジョーブの力による響ちゃんの完全勝利です。
中学MVPがかすりもしないストレート、正直、チート級ですが、男性にダイジョーブを使うとガチチートになるので、女性選手×ダイジョーブというテーマで今回の響ちゃんは成り立っています。