「ぅ・・・っ」
悪夢から目が覚めるように、私の両目は一瞬で開いた。同時に、身体中がひどく痛む。特に、以前から負傷している左肩の痛みがひどかった。
私は立ち上がると、左肩を右手で触れた。白色の袴越しに、何か濡れている感触が伝わった。
「血・・・?」
どうやら、魔理沙と乗ってきた箒から落ちた後の衝撃で傷口が開いてほんのわずかだが、流血している。にしても、最低でも即死するほどの高さから落ちたはずだ。なぜ私はほぼ無傷に近い状態で助かったんだ・・・?
そんなことを考えてもどうにもならない。私はとりあえず、周りを見渡して状況を確認した。
周りは深々とした木々が立ちはだかっている。魔理沙と箒で空を飛んだ時に見た、あの一際目立つ大きな深緑の森の中だろうか。だとしたら、かなり状況はひどいかもしれない。何故なら、上空から見ていた限り、この森はとてつもなく深い。もしも、真ん中に近い位置に私が落ちてきたのなら、森をずっと彷徨い続けた挙句、餓死する恐れがあるからだ。
魔理沙が上から探してくれているかもしれないが、太陽の光はあまり届いてきていない限り、上から探しても私を見つけるのは到底難しいだろう。こうなったら、出口を目指して歩き続けるしかない。
左肩の傷口を右手で抑えながら、私はあてのない出口に向かって歩みを進めることにした。
かなりの時間が過ぎたはずだ。私は我慢することが取り柄の一つだが、何時間歩いたか分からないほど歩いた経験など他にない。つまり、我慢も限界に近付いていた。
足が痛み、胴体も、左肩も痛んで、散々な事ばかりだが、その中で唯一よかったのは、木陰で身体を休めている時だ。太陽の光がほとんど届かないほどの深い森に、かなり強い風のおかげで、かなり涼しい状態で身体を休めることができたのだ。居心地が良かった。
私はいつものように、木陰で身体を休めていた時だった。何かの呻き声が耳に入った。狼だろうか?明らかに人間の出すような声ではなかった。
私はゆっくりと、声の方向へ歩いた。そこで目にしたのは、眼鏡で短髪のどこかで見たことがある男と、3匹の狼だった。
「・・・」
その男は既に死んでいた。胴体は3匹の狼によってその原形をとどめてはおらず、大量の血や内臓があちこちに散らばっていた。
男はきっと、私が元いた世界にいたときに襲ってきた眼鏡の男だろう。彼の死体もまた、私と同じようにこの世界に来てしまったらしい。
これ以上ここにいても危険だ。私は、ゆっくりとこの場から退散しようとした瞬間だった。
一匹の狼は、死体の男の小腸の一部を咥えて持ち上げた。そして、私と目が合ってしまったのだ。
「は・・・?」
小腸を咥えた狼と目があった時、思わず声が漏れてしまった。というのも、目があったからではない。その狼は、私の知っている狼とは明らかに様子が違ったからだ。
狼の顔が四つに分裂して一つの口になっているのだ。他の狼の一匹は、その鋭い歯がたくさんある口の奥から、触手のような一本の長いチューブが出てきては、血がたまった死体の男の抉られた腹部の方に 突き刺して何かを飲み始めた。すぐにわかるだろう、死体の血液だ。
私は、考えるよりも早く身体が動いていたらしい。後ろを向いて全速力で走っていた。
「はぁ・・・!はぁ・・・!」
火事場の馬鹿力というのだろうか、思ったよりも身体が速く走ることできている気がする。それに全く疲れない。それでも、狼に似た化け物が追いかけてくる足音と、鳴き声がだんだんと近づいてきている。やはり、足では狼には勝てるはずがない。私は振り返ると、右太ももにあるハンドガンホルスターからベレッタを素早く取り出し、構えた。一匹目の化け物はかなり近い距離にいたが、動じず、冷静に一発の銃弾を化け物の顔面に撃ちつけた。
たった一発だが、見事、化け物の顔面に銃弾が命中すると、そのまま倒れて動かなくなった。
同じように、あとから来る二匹目、三匹目も、冷静に対処した。奴らは、動きが速く凶暴なだけで、個人としての能力は強くない化け物だった。
結果的に、私は無事だったが、代わりに私の目の前には三匹の化け物の死体が並んでいた。
完全に、私が進んでいた方向がわからなくなってしまったので、再び、一直線に歩みを進めた。先程のような化け物に見つからないように、私は一層に警戒した。
私の目の前に姿を現したのは、先ほどの化け物ではなく、古びている大きな家屋だった。私はゆっくりその家屋の扉の近くまで寄ったが、その家屋は不思議と禍々しい雰囲気を漂わせ、中に入ることを躊躇させた。
「・・・?」
その直後、周りの空気がだんだん白く濁り始めてきた。それは数秒にして深い霧となり、私の視界を奪った。急に濃霧が発生するなんて。さっきまで晴天だったとは思えない。まるで、また別世界に迷い込んだ気分だ。
私は、見えづらい視界の中で、もう一度古びた大きな家屋を見上げた。すると、私は無意識に扉のドアノブの方に手を差し伸べていた。ドアノブに手が触れた瞬間、扉は勝手に開く。私は、何も考えることができなかった。ただ、無意識にその開いた扉の方へ誘われていった。
朦朧とした意識の中で、身体が温かい何かに包まれているような気がする。それが、何故かとても心地良い。
私が我に返り、今自分が置かれている状況を理解したのは身体が地面に叩きつけられたような感覚がした直後だった。
周りを見渡すと、不思議なことに一面真っ白の空間が広がっている。これは夢なのか現実なのかは知れないが、私は既に、たくさんの不思議体験を経験している。この事に対しては、この世界ではよくあることなのだろうと思い込ませ、ゆっくり真っ白の床から立ち上がった。
たしか、私は一つの古家に入ったことを曖昧だが覚えている。何故あの時、私は中に入ろうと思ったのだろうか。
立ち上がった数秒後、私の目の前に黒い人型のシルエットのようなものが現れた。私は驚き一歩後ずさるが、現れたその黒い何かは、私に対して自らの右手を突き出してきた。
「その手は…?」
訊ねてみても反応がない。先の化け物ような敵意は感じられないが、彼の行動に何か意味があるのだろうか。
すると突然、人型の黒い何かの右手が小さく光り始めた。それは、小さいながらも非常に強い光を放ち、目でずっと見ていることができなかった。
「あ・・・」
私は黒い何かの右手を、私の意識とは関係なく両手で包むように握った。眩しいからではない。身体が勝手に動いたのだ。私は思わず声を漏らした。
私の両手で覆った光は、益々光力が増していく。やがて、その光によって黒い人型の何か、さえ見えなくなっていった。