肌寒く、薄暗い地下へのセメントで作られた階段を下った先に現れたのは、またしても大きな両開きの扉だった。そして、その扉の奥から詳細まで聞き取れないが、なにやら少女の声が強く聞こえた。私はゆっくり足音を響かせながらゆっくり扉に近づき、両手を扉に添えた。
「・・・かごめ、かごめ。かごのなかのとりは、いついつでやる―」
扉の奥から、華やかさに漲った少女の声が聞こえた。これは、カゴメカゴメと呼ばれる子供遊びの一つであり、その時に歌われるものがそのカゴメカゴメである。そして、その遊びは鬼は目を隠して中央に座り、その周りを他の子が輪になって歌を歌いながら回る。歌が終わった時に鬼は自分の真後ろ(つまり後ろの正面)に誰がいるのかを当てるのである。この遊びをするには複数の人が必要なのはわかるだろう。だが、実際扉の奥から聞こえてくる歌声は、少女の声一人なのだ。
「・・・よあけのばんに、つるとかめがすべったぁ」
私は身体全体を使って、思い切り大きな両開きの扉を押した。扉は鈍く、低い音が空間を響かせながらゆっくりと開き始めた。
ぬいぐるみと、人形に溢れた部屋だった。人形や、ぬいぐるみは何かに引っ搔かれたのか、中から綿が出てきたリ、傷つけられている。奥の右側にはピンク色のかわいらしい大きなベッドが設置されており、枕の隣にも大きな、綺麗なねこのぬいぐるみが置かれていた。
「うしろのしょうめん、だぁれ?」
丁度、部屋の真ん中で床に座り込んでいる10歳くらいの少女が一人いた。彼女はクマのぬいぐるみを両手で抱えながら、私に背を向けているがカゴメカゴメの最後の歌詞を呟くと、腰を捻って首をこちらに向け、私と目が合った。少女の姿を見た私は、驚きで言葉が出なかった。
少女は濃い黄色の髪を、左側で括り付けるサイドテールにまとめ、その上からドアノブカバーに似た、独特な帽子をかぶっている。そして、寂しそうに私を見つめる彼女の瞳は、血のように赤い。赤の半袖とミニスカートを着用しており、スカートは一枚の布を腰に巻いて二つのクリップで留めている。 が、私が驚き言葉を詰まらせたのは彼女の容姿ではない。彼女の背中から一対の枝のようなものが生えているのだ。そして、その枝に七色の結晶がぶら下がっており、私が目の当たりにしているのは、異様な翼の生えている幼き少女だ。それはもう、人に似た別の何かだ。
少女は、私に不敵な笑みを見せた。瞬間、周囲は重苦しい雰囲気に一変した。私の身体はピリピリと、微妙に痺れる感覚が襲った。彼女から感じる威圧により体中から滲み出る汗が止まらなかった。
少女は不敵な笑みを見せたまま、ゆっくり立ち上がりくるりとこちらへ振り返る。
「ねぇ、お人形さん。私と遊びましょ?」
私のことを人形と呼んだ少女は、狂気に満ちたように表情を歪ませ、右手のひらを私に向けた後、ギュっと強く握った。
刹那、私の被っているマスクが突然、縦に真っ二つに割れて床に落ちた。その理由が、少女の右手を握ったことによるものだと私は直感した。同時に、本能が私に警告した。
死にたくなければ、今すぐ逃げろ。
いつの間にか、私は真っ暗な階段を駆けていた。奥の金属の扉が開いているので光が差し込み、出口が見えていた。それを頼りに走った。
彼女の目は、殺したがりの目をしていた。もしあの時、私があの場から動かなかったら、きっとあのマスクのように真っ二つに裂かれていたかもしれない。
階段を上がりきると、廊下に出た。左右分かれているが、左に逃げる方向を変え走った。あの化け物が私を追いかけているのかは分からないが、ただ必死に走り続け、目が覚めた時にいた部屋を探した。部屋の鍵の開いている部屋を探し当てると、私は中に入り扉を閉めた。扉は不思議なことに内側からは鍵が閉められない。扉にもたれて座り込み、呼吸を整えた。
あの少女は一体何だったのだろう?背中に枝のような翼を生えた化け物・・・。あれから感じた気迫と殺意に満ちたあの目。狂気の混じった表情。アメリカに住む殺人鬼もあんな目をする者はいない。私は殺し屋と肩書を背負った殺人鬼だ。そんな私が、小さな少女の威圧だけで恐怖を感じるなど信じたくないが、信じざる得なかった。
「It’s a nightmare...」
《悪夢のようだ・・・》
私は思わず英語で呟いた。こんな状況、悪夢だったらどんなにうれしいだろうか。
数分経ったが、あの化け物の脅威からは何とか逃れたようだ。暗殺に使う愛用のマスクを犠牲にしたが、何より自分の命が一番大切だ。悔いはない。今は何としてもこの化け物屋敷から逃げ出さなければ。
私は立ち上がると、それとほぼ同時に扉をノックする音が聞こえて、反射的に扉の方に身体を向けた。太ももにある拳銃と取り出すと、それを扉に向けた。鼓動のテンポが徐々に上がり、血圧が上昇するのを感じた。
「目が覚められていますか?開けてよろしいでしょうか?」
聞いたことのない女性の声がした。それは幼い声ではなく、静かで、魅力のある女性の声だ。
「・・・。失礼します」
そう言うと、私の反応を待たずに扉はゆっくりと開いていく。
「駄目ですよ、お客様。そのようなものを人に向けてはなりません」
いつの間にか、声の主は私と手で触れられる距離にいた。私の構えている拳銃を左手で優しく下に下げて、微笑んだ。
彼女の服装は青と白の二つの色からなるメイド服だ。頭にはカチューシャ(ホワイトブリム)をしている。裾の長さは膝上丈だ。 髪型は銀髪のボブカットであり、もみあげ辺りから三つ編みを結っている。 また髪の先に緑色のリボンを付けていた。
彼女は私から離れると、一礼した。
「先ほどは、うちの門番がとんだ無礼を働いてしまい、大変申し訳ございませんでした。ですが安心なさってください。私はあなた様に危害を加えるつもりはありません」
私は右手で腹を軽く触れてみたが、痛みはもう完全に引いていた。あの化け物に襲われかけた時も、腹の痛みは感じなかった。
彼女は危害を加えないと言った。表情を見るに敵意は感じないし、自分の命を大事にするなら大人しく従っていた方がよさそうだ。私は手に持っている拳銃を収めた。
メイドはそれを確認した後、ごほんっと咳ばらいをした後に続けた。
「申し遅れました。私はここ紅魔館のメイド長を務めております、十六夜咲夜と申します。以後、お見知りおきください」
十六夜咲夜と名乗るメイドは、深々と一礼をした。
「それと、お客様。主様があなた様との面会を希望されています。ご都合がよろしければ、私についてきてください」
咲夜はそう言うと、後ろに下がり部屋を出た。その後に続いて、私は彼女についていった。
廊下を歩いている途中で、開いたままのはずの金属の扉が閉まっているのを目にした。このメイドが閉めたのだろう。彼女は、私があの金属の扉を開けたことを既に知っているのだろうが、私はあえて、あの化け物の少女のことを言わずに扉の横を通った。
「ここです」
目の前にあるのは、大変大きな両開きの扉。宮殿の王室の豪華な扉みたいだ。この中に館の主がいるのだろう。咲夜は、扉の前に立つと4回、ゆっくりとノックをした。
「お嬢様、連れてまいりました」
咲夜が主に対して扉越しに言った。
「入りなさいなさい」
若々しい少女の声が、壁越しで聞こえた。まさか。
扉が、低音を立ててゆっくりと開いた。 ガタンっと、扉が開ききった時の音と同時に、部屋の光景が明らかになった。室内はかなり広くて、赤色が多い。床の高級そうなカーペット色で、壁も赤色である。真ん中には、白いテーブルクロスに覆われた大きなテーブルが置かれており、いくつもの椅子が並べられていた。
「あなたが、この紅魔館に訪れた人間ね」
その声は、どこか危な気のある落ち着いていた。丁度、テーブルを挟んだ正面の玉座に座っている小さな少女が目に入った。その声は、少女のものだった。その少女は、不敵な笑みを私に見せた。
青みがかった銀髪(ウェーブのかかったセミロング)、そして真紅の瞳。身長はかなり低い。人間で言えば10歳にも満たないような背の高さだが、背中に大きな翼を持っていてる。ナイトキャップを被っており、。色は白の強いピンクで、周囲を赤いリボンで締めている。結び目は右側で、白い線が一本入っている。衣服は、帽子に倣ったピンク色。太い赤い線が入り、レースがついた襟。三角形に並んだ三つの赤い点がある。両袖は短くふっくらと膨らんでおり、袖口には赤いリボンを蝶々で結んである。左腕には赤線が通ったレースを巻いている。
小さなボタンで、レースの服を真ん中でつなぎ止めている。 腰のところで赤い紐で結んでいる。その紐はそのまま後ろに行き、先端が広がって体の脇から覗かせている。
スカートは踝辺りまで届く長さ。これにもやはり赤い紐が通っている。
低身長に、背中から生えている大きな翼。私はその姿と、金属の扉に入った時に出会った、あの金髪の少女の化け物を脳裏を掠めた。その場で唖然としている私に、翼の生えた少女は、不気味な雰囲気を漂わせながら口を開いた。
「何をそんなに緊張しているのかしら?」
その言葉で、私は我に返った。
「座りなさい」
翼の生えた少女がそう言うと同時に、隣にいた銀髪のメイドは手前の椅子を引いて、丁寧に私をその椅子に座るように促した。私はそれに応じた。
少女は手元にある、紅茶の入ったカップを口に運ぶと小さく咳払いをした。その間に、メイド長は私に紅茶を淹れてくれていて、それを終えると、少女が 私に質問を始めた。
「まずは自己紹介からいきましょうか。あなた、名前は?」
翼の生えた少女は、両肘をテーブルの上に立てて、繋いだ手の上に顎をのせた。
「静音《しおん》です」
「そう。いい名ね。私はこの紅魔館の主を務めているレミリア・スカーレットよ。よろしく」
不敵な笑みを絶やすことなく、彼女は名乗った。
「さて・・・。早速だけど、あなたに聞きたいことがあるの」
表情を変えずに、彼女は続けた。
「あなたは・・・。金属の扉の中に入ったわね?」
一瞬、私は心臓が飛び出そうになった。相変わらず、不敵な笑みを見せているレミリアだが、彼女の発した言葉は、私に恐怖感のようなものを与えた。
数秒の沈黙の後、私はゆっくりと頷いて応えた。
「正直でいいわね。別に入ったらいけないわけではないし。でも、あなたがそこで見たものは私の妹なのよ」
レミリアは微笑みながら答えた後、手元にある紅茶を口へ運んだ。
やはり、レミリアとあの金髪の少女は姉妹だったのか。二人とも、背中に翼が生えている。普通、人間に翼なんて生えない。レミリアも、あの金髪の少女と同じように化け物のような力を持っているのだろうか。
「妹の名は、フランドール・スカーレット。フランって呼んでるわ」
私は彼女の妹について、1つ質問をしてみた。
「そのフランドールさんは何故、あんな丈夫な金属の扉の中へいるんですか?」
金属の扉の中に入り、深い暗闇の中の階段を降りた扉の先にフランドールは独りで詩を歌っていた。今、冷静になって考えると、それはまるで、あの子は誰とも接触しなように隔離されているんじゃないかと私は思った。
「そうね。それを説明するには、あなたにとっては、たいそれた話になるけれど、話してあげる」
レミリアは背中から生えた、蝙蝠のように黒くて大きな翼を広げた。
「あなたはこの翼を見て、私が人間だと思うかしら?」
「いや・・・」
彼女は人間ではない。化け物か、それに似た何かだ。しかし、訊かれたからと言って目の前の翼の生えた少女を人間ではないということを口に出す事は、私には到底できないだろう。私は困惑によって言葉を失った。
「よく聞きなさい、外来人。この世界は、人間だけじゃない。妖怪も、化け物も存在する世界。人と、妖怪が共存することで、均衡を保っているの。でも、あなたのように外の世界からきた人間は別物。外の世界から訪れる人間は、血肉に飢えた妖怪や化け物に喰われ、腹の中で人生の幕を閉じるのよ」
レミリアは左肘を立てたまま、右手の人差し指を私の方に差し向けた。怒りが混じったような、低い声で、レミリアは続けて口を開いた。
「そして、今将にあなたは、その妖怪の目に前で座っているわけだ。これが、どういうことを意味しているのか、わかるでしょう?」
彼女は急に目つきを鋭くさせ、睨め付けた。刹那、ひどい威圧感が私を襲った。急に重力が2倍になったような感覚だった。血圧が上昇し、心拍が速いテンポでリズムを刻み始め、冷汗が止まらない。背筋が凍りついた私は、何かに縛られたかのように椅子から立ち上がることができなかった。
彼女は立ち上がると、不敵な笑みを私に見せつけ近づいてくる。
「ふふ・・・。逃げないのかしら?それとも逃げられないの?」
レミリアは、とうとう手を伸ばせば触れられる距離まで近づいた。そして、私の頬を優しく擦り、さらに私の方へ体を寄せてくると、彼女は耳元で囁いた。
「大丈夫。私は化け物のように荒い喰らい方はしないわ。首筋を噛んで、そこから出てくる血液を優しく丁寧に吸い取るの。身体に一滴の血液を残さないわ・・・。だから安心して私に喰らわれなさい」
レミリアは敵意がないと思っていたが、やはり彼女も化け物で、初めからこうするつもりで、私をここへ呼んだのだろう。今の彼女は間違いなく私を殺すつもりでいる。
結局、私は元の世界には帰れなかった。どうせ帰ったとしても、人を殺して金を得る生活に戻るだけで何も変わらないだろうが、どうせ死ぬなら向こうの世界で死にたかった。
レミリアが口を大きく開けたのが分かった。彼女の吐く息が首筋で伝わった。まもなく、私は首を思い切り喰いちぎられる。
・・・・・・そう思って、死を覚悟した…が。