遭難した私は、洋館を訪れた。門番の不意打ちに意識を失ったが、洋館の客室で目が醒めた。そして今、洋館の主と対面した。主の容姿は少女だが、背中に翼の生えた妖怪だった。
レミリア・スカーレットと名乗る蝙蝠のような翼の生えた少女は、鋭い目つきで私を睨んだ。押しつぶされそうなほど感じる威圧と殺意で、私の体は何かに縛られたかのように動けなくなった。
そして、彼女は私と触れられる距離まで近づき、 私の首元で大きく口を開けた。 彼女の吐息が首筋に感じる。私を喰らうとしている。
「ぷ・・・!あはは!」
どういうことか、私から少し離れると大声で吹き出し笑い始めたのだ。
「は・・・?」
私は動揺と同時に困惑した。予想外の行動に、拍子抜けな声を洩らした。
「ごめんなさいね、ちょっとからかいたくなっちゃってね」
レミリアから、威圧と殺意が感じなくなった。
「はあ・・・」
これが単なる脅かしであることに安堵し、ため息をついた。 冗談にもほどがあると言いたかったが、あえて何も言わなかった。同時に緊張が解けたせいか、腹がぐぅっと音を立てた。
「そう言えば、何も食べてなかった…」
森に遭難した時から何も食べてない。ドタバタし過ぎていて疲労くらいしか感じていなかった。
「咲夜」
レミリアはポンっと手を叩いて銀髪のメイドの名を呼んだ。
「お嬢様。夕飯の時間故、すでにお食事の準備は済ませてあります」
メイドはいつの間にか、レミリアの前でお辞儀をしていた。それに、紅茶しか置かれていなかったテーブルには、御馳走と言うべきものが並べられていた。それは全て一瞬だった。咲夜も、魔理沙にような魔法を使う能力があるのだろうか。
「さすがね。静音…だったかしら?少し脅かしてしちゃったし、謝罪も込めて御馳走するわ。食事しながら、話の続きをしましょう」
彼女はそう言って、自分の玉座に戻っていった。
「あなたも察しがついているだろうけど、この世界には人間と妖怪が共存しているの。私は妖怪というより、吸血鬼だけど。昔の妖怪は人間を喰らわないと生きていけないから、しばしば人間を襲っては喰い漁ってたわ。けれど、弱者である人間は妖怪に対抗するために、能力を持つ人間が現れた。それが、魔法だったり、空を飛ぶ能力だったり、時間を止める能力だったり。様々。すると、妖怪にも能力を持つものが現れ、人間と妖怪は対等な立場になった。そこで、お互いの争いを防ぐために、妖怪はこの世界の住人を襲って喰らってはいけないという掟ができた」
「なら、私のように外の世界から来た人間は、その掟の対象外になるから、妖怪や化け物は私を襲っても喰っても問題ないんですね」
「そう。だから、あなたのようにあの妖怪の巣窟のような森に迷い込んでも、生きている外の世界の人間は他に見たことがないほど珍しい。私はあなたに興味が湧いたの」
レミリアはテーブルに肘を立てたまま右手の手のひらを天井に向けて人差し指をこちらに指した。彼女は微笑んでいる。
「は、はあ…」
彼女の笑みは、不安を感じさせる。何か、よからぬことを考えているような気がしてならない。しかし、今の私にはあの吸血鬼の話を聞いて質問に答えるくらいしか出来ることは無い。
「あなた、胸のあたりに何か隠しているでしょう?」
「胸…?」
私は、首にかけてある青色の石を取り出した。
「これですか?」
「やっぱり、これが原因だったか」
レミリアは予測通り、と言ったような表情でテーブルの上に置いた石を見つめた。
「この石には、妖力を生み出す能力があるのよ」
「妖力?」
「主に妖怪が戦う時に、威力と効果を引き換えに消費する力の源。その石は、それを生成することが出来るのよ。きっと、あの居眠りばかりの美鈴…門番も、妖力の強さに目が醒めてあなた攻撃したのね」
「この石にそんなものが…」
この世界には空飛ぶ箒と魔法使い、目の前には吸血鬼と名乗る化け物までいるのだ。妖力と聞いてもイマイチピンとこないが、その存在を疑う心は、私にはなかった。
「これをどこで見つけたの?」
「それが覚えがないんです。森の中で遭難して彷徨っていたら、急に記憶が飛んで…。気がついたら湖の近くで立っていました。その時には既に見知らぬ石が首にかかっていて…」
「なるほどね。妖力というのは、人間とは酷く相性が悪いのよ。力のある妖怪のように、ただの人間が体内に妖力を溜め込み過ぎると身体に異常を来す可能性がある。でも、その石は妖力を発するだけのようね。あまり、使い道はないけれど、中堅以下の妖怪に対しては魔除けになるわ。その石はかなりの妖力を発するから、近づこうとしないの。だから、身を守るために大事に持っておきなさい」
レミリアは微笑みながらそう言うと、残りの食事を済ませた。
「今日はもう部屋に戻るわ…。咲夜、静音を客室に案内してあげて。外は暗いし、泊まっていきなさい」
レミリアは玉座から立ち上がった。先ほどの微笑みとは裏腹に、辛そうな表情が伺えた。
さっきとは表情が一変している。レミリアは一体どうしたのだろうか。
レミリアが部屋から出た後、咲夜が私に声をかけて、自分が目を覚ました部屋まで歩いた。長い廊下を歩いていたその時、忘れかけていた見覚えのある、金髪の幼い少女の姿が目に写った。そこは丁度、私の部屋の前だ。私は思わず足を止めた。あの金属の扉の出来事を思い出し、私はフランへの警戒を最大限に高めた。
「あら、咲夜とさっきのお人形さんだ!」
彼女はそう言うと、純粋な少女の笑顔で私に近づこうとしてきた。私は反射的に後ずさって、フランから距離をとろうとした。
「妹様。この方は、お嬢様の大事なお客様です。この方の身に危険が及ぶ事は禁じられています」
顔色ひとつ変えずに、私の前に立つ銀髪のメイドは小さな吸血鬼に話した。
「えー。お姉ちゃんと遊ぶの楽しみにしてたのに。なんで、お姉さまばかりずるいよ…」
フランは残念そうに顔を俯かせた。それを見た咲夜は、小さく息を吐くと一言付け加えて口を開けた。
「ですが、彼女の身に危険が及ばない範囲なら遊んでもいいそうですよ」
咲夜はニコッと微笑んだ。それに応えるようにフランも顔を上げて笑顔の表情が私の目に入ったが、私はすぐに咲夜の方へ視線を変えた。
「え…?ちょっと待ってくださいよ」
納得がいくわけがない。私を殺そうとした悪魔と一緒にいるなんて出来るはずがないだろう。危害を加えないことを条件にと言ってもそれを信じるほど私は甘くはないし、もしもの事態は、起きてからでは遅い。
「何ですか?」
「お姉ちゃん、遊んでくれないの?」
不満を訴えようとしたが言葉が詰まった。今にでも泣き出しそうな表情をするフランが視界に入った。
どんなに恐ろしい人物でも見た目は可憐で可愛い小さな女の子だ。そんな子の泣き顔を眺めた。少しの間のあと、私は小さく溜息を洩らした。
「わかりました。危害を加えないのなら、少しだけ遊びましょうか」
金髪の悪魔の妹は、嬉しそうに期待の目を光らせながら、私の顔を見つめた。
私は小さな子供には甘かった。