サービスはきっちり午前0時に終了する。
もう絶対に間に合わないと思った。走った為に上がった呼吸も整えず、彼は胸元のネクタイを無造作にベッドに投げ捨てた。スーツ姿のまま部屋の中心に鎮座するデスクに腰を降ろし、無造作に置かれていたグレーのヘッドフォンを首に掛ける。
パソコンの電源を入れると、黒の画面が明るく点灯した。じれったそうに腕時計を見る。
二十三時三十分。ギリギリだった。
青から、色を生んだ画面は一枚の壁紙を映した。巨大な砲を纏った少女が、艶やかに笑んでポーズを決めていた。彼女は長い黒髪を靡かせ、鼓舞するように大きく手を広げている。
うん、っと彼はうなずき、再び時間を確認する。二十三時三十三分。もう三分も経ってしまった。すぐさま彼は軽快にキーボードに文字列を打ち込み、ウィンドウを展開する。ブックマークからページに飛び、彼は一つのサイトを開いた。
暗転。そしてすぐさま中心、海原を裂いて進む小船の姿。Now Loadingと書かれた空のゲージは、すぐに一杯となった。
「艦隊これくしょん、艦これ」
少し妖艶な女性の声が耳朶を打つ。そしてGAME STARTの文字。
「今日で最後か……ゲームだけど、向き合えるだろうか、僕は」
--唸るように彼は自問した。
無機質なウインドウは何も答えてくれない、しかし暗転した。
時を待たずして、簡素な机、椅子。そして窓辺には波が漂う海辺。傍らには、あの壁紙の少女が微笑んでいる。
「大和型戦艦、一番艦、大和。推して参ります!」
最後の日も変わらず微笑んでくれるのか、君は。
我ながら気持ち悪い、と彼は思う。画面に映る少女は、その細やかな肢体とは裏腹に、巨大な装備を纏っていた。艦装と言われる、鋼の装備。それは巨大な砲門の形状をしており、それは強力な推進力を生み、普通ならば彼女のような少女には扱いきれないーー筈だった。
「大本営からの通信ですか?」
彼女は首を傾げて聞いてくる。彼はその言葉に、記憶された意味を思い出しーー初めて画面上に点灯していたメールのアイコンに気付いた。クリックすると、一通のメールが開かれる。
それはとある機能によって、一時は戦線を共にしていた戦友からであった。とっくの昔に引退していたと思っていた彼は、驚きを隠せずにいながらも、文章を目で追う。
それは感謝の言葉であった。長らく戦線を共にしてくれたこと、一緒に死闘を潜り抜けたこと、きっと彼ならばこの最後の時間に立ち会うであろうこと。自分は立ち会えないから、変わりに最後を看取ってくれということ。
「律儀だなあ、もっちーさんは。友軍機能で最後に連合艦隊を組んだのは、もう半年も前なのに--」
反芻するように彼はカーソルを動かし、【友軍艦隊】と書かれた箇所を
クリックした。瞬時に四列に渡って名前の羅列が浮かび上がる。どれも灰色に消灯しており、唯一自身の名前だけ白く輝いていた。
「もっちーさん、春日音椿さん、死苦八郎さん、駿河スルガさん、労働紳士さん……」
名前を読み上げながら彼は、目を瞑る。そして、
「もうみんな……いないんだな」
会ったことは一度もない。機能を使った共同プレイをしただけだ。しかし時折強力な敵と戦い、一緒にこの場所を作った仲間だった。
最後の日は彼らと向かいあった。だってこの世界はーー
「ゲーム……なんだよなあ」
一時は圧倒的なユーザー数を誇った艦隊これくしょんーーそれがこのゲームの名前だった。昔の日本軍の船を擬人化させるというコンセプトは、多くのファンを獲得した。しかし、他のゲームが発達するにつれ、そして難易度の過度な上昇によりその多くのユーザーがこのゲームから去った。
彼が指揮を取るこの執務室も、昔は多くの電文がひっきりなしに届いていた。共有の作戦指令所--システムの一つ、友軍艦隊によって、その所属するプレイヤーたちの中で最高の錬度の擬人化された船--通称、艦娘が集まるこの場所も、皆で作り上げた思い出の地であった。
「最後だから、いいよな」
彼は移動のボタンをクリックする。
時間は二十三時五十五分。もう最後の時間まで五分を切っていた。
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彼が姿を現したのは石で築かれた広間だった。天井には巨大な旗が掲げられて、数々の戦績が書かれたボードがあちらこちらに張ってある。その中、最も目立つ箇所にはガラス張りで二重に防護されたものが。
甲とただ一つだけ書かれた勲章。黄金と宝石を纏ったその宝は、全部で十。エフェクトではあるものの、全てが燦燦と輝いていた。
彼はその一つを手に取り身を裏返す。金色の身には宝石で刻まれた文字。2015年夏イベント甲勲章。ただそう書かれていた。
ふと画面を見ると、秘書艦の大和が微笑んでいた。彼は同盟を組んだ面子の中では最も新人で時間も無かった為、この共有作戦指令所で彼の元から登録されている艦娘はこの大和一人だけだった。しかし、その分彼はほぼそのプレイ時間を彼女一隻の徹底的な育成に割いていた。
だから最後も彼女と一緒に過ごしたかった。
--女々しいな、っと思う。
たかがゲーム。だけど、本気だったのだ。
「まあ、満足じゃないと言われれば満足じゃないんだけどな。もっと自分の鎮守府の艦娘のレベルを上げて、他の人の艦娘より強くしてこの指令所に登録させたかったし、もっと色んな海域をクリアしたかった。だけど、仕方ない」
彼は肩を落として、そして時計を見る。二十三時五十九分。
「ありがとうな、大和。……また、明日からは現実で頑張るよ。ちょっと寂しいけど--奇跡でも起きて、またサービス再開してくれたら、その時はまた、戦おう--」
彼は目を瞑る。二十三時五十九分五十秒。
五十一、五十二、五十三、五十四、五十五、
五十六、五十七、五十八、五十九--
0時0秒。
カチャリと音がした。大広間の時計が一瞬歪み、表記が変わる。
零時一秒。
こうして世界は反転する。
黒から白へ。白からー青へ。
そして、彼は提督となった
どっかで見たことあるって??パクーーげふんげふん。リスペクトです。
次からはゆっくり書いていきます