初めに感じたのは熱だった。
肌が逆立ち、ぐるりと視界が回転する。まるで高気圧の壁を破ったような耳鳴りが襲う。がっ、と喉が悲鳴を上げ、ひっ、と目尻が熱くなる。
押しつぶされるような感覚。気付くと、座っていたデスクから倒れて込んでいた。蛙のように無様な声を上げる。その瞬間、体をふわりと包む感触があった。柔らかい何かに押し上げられて、初めて自身の左半身を倒れないように誰かが掴んでいることに気付いた。
「て、提督!大丈夫ですか!」
ふわりと鼻先を甘い香りが過ぎる。すらりとした背の高い女性が、そこにいた。背中に掛かる黒髪を一本にまとめ、女性らしい優しさと、整った顔立ち。肩だけ露出した白の制服には赤茶色の基調色、そして同色のスカート姿。首元には菊の文様が施された黒い首飾りがきらりと輝いていた。
「や、やま、と?」
漏れ出た声に答えたのは聞き慣れた、
「はい!大和です!」
そう言って、微笑んだのだ。
※※※
視界を空けるとそこには自身が先ほどまで移していた大広間の光景がある。首を左右に振れば、それに連動するように視線が動いた。
先ほど画面越しに見ていた共同指令所、その広間だ。石造りで頑強な、部屋。全ての艦娘が集合出来るよう作られたその空間に、彼は首を振った。そして、同様に視界が揺れ動く。
有り得ない、と彼は思う。
「提督……?本当に、本当に、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。うん、大丈夫……」
物憂げに答えながら、しかし彼は思いをめぐらしていた。
夢、だろうか。もう寝落ちしたのか?しかし2Dでしか表現されていなかった広間を視界ごと連動させる夢?どんだけ僕は妄想が凄いんだ?
うん、っと一つ頷き、
「大和--大和、だよな?」
「はい、提督。貴方の大和型一番艦、大和です」
そう言って彼女は短く、答える。
ゲームでは一枚絵があるだけだった筈の艦娘、山和が屈むように動いてみせる。目尻が下がり、瞳には若干の不安が混じっている。艦隊これくしょんは基本、一枚絵のゲームであって、ましてや3Dモデリングは後期に開発された別のアーケードゲームにしかない筈だ。
ましてや3D対応型でもないし、最近流行りのダイブ系のゲームでもない。ただ時代遅れのフラッシュゲームだった筈。
どういうことだ、っと改めて思う。
「大和--これは一体--」
そう彼が聞こうとした時だ。
警報が、鳴り響いたのは。
「な、なんだ一体」
「敵襲です!提督!」
大和は広間の窓、その続く青の海原に視線をやる。
「来ました。提督と私たち……いえ、人類の敵が!」
彼も視線をそちらに向けた。窓から続く海原。その視線の遥か先を、何かが近づいてくる。
巨大な影。口を見開き、並んだ歯は白い刃のよう、そして巨大な砲門が舌の変わりに見え隠れした。
まるで鯨のような、しかし、そうではない。
見たことも無い何かが--波を裂いて接近してくる。
※※※
その何かの接近に最初に気付いたのは周囲を警戒する偵察機であった。
葉のような色の複葉機に乗っている乗員は海上のソレを確認すると、すぐさま操縦席に備え付けられている通信器具に打ち込む。その時間は零時二十三分で、同時に複葉機の翼が反転し、空を切った。
瞬間。砲撃音を伴った一筋の閃光が、垂直に重なった翼の一翼を貫いた。機体は既にコントロールを失い、回転。
全文を打ち込んだ刹那、二撃目を機体が襲った。半回転状態だった機は炎上し、爆散。部品が散らばる中で、乗員はギリギリのところで脱出していたようで、白いパラシュートを開き、ゆっくりと降下しており、
その真下、海面より巨大な口が生まれる。
薄暗い眼光と、古書に出てくる悪魔のような禍々しい相貌。鯨のような体躯を持ち、巨大な消化口が乗員をそのまま飲み込んだ。
ゴリッと咀嚼する音。
口元から赤黒い液体を流しながら、ソレは進撃する。
だが--
「戦艦大和--推して参ります」
現れたのは小さな少女。
同じように海面に堂々と立って浮かぶ、存在。
ソレを倒すには……小さすぎる少女。
しかし、ソレは震えた。本能で、数多の記憶で、ソレは分かった。
こいつは敵だ。
倒すべき敵だ。
口元の砲門を彼女に向けて、ソレは砲撃を開始した。
同時刻、彼もその光景を見ていた。
ソレが砲撃するのも、大和が自身を守るために広間から飛び出して海面に立ち、その攻撃を受けきっているのも。ソレは大和を上回る--下手な船を飲み込むであろう、巨大な体躯で、口だけ大きく見開いた怪物。
彼のしていた艦隊これくしょんというゲームでは、見た事がある敵だった。それはいわゆるザコ。最初の海域で現れる敵。ただ特殊な攻撃もしてこない、敵だった。
しかし目の前にしてみると違う。
巨大な眼光は禍々しく輝き、口元は紅い皮膚が揺ら揺ら蠢く醜悪な--化け物だった。
ソレは口内より生成した砲弾で幾度も大和を砲撃した。しかし大和は動かない。まるで動じず、両腕を自身の胸の前で組み、
「なんで、だよ。なんで反撃しない……!」
彼は悲痛な声を上げた。これがもしゲームとおりなら、彼女達は武器がある。艦装と呼ばれる、兵器を所有しているのだ。
しかし彼女は動かない。大和は、撃たない。
まるで--動けないようで、
彼は叫んだ。いつも、画面の前でしていたこと。自身でも日頃から気持ち悪いとは思っていたが、不思議とそうしていると良い結果がゲームで出たのだ。
それは自然と言った。
「やれ!やっちまえ!大和!」
合図だった。
大和は笑った。
「交戦許可、確認。さぁ、やるわ。砲雷撃戦、用意!」
彼女は腕を振るう。海面が光り、突如鎖が現れた。
現れた鎖は海中より大和を包む。そして、まるで浮上するように鋼の装備を海の底から浮かび上げた。
鎖に巻かれた装備は大和の全身を包み、黒の蒸気を上げる。砲門の付いた装備を装着した大和は、腕を相手に向けた。
「なぎ払え--!」
轟音が後から付いてきた。
巨大な破壊の力は、ソレを一瞬で飲み込み、断末魔を上げる間もなく、膨れ上がり--破砕した。赤と黒の炎が舞い、ソレを構成した物体が風に揺れて空を漂う。
まるで桜吹雪のようだ。
場違いながら彼はそう思う。
これが最初の戦いだった。
彼の提督としての、戦果だった
とまあ初戦でした。
次辺りから現状の説明やら入れます