辺りは暗く、そして静か。
その中で、二人の生徒が対峙している。
オベリスクブルー、万丈目準。
オベリスクブルー、早乙女飛鳥。
およそ五分にわたるくだらない言い争いのせいで二人は荒れた呼吸をしているが、その視線は互いに注がれていた。
「ぜぇっ…いい加減に…しろ…っ」
「はぁっ…それは、こっちの台詞…!」
双方このアカデミアのトップクラスの色の制服を着ているものの、その会話の内容は低レベル。
ちなみにこの会話の発端は「助けてやったのに礼はないのか」「突然掴んだことへの謝罪はないのか」という至極どうでもいいものである。
ネタが尽きたか、叫び疲れたかのどちらだかは分からないがようやく口をつぐんだ飛鳥は、とりあえずここで話し続けるのも見つかる危険が高まるだろうと意識を切り替える。
「…それで、私に何か用?」
万丈目準にとって、目の前にいる女子生徒の存在は想定外だった。
肘近辺まで伸びたまっすぐで艶のある黒髪と、真意の読めない黒い瞳。しかも前髪でその瞳は隠されているので殊更に表情を読むことは難しい。
こうして目の前にいれば存在はわかるが、教室にいたら見つけることが出来なさそうな平凡な少女だ。
事実、同じ学年であるはずなのに万丈目の記憶にこの女子生徒はいない。
そんな校則を好んで破るようには思えない女がなぜあそこにいたのか。
案外生意気な口を利く女子生徒に、万丈目も負けじと言葉を紡ぐ。
「貴様、なぜデュエルフィールドにいた?」
「たまたま通りかかったら君たちがデュエルをしてたから、観戦してただけ。安心して、アンティ・ルールについて言うつもりはないから」
女生徒の黒髪が風に揺れる。
ちらりと前髪の隙間から伺えた黒い瞳は、万丈目を見ているようで見ていない。
それが無駄に彼の神経を逆撫でした。
「話はそれだけ?なら私はこれで」
どうせアンティ・ルールのことを学園側に知られたくないだけだろうと先に伝えない旨を宣言する飛鳥は、もうこれで話は終わりと言わんばかりに万丈目に背を向ける。
「…っ、おい!貴様名前は?」
おとなしげな見た目とは裏腹の態度。
エリートだなんだともてはやされてきた万丈目にとってこの扱いは自身への侮辱と変わらない。
彼女の身辺まで調べ上げて叩き潰してやろう。
そんな意図から発した質問だった。
「……早乙女」
「ちっ…それで良いと思っているのか、名前は?」
しかし、飛鳥にとってその質問は禁句。
名字だけ答えて納得されるとは思っていなかったが、少し希望を持ってはいたのだ。
しかしそれも無残に打ち砕かれ、危機的状況に立たされる。
名前を言いたくない。
言って、
額を流れる汗。やけにうるさく波打つ心臓。
やがて何かを決意した飛鳥は唇を引き締めて、ある一点を指差す。
「あぁっ!!天上院さんがこっちにくる!」
「なにっ?!天上院くんが?!」
万丈目がやや頬を染めて飛鳥が指した方向を見たその一瞬。
彼女は一目散にその場から駆け出した。
万丈目が明日香に少なからず気があることは何となくさっきのデュエル中に察していた。
明日香がガードマンの存在を叫んだとき、彼女の存在に驚きつつも嬉しそうだったから多分間違いない。
そんな男の心を利用するのは申し訳ないような気もするが、こちらもこれは譲れない。
「…ごめんね、万丈目」
今頃は騙されたことに気付いて憤慨しているに違いない彼の顔を思い浮かべ、飛鳥は静かに謝罪するのであった。
***
自室に辿り着いた飛鳥は疲れたようにベッドに倒れこむ。
このまま眠ってしまいたいがそうもいかないと、倒れた体勢のまま腰のホルダーからデッキを取り出して眺める。
月一テストも近い。外出前もやっていたとはいえまだできることがあるのではないかと一枚一枚丁寧に見ていく飛鳥だったが。
ふとその手が止まる。
「……ない」
デッキの枚数が一枚足りない。
しかも見当たらないカードは。
「【サファイアドラゴン】が…ないっ…!!!」
消灯時間の過ぎたオベリスクブルー女子寮に、一人の女子生徒の声無き叫びが響き渡った。
というわけで飛鳥は逃げました。
まだまだ自己確立への道は遠いです。
新たに感想、そしてお気に入り登録して下さった皆様、ありがとうございます。
次の話ではやっと飛鳥がデュエルをします。
相手は…ご想像にお任せします。予想しやすいとは思いますが。