「…はぁ…」
「早乙女さん…なんか元気ないね」
「友紀さん…ちょっとね」
授業後、憂鬱な顔で荷物を片していた飛鳥に話しかけた一人の生徒、
昨夜【サファイアドラゴン】をどこかに落としたことに気付いた飛鳥は早朝くまなく探したのだが、見つからずにこうしてため息をついている。
デュエルフィールドで自身が隠れた場所はもちろん、万丈目と会った入り口付近も走り去った道も全て辿ってみた。
しかしカードが飛鳥の視界に入ることはなかったのである。
そのショックたるや。
効果を持たない通常モンスターとはいえ飛鳥にとって大切なものであることに変わりないカードの紛失は多大な影響を与えていた。
「ふふっ…わかるわ早乙女さん。あなたの心の嘆きが」
元気のない飛鳥にどう話せば良いかわからずオロオロする友紀のそばに、また別の女子生徒が現れる。
子供とは思えぬ色気をふんだんに撒き散らす美しいその生徒___
「雪乃さん…」
そのウインクが、『私には全て分かっているわ』と言ってくれているようで、飛鳥は思わず縋り付きたくなる。
「殿方のことで悩んでいるのでしょう?不安になることないわ、誰でも初めは緊張するものよ」
「雪乃さん、何言ってるの」
「あら、違うの?」
「違う、全然関係ない」
雪乃の斜め上の言葉に机に突っ伏してしまう。
そんな飛鳥を友紀は心配そうに、雪乃は面白そうに眺めながら話を聞いていた。
「大丈夫、きっと誰か拾ってくれてるんだよ」
「そうだといいけど…」
風に吹かれて飛んでいったという可能性だって十分考えられる。
そうするともうどこを探せばいいか分からなくなり、見つかる可能性は限りなくゼロだ。
友紀の励ましは嬉しいが、どうにもポジティブな考え方が出来ない。
「何でもいいけど、早く片付けたら?次は移動でしょう」
「あぁ、そっか…」
恋愛関係でないと分かった途端に態度が一変した雪乃を恨めしげにみるも、確かに彼女の言うことも正しいと飛鳥は腰を上げる。
確か次は体育だったはずだ、着替える時間も必要だし早めに行かねば先生にお目玉を食う可能性だってある。
それは面倒だと入口の方に視線を向けたそのとき。
視界の端に何かが映った。
「……?」
気になって拾ってみると、それは一枚のカードだった。
落し物に縁がある日だと思わず苦笑いだが、そのカードの特徴にまさかと声を上げる。
「【E・HERO クレイマン】…これ、もしかして遊城十代のカード?」
「早乙女さん、早く行こう!」
「あっ…う、うん!」
教室を素早く見回すも、どうやら既に教室移動に向かったらしく十代の姿は見えない。
そのまま放っておくこともできないからと、とりあえずカードをポケットに滑り込ませると友紀と雪乃の元へと走った。
***
「やっぱりお風呂はいいね!」
「うん、気持ちいい」
あの後十代を見つけることができず、カードを渡すことが出来なかった飛鳥。
彼を探し回ったことと最後の授業が体育だったこともあって汗をかいた彼女は、現在友紀に誘われて女子の共同風呂へと足を運んでいた。
湯船に浸かり、疲れを取っている二人。
共同ゆえにとても広い浴場には現在彼女らのみで、貸切状態だ。
この空間を独占できていると思うと、少なからず気分は高揚した。
「夕食前に入りに来て正解だったね」
「ほんと。これからもそうしようかな…」
デュエルアカデミアに女子生徒があまり多くない。
しかし彼女らが浴場を利用する時間はわりと似通っており、加えて女子特有のうわさ話で盛り上がるため時間によっては騒がしいのだ。
そういった話が嫌いなわけではないが、風呂くらいゆったりと浸かりたい飛鳥としてはこのくらい空いている方が嬉しい。
すると、隣で気持ちよさそうに顔を緩めている友紀が思い出したように飛鳥の方を向いた。
「そういえば雪乃に聞いたんだけどさ、さっき男関係だと思ったわけ!」
「言い方…まぁいいや、それで?」
さっきというのはもちろん飛鳥がため息をついていた時のことだ。
雪乃がそういう類の話が好きだからだろうと片付けていたものの、どうやら違う理由があったらしい。
「オベリスクブルーの万丈目くんが、早乙女さんのこと聞きまわってるんだってよ」
「げっ…万丈目が?」
恐れていた事態が起きたようだ。
幸い大した情報は得られていないようだが、逆にそれだけ自分のことが学園に知られていないということ。
喜んでいいんだか悪いんだか分からないが、現時点では良かったと思って良いだろう。
やはり昨日の逃げ方は万丈目を怒らせたようだ。
だからといって今日聞き込みを開始するとは思わなかったが、それだけ彼の怒りも大きかったということだろう。
何をしたのかと詰め寄ってくる友紀を適当にあしらっていると、脱衣場の方から賑やかな声が聞こえてきた。
貸切風呂もこれで終わりか。
丁度いいと湯船から出て歩き出す飛鳥を、誤魔化すなと友紀は追いかけるのだった。
「どこにいるかなーっと…」
そんな彼女の追及をかわし、オシリスレッドの寮へとやってくる。
目の前にあるのはオベリスクブルーやラーイエローの寮より明らかにボロボロの建物。格差がここまで出てくるならいっそ清々しい。
この生活の質の悪さもまたオシリスレッドが他から嘲笑われる所以だが、そこで暮らす当の本人たちは特に気にしてなさそうだ。
夜に聞こえる楽しげな会話は時に羨ましくも感じられた。
しかし今回の目的はそんなことではない。
右手に握りしめた【E・HERO クレイマン】。このカードを持ち主に返さなければならないのだ。
日頃の行いからも分かる通り、遊城十代という人物はデッキのカードたちをとても大切にしている。失くしたと気づけばその衝撃は大きいだろう。
「うわぁぁ、なんでだ?!俺のHEROがいない!!」
そう、こんな感じで取り乱すだろうということは彼と親密な関係でなくても想像に難くない。
「……って、え?」
「どうすりゃいいんだ?翔は助けにいかねぇといけないし、でも俺のカードがいないと戦えないし…あぁあどうしたら!!」
「あ、ああああの!!遊城十代くん!?」
自分の想像かと思いきや現実で十代が叫んでいた。
レッド寮の一室から飛び出し、どこかへ向かおうとしていたもののカードを失くしたことがショックで次の行動を決められない、そんなところだろうか。
必死に今日辿った道のりを口に出して、あそこかいやあの時かとあたふたする彼を見る限り、飛鳥の予想は正しかったことになる。
ならば尚更さっさと返せば良いのだが、どう切り出せば良いものやら。
目の前でぽかんと見つめているのにこちらに見向きもしない十代だ、彼の気を引くには生半可なものでは成し遂げられない。
若干どもってしまったものの大声で彼の名を呼ぶと、十代はようやくその瞳に飛鳥を映した。
「これ、教室に落ちてたよ」
「おおっ!【クレイマン】!!見つかってよかったぜ、ありがとな!」
カードを見るや否やで十代の瞳は輝く。
探していた仲間の予期せぬ帰還に喜びもまたひとしおなのだろうとその風景を見ていた飛鳥だったが、その数秒後に十代がしまったという顔をして自分に向き直ったことで思わず背筋が伸びる。
「ここで会ったのも縁だ!なぁアンタ、女子寮ってどう行けばいいか知ってるか?」
「女子寮?」
「あぁ。俺の友達がちょっと向こうにいてさ、迎えに行かなきゃいけないんだ」
言いながら十代はせわしなくその場で足踏みを繰り返し、困ったようにへにゃりと笑う。
どういう事情があるかは分からないが、きっと急を要するのだろう。
脳内で学園全体を思い浮かべ、ここが最適だと結論を出して飛鳥は学園から支給されているPDAを取り出した。
「ここからボートで行けば先生には見つからないと思うよ」
「ボート?…よし、わかった!サンキューな!!」
地図を実際に表示してみせながら向かうべき道を示してやる。
場所を自分の中で思い浮かべることができたのか、十代は親指を力強く立てると何やら叫んで走っていった。
「行っちゃった…」
遠くから見ていてもわかるが、近くで話すと本当に騒がしい人だ。でも、それでいて不思議と人を魅了する何かがある。
また話してみたい、そう思えてしまうほどの何か。
屈託無い、分け隔てず接するその態度もその一つなのだろう。
「あははっ…面白い人」
遊城十代という人間に興味を惹かれる。
その個性の強さ、性格、それはきっと“十代らしさ”として確立されていて、同時に飛鳥に無いものだ。
どこに行っても、そこに自分の居場所を見出す青年。
彼と話せば、自分も変われるかもしれない。
それは神にすがるような願い。
遊城十代という神が、早乙女飛鳥という迷える子羊に道を示してくれる、言葉をくれる。
それが救いとなって、新たな自分になれるかもしれない。
飛鳥の足が、自然と女子寮へと向く。
遊城十代と、もっと話したいという思いが彼女を突き動かした。
逸る気持ちから自然と走り始めたそのとき。
「やっと見つけたぞ」
「うぇあ?!」
「……相変わらず変な声を出すな、貴様は」
目前に誰かが立ち塞がる。驚き、出かかっていたスピードを無理やり無くしたため前につんのめる体勢になったものの、そこはなんとか耐え抜く。
こんな迷惑極まりない登場で、失礼極まりない発言をする人間を飛鳥は一人しか知らない。
「何か用、万丈目?」
「万丈目“さん”だ。貴様に話がある」
「後にしてもらっても?私忙しいの」
「残念だが、貴様に拒否権はない」
万丈目が制服のポケットから一枚のカードを取り出す。
そのカードを見た飛鳥の目は驚きに見開かれる、それは彼の持つ風属性の通常モンスターには見覚えがあったから。
「【サファイアドラゴン】!」
「これでもまだ立ち去ろうとするのか?」
「…分かった、それで?」
見当たらないと思っていたが、まさか万丈目が拾っていたとは。
今日はカードがいろんな人と巡り会わせてくれるようだと飛鳥は笑ってしまう。
この出会いが何をもたらすかは分からないが、少なくとも退屈した日々ではないことは確かだった。
「聞いたよ、私のこと聞いて回ってたんだって?どうしてまた」
「名前を聞けなかったからな、だが他の奴に聞いたところで大した収穫もなかった。誰も彼も貴様の名字しか知らん。だから直接聞くことにした」
そこまでして自分の名前を知りたいかと首を傾げたくなるが、同学年に知らない人間がいるのはもしかしたら万丈目のプライドが許さないのかもしれない。
だとしたらご苦労なことだ。しかしこの件に関しては昨夜同様、飛鳥も譲れない。
「嫌だ、といったら?」
万丈目の眉が不快そうにつり上がる。
今まで自身の周りにいた人間は、媚びを売るか遠くで嘲笑うかのどちらかだった。しかし、目の前にいるこの女生徒は違う。
前髪で瞳を確認することが出来なくても、今の彼女が真っ直ぐと自分を見ていることはわかる。逆にこちらが目を背けたくなるほどに。
遊城十代もそうだった。
敬称もつけず、訂正しても変えず、彼はあの夜のデュエル以降も変わらない。
調子が狂う。
思わず舌打ちしたことを自分の反抗への苛立ちだと受け取ったらしく、僅かに身構えた飛鳥を鼻で笑った。
「ふん、言っただろう?貴様に拒否権はないと」
再び彼の手が【サファイアドラゴン】を持つ。
明らかに動揺した飛鳥に、万丈目は思った通りだとほくそ笑んだ。
「だがここはデュエルアカデミア。デュエルで決めようじゃないか」
「…デュエルで?」
「あぁ、俺が勝ったら名前と隠す訳を聞かせてもらう。俺が負けたら…まぁ、好きにしろ」
デュエルディスクを構えた万丈目は、何も持っていない飛鳥に持ってきておいたもう一つのディスクと【サファイアドラゴン】を投げ渡す。
それを受け取り、どうしてとカードと万丈目を見比べる彼女だったが、やがてホルダーからデッキを取り出し、【サファイアドラゴン】を加えてセットした。
「…ありがとう」
「貴様のだという保証はないが、昨日立ち去った後にそれを見つけた。十中八九貴様のだろう」
初めからこれくらい素直なら可愛げがあるのだがな。
別に目の前の女に可愛げを感じたところで何がどうなるわけでもないが、珍しくしおらしい態度にそう感じる。
やがて覚悟を決めたとこちらを見返したその瞳はデュエリストらしく鋭い。
なかなかに楽しめそうだと内心笑みを浮かべた万丈目は高らかに宣言する。
「「
SAOTOME VS MANJOUME
LP 4000
第二話の後書きで、次回飛鳥がデュエル!!とか言っておきながら宣言しただけで終わってしまいました。
楽しみにして下さった方、申し訳ありません。
思ったよりデュエル前の諸々が長引いてしまいまして、話の流れ上ここで区切ることに致しました。
未だに一話に何文字くらい書くのが普通なのかわからない状況なので、読んでくださっている方の中には短いと感じている方もいらっしゃるかもしれませんが、ご了承下さい。
次回は否が応でもデュエルです。
熱いデュエル展開を書けるように、頑張ります。