ソリッドビジョンが消え、二人のモンスターは消えていなくなる。
敗北したことに悔しさを感じつつも、久し振りに楽しくデュエルが出来た気がして飛鳥は自然と微笑んでいた。
ターン数にしてみればわずか八ターン。それで全てが決してしまったことは自分の鍛錬不足に他ならない。
でも。
自分なりに全力を出してぶつかったデュエルだと、言いきる自信はあった。
万丈目としてはきっと【炎獄魔人】で決めるつもりだったのだろうし、そこを倒して彼の驚愕の表情が見れたことは大きい。
一方の勝者である万丈目は何かを考えているようにしばらく遠くを見つめていたが、やがて飛鳥に近づいていく。
「さて、話してもらうぞ。貴様の名前と諸々の訳を」
「その二つは似て非なるものというか…名前をいえばわかるというかなんだけど…」
「ぐだぐだ言うな、いいから名乗れ」
口ごもる飛鳥を急かす万丈目。
やがて仕方なしとため息をついた彼女は、珍しく万丈目を直視するようなことをせずに小声で言葉を発する。
「……飛鳥」
「は?」
「〜〜っ、だから!私の名前は早乙女飛鳥だって言ってんの!!」
結局聞き取ってくれない万丈目に苛立って大声で名乗ってしまった。 のだが。やがて我に帰るとハッと口を押さえてしゃがみ込む。
そんな反応をされるとは思わなかった万丈目は慌ててすぐそばまで寄ると、飛鳥は顔を赤くして俯いていた。
こんな大声で名乗るつもりは欠片もなかったのだ。
周囲に人がいないから良かったものの、これが校舎内とかだったらと思うとゾッとする。
今までひた隠しにしてきた分、改めて名前を告げることに飛鳥は大きな抵抗感を覚えた。
だからこそ小声で話したのだがこのザマだ。
今、彼女が穴があったら入りたいと思うこともまぁ無理もないといえば無理もない。
「…私、なんかただのバカだ…」
「……なんか、すまん」
「っ?!ま、万丈目が謝った…?!」
「人が珍しく優しくしてやったと思えばこれか、貴様」
「……ごめん、意外だった」
しおらしくしていても生意気な口は変わらないようだ。
彼女を一瞬でも哀れに思った自分が馬鹿だったとこめかみをひくつかせる万丈目だったが、一応飛鳥が言い淀んでいた理由はわかった。
「天上院くんか、訳は」
「……あの人っていうか、私が勝手に卑屈になってるだけなんだけど。天上院さんは中等部からの持ち上がりだから、大抵の人は彼女のことを知ってる。私が入学したときにはこの学園の、この学年の“アスカ”は天上院さんで決まってて、私が入る余地なんてなかった。だから、呼ばれない名前なら名乗らない方が良いなって…思っただけ」
なんで私この人にこんなこと話してるんだろう。自分の中の誰かが、万丈目なんかに話したって解決するはずがないと訴える。出会いがアレで、流れでデュエルをしただけの、よく分からない関係のこの人に。今まで誰にも話していなかったこの思いを伝えてどうするのかと。
それでも、本当は誰かに聞いてほしかったのかもしれない。話をやめようとは思えなかった。
むしろ話された万丈目の方が困っているかもしれない。突然こんなどうでもいい人間の悩みを吐露されて、さぞかし反応し辛いだろう。一通り言ってしまってからその事に気付いた飛鳥は自分を見下ろしているだろう相手に誤魔化そうと口を開く。
ごめん、気にしないで。その程度のことだから。
そう、口を開こうとした。
「飛鳥」
「……………え?」
頭上から降ってきた言葉は、聞きなれた名前。
誰も呼んでくれることがないと思っていた、私の名前。
「…どうして…」
「ふん、誰も呼ぶ奴がいないなら俺一人くらい呼んでやっても良いと思っただけだ」
見上げるとそこには、決して侮蔑の視線ではない万丈目の瞳。
寧ろどこか優しいものにも感じられる。
腕を掴まれて強引に立ち上がらせられた飛鳥は、思い切り彼に背を叩かれ声を上げた。
「いたっ!!」
「胸を張れ、飛鳥。名が同じだろうが関係ないだろう、お前はお前だ。何を卑屈になる理由がある」
「…万丈目…」
「お前と天上院くんは違う。皆だってそれは分かっている。あとはお前自身がどう動くかで決まるんだぞ」
受身になるな。そう万丈目は言った。
名を呼んで欲しければ、自分の存在を覚えて欲しければ、まずお前自身が行動しろと。
「話しかけられることを待ってるだけでは一生そのままだ。あがいてみせろ、さっきのデュエルのように」
「…なに、励まし?天下の万丈目が」
「万丈目“さん”だ。…たまには悪くないだろう、こんな気まぐれも」
初めが最悪の印象だっただけにこう励まされると不思議な気分だ。どこかむず痒くて、相手を直視できない。
万丈目も同じことを思っているのだろうか、最後に言葉を付け足したときの彼の耳はやや赤い。
「だが!!勘違いするなよ、お前の名前を呼んでやるのは期限つきだからな!」
「…は?」
「俺が天上院くんのことを名前で呼べるようになるまでだ、その時までにお前は他の奴に名前で呼んでもらえるように努力しろ!」
「……はぁ」
照れ隠しか本気でそう思っているかは分からないがなんだか勢いに押されて飛鳥はこくこくと頷く。
それでよし、と満足げな彼の笑みは嘲笑ではなく仕方ない奴とでもいいそうな、温かい笑み。
この人、こんな顔もできるんだ。
「……なんだ、どうした?」
「いや…それなら私は一生万丈目に名前で呼んでもらえるなって」
「どういう意味だ」
「ううん、こっちの話」
その顔の方が格好いいよ、なんて言えなくて。
飛鳥は適当な言葉で万丈目をからかい、そして笑うのだった。
***
万丈目準は自室に戻ってきた。
特に誰に何かを告げるわけでもなくフラリと出て行った自分に、どこに行っていたのかをやたら追求してきた慕谷らから逃れてきた彼は相当疲弊しており、無造作に上着を脱ぎ捨てるとそのままベッドに腰掛け、倒れる。
「…何をやってるんだ、俺は」
万丈目準。
それは万丈目一族に名を連ねる三男の名。
そしていずれデュエル界の頂点に立つ男の名。
全てのものを踏み台にして上り詰めて、やがて万丈目の名を世界に轟かせる。
それが彼に与えられた使命であり、為さねばならぬ義務。
弱者に情けをかける暇などない。
敗者に同情する理由などない。
はずなのに。
「…早乙女飛鳥、か」
臆せず自分に歯向かってきた女。
媚を売るでも陰口を言うでもない。
ただハッキリと物を言う女。
"いや、それなら私は一生万丈目に名前で呼んでもらえるなって"
「……ちっ」
それが良いとは言わない。
なぜなら今もそれが万丈目を苛立たせているからだ。
まさかこの俺が一生天上院くんを名前で呼べないと思っているのかあいつは。
遠回しに自分が恋愛下手だと言われていることは分かっているらしく万丈目は思い出しただけで眉間にしわを寄せる。
そんな女をなぜ名前で呼んでしまったのか。
理由は万丈目自身、何となくだが分かっていた。
「…らしくないな」
越えることの出来ない強大な壁。
そんな遥か高みの存在と常に比較され、その度に同等のものを差し出せない自分に人は呆れた。
応えられない自分が憎くて、何も考えずに要求してくる人間に腹が立って。
そうして何も行動できなかった自分と、早乙女飛鳥を重ねていた。
一人で抱え込む苦しさを知っていたから。
気付けばその名を呼んでいた。
「…まぁ、良いか」
飛鳥とのデュエルで少し心が緩んでしまったようだ。
こんな関係を誰かと築くのも悪くないように思えた。
この程度の馴れ合いならいつでも切れる。
少しくらい飛鳥の面倒を見てやるのもいいかもしれない。そう自分に理由をつけて。
万丈目はやがて押し寄せてきた眠気に身を任せることにした。
二話同時投稿です。
万丈目とのデュエル、そして学園で初めて名を呼んでくれる人が出来ました。
彼は私の中ではなんだかんだ言って面倒見の良い人です。見るからに落ち込んでる人を放っておけないと思っています。
よってこの作品での万丈目はオカン寄りです←
そして、タグを一つ追加致しました。
このタグはおそらくここで遊戯王小説を読む方の中で賛否が分かれるものだと思います。
すっかりつけるのを忘れていたこと、申し訳ありません。
この話の中で飛鳥の人間関係は大切なキーポイントの一つです。
それは友情だけではないので、恋愛要素を結構ガッツリと入ってしまいます。
苦手な方はここで読むことをやめることをお勧めします。
次回はデュエル前にほんの少しだけ絡んだ彼との話です。