探せ、パーソナリティー   作:卯月極夜

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第七話 それがなんだよ

「おっ、見つけたぜ!」

「……?」

「お前だよ、お前!昨日はサンキューな!!」

 

 

万丈目とデュエルをした次の日。

授業を終え、昼食を買いに行こうと立ち上がりかけた飛鳥を視界に捉えた瞬間、遊城十代は走り出して彼女に声をかける。

自分のことだと思っていなかったらしい相手は目をパチクリさせていたが、"昨日"という言葉で何を言いたいかは理解できたようだ。そんなことわざわざ良いのに、と苦笑する。

 

 

「お前が【クレイマン】を渡してくれなかったら昨日のデュエル勝てなかったからさ!ほんと助かったぜ」

「デュエルしたの?女子寮で?」

「おう、ちょっと明日香とな」

 

 

昨日自分をワクワクさせてくれた凜とした美少女の名を告げると、ほんの僅かに相手は瞳を曇らせる。

対する飛鳥は天上院明日香という言葉にこうも反応してしまう自分が嫌だった。怖がって、避けて通ろうとしている。昨日万丈目にも逃げるなと言われたのに。

 

 

「俺たちこれから購買いくんだけど、お前は?」

「私もそのつもり」

「じゃあ一緒に行こうぜ」

 

 

十代の誘いを断る理由はなかった。

了承の意を示すと彼は親指を上に向けてOKのサインをし、少し離れた場所にいる彼の友人に声をかける。

呼ばれた方も十代の存在に気付くと、既に行き先を知っているのだろう、こちらに来るのではなく出入り口に向かった。

 

 

「ったく、翔のヤツ張り切りやがって…」

「どうかしたの?」

「ドローパンで黄金のタマゴパンを引きたいんだとさ。ま、引くのは俺だけど!」

 

 

にししと得意げに笑う彼の自信はどこから来ているのか。

足取り軽やかに購買へと行く十代を、肩をすくめながらも飛鳥は追いかけた。

 

 

 

昼の購買はとにかく混んでいる。

普段ももちろんだが、新発売のカードパックがある日の昼などは地獄絵図だ。しかし昼食の確保や、新たなカードの獲得のために彼らはその戦場を生き抜かなければならない。

 

今日はカードパックの販売がないからそこまで酷い状況ではないが、混んでいることに変わりない。

思わず気後れする飛鳥だったが、気合い十分に腕を回しながらその人ごみの中に入っていく十代を見て冷や汗を流しつつ後を追う。

見失わないように必死に人の間をかいくぐるものの女子の力では男子を押しのけることもまた難しい。

 

このままでは見失いそうだ。

そう思いながら手を伸ばすと、そんな自分に気付いた十代が戻ってきてその手を掴み返してくれた。

 

 

「悪りぃ悪りぃ、早かったか?」

「…うん、ちょっと。ありがとう、気付いてくれて」

「へへっ、相棒が教えてくれたのさ」

「相棒?」

 

 

誰かが十代に自分の存在を伝えたというのか。

 

どこかを見ながら嬉しそうに笑う十代を首を傾げて見る飛鳥だが、目的地に到着したことで自然と会話は途切れる。

たくさんのドローパンで埋め尽くされたカゴ。そこには既に来ていた翔の姿もあり、皆真剣な瞳でパンを選んでいた。

 

 

「お前はあるのか?黄金のタマゴパン取ったこと」

「ううん、ない。いつも来る頃には取られちゃってるんだよね」

「それ、多分アニキっすよ?ここ最近毎日引いてるもん」

「えっ」

 

鼻歌交じりにドローパンを漁る十代を思わず驚愕の眼差しで見つめる。黄金のタマゴパンといえば購買の名物パンの一つだ。一日に一つしか産まないとされる黄金の卵をサンドした幻のパン。つまりこの大量のパンの中に一つしかない代物。

 

それを毎日当てるとは。

遊城十代恐るべし。

 

解説している翔はというと、黄金のタマゴパンは当てられなかったものの好みの具のパンを当てたらしく、そこそこ満足そうな顔で頬張っている。

 

自分も引いてしまおうとカゴに手を入れ、適当に手に当たったものを掴んで取り出してみた。

外見は中身が見えないようにしっかりと包装されているから、そこだけで判断することは不可能。匂いもわからないのだからその徹底ぶりが伺える。

 

 

「きたーーーーっ!!」

「うわっ、何?!」

「当てたぜ今日も!黄金のタマゴパンいっただきぃ!」

 

 

切り口に指をかけたその時、真横で歓喜の叫びが上がる。

不満と共に見やれば、いつの間にパンを決めていたのか袋を開けていた十代がパンを開いて具を確認していた。

飛鳥と翔が横から覗き込むと、パンに挟まっているのは確かに。

 

 

「黄金の卵っすね…」

「すごい、本当に光ってるんだ…」

 

 

見ただけでその美味しさが伝わってくる、神々しいまでの輝きを放つ珠玉の卵を挟んだパン。

思わず見入ってしまう飛鳥だったが、十代がそのまま口に運ばず差し出してきたのを見て視線を十代に移す。意味がわからないと言いたげなその顔に、当の十代は意味深に笑う。

 

 

「やるよ、そのパン。食ったことないんだろ?美味いんだぜ、これ!」

「……へ?良いの?」

「おう、カードのお礼だ」

 

 

遊城十代にとってカードは仲間だ。

信じれば必ず応えてくれる、最高の友。それを落とすなんて考えたくもなかったことを早々に仕出かした彼だったが、目の前の女生徒が拾って返してくれたことで事なきを得た。

それは十代にとって言わば行方不明だった子供が帰ってきた親のような気持ちで。

何かしらのお礼をしたいと思ったことが、そもそも今日飛鳥を探していた理由だった。

 

 

「…ありがとう、じゃあこっちのパンあげるよ」

「お、サンキュー!中身見たか?」

「ううん、まだ」

 

 

貰うだけは申し訳ないと開ける一歩手前だったドローパンを渡すと、彼は勢いよくそのパンにかじりつく。

何が入っているだろうか、十代の表情の変化を見落とさないようにじっと見つめる飛鳥。やたら見られることに気恥ずかしさを感じる十代。その二人を何となく眺める翔。

 

やがて表情一つ変えずに咀嚼していたものを飲み込んだ十代に飛鳥は恐る恐る問いかける。

 

 

「具、何だった…?」

「アニキは嫌いなもの無いっすからあんまり不安がること無いと思うけど…ねぇ、アニキ?」

 

 

万が一嫌いな具のパンだったらどうしようとか脳内を駆け巡るのは悪い予感ばかり。それを察したのか翔のフォローが入るが、当の十代は表情を和らげるでもなく、歪めるでもなく、無表情のまま。

翔さえも心配になったその時。

 

 

「…普通のタマゴパン、だな」

「「は?」」

 

 

思ったよりあっけらかんとした十代の声色と言葉に、思わず飛鳥と翔の口から間の抜けた声が漏れる。

ほら、と中身を見せてきた彼のパンを見ると、なるほどそこにあるのは確かに普通の卵だった。

 

 

「……面白みゼロだね」

 

 

この結果に飛鳥は愕然とする。

十代のように黄金のタマゴパンとまではいかなくても、デュエルアカデミアの購買のパンは不思議で面白い具がたくさんある。

なのに、自分が引いたのは何の面白みもない“普通の”タマゴパン。

 

つくづく自分という人間は一般的なのだと思い知らされる。

 

というか黄金のタマゴパンをくれた相手に返すパンが普通のタマゴパンではあまりに釣り合いが取れない。

 

 

「ごめんね、遊城くん。お返しが普通のパンで」

「くっくっく…」

「……遊城くん?」

 

 

申し訳がなくて目の前の青年に謝罪をするが、聞こえてくるのは笑い声。

 

 

「…アニキが壊れたッス…?」

 

 

翔のそんな失礼極まりない言葉にもつい頷いてしまいそうになるほどの彼の笑いに飛鳥も焦り始めると、唐突に十代は飛鳥の肩に手を置いた。

 

 

「お前、面白いな!」

「……へ?」

「気に入ったぜ!普通のタマゴパン引けるなんて奴なかなかいねぇよ!ははっ、黄金のタマゴパンを引く俺と普通のタマゴパンを引くお前って結構相性良くねぇ?」

 

 

純粋な笑みと好意を向けられて面食らう飛鳥。

引いたパンによる相性診断は正しいのか、とか十代が知らないだけで普通のタマゴパンくらい皆引いているんじゃないのか、とか言いたいことはたくさんあった。

 

しかし、そのいずれも発せられることはなくて。

 

 

「そう、かな…あははっ」

 

 

これもまた、遊城十代の為せる技だろうか。

あまりにも輝いた笑みと、自分を見てくれた喜びで飛鳥はつられて笑い出す。

 

屈託のない、単純明快な言葉が飛鳥の心を解す。

まだ互いのことも全く知らないのに、話した回数も数える程度なのに、彼女の中で十代の存在が大きくなる。

 

 

 

以前から十代の諦めない心や、真っ直ぐな性格に興味を抱き、憧れていた飛鳥はここで完全に気を緩めた。

 

 

 

「そうだ!俺、遊城十代。お前は?」

「飛鳥。早乙女飛鳥です」

 

 

 

それ故に、言うつもりのなかった言葉まで発してしまうこととなる。

 

 

 

「……“アスカ”?」

 

 

 

反芻した十代の声で飛鳥は己の失態に気付く。

先程までの楽しい気分は一瞬にして消え去り、背筋を冷たいものが走った。

はっと口を抑えても出てしまった言葉は消すことは出来ない。

 

 

「あああ違うの、遊城くん!気にしないで、私のことは」

「そっか!!よろしくな、飛鳥!!」

「早乙女で…え?」

 

 

そこから先は言葉にならなかった。

自分の前で美味しそうにパンを口に放り込む彼は何のためらいも無く名を呼んだ。その理由が分からなくて。

困った顔一つ見せなかったそれがあまりにも予想外の反応で。

 

やがて大きく目を見開いている飛鳥に気付いた十代は、これまたあっけらかんとした表情で問いかける。

 

 

「あ、もしかして名前で呼ばれるの嫌か?」

「ううん…嫌じゃないけど…だって君、天上院さんのことも」

「だからなんだよ。明日香は今関係ないさ、俺がお前のこと名前で呼びたくなったから呼ぶだけだ。……ま、お前らは紛らわしいかもしれないけどなっ」

 

 

天上院さんのことも名前で呼んでいるでしょう?

言いかけた言葉は力強く打ち消される。

今までずっと悩んでいたことを、いとも簡単に彼は否定した。

 

その笑顔がいつもより煌めいて見えた。

 

 

「……」

「飛鳥?どうした?」

「…私も、」

 

 

俯いて熱い何かが溢れださないように堪える。

それを心配から覗き込もうとする十代だったが、ぽつりと彼女がこぼした言葉で動きを止めた。

 

 

「私も、名前で呼んでほしい…」

「おう!よろしくな、飛鳥!!」

 

 

大人しげな印象の少女。

万丈目と違い、そこで即座に少女の抱く明日香への劣等感に気付くことのなかった十代だが、代わりに比べもしなかった。

飛鳥は飛鳥だと、初めから認識した。

 

それが、飛鳥の諦めていた願いを呼び起こす。

 

もし、許されるのなら。

隠し続けたその思いを震える声で告げると、やはり彼は笑って承諾してくれる。

 

それに応えて浮かべられた飛鳥の嬉しそうな微笑みが、ありがとうと告げているように見えた。

 

 

「こちらこそ、よろしくね…十代」

 

 

“遊城くん”から“十代”へ。

同時に飛鳥からの呼び方も変化したことに十代の気分は高揚した。

新たな友ができたことへの、そしていずれするだろう彼女とのデュエルへの期待。

やはりデュエルアカデミアは面白いところだと、逸る気持ちは止まりそうになかった。

 

 

 

 

***

 

 

「あの、早乙女さん」

 

あのまま十代は何やら叫んで外へと飛び出した。

彼の奇想天外な行動にはこれから振り回されそうだと苦笑いの飛鳥だが、後ろからかけられた声で意識が彼から離れる。

 

彼女を呼んだのは一緒にいたのに先程まで蚊帳の外だった丸藤翔だった。

 

その呼び方に飛鳥は少し冷静になる。

十代が何のためらいもせずに名前を呼んで、万丈目もなんだかんだで呼んでくれるから忘れかけていたが、本来知り合いで名前が被っていたら普通は呼ばない。

 

このまま皆が私の名を呼んでくれるくらいに楽観的になりかけていた単純な自分に呆れてしまう。

 

 

「どうしたの?」

「いや、あの…アニキはああ言ってたけどボクはやっぱり混乱は避けた方が良いと思って…」

 

 

これが当然の反応だ。

飛鳥も不快には思わない。ただ残念に感じるだけ。

そもそも彼を糾弾する権利など彼女は持ち合わせていなかった。

翔は何も悪くないのだから。

 

 

「君のこと、飛鳥“ちゃん”って呼びたいんだけど、良いかな!?」

 

 

と、思いきや。

彼もまた飛鳥の予想の斜め上を行った。同じ名前なら区別をつければいい。そんな単純かつ明瞭なやり方で。

 

目の前の少年は不安げな表情で飛鳥を見つめる。

 

そんな彼に、飛鳥は静かに手を差し出した。

 

 

「…え?」

「もちろん。そう呼んでくれると嬉しいな…翔くん」

 

 

じんわりと、飛鳥の心が温かくなる。

今まで逃げてきた自分に、否定されるのを恐れた自分にこうして手を差し伸べてくれる人がいた。

 

それがただ嬉しくて。

 

 

「…うんっ!!」

 

 

握り返してくれた翔の手もやはり温かくて。

 

もう一口頬張った黄金のタマゴパンは、より一層美味しく感じられた。

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