メガドル in the PERSONA4   作:ケモミミ愛好家の氷雪王

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『プロローグ』 メガドルの来訪

 

「はあ…」

 

 一人電車に揺られながら、何気なしに溜め息を吐く眼鏡を掛けた少女。彼女は今、憂鬱な気分になっていた。周りには知り合いと呼べる人間は居らず、むしろ車両内に居る乗客は彼女ただ一人。まだ陽は高いというのに、彼女以外の乗客がほとんど乗っていないこの電車だが、それにはワケがあった。

 

『間もなく八十稲葉~、八十稲葉に到着致します。お降りの際は足下にお気をつけてお降りください』

 

 電車の車掌特有の台詞回しが少女の耳へと入ってくる。そう、電車は彼女の目的地である、『八十稲葉』に到着しようとしていた。

 

 そして、その八十稲葉こそが、乗客が少ない理由でもあったのだ。いわゆる、田舎の街である稲葉市にある八十稲葉という土地の駅。そこで降りる乗客など、ほとんど居ない。現在は少女しか見えないが、さっきまではまだちらほらと他の乗客が散見出来た。そのほぼ全てが、八十稲葉の前にある『沖奈駅』で降りてしまっていたため、彼女のみが残る事となったのである。

 

 稲葉線というローカル線を使う者自体が少ない上に、焼き物程度しか特徴のない田舎街。ゆえに八十稲葉に来る人はほとんど居ないのだ。それこそ、彼女のように何か目的が有る訳でもない限りは。

 そんな彼女も、憂鬱ではあったが……。

 

 

 

 アナウンスから間もなく、電車は八十稲葉駅へと到着する。少女は荷物のたっぷり詰まった旅行カバンを手に、八十稲葉の街へと降り立った。何もない、けれど、“何もない”が有ると言えるだろうか、そんな光景が目に入り、また、田舎特有の土の臭いが少女の鼻腔へスッと入ってくる。

 

 本当に田舎、それ以外の表現の仕様が無いくらい、田舎。そんな街が、彼女の第二の故郷でもあった。

 

「うわぁ……久しぶりだけど、全然何も変わってない」

 

 駅の改札を抜けて、キョロキョロと周囲を見渡してみるが、幼い頃に来た時と、ほとんど変化が見られない。あるとすれば、自販機が増えた、もしくは配置場所が変わったといったところだろうか。

 

「えっと地図地図……」

 

 久しぶり過ぎるがゆえに、彼女はここの地理に関してはあまり自信が無い。なので、ここへ来る前に買っておいた地図をカバンの中からゴソゴソと探り当てる。

 

「えー…ここが今居る八十稲葉駅で、お爺ちゃんの家は……ここだ」

 

 些か、徒歩で向かうには距離のある祖父母の家。祖父母共に車には乗れるものの、一台しかない車を二週間前から修理に出しているそうで、自力で向かうしかなかった。

祖父母の家があるのは『八十神高校』のすぐ近く。そこまでなら、ここからでもバスを乗り継いでいけば簡単に行ける……のを駅にあったバス路線図から読み取った少女は、二時間に一本程度のバスを待つ事にした。ちょうど頃合い良く、あと十数分程でバスが来るからだ。地図が有るといっても、下手に歩いて迷子になる可能性もあり、それは避けたかったという意図もある。

 

 少女はバス停の青いベンチに腰掛け、眼鏡を手に取る。つい最近新調したばかりの、ぴかぴかと光を反射して光沢を放つ、シルバーカラーを基本とした眼鏡。

 彼女にとって眼鏡はトレードマークであると同時に、特別な存在である。眼鏡は彼女のアイデンティティ、もしくは眼鏡そのものが本体で、そこに彼女自身が付属品として存在していると考えるくらいには、特別な存在だった。

 眼鏡への異常な執着、愛情、信仰……それらが、彼女を彼女たらしめているのである。眼鏡無くして彼女を語れない、と言うキャッチフレーズが界隈に存在している程に。

 

 界隈とキャッチフレーズという言葉から連想されるのは、いわゆる『そっちの世界』であろうか。誰からもとは言い過ぎではあるけれど、日本でも有名人の部類に入るであろう彼女。学生でありながら、既に社会の一員として職にも就く彼女。その職とはずばり『アイドル』。

 

 少女の名は、『上条春菜』。高校三年生にして、眼鏡アイドル、通称『メガドル』として異彩を放ちアイドル業界を駆け抜ける偶像が一人。煌めく舞台でスポットライトを浴びて、ステージを披露する『シンデレラガールズ』の一員。それが彼女だった。

 

 

 そんな彼女が何故、この田舎街へとやってきたのか。アイドル業界は忙しいもので、暇を見つける事すら難しいはずであるのに、どうして?

 その理由は追々語る事にしよう。何故なら、もうバスが見えてきたから。

 

「おっ…バスが来たかな…っと」

 

 眼鏡磨きを終え、再び眼鏡を掛け直す春菜。手早く眼鏡拭きをカバンに仕舞うと、少々重い旅行カバンを手に取りベンチから立ち上がる。中身は着替え一式と歯ブラシなどの日用品、そしてコレクションの眼鏡が半分を占めていた。

 何故重いのか言えば、眼鏡磨き用の専用クリームや艶出しクリームの為だ。眼鏡用品だけで、総計5キロはあった。

 それだけで、彼女の眼鏡愛というものが分かるというもの。メガドルとして活躍する彼女だが、もう一つ、通称が存在する。

 

『メガネキチ』。良い意味でも悪い意味でも、彼女の性質が明らかであるその通称。しかし、彼女はその呼び名を知らない。彼女の仲間達が、春菜の耳に入る事を防いでいたからというのもあるが、最初に始まった『メガドル』の方が、名前としては大きすぎたというのもあったのだ。

 

 今度はバスに揺られて、春菜は八十神高校前のバス停を目指す。

 

 そして、ここに今、眼鏡をこよなく愛する彼女に数奇な運命が、この変哲もない田舎街で巻き起ころうとしている事を、彼女はまだ知らない。

 様々な出会いと別れが待ち受けているという事を、まだ、知らないのである。

 

 

 

 


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