魔法のリップクリーム   作:Z-Laugh

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pixivで既に発表させていただいている作品をアップしました。お時間が許せばお読みください。


第一話

 昔々、ある所に少々言葉遣いが乱暴で態度がデカいお姫様がおりました。家臣は勿論、城に出入りする商人達に我儘を言い挙句の果てに王様である父親と女王様の母親にも歯に衣着せぬ物言いをしまくっていました。

「アンタ経費使い過ぎ!いい加減にしないと自腹でやって貰うし」

「もうちょっとマシなモン売りに来てって言ったっしょ」

「お父様、お母様、パンの代わりにお菓子を食べるのやめてくれる。太っちゃうし」

 しかし、こんな悪態をつかれている王様をはじめとする人達は決して、このお姫様の事が嫌いではありませんでした。その理由はこのお姫様がただのいじわるなお姫様ではない事を知っていたからです。

「じい、優美子は?」

「はい陛下、いつもの通りでございます」

「そうか、いつも通りか。うむ、それは何よりだ」

「今日もこれからいつも通り“こっそりお忍び”で城下町にお出掛けの予定でございます」

「あなた、少しは優美子の城下町遊びを止めて下さらないと先々困った事になりますわよ」

「何を言っている。自ら進んで国の事を知ろうとするあの子を止める理由など無いであろう」

「それはそうですが・・・」

「お妃様、姫様が城下町を出歩く様になってから城中はとても活気づいております」

「じい、それはどういう事ですか?」

「姫が城下町で体験してきた事を城中で包み隠さずに仰るせいで旧態依然とした部署の連中が尻を叩かれながら行政の改革を始めており、若い貴族達が新たな試みをするきっかけになっております」

「それで良いのじゃ。ワシが言ったのではただの命令になってしまって、その場限りとなってしまうが自ら動けば常に考え続け、この国を良い方向へと進化させていくに違いない」

「しかし、あれでは縁談をまとめる事も出来ませんわ」

「確かに十七歳ともなれば、そろそろ良い嫁ぎ先を探してやらねばならぬ年頃ではあるが今暫くはあの子の好きにさせてみようではないか」

「それはあなたがあの子を手元に置いておきたいだけでございましょう」

「う!そ、それは・・・」

「お妃様、僭越ながら私も陛下のお考えに賛同させていただきます。姫様は今の生活がとても楽しく充実していらっしゃるご様子。何卒、今暫くのご猶予をお与えになっては如何でございましょう」

「全く・・・じいはいつも陛下の肩を持つのですね。困った大臣だわ、今度優美子に注意させなければいけませんわね」

「いやいや、お妃様。それは何卒ご容赦を」

「じい、余の為にその首を優美子の前に差し出すとは見上げた心掛けだ。家臣の鏡じゃな」

「陛下!姫様の流行り言葉交じりの話を聞くのが大変である事はご存じでございましょう。何度も聞き返したりすると忽ち不機嫌になってしまわれるのです。あれを聞かされるのならば自ら行政改革の陣頭指揮をしていた方がマシでございます」

「何を言っておるのじゃ。それを含めて優美子と話すのが楽しみなクセに」

「い、いや、決してその様な事は。ただ私はご幼少の頃より存じ上げております姫様が心配なだけで・・・」

「優美子はじいの様な人間がそばにいて幸せ者ですわ。これからも優美子の事をよろしくお願いしますね」

「ははっ!身命に賭けて」

 両親と側近の大臣がそんな話をしているとは露とも知らずにお姫様は城下町に出掛ける準備を始めます。いかにも平民の娘に見える様な所々ほつれた安物の服とサンダルを持って両親と側近の大臣の内緒の計らいで“今は使われていない事になっている”城門近くの部屋に行くと周囲に誰もいない事を確認して豪華なドレスを脱いで手に持っていた安物に着替え、サンダルを履きます。履いていたハイヒールは揃えて置き脱いだドレスをキチンとたたむとその上に頭の上から外したティアラを乗せイヤリングや指輪などの装飾品の類を全部外すと大袈裟に頭を振って敢えて髪を乱すお姫様。部屋にある鏡を見て街を歩くに不自然ではない格好になった事を確認すると再び周囲を見回して誰もいない事を確認してから一気に城門を駆け抜け城の外へと出掛けて行きました・・・大勢の家来がお姫様の目に触れない様に無理な姿勢で柱の陰や窓枠の脇や植え込みの下などの色々な場所に隠れながら見ている事を知らずに。

 

 そうしてお姫様が城門を出ると隠れていた家来のうち2人の若い男がお姫様に気付かれない様に平民の服を着てこっそりと後をつけていきます。

「やれやれ、姫様の城下町めぐりもこう毎日では体が持たんな」

「そんな事を言うもんじゃないよ、材木座君。これはれっきとした大臣の命令のお役目だし、そのお役目のついでに色々買い食いや買い物が出来たりするんだしさ」

「戸塚氏は見かけと違ってタフだな。我よりもこういう事に向いておるのかもしれんな」

「そんな事ないよ。そんな大きな体で追跡しているのに姫様に全く気付かれないんだから大したモンだと思うよ」

「それは我に存在感がないと揶揄しておるのか、ああ、やはり城の兵士などより吟遊詩人になっておればよかった」

「また始まった・・・ほら姫様を見失っちゃうよ」

 そうして平民のふりをしたお姫様と・・・少し遅れてお城の家来2人は城下町のとあるカフェに入っていきました。結構混み合うカフェの中でお姫様は店員の案内無しで勝手にカウンターの端の席を陣取るとカウンターの中にいる看板娘に注文ついでの挨拶をしました。

「結衣、あーしカフェオレね」

「了解、優美子」

 カフェの看板娘の結衣という娘。お姫様と同じ年で近所では評判の胸のデカい可愛い看板娘なのですが時たまやってくる質の悪い客に絡まれているところをお姫様が大きな声で注意し店中の注目を集めたおかげで悪い客は退散し、結衣は事無きを得て、それ以来2人は意気投合して友達付き合いをしているのです。

「優美子、今日は遅かったね」

「うん、ちょっと家を出るのに手間取っちゃってさ」

「え~と、たしか優美子のお父さんって牧場やってるんだよね」

「う、うん。いろんな動物飼ってるんだ。牛もいれば豚もいるし羊だっているよ。ああ狐や狸みたいのもいるしカラスっぽいのもいるな~」

「・・・それって本当の牧場なの?」

「うん、みんなが力を合わせて色々やってくれてるんだ」

「ふ~ん、一度見てみたいな。今度、遊びに行っていい」

「あ、それはちょっと・・・結構人見知りする連中だからさ」

「そっか~、動物を驚かすのは可哀そうだもんね」

「うん、だから遊びに来るのは無しって事でカンベンね」

「わかった。あ!ちょっと待ってて」

 結衣はお姫様にカフェオレを出すと急々と新たに店に入って来た男性2人に声を掛ける

「いらっしゃいませ」

「うむ、2人なのだが席はあるか?」

「それでしたら奥の四人掛けのテーブル席を使っていいですよ。お二人はお得意さんですから特別ですよ」

「ここのコーヒーとミートパイは格別だからな。ついつい寄ってしまうのだ」

「僕はこの店のプディングが好きだよ。甘味が優しくてとっても美味しいんだもん」

「う~ん、お父さんもお母さんもいい加減私にも料理をさせてくれないかな。なんか料理を運ぶだけって空しいんだよね」

「そ、それは・・・以前お主の作ったシチューから異臭がして店の客が全員逃げ出したのを忘れた訳ではあるまい。もう少し鍛錬を重ねてからでいいのではないか」

「そんなに酷かったかな。ヒッキーはちゃんと食べてくれたのに・・・」

「え!あれを食べた人がいるの?」

「彩ちゃん、その言い方酷くない」

「いや、だって・・・アレはいくら何でも無理でしょ」

「そんな事ないよ。ちゃんと残さずに食べてくれて“次はちゃんと教わりながら作れ”って言ってくれたよ」

「むむむ、恐ろしい奴。城内にも見かけん程の強者か曲者であるな」

「僕だったら一口でノックアウトだよ。一度会ってみたいな、その人」

「なんか複雑な気分だけど・・・店で一緒になったら紹介してあげるよ」

「うむ!よろしく頼む。それほどの強者、野に置くには余りに惜しい」

「じゃあ、結衣さん。コーヒーとミートパイとプディングをお願い」

「は~い、座って待っててね」

 実は結衣はこの2人の事をただのお客さんだとは思っていませんでした。最初はよく来てくれる人達という認識しかなかったのですが何度となく来店して貰っている内にお姫様が来た時にだけ来店している事に気付いたのです。もちろん結衣は優美子がお姫様である事を知りません。だからこの2人が護衛の家来だなんて思いもしません。しかし友達の優美子にこれ程くっついて来るのは何か理由があっての事なのだろうと事情は聞かずに一定の距離を保つ感じで店のお得意さんとして2人を見てました。

「ねえ、結衣」

「なに?優美子」

「この間、結衣が作ったシチューを一皿全部食べたやつがいるの?」

「うん、近所で鍛冶屋をやっている同じ年の人だよ」

「鍛冶屋か・・・なるほど辛抱強そうな仕事をしている人だもんな~」

「何が言いたいのかな?優美子は」

「だって、アレって凄い匂いだったじゃん。匂いだけであんなだったのに、それを口に入れるなんて考えられないし」

「もう、優美子までそんなこと言うの」

「だって、しょうがないじゃん。それくらい強烈だったんだからさ」

「いいもん・・・ヒッキーは食べてくれたんだし・・・」

「結衣、あんたひょっとして・・・その男の事が?」

「え!違う違う!全然違う!そんな訳ないって。私ヒッキーの事なんか全然考えないし、毎日ごはんを作ってあげたいなとか、毎日お話ししたいなとかは全然考えてないから」///

「そんな赤い顔してそんなこと言ったらバレバレだっつーの」

「う!」///

「まあ好きな男を落とすのには手料理が定番だけどさ、結衣の場合それはナシだと思う」

「・・・じゃあ、どうすればいいの。優美子に何かアイデアでもあるの?」

 結衣がカフェの看板娘らしからぬふくれ面でお姫様を見ると

「そ、それは・・・」

「料理以外に何かいい方法があれば私だってそれをしてるよ。他にアイデアが無いから出来もしない手料理に挑戦したんじゃんか」

 さて、お姫様は困りました。せっかく城の外に出来た友達が好きの男性にその気持ちを伝えられず困っているというのに相談に乗ってあげられないのです。それもその筈、なにしろお姫様はまだ恋をした事が無いからです。本や芝居などで切ない恋心を扱った物は沢山見てきたお姫様ですが実体験がない以上、友達の悩みを解決する事が出来ないのです。

「あ~あ、なんかいい方法ないかな~」

 いつも明るい笑顔のカフェの看板娘がタメ息交じりにそう言って表情を暗くします。それを見たお姫様は自分の事の様に辛く感じながら

「ねえ結衣、明日まで待ってくれない?」

「え、何を?」

「相手の男に気持ちを伝える方法!家に帰って牧場で働いている人達や近所の人達に何か、いいアイデアはないか聞いてみっからさ」

「そんなこと聞けるの」

「大丈夫っしょ!この優美子様にマッカセナサ~イ」

「ふふ、ありがとうね優美子。じゃあ当てにしちゃうから明日また店に来ていいアイデアがあったら教えてよ」

 そうしてお姫様はカフェオレを飲み干すと店を出てお城へ大急ぎで戻りますが、その道中一体誰に相談すればいいアイデアやアドバイスをして貰えるかを考え始めました。最初お姫様の頭に浮かんだのは両親である国王と王妃の2人でしたが、この2人はこの件では役に立たないとお姫様は判断しました。何故なら王族の結婚というのは個人の都合ではなく国や家の為の物で恋愛感情が絡みにくい政治手段の一つにすぎないからです。今でこそ仲の良い両親ではあるけど恋愛経験と言えるような付き合いだったのかは甚だ疑問だったのです。

 

 では側近の大臣はどうだろうか?彼なら人生経験も豊富だし良いアイデアやアドバイスをしてくれるのではないか?と考えたのですが、お姫様はやはり両親同様に役に立たないだろうと思ってしまいました。その理由はもしお姫様の口から“恋”とか“愛”などという言葉が飛び出せばお姫様に何かあったのではと両親以上に心配するのが火を見るよりも明らかだからです。それにまだ十七歳の女の子の恋愛相談を初老のオジサンが受けるというのも何か違和感がある様に思い取り敢えずこの3人への相談はナシだなとお姫様は考えを固めました。一方、考えながら城に戻るお姫様をこっそりつける家来2人は

「姫様がそんな相談に乗れるのかな?」

「只でさえ色恋沙汰というものは一筋縄では行かぬというのに姫様のような世間知らずがまともに相談に乗れるわけがないであろう」

「けど友達の事を思っての事でしょ。友達の役に立ちたいって気持ちには王族も平民も差は無いんじゃないかな」

「しかし姫様に任せておけば失敗は明らかであるぞ」

「じゃあ僕達もコッソリ姫様の友達の恋愛成就の手伝いをしようか」

「それがよかろう。姫様は女の視点で相談に乗るであろうから我らは男の目線で、というか結衣殿の想い人を突き止めて、その好みを探るというのはどうであろうか」

「うん!それがイイね。相手の好みを知っておくのも恋愛には大事だもんね」

「確か名前はヒッキーとか言っておったな」

「うん、それと鍛冶屋さんだとも言ってたよ」

「では戸塚氏は明日から結衣殿のカフェで張り込みをしてヒッキーなる男の正体を探って、我は引き続き姫様の護衛をする」

「わかった、じゃあ僕は城に戻らずにこれからもう一度カフェに行ってくるよ」

「我は大臣にこの事を報告しておく」

 

 さて、そうしてお城に戻ってきたお姫様は相談する相手が決まらないままに服を着替えて、私はこっそりお城を抜け出したりしてませんよ!といった感じの正に何食わぬ顔で城内を歩いていると

「あ!姫様、こんな所にいらっしゃったのですか。勉強の時間が過ぎておりますのでお部屋にお戻りください」

「うわ、静先生」

 相手がお姫様であるというにも拘らず、お姫様に静先生と呼ばれたこの女性はお姫様以上に力強い目力でお姫様を見つめ、全く揺るぎのない態度でお姫様に勉強をする様に言いました。

「うわ!じゃありません。私が予定していた勉強の計画はかなり遅れております。このままでは私は王様とお妃様に合わせる顔がございません」

「いいじゃん、ちょっとくらい。あーし今忙しいから」

「いいえ、何が何でも部屋に戻っていただきます。私は出来る事なら力づくというのは避けたいのです」

「ちょ、ちょっと静先生。先生の力づくは下手な兵士や騎士より強烈だからカンベンして」

「では一緒に来ていただけますね」

 静先生はお姫様の右手をつかむと言葉とは裏腹に力を込めてお姫様を部屋に連れて行こうとします。もちろんお姫様も為すがままになるつもりは無いのですが先生の力が余りに強くてロクに抵抗が出来ません。そこでお姫様は苦し紛れに

「そうだ、静先生って好きな男性が出来たら、どうやってその気持ちに気付て貰ったの?」

   

 ピク!

   

「・・・姫様・・・今、何と仰りましたか?」

「え、だから・・・」

「好きな男性が出来たらとかなんとか・・・それは私に聞いてらっしゃるのですか?」

 コメカミの血管を浮き上がらせながら静先生はお姫様をにらみつけます。その表情は厳しいというより、ただひたすら怖いだけのモノでお姫様は自分は今とんでもない失敗をしたことに気付きました。

(ヤバッ!静先生、アラサーなのにまだ独身だったっけ)

「なんですか姫様。その“ヤバッ!静先生、アラサーなのにまだ独身だったっけ”という表情は?」

「・・・そ、そんな、先生。私そんなこと考えていませんよ」

「姫様、私が姫様の教育係を始めて何年になるとお思いですか。姫様の考えている事など顔を見るだけで理解できます」

 目をすがめ、こぶしを握り、ゆっくりとお姫様に歩み寄る静先生。

「ちょ、ちょっと待って静先生。その拳はナイっっしょ」

「姫様の成長の為ならば少々の体罰はして構わぬと国王陛下、お妃様、そして大臣から許可はいただいておりますので、ご安心下さい」

「いや、静先生の場合“少々”じゃないっしょ!この間も兵士3人をアッと言う間にやっつけちゃったじゃん」

「そ、それは・・・あの男共が私をからかう為に3人で共謀して私をデートに誘おうとしたからです」

「え!?静先生をデートに誘うなんて兵士というより勇者ジャン」

「そ、そこまで言わなくてもいいではありませんか・・・」

 静先生は目に涙をためながらお姫様に抗議します。お姫様も

「あ、ゴメン言い過ぎた。そうだよね、静先生ならすぐイイ人が見つかるって」

「な、なんで、みんな口を揃えた様に同じこと言うのですか。すぐイイ人が見つかるとか、焦る必要は無いとか・・・私が実家に帰ると両親や親せきからどれほどのプレッシャーを受けているか姫様はご存じなのですか。準備しておいた花嫁衣装は刺しゅう模様をする場所がなくなってしまったとか、孫のための貯金を始めたとか、城内で姫様の教育係をしてて出会いはあるのかとか言われまくりなのですよ」

「いや、それはあーしの責任じゃないし」

「くそっ!結婚したい」

 そう言うと静先生は涙をこぼしながらお姫様の前から走り去って行ってしまいました。

「こりゃ静先生もダメだな」

 頭をポリポリと掻きながら静先生が見えなくなるまで見送るとお姫様は最後の手段ともいえる場所に足を運びました。そこは城の図書室です。国中から集められたありとあらゆる本が所蔵されている図書室にならばきっと役に立つ物があると考えたのです。大きな扉を押し開けて図書室に入ると司書がお姫様に声を掛けました。

「あ、姫様。何か御用で?」

「うん、姫菜。ちょっと相談に乗ってくれない」

「へぇ~姫様が私に相談なんて、また良からぬ事を企んでるね」

「そう言うなし。城内でこんな相談が出来るのは同じ年の姫奈だけなんだからさ。それと2人でいる時は優美子でいいって言ったっしょ」

「まあ、王様からもお妃様からも優美子の相談には乗ってやれって言われてるしね」

(勿論、大臣からもね。多分、材木座→大臣→私経由の結衣の恋愛相談だろうけど)

「お父様とお母様には内緒だよ。あ、もちろん大臣にもね」

「分かった分かった。で、何の相談かな?」

「実はさ・・・恋愛相談なんだよね」

「え、優美子。好きな人が出来たの?」

「あーしじゃなくて結衣だよ」

「へ~結衣に好きな人が出来たんだ。あの子カフェの看板娘で沢山の男から言い寄られていたのに、それになびかずに他に好きな男を作ったんだね」

「その言い方だと結衣が淫乱女みたいだし」

「相手はどんなヤツ?」

「それはまだ詳しく聞いてないんだけど鍛冶屋をやってる男なんだって。それと結衣のシチューを一皿残さずに食べる事が出来る男なんだってさ」

「結衣のシチューって、この間優美子が言ってたやつの事?」

「うん、あーしも聞いて驚いちゃったよ。あんなモン食える人間がこの世にいるとは思わなかったし」

「じゃあ可能性は二つに一つだね」

「どういう事?」

「その男が物凄い味音痴か、結衣の事を憎からず思っているかって事」

「あのシチューを平らげるんだから結衣にそれなりに好意を寄せている可能性がある訳だ」

「そういう事。それなら普通にデートとかに誘えばいいんじゃないかな」

「なんかそれも照れ臭いみたいだよ。だから慣れない料理に挑戦したって言ってたしね」

「けど、そんな料理を続けて出してたら相手に愛想つかされちゃうし、それ以前にカフェが潰れちゃうよ」

「それはなんとしても阻止しないと・・・なんかいい方法ないかな」

「う~ん・・・」

「ね、姫菜なら物知りだしなんかいい考えが浮かぶでしょ」

「そう言われても私は神様や魔法使いじゃないんだから・・・あ!そうだアレならいいかも」

「え、何か思いついたの」

「うん、ちょっと待ってて」

 そういうと司書の姫菜は奥の本棚に向かい、大きな本を抱えて戻ってきました。

「ナニその本?」

「これは魔法薬の調合について書いてある本だよ。確かこの中に・・・」

 本のページをめくりながらお姫様にそう説明する司書。すると、とあるページで手が止まり

「あ、コレコレ!“魔法のリップクリーム” 」

「魔法のリップクリーム?」

「うん。この本によると魔法のリップクリームを唇に塗って好きな相手に愛の言葉を告げると相手は言葉を言った人間の事を好きになるんだって」

「ソレ凄いジャン。それなら今の結衣にピッタシだよ」

「ただ、この魔法のリップクリームは一生に一度しか作れなくて、その上一度使っちゃうとただのリップクリームになっちゃうんだって」

「そっか、一生の内に何度も作れたり使えたら人間関係がオカシクなっちゃうだろうしね」

「だから優美子が結衣の為に魔法のリップクリームを作ってあげたら優美子が使いたい時には使えないって事だよ」

「それなら家来の誰かに作らせればいいんじゃね」

「優美子・・・本当にそう思ってるの?」

「・・・いくらなんでも他人の恋愛の為に自分の恋愛チャンスを潰せとは言えないか。やっぱあーしが作るよ」

「けど、それじゃあ優美子のチャンスが・・・」

「いいよ。どうせあーしの結婚は恋愛感情抜きで国とか家の都合だけでする事になるんだし、それなら、その使わない気持ちを友達の為に使った方がイイっしょ」

「本当にいいの?」

「・・・うん」

「ホントにホント?」

「うん、ホントにホント」

「分かった。じゃあレシピを教えるね。魔法のリップクリームの材料は三つ。“思い出の洞窟”の泉、ハート型の洋梨、それと恋煩い(こいわずらい)の花だよ」

「思い出の洞窟って、国の端っこジャン。言って帰ってくるだけで半日掛かりだよ」

「そうだね、リップクリームの材料だから小瓶に一瓶分でいいんだけど凄く遠いし“思い出の森”の奥だから護衛をつけなきゃ無理だよ」

「けど、これは城外の友達の為の事だからお父様やお母様や大臣には言えないし家来の人達も使えないよ」

「じゃあ城外でお金でボディガードを雇うしかないね」

「それなら、その人に“思い出の洞窟”の泉を汲んで来るように頼んだ方が良くない?」

「それがさ~、この本によると材料集めも自分一人でやらないとダメみたいなんだよね」

「どういう事?」

「ボディガード付きとか移動に馬を使ったりするのは問題無いみたいなんだけど泉を汲んだり洋梨や花を採るのは自分の手でやらないとダメらしんだよ」

「まあ、そういう苦労があってこその魔法のリップクリームなんだろうね」

「じゃあ優美子は思い出の洞窟の泉を汲んで来なよ。私はその間にハート型の洋梨と恋煩いの花のありかを探しておくからさ」(こりゃ大臣に協力して貰わないとな)

「サンキュ、姫菜。じゃああーしは明日の朝、城を出て思い出の洞窟に行ってくるよ」

「ちゃんとボディガードを雇うんだよ」

「分かってるって。洋梨と花の方ヨロシク」

  

 一方、カフェで張り込みをしている戸塚はプディングとミートパイとコーヒーを前にしてブツブツと独り言を漏らしながら困り果てていました。

「弱ったな、注文するだけして姫様の後を追ってカフェを出て戻って来たから注文のキャンセルも出来ないままに料理と飲み物を出されちゃったよ。プディングとコーヒーはともかくミートパイまで食べきれないよ。持って帰ろうにも張り込みを続けなくちゃいけないから持って帰れないし、その上、店が混んでる時間なのに四人席を一人で使っているから罪悪感が半端じゃないんだよね」

  

 ギィ・・・

  

 すると店のドアが開いて一人の目つきの悪い若い男が店に入ってきました。

「あ!いらっしゃいヒッキー」

「うす」

(え!あれがヒッキーとか言う奴?)

 

― 続く ―

 

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