魔法のリップクリーム   作:Z-Laugh

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第十六話 最終回

「ナニ?あの行列?」

 お姫様はお城の正門近くの部屋の窓から正門に到着した大人数の行列を見ていました。行列の中央には豪華な馬車があり、その前後を大勢の兵士が守りを固める様に隊列を成していました。そんな行列の先頭の兵士はお城の正門の門番に何やら話し掛けています。するとその話を聞かされた門番は慌てた様子でお城の中に入って行きます。そんな行列と慌てた様子の兵士を見ていたのはお姫様だけではありません。お姫様と一緒に結衣のカフェに行くつもりだった姫菜とその護衛をするつもりだった材木座が正門近くで様子を伺っていました。勿論この二人もこの行列の正体を知らずに不思議そうに行列、と言うより中央の豪華な馬車を見ていました。しかしそんな二人はいきなり跳ね上がる様に姿勢を正すと大袈裟に腰を折って挨拶をすると二人そろって正門の中に駆け込んで来て、お姫様が平民の服に着替えている部屋の窓を見上げると両手で大きく×印を作って城の中に消えて行きました。

「ナニ?一体誰が・・・ま、まさか・・・」

 お姫様は直感的に誰が来たのかを予想し、大急ぎで再び最初に着ていたドレスに着替え直しました。すると丁度着替え終わった時に部屋のドアが開いて息を切らせた姫菜が

飛び込んできました。

「ゆ、ゆ・・ゆゆゆ・・・」

「落ち着いて姫菜。誰が来たの?」

「は、は、ははは・・・」

「・・・やっぱり・・・隼人王子!?」

 お姫様が慌てる姫菜の肩に両手を置きながら上目づかいで、そう言うと姫菜は呼吸が落ち着かないままに大きく何度も頷きました。大急ぎでお姫様は姫菜を連れて謁見の間に向かいます。ひょっとしたらと思っていましたが、まさか本当に隼人王子がお城にやって来るとはお姫様も驚きを隠せませんでした。そして謁見の間の前に到着すると、そこで今まさにお姫様を迎えに行こうとしていた大臣と出くわしました。

「ひ、姫様!」

「じい、隼人王子が来たってホント」

「真でございます。既に謁見の間にて国王陛下とお妃様と面会をなされています」

「けど、なんで隼人王子が?使者が来るんじゃなかったの?」

「それは私に聞かれましても・・・姫様はリーフマウンテン王国でその様に聞いたのではないのですか?」

「ううん、隼人王子が来るなんて一言も言ってなかったし」

「とにかく、急いで謁見の間に」

「う、うん。わかった」

 そしてお姫様が謁見の間の扉を開けると国王様とお妃様の二人の前に隼人王子がいました。

「優美子姫!お久しぶりです」

「隼人王子・・・一体どうされたのですか?」

「どうされたって、勿論あの事件の調査報告と謝罪に来たんです」

「しかし、あれは使いの人間が来ると仰っていたじゃないですか」

「ええ、最初はそのつもりでしたが、やはりこれ程の重要案件を使いの者で済ますというのは問題があると思いまして。なにしろあの件は現場に私自身がいたのですからね。言わば、あの時あの場所での最高責任者は私だったのですからやはり私が来るべきだと考えたのです」

「確かに仰られる通りですが・・・」

「それで、あの件の詳細ですが」

 そうして王子様は優美子姫暗殺未遂事件の調査結果を国王様、お妃様、大臣そしてお姫様の前で話し始めました。

「あの暗殺計画を画策したのは、やはり私の農業政策に反対をする貴族でした」

「隼人王子の推測通りだったのですね」

「ええ。王宮で私の目の前で国賓である優美子姫が殺害されたとあれば私の政治的汚点となり私が推し進める農業政策の予算と私の政治の場での発言力を削る事が出来ると考え、更に貴国との関係悪化による軍備増強により、その仕事を懇意の武器商人に回しバックマージンを取るつもりだった様です」

「それってかなり恣意的な理由の様ですが・・・」

「ええ、お恥ずかしい限りです。我が国の要職につく貴族がこれ程までに我欲にまみれてこんな無茶をするなんて」

「しかし、よくそこまでお調べになりましたね」

「ええ、実は思わぬところから情報が出てきまして」

「思わぬ?」

「はい、王宮の警備隊長です」

「王宮の警備隊長がその貴族の事を調査したのですか?」

「いいえ、実は彼はその貴族に買収されて私のする事をスパイしていたそうなのです」

「スパイ!?」

「ええ、私もまさか警備隊長がそんな事をしているとは夢にも思いませんでした」

「どうして、それが分かったんですか?」

「彼が自首してきたのです。実は優美子姫を襲った暴漢三人の内、一人はあなたの警護をしていた兵士に斬られて絶命しました。残り二人の内、やはりあなたの警護をしていた兵士に両腕を深く斬られた者も出血多量で間もなく死にました。そして最後の一人なのですが尋問をしようとした際、そいつは近くで監視をしていた警備隊員の剣を奪って警備隊長を殺そうとしたのです」

「暴漢が警備隊長を殺そうとしたのですか?何故そんな事に?」

「幸い、他の警備隊員がその男をすぐさま捕り押さえたので事無きを得ましたがそいつは事の仔細を白状しようとしなかったのです」

「それで?」

「それで困り果てていた所に警備隊長が自分が黒幕の貴族に捨て駒扱いされていた事に気付いて私に事の仔細を自白してきたのです」

「そうだったのですか・・・」

「それで暴漢を問い詰めた所、暴漢も観念して自白。黒幕の正体が判明したのです」

「では、その人達はどうなったのですか?」

「黒幕は財産没収のうえ極刑、暴漢も同じです。警備隊長は自首をしてきた事を酌量し降格のうえ地方の要塞の警備兵として転勤をさせました。彼らは二度と我が城と王宮に立ち入る事はありません」

「極刑ですか」

「ええ、これ程の悪だくみを私利私欲の為に行った事には私は勿論、我が父である国王陛下もお怒りで極刑が相応の罰であるという事になりました。尤も彼に同調しようとしていた他の貴族達は随分反対をしましたが国王陛下の鶴の一声で結局彼らも言い分は雲散霧消と化し我が国における王室の反対勢力は大幅にその勢力を縮小する事となりました」

「それは何よりです」

「優美子姫、国王陛下、お妃様、大臣、この様な不始末を我が国の貴族が行った事を心からお詫び申し上げます。この事は私の父の国王も同様に考えており、ここに親書を携えて参りましたので、どうぞご覧下さい」

 そうして王子様は近衛兵を通じて国王様に親書を渡すと国王様が親書を読み、

「なるほど。隼人王子の仰られる通りですな。私も優美子が無事であったのですからこれ以上貴国の非を責めるつもりはありません。それに聞けば隼人王子が優美子を守ってくれたとの事ですし私からも礼を言わせていただきます」

「いえ、助けたなどと仰られると何とも返事に困ります。あの状況では馬車の中に避難するしか出来ませんでしたし実際に暴漢と戦ったのは貴国の兵士と我が国の警備隊員です。私は何もしておりません」

「そんな事、絶対ないしっ!」

 お姫様が謁見の間に響き渡るような大声で叫びました。

「あん時、あーしは逃げるどころか動く事すら出来なかったけど、そんなあーしを馬車の中に運んでくれたのは他ならぬ隼人王子っしょ。あの動きはうちの兵士もリーフマウンテン王国の王宮警備隊員にも出来なかったじゃん。あーしは隼人王子に救って貰ったの。それが事実!何もしてないなんて事、絶対ありえないっ!」

 お姫様の叫びは国王様をはじめとする謁見の間にいた全ての人間を驚かしました。その声の大きさも然る事ながらお姫様の口調が素の普段の言葉遣いになっていたモノですからすぐそばにいた大臣が大慌てで

「ひ、姫様!その様な言葉遣いはお控え下さい」

「あ!」

 お姫様は自分の発言を後悔しながら照れ臭そうに王子様を見ると

「ありがとうございます」

「え?」

「どうやら優美子姫は本当に、心の底からそう思って下さっているのですね」

 王子様は笑顔でお姫様の言葉に感謝しました。

「どうか、これからは私に対しては気遣う事なく普段通りにお話し下さい。私もその方が嬉しいですから」

「あ、いや、けど・・・」

「もう、これでその言葉遣いは三度目です。隠す事はありませんよ」

「三度目!?優美子、あなた隼人王子に向かって、なんという言葉遣いをしてたのですか」

「お、お母様・・・いや、その、ちょっとだけだったし」

「ちょっととか沢山と言う話ではありません。全くあなたと言う子は隣国の王家の嫡男に向かってそんな無礼な言葉遣いをしていたなんて・・・隼人王子、優美子の躾は私が責任を持ってやり直しますので、どうか見捨てる事なく末永いお付き合いをお考え下さい」

「す、末永いお付き合い!?」

 お妃様はお姫様の言葉遣いを厳しく叱り、そして王子様にお姫様の事を見捨てない様にと懇願しました。それを聞かされたお姫様は願ったり叶ったり嬉し恥ずかしだったりで顔を赤くしてしまいますが、それに対して王子様は

「その必要はありません。優美子姫は今の口調の方が元気がいい様ですし私もただお淑やかなだけの女性と言うのは少々ウンザリしておりまして、むしろこの喋り方は直して欲しくない位なんです」

「ほ、本当に宜しいのですか?隼人王子、こんな娘で?」

「これからのお付き合いで、どの様な女性なのかをジックリ拝見させていただきます。どうやら優美子姫は色々興味深いモノを沢山お持ちの様ですから」

「お、お付き合い!?」

「そんなに構えないで下さい。国を良くしようと努力をする王族の人間同士、いえ、もっと単純にまずは友達としてお付き合いいただければと思っています。如何でしょうか優美子姫」

「友達・・・ですか・・・はい、よ、よろしく・・・お願いします」

 何とも微妙な王子様の申し出でしたが今のお姫様には丁度いい、受け止めきれるレベルの申し出でした。ついこの間まで名前も知らなかった男性を一目会っただけで好きになり友達になれた事がお姫様は嬉しくて溜まりませんでした。魔法のリップクリームに頼らなくてもどうにかなるかも!?そんな気持ちが膨らんで息が苦しくなってきたお姫様は途切れ途切れの言葉で王子様にOKの返事をしました。

「では、国王陛下、お妃様、大臣。本日は私の為に時間を取っていただき誠にありがとうございました。これにて失礼いたします」

「うむ、隼人王子、貴国の国王陛下によろしくお伝え下さい」

 国王様が王子様にそう返事をすると、それに続いてお妃様が

「優美子、隼人王子を門までお見送りなさい」

「う、うん」

「優美子、うん!ではありません。はい!でしょ」

 そうして気まずそうなお姫様と笑いを堪える王子様は謁見の間を後にしてお城の玄関前に止めてある馬車の前にやって来るとお姫様が

「隼人王子、本日は本当に遠い所をお出でいただき本当に嬉しかったです」

「そう言っていただけて幸いです。では、また近い内に」

「あ、あの」

「何でしょうか、優美子姫?」

「て・・・」

「手?」

「て、手紙を書いても宜しいでしょうか?」

「ええ是非。必ず返事を書きますから」

 そう返事を返すと王子様は馬車に乗り込み、お城を後にしていきました。それを見送るとお姫様はガッカリした様な、嬉しい様な、寂しい様な、複雑な心境になってしまいました。王子様との関係が一歩だけ進展した感じではあるものの次会えるのは、いつになるか分からないし何より、たった今、目の前にいた王子様が遠ざかって行くのが寂しくてしょうがありませんでした。しかし、そんなお姫様をお城の玄関の陰からコッソリと覗いていた姫菜がお姫様の前に飛び出してきました。

「ゆ~みこっ♪」

「わっ!姫菜」

「なんかいい雰囲気だったね」

「べ、別に・・・」

「それにスッゴク寂しそう」

「べ、別に・・・」

「手紙を書くのも返事を貰うのも楽しみだね」

「べ、別に・・・」

「これは優美子の決心がいい方向に向かいそうだ」

「べ、別に・・・」

「・・・優美子、もう首から上、赤くない場所ないよ」

「も、もういいから。ほら!結衣のトコに魔法のリップクリームを持ってくよ」

「はいはい・・・優美子って乙女だな~♪」

「うっさい!」

 

 

 さて、その頃、雪ノ下家の屋敷では雪乃がヒッキーの所に出掛ける準備をしていました。

「全く・・・国王様からお墨付きを貰うなんて想定外だわ」

 自分だけがヒッキーの鍛冶職人としての腕前を知っていると思っていたのに国王様の

お墨付きのせいでこの国に知らない人がいないという状態になってしまい雪乃は寂しさと悔しさを感じていました。自分だけが彼の理解者じゃない、自分だけが彼の価値を解っている訳じゃない、そんな思いは彼女を不安にし、少しでも彼と一緒に過ごしたいと思わせました。いそいそと出掛ける支度をしていると、その様子を見ていた陽乃が雪乃に向かって

「雪乃ちゃん、ヒッキーさんの所に出掛けるの」

「え、ええ。そうだけど何か問題でもあるかしら」

「そんな風にケンカ腰にならないでよ。お出かけ前に渡しておきたい物があるだけだよ」

「渡しておきたい物?」

「うん、コレ」

 そうして陽乃はポケットから陽乃が作った魔法のリップクリームを取り出しました。

「それは?」

「リップクリームだよ。ちょっとレアな物でね、これを塗って好きな人に告白すると思いが通じるっていう評判なのよ」

「そんなの嘘に決まっているでしょ。そんなものを信じるなんて姉さんらしくないわ」

「確かにね。けどこれはそういう、いい加減な物とはちょっとモノが違うんだよね。そんなにカサ張るモンじゃないんだから持って行ってよ」

「まあ、そうまで言うなら」

「いい、もう一度言っておくよ。そのリップクリームを塗って好きな人に告白すると思いが叶うの。但しチャンスは最初の一回だけよ。くれぐれも慎重にね」

「わかったわ。そう肝に銘じておくわ」

「ホントにちゃんと使ってよね」

 陽乃に念を押されながら魔法のリップクリームを手渡された雪乃はヒッキーの鍛冶屋に出掛けて行きました。そしてそれを見送る陽乃は

「ちゃんと効果があるといいんだけど、何しろ恋煩いの花は自分で入手したとはいえドサクサに紛れて盗んできただけだしね」

 陽乃はお姫様と姫菜が魔法のリップクリームを作っていた現場近くにメイドに変装して待機し、使い終わった恋煩いの花を盗み出して自宅に持ち帰り、魔法のリップクリームを作ったのです。魔法のリップクリーム作りは材料集めから製作まで全部自分一人でやらないといけないというルールがある為、はたして盗んだという行為が自分で手に入れたという範疇に入るのかが分からず使ってみないと解らない!という状態だったのです。

「ま、効かなかった時は、また別な手を考えるか」

 一方、もう一本の魔法のリップクリーム、すなわちお姫様が作った物はお姫様の平民の服のポケットに入っていました。お姫様は王子様を見送り終わるとすぐさま平民の服に着替えて姫菜と連れ立って結衣のカフェを目指していたのです。

「ねえ姫菜」

「なに?」

「これって本当に効果あんの?」

「今更ナニ言ってんの優美子。そんな事言い出したらキリがないじゃん」

「そりゃそうだけどさ、あれだけ苦労して効かなかったら凄くガッカリだし」

「本にそう書いてあったからと言って絶対そうなるとは限らないもんね。ひょっとしたら只のおとぎ話かもしれないしね」

「そうそう、効果があったのを実際に見た人っていないんでしょ」

「いないだろうね~。なにしろ恋煩いの花がほぼ絶滅状態なんだから今の時代には魔法のリップクリームを使うどころか作った事がある人すらいないんだろうね」

「そう考えると案外、大したアイテムじゃないね、コレ」

「それならそれでイイじゃん。効果のほどは分からないけど結衣がヒッキーさんに気持ちを打ち明けるキッカケにはなるんだしマイナスに働く事は無いんじゃない」

「そっか、気持ちを打ち明けるキッカケにはなるか。そう考えるとあーしのした事って無駄じゃなかったんだね」

「そうそう、無駄じゃないよ。素敵な王子様にも出会えたしね」

「姫菜!」

「それに我が国の農業と工業、それに優美子自身がすっごくレベルアップしたって感じだし色々な意味で凄く役に立った出来事だったよね」

「うん・・・ホント、魔法みたいな体験だった」

「上手い事言うね」

 そうして結衣のカフェに到着しお姫様は結衣に魔法のリップクリームをプレゼントします。

「これが優美子の言ってた恋愛アイテムなの?」

「うん、魔法のリップクリームって言うんだ。これを塗って好きな人に告白すると相手が結衣の事を好きになるんだって」

「ホントに~?」

「まあ、あーしも効果を目の当たりにした事が無いから絶対って訳じゃないけど城の図書室にある本に載ってた位だから、かなり信用出来ると思うよ」

「お城の図書室の本に載ってたって・・・優美子そんな本どうやって見たの?」

「え!そ、それは・・・」

「私が優美子に頼まれてコッソリ調べたの。仕事の合間を縫っての調査は大変だったんだよ」

「ああ!姫菜が調べてあげたんだ。なるほど・・・そういう事だったんだね」

「なに?結衣、何がそういう事だったの?」

「姫菜は優美子が好きになった隼人さんの事を見た事があるんでしょ。なんでも優美子に内緒で準備して勝手に隣の国まで隼人さんの事を見について行っちゃったらしいじゃん」

「ああ、その事。まあそんな感じだね。魔法のリップクリームの事を調べてたら優美子が隣の国に行くって言い出したんで私も興味本位でついて行ったら優美子の運命の出会いが待っていたんだよ」

「ちょっと姫菜、話盛りスギ」

「ねえねえ姫菜、隼人さんってそんなに素敵な人なの?なんか優美子の話を聞いてると理想の王子様っぽくってさ。凄く興味があるんだよね」

「・・・まあ、ある意味理想の王子様かな・・・ねえ優美子」

「まあ、そんな感じ・・・」

 結衣の問い詰めにお姫様と姫菜の二人はひょっとして結衣がお姫様の正体に気付いたのではないかと疑心暗鬼になり、曖昧に答えながら結衣から目を逸らすと、その時、店のドアが開き雪乃が入ってきました。

「あ!・・・いらっしゃいませ」

「こんにちは由比ヶ浜さん。持ち帰りでミートパイを三つ頼めるかしら」

「・・・ヒッキーへの差し入れですか?」

「・・・想像に任せるわ」

「・・・わかりました。少し待っててくださいね」

 そう言うと結衣はお姫様から貰った魔法のリップクリームをお姫様と姫菜の座るカウンターの上に一旦置いて、注文を伝えに厨房に入って行きました。雪乃はお姫様と姫菜の二人と少し間を開けて同じくカウンター席に着くと二人に向かって無言で会釈をしました。それを見たお姫様は気まずそうに顔を逸らし姫菜は雪乃と同じ様に無言の会釈を返します。カフェの中に緊張した空気が流れ何とも気まずい無言の時間が経過していると再びカフェのドアが開きました。気のせいなのかドアが開く音がいつもより大きく聞こえたお姫様と姫菜は反射的にドアの方を見ると、そこにはなんと、

「「あっ!」」

 平民の服を着た隼人王子が立っていました。後ろには平民の服を着ているものの服の上からでも分かる程に厳つい体をした男が二人ついて来ていて明らかに王子様の護衛をしていました。一方、雪乃は姉の陽乃と違い王子様と面識がなかったのでドアの所にっていた男が隣国の王子様である事には気付きませんでしたがお姫様と姫菜の様子を見て只者ではないと直感しました。

「やあ、優美子“さん” こんにちは」

「あ、あの、え~と・・・こんにちは隼人“さん” 」

「ここが優美子“さん”が良く来るカフェだそうですね。知人から聞いてますよ」

「知人って・・・と、とにかく隼人“さん” ここでは話も出来ないし、ちょっと外に」

「分かりました」

 お姫様はなぜ王子様が結衣のカフェに来たのかがサッパリ分からなくて、取り敢えず状況を把握する為に王子様にカフェの外に出る様に言うと首だけで振り返り姫菜に向かって無言ですまなそうな表情をして結衣がいる厨房を指さしてカフェの外に王子様と一緒に出て行ってしまいました。これを見ていた姫菜は勿論、雪乃までもがお姫様と王子様が一体どんな話をするのか興味津々でした。しかし姫菜はお姫様に目くばせで付いて来ない様、そして結衣に上手い事言っておく様に合図を送られたせいでカウンター席から立ち上がろうとするのを止めて椅子に座り直しました。雪乃は自分の国の王家の娘が只者ではない男と何やら怪しげな様子で店の外に出て行ったので一度はついて行こうと思いましたがヒッキーに一刻も早く差し入れを持って行き会いたい気持ちが、それを思い止まらせました。しかし、どうしても興味を消し去る事が出来なかった雪乃は同じ様な表情をしている姫菜に話し掛けました。

「ねえ、あの男は何者なの?姫様があそこまで恐縮するなんて只者ではない様ね」

「それはちょっと、お城の極秘事項だから勘弁して下さい。それにあの人がここに来た理由は姫様も私も全く知らないんです」

「それならしょうがないわね。さすがに王族の人間の都合を無視する訳にはいかないし」

「そういう事でお願いします。この件はまだ先行きが見えない微妙な問題なので」

 姫菜がそう言うと雪乃は姫菜と一緒に外の二人の事を考えながら店のドアを見つめました。店の中がそんな事になっているとも知らず、お姫様と王子様は商店街のそばに停めてあった王子様が乗って来た馬車に乗り込みました。馬車のドアの前は王子様の護衛の男二人に固められ、中の二人の安全は確保された状態でしたがお姫様の護衛をしていた材木座と戸塚は王子様が一緒である事から黙って成り行きを見ていましたが二人が馬車の中に入ると王子様の護衛二人に向かってお姫様への要件を尋ねました。しかし、

「「・・・」」

 無言で首を横に振るだけで、馬車の外の四人の会話は終わってしまいました。

「隼人王子、一体どうされたのですか?」

「優美子姫が話していた平民の服を着て城下を歩くというのを真似したくなっただけですよ」

「真似したくなったって・・・」

「あなたも私が外交実績の証として花や木を集めるのを真似したでしょ。それと同じです」

「まあ、そう言われると何も言い返せませんが」

「そんなに難しく考えないで下さい。私はあなたに興味を持ちました、だから真似をした。それだけなんですよ」

「興味・・・」

「ええ、国王陛下やお妃様、国の要職につかれている方などの前で、こんな事を言ってしまうと大袈裟に捉えられてしまうから言えませんでしたが本当に友人としての付き合いから始めたいと思ったんです」

「それって私の事を」

「ええ、私はあなたに隣国の姫君という肩書以上の興味を持っています。感情的好奇心とでも言えばいいのでしょうか」

「感情的好奇心?」

「限りなく恋愛感情に近い気持ちです。ただ、私もあなたも立場がある人間で無責任な恋愛は出来ません。一歩一歩近づいていけたら・・・そんな風に思っているですが・・・」

「・・・」

「・・・ダメでしょうか?」

 お姫様は王子様の言葉と態度に何も言えませんでした。ハンサムで知的で勇気があって正に理想の王子様である隼人王子が自分の目の前で自分に向かって顔を赤くしながら遠回しに自分への関心と距離感について語って来たからです。お姫様の知る限り決してこの様な表情や物言いをしない王子様を見てお姫様は一層、王子様の事が愛おしくなりますがそんな気持ちのせいで言葉に詰まってしまったのです。

「・・・やはり、これでは虫が良すぎるでしょうか?」

「そ、そんな事ないしっ!それで十分って言うか、あの、えっと・・・」

「では、取り敢えずはこの様な形での交際という事で宜しいでしょうか・・・私自身こんな申し出を女性にするのは初めてなモノですから」

「・・・あーしも初めて言われたから」

「私もですが、多分あなたも自分が感情のままに異性と付き合う機会など決してないと思っていたのでしょう。それだけに今はくすぐったいような照れ臭い様な今まで体験した事が無い気持ちです」

「言えてる。そんなチャンスなんか絶対なくて、ある日突然お父様から結婚しろって言われるモンだと思ってたし」

「それだけに私はこの関係を大事にしていきたいと思っています。この次、私の国にお出でいただくまでに自分で城下を案内出来る様にしておきますから楽しみにしていて下さい」

「うん。超楽しみにしてる」

 王子様はそう言うと馬車の扉を開けて先に降りると手を差し出してお姫様の手を取ります。お姫様はその動きに促されながら、ゆっくりと馬車を降りると王子様に頭を下げてお礼を言おうとしましたが・・・王子様が馬車を降り終わったお姫様の手を離さないので頭を下げるタイミングを失っていると

 

 

 チュッ!

 

 

 王子様は握っていたお姫様の手に甲にキスをして

「では、また近い内に」////

 口早に一言いうとそそくさと馬車に乗り込んでお姫様の前から去って行きました。取り残されたお姫様は王子様の馬車が見えなくなるとキスをして貰った自分の手の甲をマジマジと見つめて・・・もう一方の手を自分の頬に当て蕩ける様な、というよりだらしない笑顔を浮かべて王子様の言葉とキスの感触を反芻していました。そんなちょっと危ない雰囲気のお姫様を見ていた護衛の材木座は

「今、話し掛けて良いモノだのだろうか・・・下手に話し掛ければ打ち首にされかねん」

 その頃、カフェではヒッキーへの差し入れのミートパイが出来上がり結衣が厨房から出てきました。

「お待たせしました・・・あれ?優美子は」

 結衣が雪乃に持ち帰り用に包まれたミートパイを手渡しながら姫菜にお姫様の行方を聞くと姫菜は少し考え込んで答えようとした矢先に雪乃が

「あの方なら男性と店を出て行ったわよ」

「男性?それホント姫菜」

「う、うん」

 姫菜は隣国の王子様が何故わざわざ平民に変装してまで城下町のカフェに来たのか、その目的が解らなかったので余計な事は言わない方がいいだろうと思い結衣にお姫様の行方については何か適当な理由を付けて誤魔化そうと考えていたのです。しかし、その矢先に雪乃に王子様の存在を連想させる様な発言をされてしまって答えに困ってしまいました。見れば姫菜の行動を制した雪乃は楽しげに姫菜を見つめ、遠回しにお姫様の相手の男性、すなわち王子様の正体を探ろうとしていました。

「・・・」(うわ~、この人やってくれたよ。これじゃあ結衣に何も言わない訳にいかないし適当な事言ったりしたら更にツッコまれて結衣に嘘がばれちゃうだろうし・・・)

「ねえ姫菜、優美子は誰と出て行ったの?」

「あの様子では只ならぬ関係といった所かしら」

 雪乃が更に一言加えた事で姫菜は更に返事に窮します。そんな時、カフェのドアが開きヒッキーが女性と口論をしながら入って来ました。

「こんな所までついて来んなよ」

「い~や、ウンと言ってくれるまで絶対離れないからな」

「だから何度も言ってるだろ。お前に俺の剣を売る事は出来ないんだ。これは国王様からの命令なんだぞ」

「頼むよ、一本だけでいいからさ。アンタも国王様から命令されたんだろうけど、私だって王子様から命令されたんだから絶対引き下がれないんだよ」

 大きな声で言い争う二人を見て結衣、雪乃、姫菜の三人の話は途切れ雪乃がヒッキーに話し掛けました。

「何を大きな声を出しているのかしら?ヒキ鍛冶屋君。カフェの営業妨害になるわよ」

「俺だって好きで大声を出している訳じゃない。こいつが俺の造った黒い剣を売ってくれって付き纏って来てんだよ」

「あなたが作った剣を?この人は一体誰なの?」

「隣の国の王宮警備隊員の沙希って奴だ。今こいつが腰に差している剣も俺が造った物で黒い剣とそれ程性能は変わらないんだから問題ないだろって言っても、国王様から俺は外国の人間との取引を禁止された事を言っても諦めないんだ」

「そういう事ね。あなたの事だから詐欺でも働いて損害賠償請求されたのかと思ったわ」

「そんな訳ないだろ。変なからかい方するのやめてくれ。薬屋に行くにもここに来るにも付き纏って来て本当に困ってんだから」

 そんなヒッキーの呆れと怒りの言葉に結衣が反応しました。

「え、ヒッキー。薬屋って?怪我でもしたの?」

「ああ、今朝仕事中に火花が顔に飛んで来てな。唇を火傷しちまったんで薬屋に塗り薬を買いに行ったんだが売り切れでな。火傷はするし、しつこい客に付き纏われるし最低だぜ」

「唇に火傷。ならこれ使いなよ、まだ新品だからさ」

 そう言って結衣はカウンターに置いておいたお姫様から貰ったリップクリームをヒッキーに差し出します。お姫様から恋愛アイテムとしか聞かされてなかった結衣は魔法のリップクリームをある考えと共にヒッキーに差し出してしまったのです。

(ヒッキーと間接キス♪)

 もちろん、それを横で見ていた姫菜はカウンター席から立ち上がってそれを阻止しようとしましたが間に合わず、ヒッキーはそれをあっさり受け取って唇に塗ってしまいました。

「サンキュー、愛してるぜ♪」

 手に入らなかった薬が手に入って、つい上機嫌になったヒッキーが一言そう言うと

「う、ウソ・・・」

「え、なんだよ。この気持ち?」

 元々ヒッキーの事が好きだった結衣と雪乃には何の効果もありませんでしたが、その場に居合わせた姫菜と沙希は魔法のリップクリームの魔法にかかってしまいました。虚ろな目になり、口を半開きにしながら呼吸を少し荒げ、頬を紅潮させた姫菜と沙希の二人は吸い寄せられる様にヒッキーに近づくとその腕に抱き付いて

「ちょ、ちょっとヒッキーさん・・・いくらなんでも、コレはないよ」

「絶対・・・離れないからな」

 表情と態度とは裏腹な言葉を発しました。これにはヒッキー、結衣、雪乃の三人も

「え!?おい、二人ともどうした?」

「ちょっと姫菜、なにヒッキーに抱き付いてんの!?」

「沙希さんとか言ったかしら。今すぐヒキ鍛冶屋君から離れなさい!」

 ヒッキーを取り囲む様に四人の女性が集まり結衣は姫菜を、雪乃は沙希をヒッキーから引き剥がそうとします。そんなドタバタなカフェに王子様のキスを反芻し終わって冷静になったお姫様が戻って来ました。

「な、ナニやってんの?」

 お姫様は唖然としながらヒッキーの腕に抱き付いている、と言うより結衣に引き剥がされそうになりながらも必死にしがみ付いている姫菜に尋ねると、

「優美子~リップクリーム・・・ヒッキーさんが使っちゃったの。物凄い効果だよコレ」

「う、ウソでしょ!?嘘だよね!結衣、アンタ自分で使わなかったの?」

「ゴメン優美子。ヒッキーが唇を火傷したって言うから貸してあげたんだけど」

「え―――――――っ!コイツ何やっちゃってんの」

 お姫様は四人の女性を押しのける様にしてヒッキーの胸ぐらをつかむと

「せっかく・・・全部上手く行くと思ってたのに~~~~っ」

「え、ちょっと何の事ですか?」

 悔しそうにヒッキーの胸ぐらをつかむお姫様、お姫様に胸ぐらをつかまれて困惑するヒッキー、態度が豹変した沙希、行動とは裏腹にお姫様に不自然なリップクリームの効能を説明する姫菜の四人の態度を見て、更に結衣のセリフを聞いて雪乃はハッとします。もしや陽乃が出掛ける際にくれたリップクリームはヒッキーが借りた物と同じ物なのではないかと思いました。もし陽乃の言っていた事が本当だったら、姫菜と沙希が掛かってしまった魔法をヒッキーに掛ける事が出来るかもしれないと思ったのです。雪乃はヒッキーから沙希を引き剥がすのを止めて急いで自分の唇に陽乃から貰ったリップクリームを塗り、ヒッキーに向かって大きな声で

「ヒキ鍛冶屋君っ!こっちを見なさい!」

 雪乃の大きな声にヒッキーを始め五人が驚いて黙り込み雪乃に注目します。雪乃はみんなに注目され、更にヒッキーに見つめられながら恥ずかしいのを我慢して勇気を出してヒッキーに言いました。

「私はあなたが好きです!これからもずっと一緒にいて下さい」

「「「「「・・・」」」」」

 雪乃の告白にヒッキー、そして他の四人が唖然としカフェの中はシンと静まり返りましたがその静寂をヒッキーが破ります。

「・・・もうしばらく今のままじゃダメか?まだ、そこまで考えられないんだ」

「・・・」

 雪乃のリップクリームを塗っての決死の覚悟の告白はヒッキーの心の奥底までには届きませんでした。やはり陽乃が予想した通り材料の一つを盗んできたのが災いしてリップクリームは魔力を持たない只のリップクリームだった様です。しかしこの告白を目の当たりにした結衣はもちろん黙っていられません。

「ヒッキー、私と一緒にカフェやらない。ダメなら私が鍛冶屋にお嫁に行ってカフェにはヒッキーの店から通勤するからさ」

「お前までなに言い出すんだよ。突然そんな事言われたってロクな返事出来る訳ないだろ」

「え~~、私はゼンゼン突然じゃないんだよ~」

 結果として四人の女性からほぼ同時に言い寄られたヒッキーを見て、お姫様は魔法のリップクリーム作りの苦労を思い出しながら

「こんな筈じゃなかったのに・・・アンタのせいで、アンタのせいで」

「え、俺のせいで?何か?」

「やっぱ、あーしのリップクリーム作りは大間違いだっ!」

 

― 完 ―

 

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