「いらっしゃい、ヒッキー」
「うす」
「今日は随分遅いね」
「ああ、今日は特注の剣を注文主に届けに行ってたからな。あ~あ、疲れた」
「特注の剣って、あの雪ノ下家のお嬢様のヤツ?」
「そう!あの雪ノ下家の次女の注文だ。注文そのものはシンプルだったんだ。細身で軽くて片刃の女性でも扱いやすい剣ってな」
「その様子じゃ、また突っ返されたんだね」
「もうこれで5度目だぞ、5度目。やれまだ重い、やれ耐久力がない、やれ美しさと品性に欠けるって因縁付けてきて作り直しさせやがって」
「そんな仕事断っちゃえばいいのに」
「本当は俺もそうしたいんだが小町の奴が店の売上になるんだから絶対断るなって強硬でな」
「・・・小町ちゃんがそんな事言ってるんだ」
「因縁付けてきて作り直しはさせられるが、その分の手間賃と材料費はちゃんと払ってくれるし完成報酬は別に貰える約束だからな。店の売上から考えると悪い客じゃないんだ」
「ウチにもそういうお客さん来るよ。料理マズいとか出てくるのが遅いって毎回文句を言いながらも、ちゃんとお金だけは払っていく面倒くさい人」
「やっぱり商売をしている以上は、そういう客には我慢をしなくちゃならないのかね~。あ~あ、やっぱり働きたくねえな」
「そんな事言って、そんな気全然無いクセに」
「何言ってんだ、そんな気ありまくりだ。小町が俺の面倒を見てくれて、俺を食わせていけるような旦那を見つけてきて、俺を養ってくれないかと日々祈っているくらいだぞ」
「そんなんだから小町ちゃんが注文を選ばなくなっちゃうんだよ」
「もう、次は小町に納品に行かせようかな」
「けど、それをしたら雪ノ下家のお嬢様が怒鳴り込んできたんでしょ」
「そうなんだよ。誠意がない、やる気がない、根気がない、目に生気もないって冷たい目つきで散々文句を言ってきやがったんだぞ。あれじゃあ反論もままならん」
「・・・小町ちゃんから聞いてるよ。言われたのは文句だけじゃないんでしょ」
「・・・ちっ!小町のヤツ、余計な事言いやがって」
「ヒッキーの腕を見込んで注文してきているんだから頑張んないとダメだよ」
「しかし、最近じゃ出来上がりに文句を言うだけじゃなくて、さぼらずに仕事をしているか仕事している様子まで見に来やがるんだぜ。期待するにしてもやり過ぎじゃねえか」
「え!ヒッキーの仕事場に来てるの」
「あそこまで行くと本当に俺の腕を見込んでるのかどうかよく解らん」
「もし、ヒッキーにその仕事が無理だって思ったら他の鍛冶屋さんに頼むんじゃないかな。けど、それが出来ないからヒッキーに頼んでるんだよ」
「まあ、確かに刀鍛冶の腕前でそこらの鍛冶屋に負けるつもりは無いが、なんか他の思惑がある様に感じてならないんだよな」
(ふ~ん・・・そこまでは気付いてるんだ。小町ちゃんの作戦にも困ったもんだな)
「本当にその仕事を断る事を考えた方がいいんじゃない。他の仕事にも差し障るだろうしさ」
「そうだな・・・そろそろ真面目に検討してみるか」
「そうだよ、それがイイよ。なんならいっその事、鍛冶屋から転職するのもいいんじゃない」
「転職?俺に鍛冶屋以外何が出来るっていうんだよ」
「ヒッキーは器用なんだからさ・・・例えばうちの厨房で働くとか」/////
「なるほど、それもアリかもな。跡取り娘のお前があんなシチューしか作れないんじゃ料理人を別に雇わないとダメだろうし」
「そうなんだよ!パパもママもこの間のシチューの件でヒッキーの事が凄く気に入ったみたいだからさ。ぜひ考えてみてよ」
「あのシチューを完食しただけで気に入られるって・・・やっぱりお前はもうちょっと料理の勉強をした方がいいぞ。両親が気の毒すぎる」
「言われなくてもやってるって。試しに何か作ってあげようか?」
「それは勘弁してくれ。というかやめた方がいい。また店から客が逃げ出す事になるぞ」
「ぶ~~~!ならメニューは何にするの?」
「そうだな・・・ミートパイでも食うかな」
「は~い、ミートパイだね」
「あ、あの、ちょっとスミマセン」
「「はい?」」
店の看板娘の結衣と店にやって来た鍛冶屋のヒッキーは声を揃えて店の奥から歩いて2人の近くにやって来たお姫様の家来の戸塚に返事をしました。
「あの、もしよかったら僕が注文したミートパイを食べてもらえませんか?一緒に店に来た友達が用事で帰っちゃって食べきれなくて困ってたんですよ」
「え~、彩ちゃん。それなら持って帰るとかすればいいのに。包んであげるよ」
「折角の出来立てのミートパイだからね、温かい内に食べてもらった方がいいと思うんだ」
「それはそうだけど・・・ヒッキーどうする?」
「・・・」
「・・・何か僕の顔についてますか?」
戸塚はヒッキーに見つめられながら自分の顔を手でペタペタと触りながら彼に質問をすると
「結婚してください」
「「は?」」
「あ、いや間違えた。いいんですか?見も知らぬ男に飯をおごるなんて」
「いいんですよ。今の話の様子からして結衣さんのお友達の様ですし気にしないでください」
「じゃあ遠慮なく。俺は近所で鍛冶屋をやっているヒッキーと言います」
「あ、僕はお城の近くで働いている戸塚って言います。よろしくお願いします」
「ひょっとしてお城の近くではなくお城で働いているのではありませんか?」
「え!なんでそんなこと思うんですか?」
「歩き方ですよ。城の兵士はいつも腰に剣を差してますからね。歩く時には無意識に左足を庇うみたいにして歩くんです」
「へ、へ~~、さすがは腕利きの鍛冶屋さんだな~、そんな事全然知りませんでしたよ」
「ヒッキー、彩ちゃんみたいな華奢の子が兵士の訳ないじゃん」
「結衣さん、それはちょっと言い過ぎだよ」
「ゴメンゴメン。けど普通に考えたら彩ちゃんを兵士とは思わないでしょ」
「まあ、兵士に見えないというか兵士に向いてなさそうというか。そんな感じだよな」
「そうですよ。僕が兵士の訳がありません」
「けど・・・もし細身で軽くて扱いやすい剣を探しているなら、いつでも声を掛けて下さい」
「あ、ありがとうございます」
戸塚は取り敢えず自分が城の兵士である事を結衣とヒッキーの2人に話さずに済みましたがヒッキーは明らかに確信をもって戸塚に細身で軽くて扱いやすい剣を薦めました。もちろん戸塚もヒッキーの態度には気付いており気まずそうにお礼を言いました。
(こりゃ、材木座君の予想が大当たりみたいだ。この人ってかなりの曲者だよ)
そうして戸塚は結衣の想い人であるヒッキーと顔見知りになる事が出来たので取り敢えず店を出てお城に戻って材木座に事情を話した後、2人で大臣の所に報告に行きました。
「そうか・・・姫様は友人の恋の相談に乗ってやり、その相手というのが一癖ある鍛冶屋という訳じゃな」
「はい、しかもカフェの結衣さんの様子からしてヒッキーという鍛冶屋に特別注文を出している雪ノ下家の次女も彼に関心を抱いている様子でございます」
「ふむ。雪ノ下家の次女というと雪乃様の事か」
「大臣は雪ノ下家の事をご存じなのですか?」
「当然じゃ、雪ノ下家は国を代表する貴族であり、ご当主は国の軍隊の最高責任者の将軍を務めておる。お主らとて無関係ではないぞ」
「将軍のお嬢様が町の鍛冶屋に関心を持つなんて・・・」
「雪ノ下家の美人姉妹の話はワシも聞いた事があるが何でも才色兼備の女性というだけでなく一癖ある扱いづらい娘だそうだ」
「一癖ある貴族の娘が一癖ある町の鍛冶屋に恋をしているといった様子でございましょうか」
「材木座、多分お主の言っておる通りであろうな。それにお主たちの話を聞く上では鍛冶屋のヒッキーなる男にカフェの結衣という娘も惚れておるのだから三角関係じゃな」
「しかし、カフェの結衣さんは苦手な手料理を振舞う程度ではっきと気持ちを伝えた様子は無いようですし、雪ノ下家の次女も特別注文にかこつけて鍛冶屋に会っているだけの様です」
「しかも、その鍛冶屋がその2人の気持ちに気付いていない可能性が高い様子なのじゃな」
「曲者の上に鈍感とは、リア充爆発しろ!」
「物騒な事を言うな材木座。しかし今の報告が本当であれば我々が表立って姫様の手伝いをする訳には行かなくなったな。姫様の願いを叶えて差し上げるべく陰ながら動きたい所じゃが雪ノ下将軍への配慮もせねばならぬ故、お主らの行動は一層隠密に進める必要がある」
大臣と家来の戸塚・材木座の3人がこれからどうやってお姫様の手伝いをやっていこうかと腕を組んで考え始めました。するとそんな時大臣の部屋のドアをノックする音がしました。
「誰じゃ、入ってよいぞ」
「失礼いたします。図書室の司書の姫菜でございます」
「おお!姫菜か。姫様はお主の所に顔を出したか?」
「はい。大臣からのお話の通り城外の友人である結衣の恋の悩みを解決してあげたいと相談されました。しかし少々ことが厄介な方向に動き出しましたのでご報告に参りました」
「厄介じゃと?何があったのじゃ」
「実は姫様のお話によると結衣は鍛冶屋の男を好きになったのですが、その気持ちを伝え切れてないそうなんです」
「そのことは今、この2人からも報告を受けた。その上、雪ノ下家の次女もその鍛冶屋の事が好きかもしれぬとの事だ」
「え、じゃあ三角関係の一歩手前って事ですか。こりゃ姫様いよいよ張り切っちゃうな」
「姫菜、お主はいったい姫様にどんなアドバイスをしたのじゃ?」
「姫様が毎日結衣の横について世話をする訳にもいきませんし、姫様の性格からいってそんな現場に立ち会えば黙っていられないでしょうから恋が成就するアイテムを結衣にプレゼントする事を薦めました」
「なるほど、姫様のご気性を考えればよいアドバイスじゃ。して、その恋のアイテムとはどの様な物なのじゃ?」
「それは“魔法のリップクリーム”という物でそれを唇に塗って好きな相手に愛の言葉を囁くと相手がその人の事を好きになるという物です」
「ふむ、魔法薬か。それならば準備段階で我々が姫様の手助けをしても雪ノ下家には気付かれ難いじゃろうし、良いかもしれぬな」
「ただ、“魔法のリップクリーム”の作り方に少々問題がありまして」
「作り方じゃと?店で買えるものではないのか?」
「はい、たいへん特別な魔法薬で一人の人間が生涯一度しか作る事が出来ない上に一度使えば只のリップクリームになってしまう物なのです」
「生涯に一度きりじゃと、それでは姫様はどうなるのじゃ?」
「もちろん姫様が“魔法のリップクリーム”を作って結衣にプレゼントして、それを使われてしまえば、二度と姫様は“魔法のリップクリーム”を作る事が出来ません」
「姫様の生涯一度のチャンスを平民の友人の為に使うというのか。そんな事はまかりならん」
「私もその事を姫様には言ったのですが、どうせ自分の結婚は恋愛感情抜きで国や家の事情で行われるのだから、それでも構わないと決心が硬かったので私は“魔法のリップクリーム”の材料を姫様にお教えしました」
「・・・姫様はそこまでの覚悟をして・・・ならばワシもお主らもその願いを叶えるべく動くしかないのう」
「それで、その材料なのですがたいへん入手し辛い物なのです。“思い出洞窟”の泉、ハート型の洋梨、恋煩いの花の3つなんです」
「思い出の洞窟じゃと。あんな遠くまで、ならすぐに城の者に汲み行かせよ」
「それが魔法薬を作る工程で材料の入手は本人がやらないと魔法の効果が得られないのです。ですから姫様自ら“思い出の洞窟”に行かねばなりません」
「あんな森の奥へ姫様を行かせるというのか」
「姫様は城外の友人の為の行動で城の者は使えないと仰って明日の朝、城を出て街でボディガードを雇って洞窟に向かうと仰ってました」
「そんな街で雇えるような奴らが信用できるか!姫様の身に万が一の事があったらどうするつもりなのじゃ」
「ですから、こうやって報告をしに来たのです。それに残り2つの材料はどこにあるかも分かりません。そのありかを探すには顔の広い大臣のお力添えが必要なのです」
「むむむ・・・これは厄介な事になって来たな。とにかく明日の朝、材木座は姫様の護衛を務めよ。むろん今まで通りばれない様にな。そして戸塚は引き続き鍛冶屋のヒッキーなる男の身辺調査を行え。姫菜は残り2つの材料のありかの候補を書物の中から探し出しワシに報告しろ。それを頼りにワシが材料を手に入れる手筈を整える」
「「「かしこまりました」」」
翌日の朝、お姫様は城の外に出掛ける為にいつもの平民に見せる服を着て、足元はいつものサンダルではなく頑丈なブーツを履いて肩に鞄をかけ、その中には泉を汲むためのガラスの小瓶を入れて城を出ました。もちろん大臣の命令を受けた城の兵士の材木座もお姫様に気付かれない様に後をつけます。そうしてお姫様は街に到着すると自分のボディガードをしてくれる屈強そうな男を探しました。街を小一時間ほど歩き、どうにか一人の男を雇う事が出来たお姫様は馬を借りて“思い出の洞窟”に向かいました。雇われた男は無言で馬を操りお姫様の後ろについて行きます。一方、材木座はお姫様の行き先が分かっているのでかなり距離をあけてお姫様につけている事がばれない事を第一に“思い出の洞窟”を目指しました。 そうして洞窟のある“思い出の森”の入り口に到着した時でした。今まで黙ってお姫様について来たボディガードの男が
「ここまでくりゃ、誰も来ねえだろ」
「は?あんた何言ってんの」
「ナニ偉そうなこと言ってんだ、このバカ女」
「なんだって。今、あーしの事をバカって言った」
「ああ、言ったさ。これから自分がどんな目に遭うかも分からずに金までくれたんだからな。バカって表現以外、言い様がないだろ」
「アンタ、ホントに何言ってんの?」
「アンタみたいなバカじゃ俺の事なんて覚えてないんだろうな。街で平然と話しかけてきた位だから」
「・・・あーし、アンタと会った事あったっけ」
「ああ、あるさ。カフェで因縁付けて恥かかせてくれたよな」
「あ!あの時の」
「あの時は周りに人目があったらから引き下がったが今日は勘弁しねえぞ。覚悟しろ」
そういうと男は遠慮なしにお姫様に歩み寄り力任せにお姫様を突き飛ばしました。お姫様は自分がそんな目に遭うとは思ってもおらず、堪え切れずに倒れ込んでしまいます。しかし男はそんな状態のお姫様に馬乗りになって
「この間の礼をさせていただくぜ。あんたの体でな」
「ちょっとアンタ、あーしを誰だと思ってんの」
「ただのバカだろ。自分を襲う男に金を払う大バカだ」
「こんな事したら、あんたタダじゃ済まないよ」
「どうするって言うんだ?これから起こる事をお前が言いふらすとでもいうのか?やれるモンならやってみろよ。どんだけ恥ずかしい話になるか楽しみだぜ」
お姫様はやっと自分の置かれた状況に気付きました。人は契約に基づいて動いてくれるとは限らない、自分の命令は絶対ではない、自分には自分を守る力がない事に気付きました。そうなるとお姫様は自分に馬乗りになる男が怖くなり身がすくんでしまい無意識に両手で体をガードしました。しかし屈強で力強い男はお姫様の細い腕をつかむと力任せに広げさせ、そのまま地面に抑えつけました。
「今更、逃げられると思ってんのかよ。こんな国のはずれの森の入口に助けが来るとでも思ってんのか。まあ割り切ってお前も楽しめよ。そうすりゃチョットは楽なるから」
男はそういうと片手をお姫様のスカートの中に入れて太ももを触り始めました。
「い、いやっ!ホントやめて!」
「うるせえっ!静かにしねえとぶっ飛ばすぞ!」
男の怒号にお姫様は恐ろしくて声が出せなくなってしまいました。身をすくめて男に足を撫でられながら来もしない助けを願っていると男の手はドンドンお姫様の股間に近づいて行きます。もうダメだ!そう思って目を閉じた瞬間です。
「どっせーーーーーーーーーーーーいっ!」
大きな掛け声と共にお姫様の体にのしかかっていた男の重みが消えお姫様の真横に何か大きなものが転がる音がしました。驚いて目を開いてみるとお姫様にまたがっていた男は気を失って道端の小石の様に転がっており、その反対には体の大きな男が立ってました。
「ひめ・・・大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます」
「本当にご無事ですか?」
「え、ええ、大丈夫です。少し脚を触られただけですから」
「・・・」(あ、脚を触っただと・・・この無礼者めが)
お姫様を助けたのは城の兵士の材木座でした。もちろんお姫様の危機とあっては隠れている事など出来ませんから大慌てで駆けつけお姫様に馬乗りになる男を、その勢いのままに蹴り飛ばしたのです。そしてお姫様の足に触った事を知った材木座は気を失っている男にトドメと言わんばかりに男の腕や足がおかしな方向に曲がるまで強烈なキックをおみまいしました。
「あ、あの、そこまでする事は・・・」
「いや、この様な不届き者は二度と不埒な事を考えぬ様に徹底的に懲らしめる位が丁度
いいのです」(本来なら城に連行して首をはねるところだ)
「はぁ・・・そういうモノなのでしょうか」
「それにしても何故、このような国のはずれの森まで来たのですか」
「それは友達の為に“思い出の洞窟”の泉を汲みに来たんです」
「洞窟の泉ですか。よりによって森の一番奥ではないか。女一人では危険すぎる」
「そう言われましても、これは絶対必要な物なんです」
「なら私が洞窟まで一緒に行ってあげましょう。それなら危険はない」
「・・・危険はないと仰られても・・・」
お姫様はたった今、体験した事のせいで材木座を信用する事が出来ませんでした。城に沢山いる兵士の一人にすぎない材木座の事を知っている訳もなく、カフェでは友達の結衣とのおしゃべりに夢中で材木座と戸塚の存在にも気づかないお姫様にとっては材木座はたった今、材木座に叩きのめされた男と変わらない、次の瞬間自分を押し倒すのではないかと警戒すべき相手だったのです。もちろんこっそり護衛をしていた材木座もお姫様の様子を見てその考えに気付いたので
「では、こうしよう。この男と我が乗って来た馬はここに繋いでおいて、お主は馬に乗って洞窟まで行けばいい。我が馬の手綱を引こうではないか」
「私は馬に乗っていていいのですか?」
「その通りである。それならばイザという時、お主は馬を使って逃げられるであろう」
「なるほど、それなら安心ですね」
「報酬は・・・この男の財布からいただくとして、どうだ我をボディガードに雇わぬか」
「・・・そういう事なら。お願いします」
そう言うとお姫様は馬に乗り、材木座は馬二頭を近くの木に繋いでから男の懐をあさり財布を抜き取るとお姫様の乗る馬の手綱を持ちました。
「じゃあ、洞窟まで案内しろし」
「・・・いきなり態度が変わったな」
「あったし前っしょ!その男の財布の中身は元々あーしがくれてやったもんだし、雇い主になったんだから疲れる敬語なんて使わないっつーの」
「まあ、その方が我も気遣いなくボディガードが出来るので助かるがな」
「それに、これって信用している証でもあるんだからさ。アンタ名前なんつーの?」
「え!我は・・・チューニと申す。この森には果実を採りに来たのだ」
「チューニ・・・変わった名前だね。森に果実を採りに来たって事は近くに住んでんの?」
「いや、住まいは城下町であるがこのあたりの森には滅多に人が来ないから果実が沢山残っているし採っても誰も文句を言わんのだ」
「なるほどね。穴場って訳だ」
「そういう事である。では参ろうか」
「うん、良きに計らえ」
「なにやらお姫様の様だな」
「・・・結構似合うっしょ」
「・・・」(なんて答えればよいのだ?肯定しても否定しても怒られそうで怖いのだが)
「ここは“お似合いでございます”でしょ。やり直し!」
「はぁ、では・・・ゴホン・・・“では参りましょうか” 」
「うん、良きに計らえ」
「何やらお姫様の様ですね」
「結構似合うっしょ」
「はい、とてもお似合いでございます」
「そうでしょ、当然だね」
「では手綱を引かせていただきます」
「・・・なんか手馴れてない?」
「いやいや、そんな事は無い!我はただの平民だ」
「ふ~ん、まあいいや。案内ヨロシク」
お姫様と材木座が“思い出も森”に入って行った頃、城下町のカフェの前では戸塚が鍛冶屋のヒッキーの事を待ち伏せしていました。カフェの中に入られたのでは兵士である事を話す事になりかねないのでこうしてカフェの前で待ち伏せをしているのです。
「あ、ヒッキーさん」
「ああ、戸塚さんでしたね。こんな所で何をしているんですか?」
「いや、あの何っていうか・・・」
「細身の剣をご所望ですか?」
「・・・まあ、そんなトコです」
「じゃあ私の店に行きましょうか。その方が話をし易そうですし」
「はい、お願いします。ヒッキーさん」
「さん付けなんてしなくていいですよ。みんなからヒッキーって言われてますから」
「じゃあヒッキー、ぼくの事も戸塚でいいからね」
そうして2人はヒッキーの鍛冶屋にやってきました。城下町の商店街から少し外れた小さな店で、通り沿いのドアを開けて店に入ると店の中から元気のいい声で
「いらっしゃいませ~・・・ってなんだ、お兄ちゃんか」
「そんな事言うな小町、客ならちゃんと連れてきたから」
「こんにちは」
「この人がお客さん?こんな可愛い人が剣なんか必要なの?」
「人にはそれぞれ事情ってもんがあるんだ。そんなに根掘り葉掘り聞くもんじゃないぞ」
「そりゃそうだけど・・・」
「小町、この人は細身で扱いやす剣を探しているらしいんだ。俺が雪ノ下家の特注で作った剣を全部ここに持ってきてくれ」
「え、あの5本の剣の事?この人に売っちゃうの?」
「鍛冶屋が作った剣を売って何が悪い」
「けど、それじゃあ雪乃さんが黙ってないよ」
「なんでだよ?あいつは俺の作った剣にダメ出しして作り直す様に言ってきたんだぞ。
なら失敗作は売ってもいいだろ」
「そういう事じゃないんだけどな~」
「あ、あの~何か事情があるなら他の剣でもいいんだけど」
「いや、今うちの店にある剣の中であの5本は飛び抜けて性能がいいからな。是非見て貰いたいんだ」
「けど、お兄ちゃん・・・」
「小町、さすがに5回もダメだしされると鍛冶屋のプライドが傷ついちまってな。正直、自信が無くなりかかってんだ。だから他の客にも見て貰って意見を聞かせて欲しいんだ」
「そういう事なら・・・しょうがないか。ちょっと待っててくださいね」
そういとヒッキーの妹の小町は店の奥に行って5本の細身の剣を店まで持ってきました。
「うわ!どれも本当に細身なんだね」
「ああ、限界に挑戦するみたいな作り方をしたからな。ちょっと手に取って振ってみてくれないか」
「うん、わかった」
そう言って戸塚は5本の剣のうちの一本を手に取ると鞘から剣を抜いて構えてみると
「うわぁ・・・ホントに軽い。これでちゃんと斬れるの?」
「そうだな、じゃあこれを斬ってみてくれ」
「え、槍の取っ手?こんな木の棒が切れるの?」
「それ位じゃないと剣として使えないだろ。どうせダメだしされた剣だ遠慮しなくていいぜ」
「じゃ、じゃあ・・・やってみるね」
戸塚は腰を落として剣を構えると一呼吸溜めてから、一気に細身の剣を槍の取っ手に向かって斜めに振り下ろすとカッ!という限りなく金属音に近い音がしたと思ったら槍の取っ手は斜めに綺麗に切り離されました。切り離された槍の取っ手を拾い上げて繁々と見るヒッキーと妹の小町。一方、剣を振り下ろした戸塚は茫然としていました。
「凄い、こんなに綺麗に斬れちゃうんだ」
「ああ、いい腕だ。これは剣の力だけじゃないぞ」
「いや、これは剣の力だよ。僕の腕で槍の取っ手をこんな風に斬ったのは初めてだもん。それにこんなに太い木の棒を斬ったのに刃こぼれもしてないし剣自体が曲がってもいない。ヒッキーの作った剣は本当に凄いよ」
ヒッキーと小町が槍の取っ手の切り口を見る様に剣を繁々と見る戸塚。その表情は驚きと喜びにあふれていました。
「ヒッキー、他の剣も試し斬りしていいかな。これ程の剣は初めてだよ」
「ああ、好きなだけ試してくれ」
自信を取り戻したヒッキーは戸塚の申し出を喜んで受けました。
戸塚がヒッキーの剣の性能に驚いている頃、城中では大臣と姫菜が話をしていました。
「大臣、残り2つの材料のありかなのですが」
「うん、何か分かったのか?」
「まずハート型の洋梨ですが、これは普通の洋梨の木に成るそうです。洋梨の突然変異の様なものでこの国でも毎年に二・三個ずつ収穫されている記録がありました」
「毎年たったの二・三個だと。それではもう既に収穫済みかもしれぬではないか」
「おっしゃる通りです。ですから今から出来る事は国中の果樹園を回ってハート型の洋梨があったら収穫を中止するように命令する事だけです」
「むむむ・・・しかし大っぴらに兵士を繰り出しては雪ノ下将軍に何をしているかが漏れてしまい、その結果、将軍の次女にもその事がばれてしまうぞ」
「しかし、このまま手をこまねいている訳には」
「已むを得んな。ワシの直属の部下を使う。数が少ないから全ての果樹園を回ることは出来ぬが何もしないよりはましであろう。で、もう一つの材料については何か分かったのか」
「そ、それが・・・恋煩いの花はこの国には生えていないのです」
「なんじゃと」
「正確にはこの国の恋煩いの花は絶滅してしまったのです」
「なぜじゃ?なぜ絶滅などしてしまったのじゃ?」
「恋煩いの花は古来より魔法薬の材料として珍重されてきましたから、そのせいで乱獲されて結果としてこの国の恋煩いの花は絶滅してしまったのです」
「では、もうこの国では“魔法のリップクリーム”を作ることは出来ぬのか」
「いえ、方法が一つだけあります」
「なんじゃ、申してみよ」
「隣のリーフマウンテン王国の王宮の温室に何輪か鉢植えが残っているそうです」
「リーフマウンテン王国の王室の植木を譲って貰わなくてはならぬのか」
「幸い我が国とリーフマウンテン王国の関係は良好です。なんとか大臣のお口添えで恋煩いの花の鉢植えを譲っていただけるように手配出来ませんでしょうか」
「王宮管理の植物の鉢植えともなるとワシの権限を飛び越えて国王陛下の許可が必要になる」
「そこまで必要なのですか」
「これは二つの国の王室の外交交渉なのだ。大臣の肩書では口出しも出来ん」
「じゃあ国王陛下の許可を貰った上で姫様が直にリーフマウンテン王国の王室と鉢植えを譲って貰う交渉をしなくてはいけないんですね」
「貴重な植物の鉢植えじゃ。相応の見返りを要求されるであろうな」
「・・・」
「可能性がある以上は放っても置けんな。これから国王陛下に相談してくる」
「よろしくお願いします」
「姫菜、お前はこれからも情報収集に務めろ。材木座や戸塚から何か情報が入ればお前が代わりに聞いておけ。ワシはこれからかなり忙しくなるからな」
「分かりました。よろしくお願いします」
「・・・お前は姫様にとって城内で唯一と言っていい友人じゃ。それに姫様は幼少の頃よりワシが面倒を見てきた孫にも等しい存在じゃ。姫様の我儘を聞ける時間もそう長くは残されておらんじゃろう」
「大臣・・・」
「任せておけ。必ず国王陛下を説得して見せる。姫様とその友人の我儘はワシのもんじゃ♪」
「はい、期待してます♪」
― 続く ―