魔法のリップクリーム   作:Z-Laugh

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第四話

 優雅な噴水が中心を為すシンメトリーが美しい庭園を臨むテラスでメイドが淹れた紅茶を飲みながら読書にいそしむ美少女が一人。長い黒髪が艶やかで、その大きな瞳には強い意志が感じられます。線の細い体でありながら貧弱と思わせない女性らしい体つきの美しい少女は紅茶を一口飲むと読んでいる本のページめくりました。その様子はまるで一幅の絵の様です。しかしそこからは見る事が出来ない彼女の頭の中は本の内容ではない別な事で一杯でした。

「全く、あの男は督促を止めると途端に納品が遅くなるわね」

 そう一言つぶやくと彼女は本を閉じて天を仰ぎ、ため息をつきました。

「やっぱりこちらから会いに行かないと駄目なのかしら」

 そうして彼女はテラスから屋敷の中に入ると自分の部屋のクローゼット開けて外出する為の服を選び始めました。

「これはこの前、着てしまったし、こっちはこの間派手過ぎるとからかわれたし、新しく注文した服が届くのは明後日だし・・・」

 納品を督促しに行くだけだというのに着ていく服に迷っている彼女。クローゼットの前で腕組みをして考え込んでいると

 

 コンコン

 

 開いたドアにもたれながらノックする女性が一人。

「雪乃ちゃん、またお出掛けかな」

「ね、姉さん。別に姉さんには関係ない事よ」

「けど、またあの鍛冶屋に行くんでしょ」

「そ、それは・・・注文した品物が中々完成しない上に納品が遅れる一方なのだから督促に行くだけよ」

「注文した品物が完成しないって、あれだけの剣を作らせておいてまだ不足なの?」

「私が欲しいのは細身で片刃で軽くて女性でも扱い易くて飾りなど無くても見る人を圧倒する様な剣なの。今までの5本の剣では不十分だわ」

「・・・それってあの鍛冶屋さんが作りたがってる剣の事じゃん。なんか雪乃ちゃんが剣を特注してるって言うより鍛冶屋さん夢を叶える為のスポンサーみたいだね」

「ま、まあ、そういう面も無きにしも非ずね。彼なら私が望む剣をきっと作れると見込んだからこそ5回目の作り直しをさせているのだし」

「けど、本当にそれだけ?他に目的があるんじゃない?」

「そんなモノ無いわ。ありえないわ」////

「私の調べた所によると、あの鍛冶屋さん近所のカフェの看板娘にもアレコレして貰っているみたいだよ」

「・・・知っているわ。彼の妹さんから散々聞かされているもの」

「身分が違うし、住んでる場所も近くない。向こうの方が圧倒的に有利なのに雪乃ちゃんは剣を特注するしか出来ないの?それじゃあ勝てる戦も勝てないよ」

「けど・・・あの男は目が腐っているばかりか人の気持ちを察する能力まで腐ってしまっているから・・・」/////

「私と一緒に雪ノ下家直轄の武器工房を設立しましょうってハッキリ言えばいいのに」

「ね、姉さん!私は別に・・・」/////

「家の事は私に任せちゃっていいからさ、雪乃ちゃんは好きな人と結婚しなよ。家の役に立つ様な形にすればお父さんとお母さんだって納得してくれるよ」

「・・・」//////

「あと、これだけは言っておくけど身分が違う分、積極的にならないと後悔する事になるよ」

 そう言い残して雪乃の姉・陽乃は部屋を出て行き、廊下を歩きながら独り言を漏らします。

「やっぱり“魔法のリップクリーム”を作るしかないか。全く・・・世話の焼ける妹だ♪」

 

 その頃、城内の図書館では司書の姫菜と兵士の材木座と戸塚の3人が話をしていました。

「さっきは危なかったね」

「全くである。まさか姫様が図書室にいるとは。危うく鉢合わせになる所だった」

「けど、“思い出の洞窟”の泉とハート型の洋梨らしき果実を持って帰って来たんだから真っ先に姫菜さんに見せに来るのは予想出来た事だよ。これからは気を付けないとね」

「ホント材木座君が姫様と顔見知りになっちゃったのは私たちが姫様のサポートをする上でマイナス要因だね。もう姫様の前で姿を晒せなくなっちゃったんだから」

「護衛ばかりか城内でも気を付けなければならないとは・・・」

「これは材木座君の後任が決まったら城外への配置転換になっちゃうかもね」

「そうだね、姫様を救う為とは言えコッソリつけていたのは事実だもんね」

「うう・・・国境警備かそれとも地方の要塞か。いずれにしても城下には住んでおられんな」

「まあ大臣はそんな薄情な人じゃないから何かしら手を打ってくれるはずだよ」

「そうそう、そんなに悲観する事ないって。それより今は大臣がリーフマウンテン王国との交渉の下準備をするまでの間、姫様の護衛と“魔法のリップクリーム”の製造で出来る事をしておかないと」

「そうであるな。護衛は戸塚氏が単独で行うとして、我は戸塚氏に代わってヒッキーなる人物の調査を行おう。そして姫菜、お主は姫様が持ち帰った果実がハート型の洋梨であるかどうかを大急ぎで確認してくれぬか」

「うん、あの果実は城の魔法の専門家に見せて鑑定をしてもらうつもりだし、それで分からなければ城下の魔法アイテムの店で聞き込みをしてみるつもり」

「となると我々3人全員が城下町に出掛ける事になるかもしれぬのだな」

「僕達だけじゃないよ。僕が城下町に行くって事は姫様の城下町に行くって事だもん。それに鍛冶屋のヒッキーの動き次第では材木座君も結衣さんのカフェの近くに来ることになるよ」

「我が姫様と出くわしてしまう可能性があるな。カフェに近所では気を付けなくては」

「一体いつ、大臣は戻って来てくれるんだろう」

「出発したのは今日の昼前でしょ、だったらリーフマウンテン王国のお城に着くのは明日の昼頃だよ。それで国王陛下の親書を渡して姫様と王子様の会談の下交渉をしてから帰ってくるんだから早くて明後日の夜だろうね」

「では、それまでの間、我々はさっき言った自分の仕事をするだけであるな」

「ううん、実は姫様の護衛と鍛冶屋のヒッキーの身辺調査以外に2人に頼みたい事があるの」

「何?頼み事って」

「出来ればでいいんだけど、カフェの結衣のライバルである雪ノ下家の次女の動きを探って欲しいんだよね。今までの様子からして大丈夫だとは思うけど大臣が戻るまでに何か派手な動きをされると何かしら対応しなくちゃいけなくなるでしょ」

「そっか、今の所、将軍の娘は剣を特注する事を口実にヒッキーに会っているだけだけど別なモーションをかけ始める可能性があるんだもんね」

「とは言っても将軍の娘の情報など、どうやって手に入れればよいのだ?今までの話ではヒッキーなる鍛冶屋は2人の気持ちに気付いておらぬし、カフェの結衣とて情報を持ってはおらぬだろう」

「そうだね・・・あ!そうだ。小町ちゃんに聞けばいいよ」

「小町?何者であるか?」

「ヒッキーの妹だよ。彼女はヒッキーと一緒にお店の切り盛りをしているからいつも店にいるしヒッキー本人より将軍の娘と結衣さんの動きに詳しい様子だったよ」

「むむむ、若い女への聞き取りは苦手であるから気が重いな」

「じゃあ僕の名前を使えばいいよ。ヒッキーも小町ちゃんも城の兵士とコネが出来る事を商売繁盛のきっかけにしたがってたみたいだしさ。僕から紹介されたとか僕の剣を見たとか言えば簡単に話を聞いてくれると思うよ」

「なるほど、あれ程の剣を作れる鍛冶屋だ。他にも良い物を売っておるかもしれぬな」

「けど、城の兵士だってバレちゃって大丈夫?姫様に感づかれないかな?」

「それは大丈夫だと思うよ。ヒッキーと小町ちゃんは僕が姫様の護衛である事と姫様の正体を知っちゃったけど、それをバラす気は全くないみたいだからさ」

「戸塚氏が姫様と自分の正体を見抜かれた事を周りにバラせば姫様が黙っておらぬだろう。さすれば鍛冶屋がせっかく作った城の兵士とのコネをつぶす事になるのだな」

「そういう事!鍛冶屋のヒッキーと小町ちゃんは僕らと一蓮托生なんだよ」

「へ~、だったらあの果実の調査で城下町に行く事になったら私もその鍛冶屋に顔を出してみようかな。どうせ結衣のカフェによるつもりだったしさ」

「それなら役割を変えない?材木座君が城下の魔法アイテムの店に行って、あの果実の調査をして姫菜さんが結衣さんと小町ちゃんに聞き取りをした方がいいように思うんだけど」

「そっか、私は結衣とは何度もあった事があるし女性でも扱い易い武器を扱っている鍛冶屋なら私が顔も出しても不自然じゃないもんね」

「なるほど妙案である!ではその様にしようではないか」

「じゃあ僕は姫様の護衛、材木座君はあの果実の調査、そして姫菜さんはヒッキーと将軍の娘の動きの調査だね」

 そうして兵士の戸塚と材木座と司書の姫菜の新たなお姫様のサポートが決まりました。そして翌日の朝の事、大臣は国王様の手紙を携えていた事、お姫様の願いを叶えてあげたい事から夜を徹しての移動を行い戸塚の予想より早くリーフマウンテン王国のお城に到着し、門番の兵士に国王様への謁見を申し出ました。幸運にもそれほど待たされる事なく大臣はリーフマウンテン王国の国王様に会う事が出来ました。

「この様な朝早い時刻から謁見をお許しいただき、誠にありがとうございます」

「いやいや、隣国の大臣自らお出でになったのですから無下になど出来ません。してどの様な用向きで?」

「はい、それにつきましては国王陛下より親書を預かって参りましたのでご覧いただきたい」

 そう言って大臣は近衛兵に手紙を渡し、近衛兵がそのままリーフマウンテン王国の国王様に手紙を渡しました。封を開け中の手紙を読む国王様・・・そして手紙を読み終えると

「なるほど、次代の王室を担う者同士の会談ですか。中々良い考えですな」

「はい、両国の一層の国交を促すには最高の手段だと考えております」

「お互い次代の国の事は常に考え、準備をせねばなりませんからな」

「お察しいただき誠にありがとうございます。私共の優美子姫は十八歳で貴国の隼人王子様と同じ年でございます。この会談がお二人にとってどこまでの縁と成り得るかは分かりませぬが機会は一つでも多い方が宜しいかと」

「全く、仰る通りですな」

 リーフマウンテン王国の国王様は大臣の言葉を聞き入れると近衛兵に隼人王子をこの場に呼ぶように命令しました。そうして謁見の間にやって来た隼人王子は噂にたがわぬ容姿の持ち主で王子を見た大臣は

「これはお初にお目にかかります」

「初めまして、この国の王子の隼人でございます。本日は遠路はるばるリーフマウンテン王国の城までようこそお出で下さいました」

「いや、しかし・・・これは噂にたがわぬ、イヤ噂以上の凛々しさでございますな」

「その様な褒め言葉は必要ありません。どうかお気遣いなく」

「大臣殿、隼人の奴は自分の容姿の事をアレコレ言われるのがあまり好きではないのですよ」

「左様でございましたか。それは失礼をいたしました」

「いえ、お気になさらないで下さい。会う人会う人皆が容姿の事しか言わないので少々辟易しておりまして・・・私は容姿より国を思う気持ちと国に相応しい人間であるかどうかを見ていただきたいのです」

「なるほど、そのお考え、ご立派でございます。何卒、我が国の優美子姫と両国の次代の担うべく会談をしていただけませんでしょうか」

「隼人、大臣殿は両国の一層の国交を臨んでおられる。それに国王陛下からの親書にも同様の申し出がしたためてあったのだ。申し出を受けてはみぬか?」

「父上、それは要するに私と優美子姫との見合いという事でございましょうか?」

「そこまでは考えておらん。もし、この会談がそこまでの縁に成長すれば喜ばしい事ではあるが私も大臣殿もそこまではお前と優美子姫に押し付けるつもりは無い」

「では本当にただの会談として会うだけでよろしいのでしょうか?」

「無論だ。大臣殿もそれでよろしいのですな?」

「はい、国王陛下の仰せの通りでございます。王室の人間は選ばれた人間であるが故、会える人間の数に限りがございます。ですからこそ出来る限り多くの人間と出会い、話をするべきと考えております」

「なるほど、仰る通りだと思います。確かに王室の人間は狭い王室か広すぎる政治外交の世界しか知りません。この様な機会は積極的に受け入れるべきなのでしょうね」

「では隼人、優美子姫との会談を受けるという事で構わぬな」

「はい、父上。喜んでお受けさせていただきます」

「大臣殿、お聞きの通りです」

「ありがたき幸せ。これは我らの優美子姫にとっても世界を広げる機会となりましょう。この様な好機を与えていただき誠にありがとうございます」

「では大臣殿は国に帰られたら日程の調整をして下さいますか」

「かしこましました。早急に日程を調整し出来うる限り早い時期に会談を実施させていただきます。ただ、会談の場所でございますが貴国の王宮という事でもよろしいでしょうか?」

「ふむ・・・我が国の王宮ですか」

「王室の人間同士の会談です。本来なら城の謁見の間を使うなどして行われるのが通例でございましょうが、若い人間同士ざっくばらんに話していただく為にもその方が宜しいかと」

「・・・いいでしょう。では場所は我が国の王宮という事で話を進めて下さい」

「ご了解いただきありがとうございます。それでは大急ぎで国に帰り、陛下と王子の寛大なる返答を我が国の国王に伝えさせていただきます」

 そうして大臣は謁見の間を後にして一路、お姫様が待つお城へと帰っていきました。しかし謁見の間に残ったリーフマウンテン王国の国王様と王子様は

「父上、優美子姫について何か聞いてらっしゃいますか?」

「いや詳しい事は何も聞いておらぬ。ただ相当なじゃじゃ馬であるという噂は聞いておるな」

「左様ですか。相手を知らずして会談には望めません。密偵を出す事をお許し願えませんか」

「・・・よかろう。王室外交にはその様な手法も必要だからな」

「ありがとうございます。では早急に手配をさせていただきます」

 そうしてリーフマウンテン王国のお城から一人の密偵が先の城を出た大臣を追い抜かんばかりのスピードでお姫様の調査に向かいました。そんな事を知らずお姫様はいつもの日課のごとく城門近くの部屋で平民の服に着替え城を出る準備をします。

「結衣にちょっと時間が掛かりそうなこと言っておかないと」

 いつもの様に隠れた兵士に見守られながら城を出ると、そこには司書の姫菜が待ち伏せしていました。

「姫菜!こんなトコで何してんの?」

「何してんのとはご挨拶だね、優美子。私も久しぶりに結衣のカフェのミートパイを食べたくなったんだよ」

「そんな事言って・・・大臣の留守中に何かあるとマズいから私を見張りに来たんでしょ」

「まさか、私は大事な友達の優美子と一緒にミートパイを食べたいだけだよ」

「ますます嘘くさいし」

「まあまあ、そう言わずに。ほら早く行こう」

「ま、たまにはいっか」

 そうしてお姫様と姫菜の2人は結衣のカフェにやって来ました。

「いらっしゃいませ・・・へ~、2人で来るなんて珍しいね」

「うん、さっき近くで出くわしてさ」

「久しぶり結衣、私ミートパイとコーヒーね」

「ホント久しぶり、お城の図書館の仕事って忙しいの?」

「まあ、ボチボチね。新しい本を入荷したりすると忙しくなるけど使う人が限られている施設だから基本ヒマよ」

「あ~、そんな事お城の人に聞かれたら怒られるよ」

「ホントだよね~。姫菜が図書室で仕事をせずに城下町でミートパイを食べてるなんてお城のお姫様が知ったら激オコだと思うし」

「そうかな、優しい優しいお姫様の事だから笑って許してくれるんじゃないかな」

「ホントに大丈夫なの姫菜?お姫様って凄く怒りっぽいって噂だよ」

「さあ、私みたいな司書じゃお姫様に会う機会なんてまず無いからよく分かんないや」

 言いたい事を言えずに我慢して小さくプルプルと震えるお姫様を横目に姫菜がそう言うと辛うじて平静を装いながらお姫様が

「ゆ、結衣。お城のお姫様ってそんなに怒りっぽいって噂なの?」

「うん、よく聞くよ。お店に来た商人さんとか兵士の人がよくそう言ってるもん」

「へ、へ~・・・ぜひ会って話を聞いてみたいな~」

「どうしたの優美子?顔が引きつってるよ」

「多分お腹が減って不機嫌になってるんだよ。結衣特性のシチューでも食べさせてあげたら」

「それは不機嫌が治る!じゃなくて、止まる!だし。結衣、あーしはカフェオレね」

「ハイハイ、ちょっと待っててね」

 そう言って2人のオーダーを伝えに結衣が厨房に行ってしまうとお姫様と姫菜は小声で

「姫菜、アンタね~」

「いいじゃん、優しくて怒りっぽいお姫様」

「城に帰ったら大臣に言いつけるから、そのつもりでいろし」

「無駄無駄、大臣は優美子の為って言うだけで大抵の事を許してくれるんだから」

「配置転換考えた方がいいかな」

「どこに行っても大して変わらないと思うよ。特に優美子がね」

「う!」

 お姫様は姫菜をやり込める事が出来ないばかりか簡単に反撃をされて言葉を失ってしまいました。そうして2人の元にミートパイとコーヒーとカフェオレが運ばれて来た頃、店のドアが再び開きました。

「いらっしゃいませ」

「ミートパイを三つ包んで貰えるかしら」

「はい、じゃあそこにかけて待っててくださいね」

 そう言われた客はドア近くの椅子に腰かけると結衣の事をジロジロと観察しました。

(なるほど、小町さんの話の通りね。とっても可愛いし話の受け答えも朗らかで優しい印象だし、何よりあの体は危険すぎるわ)

 ミートパイ三つを注文したのはヒッキーに会いに行く途中の雪乃でした。以前からヒッキーの妹の小町に結衣の事を聞かされていて気にはなっていたものの実際に会う機会がなくどんな女性なのかと悶々としていたのですがヒッキーへの納品の督促という雪乃なりのデートに向かう途中、ヒッキーと小町への差し入れを買うついでに自分のライバルを確認しに来たのです。しかしその異様な視線は先に店に来ていた2人に気付かれてしまいます。

「優美子、あの子何をあんなに一生懸命結衣を観察してるんだろう?」

「・・・あれって・・・どっかで会った事が・・・あ!」

 お姫様はパーティや色々なお城の催し物で将軍の娘である雪乃に会った事があったのです。無論、お姫様が雪乃の顔を覚えているのですから、雪乃がお姫様の顔を知らない訳がありません。お姫様は大慌てで雪乃から顔を逸らしますが時すでに遅く、お姫様に気付いた雪乃が驚いた表情でお姫様を見ていました。

「なぜ、この様な所に?」

「え、あんた誰?会った事ないんだけど」

「お忘れでございますか。私は雪ノ下将軍の次女の雪乃でございます」

「え、将軍?雪ノ下?あーしそんなの知らないし」

 不思議がる雪乃と慌てふためくお姫様を見て姫菜が2人の関係に気付き、2人の間に割って入る様にして頭を下げ、再び顔を上げると雪乃に向かってウインクをしながら人差し指を唇に当てました。それを見た雪乃はお姫様の慌てる様子を併せて考えお姫様が内緒でカフェに来ているという状況を把握しました。

「・・・失礼しました。どうやら人違いでした」

「やっぱ、そうっしょ。あーし将軍とか知らないし」

「お待たせしました~ってアレ?優美子も姫菜も何してんの?」

「いや、何でもないし」

「そうそう、何でもない、何でもない。ほら、お客さんがミートパイ待ってるよ」

「あ、ごめんなさい。じゃあコレ、注文のミートパイ三つね」

「ありがとう、お代はこれで」

「はい、ありがとうございました」

「また寄らせてもらうわ。とても興味深いカフェだから・・・」

 雪乃は結衣とお姫様を見ながらそう言うと店から出て行ってしまいました。残された

お姫様、姫菜、結衣の3人は茫然と雪乃を見送ると結衣が2人に尋ねました。

「ねえ2人はあの人の事知ってるの?友達?」

「違うし、全然友達じゃないから。てゆーか全然知らないから」

「・・・あたしは知ってるよ。お城で何度か見た事がある」(あれが雪ノ下将軍の次女か初めて見た)

「え、お城で見たって、貴族の人なの?」

「アレって雪ノ下家の次女の雪乃さんだよ」

「ちょっと姫菜!」

 お姫様は結衣に自分の正体がばれるのではないかと心配で姫菜の言葉を掻き消そうとしましたが姫菜には別な狙いがあったのです。そう姫菜の言った言葉はお姫様ではなく結衣に、ヒッキーに想いを寄せる結衣に向けられたモノだったのです。

「え、あれが雪ノ下家の次女!?」

「うん、お城でも凄い美人だって評判なんだよ」

「あの子がヒッキーに剣の注文を・・・」

「結衣、優美子から話を聞いたけど・・・あの子に勝てそう?」

「え!勝てそうって・・・優美子、話しちゃったの」

「あーし言ったじゃん。色々な人に話を聞いてみるって」

「けど姫菜に言うなんて恥ずかしいじゃん」

「酷いな~結衣、あたしには相談出来ないって言うの」

「そうじゃないけど、やっぱり友達に知られるのは恥ずかしいよ」

「けど、知ったからには知らん顔なんてしないからね。で、どうなの?勝てそう?」

「そんなの分かんないよ。お金持ちの貴族だとは知ってたけどあんな美人だとは思ってなかったもん。まさかヒッキーがあんな美人に関心を持たれてるなんて想像つかなかったよ」

「・・・結衣、アンタがそれを言う。それにしても貴族の娘がライバルだなんて」

「敵を知らず、己を知らず、百戦危ういって状態だね」

「ホント、あれはかなりの強敵だし。油断はできないっしょ」

「油断ね・・・貴族のお嬢様が城下町のカフェで食べ物を買うなんて、ちょっと変だよね」

「姫菜、あんた何が言いたいの?」

「アレってさ、ヒッキーとか言う鍛冶屋さんへの差し入れじゃない」

「あっ!」

「ナニ、結衣心当たりでもあんの?」

「小町ちゃんだ」

「誰それ?」

「ヒッキーの妹さん。凄く気の回る頭のいい子なんだけど、ヒッキーに近づく女性みんなにヒッキーの事教えまくっちゃうんだよ」

「ナニソレ?ブラコン!?」

「まあ、そういう面もあるけど小町ちゃんはヒッキーを早く結婚させたいみたいなんだよね」

「なるほど、だから見境なしにお兄ちゃんの情報を知り合う女性全員に教えちゃってる訳だ」

「うん、そんな感じ」

「じゃあ結衣も負けてらんないじゃん。ミートパイでもサンドウィッチでも何でもいいから差し入れればいいじゃん」

「それ・・・散々やってヒッキーがそんなに気を使うなって不機嫌になっちゃったんだよね」

「食べ物作戦はダメか・・・なら他の方法が必要だね」

「姫菜、なんかアイデアがあるの?」

「ない訳じゃないけど、ちょっと時間と手間が掛かるんだよね~。そうでしょ優美子」

「うん。結衣、あーしは今日その事を言いに来たの。姫菜が良い作戦を思い付いたんだけどちょっと手間と時間が掛かりそうでさ。だから少し時間をくんない」

「優美子、一体何をする気なの?」

「ちょっと他の奴に真似出来ない事!けど確実に結衣の助けになる筈だから待っててよ」

「結衣、私達を信じて」

「・・・わかった。待つよ、けど早くしてね。雪ノ下さんが思ったより積極的に動いているからさ」

「まあ、待っている間は結衣が単独で何か仕掛けるしかないね」

「何をすればいいの姫菜?」

「そうだね~、結衣の家はカフェだから食べ物を差し入れると商売の邪魔をしているように感じちゃうんだろうから食べ物以外の何かを差し入れるといいんじゃないかな」

「そっか、食べ物以外か。何がいいんだろう」

「出来れば食べ物みたいにすぐ無くなっちゃって次の機会が作れる物がいいんだけど」

「だったら薪かな、ヒッキーも小町ちゃんも薪を集めるのに随分苦労をしてるみたいだから」

「薪って、なんか色気ないんだけど」

「けど他に浮かばないよ。それに薪なら私も店で使う薪を集めるのに郊外の森に行ったりするしね。少しなら手伝えるよ」

「薪屋で買えばいいじゃね」

「薪屋の薪って結構高いんだよ。毎日使ってたらお店が潰れちゃうって」

「じゃあ、私たちを待っている間、結衣は薪集めを口実にヒッキーさんに会う事。絶対、雪ノ下家のお嬢様に後れをとっちゃダメだよ」

「わかった、頑張ってみるよ」

「じゃあ優美子、私達もアレを作る準備を進めないとね」

「そうだね、何と交換しようかな・・・」

「優美子は家(城)に帰って作戦を練って、私はヒッキーさんのお店に顔を出してみるから」

「え、姫菜がヒッキーのお店に行くの?」

「うん、どんな男か見ておきたいし。それにかなり腕のいい鍛冶屋さんらしいじゃん。護身用の短剣を買うとか言って、ちょっと雪ノ下さんの邪魔をしてやろうと思ってね」

「姫菜、あんた悪党スギ!」

「まさか優美子に言われるとは思わなかったよ」

 

― 続く ―

 

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