魔法のリップクリーム   作:Z-Laugh

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第七話

 王子様はお姫様の要望を受け入れお姫様に庭を案内しました。テラスから眺めるのと違い間近に見る花々や木々は瑞々しい葉脈で十二分に世話が行き届いている様に見て取れました。先程の王子様の話を聞いてなければ、ただの綺麗な庭という感想しか抱かなかったであろうお姫様でしたが王子様の農業政策を聞かされたせいで複雑な思いで彼女は王子様の後をついて歩きました。すると王子様はお姫様をガラス張りの温室の前に連れて来ました。

「ここは?」

「栽培方法が研究中の植物が収められている温室です。栽培方法が解ってないので屋外に置いておくと、すぐに枯れて栽培に失敗してしまいますからね」

 そう言って王子様はお姫さまを温室の中に招き入れました。温室の中はムワッとする暖かな空気に満たされており肌にまとわりつく湿気が少々不快に感じる環境でした。

「海外の王室のお客様をここに案内したのは優美子姫が初めてですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、王室の人間は農業には関心が薄い方が多いもので・・・」

「自国の農業政策や食糧問題に関心が無い王族なんているんですか?」

「います。残念な事ですが自分は食事に困る事など絶対に無いと思っている人が大勢います」

「・・・それは私も同じです。食事を摂れない事なんて考えた事もありません」

「しかし優美子姫、あなたは少し違います。私の話をちゃんと聞いて下さって研究成果を見てみたいとまで言って下さいました」

「あの話を聞いても農業政策と食料問題に関心を持たない人がいるんですか?」

「ええ、大抵の人達はつまらなそうな顔をして軍備と国境問題の話を始められます」

「それも・・・重要な問題ですからね」

「ええ、重要な問題です。考えない訳に行かない重要な問題です。しかし政とはそういった多くの物を総合的に考える必要があるものだと考えています。しかし私はまだ未熟ですからそれが出来ません。農業政策だけで精いっぱいです」

「いえ、十八という年齢でここまでの事が出来れば十分に凄い事だと思います。私などはこの年になってやっと城下で国民がどんな生活を知っただけなのですから」

「へえ・・・城下の民の生活に興味があるのですか?」

「最初は只のいたずらのつもりだったんです。退屈な城中の生活に嫌気がさして城から抜け出して平民のふりをして城下町を歩いてみたんです」

「護衛を付けずに城を出たのですか!?」

「ええ、城中にいる同じ年の友達に頼んで少しみすぼらしい服とサンダルを手に入れて何くわぬ顔をして歩きました」

「面白い事をされたのですね。確かに城の外の様子を直に見てみたいという衝動にかられた事は何度かありましたが実際にやった事は・・・」

「それまでの私は飢えた人間がいる事すら知らない人間でした」

「・・・」

「領地の中で最も城と王の威光が届きやすい城下町ですら、そんな様子だったのは本当に驚きました」

「・・・それで優美子姫はどうされたんですか?」

「どうとは?」

「驚いただけなのですか?それとも面白がって何もせず見ていただけなのですか?」

「あーしがそんな事する訳ないっしょ!」

 お姫様は王子様の挑発に簡単に乗ってしまい、つい、いつもの喋り方で王子様に反論してしまいました。王子様も自分から挑発したのだからある程度の感情の起伏がお姫様から観察出来るだろうとは思っていましたが、まさか自分の事を“あーし”と呼び、その語尾が“しょ”などという乱暴な言葉遣いになるとは思ってもいなかったのでお姫様以上に驚いてしまいました。

「ゆ、優美子姫!?」

「あ!失礼しました。今のは・・・城下で流行っている言葉遣いを真似しただけなんです」

「そ、そうでしたか。いや驚きました!隣国の姫の口から先程の様な言葉が飛び出すとは」

「どうか、この事は大臣には内密にお願いします」/////

「フフ、わかりました。で、優美子姫。あなたは城下の様子を知ってどうされたのですか」

「私は国の中の貧富の差が大きい事が一番の問題だと考えました」

「貧富の差?それはあって当たり前です。皆が同じ様な生活をするなんて夢物語です」

「それは私も分かっています。私が良くないと思ったのはその差が大き過ぎる事です。城の要職に就く人間だけではなく、そのおこぼれに預かろうする人間が多すぎます。その事が国の財政を圧迫している事を問題視したのです」

「確かに自分の権限を私利私欲の為に使う人間は後を絶ちません。しかしそれは多くの人間が集まれば止むを得ない事です」

「私は城下で暮らす人達の生活の知恵をそういう人達に王家の姫の立場を利用してハッキリ言う様にしたんです」

「城下の人間の生活の知恵?」

「ええ、もっと言えば貧しい人達が暮らしていく為の節約の知恵です。生活に困窮し無駄な物を切り詰める。そういう工夫を積み重ねた人々の生活の知恵は実に理路整然としていて無駄が無い方法なんです」

「なるほど、あって当たり前ではなく、無くて当たり前という発想ですね」

「ええ、単純明快で理路整然としている方法論を王室の姫が進言すれば、城で無駄を当たり前と思っている人間の意識改革につながります。ひいてはそれが部署ごとの成果の差となって現れ国王陛下の目に止まる様になるのです」

「成果の出る部署と出ない部署・・・それなら城内の無駄を糾弾する恰好の材料になる」

「幸い、お父様、いえ国王陛下は私が各部署で指摘を繰り返す事を執政の改革と捉えて下さっていて今のところは城内業務の合理化が上手くいっています」

「それは凄い。執政の難しさは如何に権力の頂点である国王の意思を速やかかつ正確に末端にまで伝える事が出来るか否かです。それの合理化が実現すればよりスピーディーな行動がとれる様になるし、その事がコストの削減にも繋がるはずです」

「城内で何か始めようと思っても、あちらの部署と会議、こちらの部署の了解と煩わしい手続きを最小限にする事が出来れば城内で働く人間も仕事が楽になり結果として給金が安くても文句を言わなくなります」

「仕事が大変なままで給金を下げられてはたまりませんが、仕事が楽になるのであれば文句も言えないんでしょうね」

「ええ、そんなところです」

「正直、私が農業政策に力を入れている理由には城内の煩わしい人間関係に辟易している部分が少なからずあります。しかし姫はそれをやってのけているのですね。大したものだ」

「いえ、まだ小娘が我儘を言っているに過ぎない程度のモノです。その様に褒められると逆に困ってしまいます」

「いやいや、ご謙遜を。本当に素晴らしい実績だと思います」

「では、その実績を讃えていただけませんでしょうか」

「実績を讃える?」

「ええ、先程テラスでお話を伺った隼人王子が自身の実績を記録するために庭を作ったというのを私も少々真似してみたくなりました」

「それは・・・会談の記念にここにある植物を譲るという事ですか?」

「話が早くて助かります。実は私は今回の会談をするにあたって、貴国の事を少々自分なりに調べてみましたが、それによると貴国には今となっては貴重な魔法薬の材料となる恋煩いの花が残っているそうですね」

「恋煩いの花ですって・・・よく、そこまで調べましたね。あの花は最早知る人が極めて少ない植物です。そして、知った人は皆、譲って欲しいと言ってきます」

「そうでしょうね。王室管理の貴重な植物を会談の記念に分けていただけたとなれば、それは十分に相手に信用をしてもらった証になりますから」

「しかし、あの花は・・・」

「問題があるのですか?」

「ええ、確かに恋煩いの花は確かにこの温室にあります。しかし、それは栽培方法が確立されてないからです」

「では、もう恋煩いの花は絶滅を待つだけなのですか?」

「いいえ、あの花は毎年二十から三十の種を付けるのですが、それをすべて研究用に栽培をしても花を咲かせる事が出来るのは、その内の二・三鉢だけなのです」

「約、十分の一といった確率ですね」

「ええ、それだけにまだ他国の方にお譲りする程の数は生産出来てないのです」

「どうしても無理なのでしょうか?」

「そうですね・・・現在、あの花は二十鉢程ありますから一鉢くらいならば」

「それで結構です。何も十も二十も寄越せだなどと申し上げるつもりはありません」

「う~ん・・・どうしたものかな」

「まだ、何か問題でも?」

「実は少し前から、あなたの国の貴族から恋煩いの花を譲って欲しいと頼まれてまして」

「え!私の国の貴族ですか」

「ええ、雪ノ下家です。ご存じでしょ」

「雪ノ下家」(まかさ結衣のライバルの雪乃とかいう女も“魔法のリップクリーム”を!?)

「ええ、あの家の長女から私宛に恋煩いの花を譲って欲しいと依頼の手紙がありまして」

「長女?次女ではなくて」

「ええ、長女の陽乃さんです。彼女は好奇心旺盛な方で一年ほどこの国の王立の学校に留学されていた事があるんです。それが縁で、それ以来の知人なのです」

「そうなんですか・・・雪ノ下家の長女も恋煩いの花を」

「彼女はその対価として金貨五百枚を出すと言ってきました」

「金貨五百枚!花一輪にですか」

「ええ、しかし私は決して高いとは思っていません。それどころか、それだけの金を積まれてもあの貴重な鉢植えを譲る気にはなれないんです」

「それでは私も何かしらの対価を提供しなくてはなりませんか」

「そうですね。タダであの鉢植えを渡したとあっては私が国で軽んじられてしまいます。やはり相応の対価を要求させていただきます」

「では、私が今身に付けているこのネックレスと交換というのは如何でしょうか。価値にして金貨六百枚、決して安い品ではありませんし美しい花との交換には相応しい品だと思います」

「花と宝石の交換ですか。なるほど考えましたね」

「王室管理の鉢植えと王室由来の宝石、会談の記念に交換するには丁度いいかと思います」

「・・・申し訳ございませんが、その条件ではあの花をお譲りできません」

「なぜですか?このネックレスでは不足ですか」

「姫の仰る通り王室の物を交換し合うという意味では、これ以上ない案だと思いますが、それでは私がこの温室を作った理由が無かった事になってしまいます」

「この温室を作った理由?」

「はい、この温室はあくまでこの国の農業の発展の為に作ったもの。であるならば、この中にある植物はこの国の為に役立てなければならないと思うんです」

「それは確かに」

「しかし、交換する物が装飾品では国ではなく、ごく一部の人間が喜ぶだけです。それなら雪ノ下家からの申し出を受けた方が国の為になります」

「それは実質、恋煩いの花を競りに掛けるという事ですか?それならやり方を変えますが」

「誤解しないで下さい。金が欲しくて言っているのではないのです。私にも立場があり、そして理想もあります。出来る事ならそれを両立させる形であの花を譲らせていただきたい」

「雪ノ下家からの金貨は隼人王子の立場と理想を両立させる事が出来るのですね」

「ええ、それに対して優美子姫の申し出は私の立場のみを立てるものです。それならば私は雪ノ下家の申し出を受けなければなりません」

「・・・」(参ったな~、まさかこんな面倒な事を言い出すとは思わなかったし。ネックレスに金貨を付ける?それとも別な物を送る?いずれにしても馬鹿みたいにお金を使っちゃう事になるし、それじゃあ花は手に入ってもお父様からダメ出しされて、これから城内で色々やり難くなっちゃうしな~。ああ、もう!なんで結衣ってばあんな腐った眼の鍛冶屋なんか好きになったんだし。結衣だったらもっとイイ男捕まえられる筈だよ、絶対変だって。あのヒッキーとか言う鍛冶屋、結衣の事ダマしてんじゃないの!?そうとしか思えないんだけど)

 お姫様は王子様からの意外な申し出に混乱してしまいした。しかしそんな混乱の中お姫様は一つのアイデアを思い付きました。

(鍛冶屋か・・・あのヒッキーとか言う鍛冶屋結構腕が良いって姫菜も言ってたし、ならチョッチ働いて貰おっかな)

「では隼人王子。ネックレスの代わりに鍬を贈呈させていただくというのは如何でしょうか」

「クワ?クワとは畑を耕す鍬の事ですか?」

「ええ、その鍬です。幸い私の国には優秀な鍛冶屋がおりますので腕によりをかけた鍬を百、いえ千本贈呈させていただきたいのです」

「・・・その様な申し出は初めて受けました」

「先程の隼人王子のお話ではこの国の農業を発展させたいとの事。ならば実際に畑を耕す農民に何かしらの褒賞を与える必要があると思うのです」

「農民に褒賞ですって!?」

「ええ、王子の考えに沿って優秀な作物や沢山の農作物を収穫する農民を表彰すればこの国の農家の人間の励みになると思いますし一層の農業の発展に繋がると思うのです」

「国の指導や命令ではなく、農民のやる気を引き出すという事ですね」

「ええ、しかもその褒美が隣国の姫が王子の考えに感銘を受けて贈呈した鍬であったら表彰を受けた農民は喜ぶでしょうし貰った物が鍬なのですから更に一生懸命畑を耕すと思います。それにその表彰を受けた農家と取引する人もその農家を軽んじたりしなくなる筈です」

「面白い提案ですね。それならば私の立場と理想を両立でしますし、何より・・・金や宝石という俗っぽいものと関わらずに済みますよ」

 王子様は今まで見せなかった様なニヒルな笑顔を浮かべてお姫様の提案を褒めました。

「隼人王子!?あなた・・・」

「優美子姫はこの会談に私たちの見合いの意味合いがある事をご存知でしたか?」

「え、お見合い!?」

「やはりご存じなかったのですね。外交デビューとお見合いが重なっていれば最初の緊張はあの程度では済まなかったでしょうからね」

「王子はご存じだったのですか?」

「ええ、そちらの大臣が会談の申し出にやって来た時に聞かされてます。しかし我々の生き方を制限する様な物ではないからと言われたのでこの会談開催の申し出を受けたのです」

「そうだったんですか」

「私は庭に今までに会った海外の方々から花や木を譲って貰ったと話しましたよね」

「ええ」

「・・・実は最初はそうではなかったのです。それこそ先程、姫が仰った様な貴金属のやり取りが多かったのです」

「それが何で花や木になったのですか?」

「記念に貰った貴金属はいずれも価値のある貴重な物ばかりでした。その為に私の周囲にはそれを譲って欲しい、金ならいくらでも出すと言った下賤な連中が群がって来たのです」

「下賤って、王子にそういう申し出が出来る人間と言えば貴族や城に出入りする一流の商人だけでしょう」

「仰る通りです。しかし連中は口を開けば金、金、金。実に卑しい考えの人間でした」

「だからお金に換えられない花や木を記念品にしたのですね」

「ええ、おかげで私の周りは随分静かになりましたよ。しかし、そういった連中は私からおこぼれが貰えないと分かれば他に行くだけで未だに城内に巣食っています」

「そうでしょうね。そういう人間に限って、しぶとかったりしますから」

「ええ、まるで夏の雑草の様な連中です。だから私はそういう連中が興味を持たない農業で金を稼ぐ手段を構築したのです。農業は私にとって城内政治の盾であり矛なのです」

「城内政治の盾の矛・・・それだけに金だけではなく建前も必要なのですね」

「その通りです。ですから優美子姫からの申し出は私にとって最高と言っていい提案です。是非、恋煩いの花と鍬千本を交換して下さい」

「本当ですか、ありがとうございます」

「ただ、これには一つ問題があります」

「問題?邪魔する人間でもいるのですか?」

「いいえ、単純な時間の問題です。今、この温室にある恋煩いの花はつぼみを付けていて、もうじき花を咲かせるであろうという状態なのです。ですから花が咲いて花が枯れるまでの時間はせいぜい三週間といった所です」

「三週間」

「ええ、花が枯れてしまえば鍬千本と交換する事は出来ません。かといってそれを口約束だけ渡したとあっては城の中の連中に私の立場を主張する事が出来ません。ですから姫には三週間の間に鍬千本を揃えて我が国まで持って来て欲しいのです」

「三週間・・・人が行って帰るだけで二日掛かるけど、鍬千本を運ぶとなればそれより時間が掛かると思わないと駄目ですね」

「そうです。姫が国に帰るのに一日、鍬千本を運ぶのに二日掛かるとして差し引きで鍬千本を作る時間は二十日足らずです」

「一日五十本・・・一人の鍛冶屋では無理ね」

「優美子姫、あなたは先程、あなたの国には優れた鍛冶屋がいると仰いました。それは一人だけなのですか?一国の姫君がたった一人の鍛冶屋の事を国の工業力の証の様に言ったとしたら、それは只の失言です」

「そ、そんな」

「もし姫の言葉に嘘が無いならば、あなたの国の工業力を私に見せて下さい」

「・・・分かりました。リーフマウンテン王国の農業力を拝見したのですから今度はこちらが工業力をお見せする番です。必ず三週間の内に鍬千本をこの王宮までお届けします」

「では雪ノ下家には恋煩いの花は譲れないと返事をしておきますし私自身もこれから三週間の間は極力王宮にいる様にいたしましょう。期待しています優美子姫」

 そうしてお姫様は一刻も早く国に帰らなければならなくなりました。もちろん王子様もそれを理解していたのでお姫様を温室から王宮の表玄関まで送ってあげました。すると予定よりも早い時間に王宮を出て来た2人を見て玄関先で待っていた大臣が

「どうされたのですか?予定の時間より少々早い様ですが」

「急いで国に戻ります。じい、急いで馬車を回して頂戴」

「大臣殿、優美子姫は私との約束を果たす為に大急ぎで国に戻らなければなりません。急いであげて下さい」

「一体何があったのですか?」

「それは馬車の中で話します。では隼人王子、三週間の内に必ず」

「ええ、待っています優美子姫。どうやらあなたは王族とか見合い相手とか言う以上に腹を割って話が出来る人間の様です。期待して待っています」

 そうして王子様に見送られながらお姫様と大臣は馬車に乗り込み王宮を後にし、馬車の中でお姫様は大臣に会談での事を全て話しました。

「鍬千本でございますか、しかも三週間の内に」

「実際には三週間ないし。帰るのに一日、それと鍬千本を運ぶのに余裕をもって二日、実質二十日無いんだよね」

「いえ、それだけではございませんぞ。無事に鍬千本を隼人王子に贈呈したならば恋煩いの花を持って姫様自身が国に帰るのに一日掛かります故、実際には鍬を造るのに費やせる時間は二週間ちょっとと考えた用が宜しいでしょう」

「じゃあ一日八十本は作らないと駄目じゃん」

「これは一刻を争いますな。では護衛の騎士に国王陛下宛の手紙を持たせて先に国に帰えらせ鍬造りを始める様に致しましょう」

「うん、そうして。あと鍬を早く納品すればするほど高く買い取るからって言っておいて」

「かしこまりました」

 そして大臣は手紙を書き、それを馬に乗る騎士に渡して大急ぎで先に国に戻る様にと

命じました。

「いや、しかし姫様、よくぞ鍬千本でリーフマウンテン王国の貴重な鉢植えを譲って貰えましたな。これなら国王陛下もお喜びになるのではないかと」

「お金の面からは会談は大成功だけど、こんなギリギリの条件じゃダメダメだよね」

「それでも初めての外交でコレだけの交渉をしてきたのです。胸を張って宜しいかと」

「それは“魔法のリップクリーム”が完成するまでとっておくし」

「ふっ・・・左様でございますな。ともあれ、姫様お役目お疲れさまでございました」

「なんかドッと疲れたカンジ。じい、馬車の外に出ててくれる。あーしチョット寝るから」

 お姫様と大臣は大きな宿題を抱えて国へと戻っていきました。そうして半日の後、大臣からの手紙を預かった騎士が国王様のもとに到着し、国王様はすぐに国中の鍛冶屋に鍬を作って城に持ってくる様にと御触れを出し勿論、その御触れはヒッキーの所にも届きました。しかし、この御触れは雪ノ下家からの特注の剣を製作する仕事や、それを基にした護身用の短剣造りなどの仕事を一時中断しなさいと言われているのと同じ事なのでヒッキーは御触れを聞いてとてもガッカリしてしまい気分転換に結衣のカフェにお昼ご飯を食べに来ました。

「いらっしゃいませ。あ!ヒッキー」

「うす」

「どうしたの?浮かない顔して」

「どうしたも、こうしたもねえよ。城からの御触れで鍛冶屋はこれから二週間の間、鍬しか造っちゃいけなくなったんだ」

「ああ、それ聞いたよ。何でも隣のリーフマウンテン王国に鍬千本を寄贈するんだってね」

「らしいな。そのせいで国中の鍛冶屋が総出で鍬造りだぜ。他にも仕事があるのによ」

「けど、早く納品すると高く買って貰えるんでしょ。ヒッキーの腕の見せ所じゃん」

「しかし鍬はどこまで行っても鍬だから剣ほど色々な工夫が凝らせるものじゃないんだよな」

「まあ、これも仕事じゃん。頑張って」

「やるしかねえか。だが取り敢えずは腹ごしらえだな。サンドウィッチとコーヒーを頼む」

「うん、すぐ作るから待っててね」

 そうして結衣が台所に姿を消すと、それと入れ替わる様にカフェに雪乃が入ってきました。

「ヒキ鍛冶屋君、こんな所で油を売っていていいのかしら。あなたは鍬を造らなくてはならないのではなくて」

「どうしたんだよ、こんなトコまで来て」

「国王陛下の御触れの事を聞いたから、あなたの仕事の様子を見に来たのよ。早く鍬を造って私の注文を完成させなさい」

「急かしても無駄だぞ。御触れでは国中の鍛冶屋が二週間の間鍬しか造っちゃいけない事になってるんだからな。それより早くお前の注文を再開する事は出来ねえぞ」

「そんな事は分かっているわ。しかし国中の鍛冶屋が一生懸命鍬を造れば二週間掛からずに千本造る事が出来るかもしれなじゃない。だとすれば、あなたはここで油を売っているべきではないと思うのだけれど」

「そんな事言っても腹が減っては戦は出来ぬだ。メシくらい食わせてくれ」

「それなら私が何か差し入れるなり、何なりしてあげるからさっさと店に戻りなさい」

「なに不機嫌な顔してんだ。サンドウィッチとコーヒーだけだから食うのにそんなに時間掛からねえよ。待てないって言うならお前もなんか食えよ。そうすりゃ俺を待てるだろ」

「ふぅ・・・仕方ないわね」

 そういうと雪乃はヒッキーの隣に座って、奥の台所に向かって紅茶を注文しました。台所から注文を聞いた返事が帰って来て、しばらくするとサンドウィッチとコーヒーと紅茶をお盆に乗せた結衣がやって来ました。

「お待たせ、ヒッキー・・・その子・・・」

「ん?ああ、こいつは例の特注の剣の注文主の雪ノ下家の次女だ」

「こんにちは、雪ノ下さん」

「ヒキ鍛冶屋君、私にもこの方の事を紹介して貰えないかしら」

「おお、こいつはこのカフェの娘で結衣って言うんだ。この間ミートパイを買ってきたんだから顔は知ってるだろ」

「ええ、とても可愛い人だと思ったわ。初めまして雪ノ下雪乃です」

「あ!由比ヶ浜結衣です。よろしく」

 2人は挨拶をし合うと、その場で固まった様に動かなくなり視線を逸らす事無くお互いを見つめました。その様子を見たヒッキーは

(ナニこの空気、飯食わずに店出ちまおうかな)

 

― 続く ―

 

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