聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その二十一

――――”白い家”通路

 

ズズン……

 

「…かなり大きいわね。」

「……」

施設(しせつ)()らす爆発音が、二人の背後から響いてきた。そして、その爆発音が何を意味するのか。二人は何とはなしに勘付(かんづ)いていた。

「心配かい?」

「……」

「だから言ったのさ。あのガキには何もできやしないってね。」

「……」

黒装束(くろしょうぞく)の男は振り返る姿勢のまま、歌姫の問いに一言(ひとこと)も返さない。

「何でもイイけど、アタシは先を急ぐよ。嫌な予感がするからね。」

連れてきたはずの黒装束を置いて、青髪(あおかみ)の女は歩き出す。一つ、彼を試すために。

 

すると、2秒と()たずに彼は向き直り、彼女に(なら)って前へと進み始める。

「……なんだい、えらくアッサリとしてるじゃないか。大切に育ててきたんだろ?」

「俺が手を出せば、俺がアイツを護る意味がなくなる。アイツが自分の手で解決して初めて、意味がある。それだけだ。」

黒装束の声色(こわいろ)はおおよそ平静(へいせい)(たも)っているように聞こえた。けれども歌姫(かのじょ)には見破(みやぶ)られていた。

感情の起伏(きふく)(とぼ)しい表情を顔に()り付けながらその(じつ)、大切なものに(まと)わり付く「雲」を(はら)いたい不安で()ちていることに。

「アタシなら、アンタとは逆の行動を取るよ。」

「……」

彼は、不合格だった。

 

 

 

――――”白い家”コントロールルーム

 

「……呆気(あっけ)ないものだな。」

悪魔は苦虫(にがむし)()(つぶ)したような顔でモニターを見上げていた。

彼には(あわ)いながらも確信めいた期待(きたい)があった。

それをあっさりと裏切られ、内心は怒鳴(どな)()らしたい気持ちで(あふ)れ返っていた。

 

「分かっていたのだろう?」

(かたわ)らで、落胆(らくたん)する悪魔の表情を(なが)める死に神は、それが彼の機嫌(きげん)逆撫(さかな)でするものだと分かっていながら()えて口にした。

「人間の命なぞ所詮(しょせん)、こんなものよ。やはり、(おぼ)れるに(あたい)するオモチャではなかったのだ。これは『悪夢』だったのだ。それに気付けた()()()()()()()()()()()()()。貴様も、(わし)もな。」

『悪夢』、それは悪魔(かれ)自身が楽しむために、(もだ)えるオモチャたちを眺めるために用意してきた箱庭であるはずだった。

「……まだよ。まだ終わってはおらん。」

それは「()(ごと)」に勝ち続けてきた強者(かれ)口癖(くちぐせ)だった。

しかし、多くの断末魔(だんまつま)を聞き(とど)けてきた死に神の耳にはそうは聞こえない。

(みじ)めだな。まるであの猿ようよ。」

 

……こんなモノじゃあない。ワシが造りたかったモノは――――。

 

「ワシが?あの能無(のうな)しと?……バカを言うな。そこで黙って見ていろ。この世は全てワシの思うままだということを嫌と言うほど教えてくれるわ。」

その言葉の中には「根拠(こんきょ)」がなく、彼が(したが)うべき「王」がいなかった。さらには「彼らしさ」という(もっと)も重要な性格さえも()けていた。

それは、ただただオウムのように、定型句(ていけいく)を返しているにすぎない。

 

……ダメだ。完全に理性を()くしている。

興味(きょうみ)を覚え、理解しつつあっただけに、死に神もまた悪魔(かれ)のそんな姿に落胆した。

「悪いが儂は先に行かせてもらうぞ。ここを去る前に奴に挨拶(あいさつ)ぐらいはしておかねばならんからな。」

「……」

悪魔の視線はモニターに(うば)われたまま動くことはなかった。

 

 

――――”白い家”通路

 

「……どうやら、予感的中ってとこだね。」

シャンテは眉間(みけん)(しわ)を寄せ、(あゆ)みを速めた。

(うなが)され、(あた)りの気配(けはい)(さぐ)ってみるが、シャンテほどの女が「危険視」する何かを感じることができなかった。

「どうした。」

「船だよ。それも戦艦(せんかん)クラスの大きなやつが近付いてるのさ。」

言われてもなお、俺の耳には施設の機械を動かす駆動音(くどうおん)しか聞こえてこない。

五感で誰かに(おと)るのはロマリアでの訓練後、初めての経験だった。

 

しかし、そこまで聞けば彼女が警戒(けいかい)する厄介事(やっかいごと)の正体が何か予測(よそく)することはできた。

「……アークか。」

「だろうね。」

現状、それが一番有力な答えだった。

軍を保有(ほゆう)しないアルディアは「戦艦」も所有(しょゆう)していない。この空域(くういき)航路(こうろ)(さだ)める旅客機(りょかっき)もない。

さらに、アルディアの領空(りょうくう)を軽々しく飛び回ることのできる国はロマリアだけだ。

そのロマリア軍がここ数日の内で「領空を通過(つうか)する」という報道(ほうどう)は耳にしていない。

ならばそれはどこの国にも(ぞく)さず「戦艦」を所有し、“白い家(ここ)”に目的を持つ組織を置いて他にない。そしてそんな組織は、世界広しと言えど「アーク一味」以外に存在しない。

警報(けいほう)が鳴らない点に疑問は残るが、まず「アーク」で間違いない。

 

「どうする。」

前回、彼らが女神像式典(しきてん)(おそ)った時は、広範囲(こうはんい)(およ)ぶ魔法で広場一帯(いったい)を焼いたにも(かか)わらず死傷者(ししょうしゃ)は一人も()()()()()()

それはアークがガルアーノ寄りの人間でないから。ガルアーノとそれ以外を区別(くべつ)しているからだ。

だが、ここには()()()しかいない。

彼らが手加減(てかげん)をする理由なんてない。むしろ、俺たちのような例外を気遣(きづか)ってターゲットを逃がすことの方を(おそ)れるだろう。

それらを()まえて警告(けいこく)したつもりだったが、彼女の前に立ち(はだ)かる障害(しょうがい)としては不十分だったらしい。

「どうもこうもしないよ。」

彼女は(にべ)もなく答えた。

 

“白い家”は「ガルアーノ」というアルド大陸最大の怪物の生み出した、()わばアレの胃袋(いぶくろ)の中。

ここでかつて受けていたであろう凄惨(せいさん)な「拷問(ごうもん)」の記憶がありながら、彼女の足取(あしど)りに迷いはない。

それは、「アーク」というもう一匹の怪物が加わった今も変わらない。

(たと)え、『死なない体』を持っていたとしても、ここに立つ”勇気”は(なにがし)かの“感情”を捨てた者だけにしか持ち()ない。

酒場で聞いた彼女の歌とは真逆(まぎゃく)の……、いいや、その“勇気”を持ち合わせているからこそ、あれだけの歌を歌えているのかもしれない。

彼女は、捨てなければならない“感情”を捨て、それを補填(ほてん)するようにあの“勇気(うた)”を手に入れたんだ。

勇気(うた)”が、彼女の全てを(ささ)えているんだ。

 

俺は……、何か手に入れたか?

 

 

「チッ」

行く先に()(ふさ)がったのは元「黒服」と(おぼ)しき化け物たち。

「アーク」という天敵に襲われることを(あらかじ)め知っていたのか。ここに来るまで「黒服」クラスの敵に遭遇(そうぐう)することはなかった。

それがここに来て(あらわ)れるということは標的(ひょうてき)が近いからか?

「シャンテよ、そこまでしてなぜガルアーノ様に(たて)――――!?」

閃光弾(スタングレネード)が通用するかどうか不安ではあったが、どうにか(すき)をつくり、敵の渦中(かちゅう)に飛び込むことができた。あとはいつも通りだ。

ナイフでその場にいる全員の首を斬ってみる。手応(てごた)えがないと感じた者には頭に銃弾(じゅうだん)()()む。一発では撃ち抜けなくとも同じ個所(かしょ)に数発撃てばどいつも問題なく撃ち抜けた。

 

密集(みっしゅう)した6人に5秒弱…、遅い。集中力に()けている。

番犬(ガルムヘッド)での疲弊(ひへい)や薬の副作用もあるだろうが、小指を落とした時の失血が思った以上に体に響いているらしい。

「……さすがだね。連れてきた甲斐(かい)があったよ。」

一瞬、何か情報を引き出すかどうか迷ったが、開口(かいこう)一番(いちばん)がシャンテの足止めをしている時点で有益(ゆうえき)なものは期待できなかった。

「急ぐのだろう。」

「ハハ、頼もしいね。」

少なくとも、()()()()()時間がない。

 

もしも、やって来る戦艦から空襲(くうしゅう)を受け、施設が倒壊(とうかい)してもシャンテは()()()()()()()()()()()()()

さらに言えば、それで目的のデータが破壊できるかもしれないことを考えると彼女にとっては願ったり(かな)ったり。

一方、俺はこの()(ふく)すには不適切(ふてきせつ)純白(じゅんぱく)の施設と運命を(とも)にするしかない。

ここまで奥に侵入(はい)ってしまったからには助かる可能性は限りなく低い。

 

……だがそうなると、彼女にはなぜそんなに(あせ)る必要がある?

そもそも、それが「データ」という形で保管されているならここ以外にコピーがあってもおかしくない。むしろ、そうでない方が「研究機関」としてどうかしている。

彼女はそれに気付いているだろうか。……いいや、気付いているはずだ。プロの情報屋と遜色(そんしょく)のない彼女なら。

だからこれは彼女にとってただの「(とむら)い」ではない。

ならば、「けじめ」…のようなものだろうか。いいや、違う。あれだけ”弟”に執着(しゅうちゃく)している彼女だ。自己愛のような目的ではないはず。

 

彼女はまだ何か隠している。

 

俺はそれを彼女に聞くことができなかった。

俺は自分の力で理解したかったんだ。彼女ほどの”勇気”があれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そう、思ったからだ。

ミリルでもなく、リーザでもなく――――




少し短いですが、ちょうどイイ区切りが付けられなかったので今回はここまでにしますm(__)m

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