聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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魔女の燭台

銀色の船が空に見えた時、微(かす)かに感じていた騒(ざわ)めきが胸を掻(か)き毟(むし)った。

駆(か)けつけ、再会した彼の全身が紅(あか)く焼けているのを見た時、全身の血が蒸発(じょうはつ)したような気がした。

 

これは、彼の『炎』がしたことじゃない。それだけはすぐに分かった。

……ううん、それだけじゃない。

『耳を澄(す)ましてみれば』、これが彼を悩(なや)ませていた『悪夢』の答えで、私が気に掛けていた『あの人』の返事だってことも分かった。

私は胸が悪くなって、周りに当たり散(ち)らしたのを憶(おぼ)えてる。

そのことでシャンテさんが私を叱(しか)ったのも憶えてる。

私が、悪者だって言ってた。

 

……だけど、私はどんな悪いことをしたの?

私は彼の言いつけ通り、ただ、待っていただけ。彼が、すぐに帰ってくると言ったから。彼の足を引っ張りたくなくて……。

……違う。分かってる。

自分で彼に打ち明けたじゃない。

 

私は、自分の我(わ)が儘(まま)で、『悪夢(アソコ)』に行くのを拒(こば)んだ。

彼が怯(おび)えてるのも気付いてた。それなのに一人で行かせたのは自分じゃない。

……どうして?どうして、そんなことをさせたの?

怖かったから?

彼を助けてあげられる自信がなかった。自分が自分でいられる自信がなかった。

私は誰かを巻き込むことでしか戦えない。

でも、『力』を使わない私が戦場に立っても、ほとんど意味なんかない。二人を混乱させるだけ。

……いない方がマシだったんだ。シュウだって、そう『言ってたじゃない』。

 

でも、結局私はどこにいても皆の邪魔(じゃま)しかすることができないみたい。

 

私の『力』は日に日に増(ま)していく。

で(・)き(・)る(・)こ(・)と(・)が日に日に増(ふ)えていく。

ついさっきだって、私はシュウを殺そうとした。誰の手も汚さず、彼の心臓だけを握(にぎ)り潰(つぶ)そうとした。そういうことができるようになってしまっていた。

 

そして、殺す『力』は強まっても、この腕の中いる彼に私は何もしてあげることができない。

麻袋(あさぶくろ)を被(かぶ)る仲間を見送(みお)っていたあの頃の私みたいに。

あれだけ彼を護りたい気持ちで一杯(いっぱい)だったのに。今でもこんなにも熱い気持ちなのに。

あれもこれも他人(ひと)に任(まか)せて、私は何もしていない。

これが、私の『力』なの?

私は、何をしているの?

 

 

 

 

――――見知らぬ人に手を引かれ、私たちは銀色の船に乗せられる。

 

大きくて勇(いさ)ましい銀色の鯨(くじら)。全身傷だらけなのに、それはいつだって雄々(おお)しい尾びれで悠々(ゆうゆう)と大地を蹴(け)ってみせる。

威風(いふう)、堂々(どうどう)と、空へ舞い上がる。

その姿に魅(み)せられた沢山(たくさん)の『声(ひと)』が、希望と憧憬(どうけい)を託(たく)してる。

何もできない私を蔑(さげす)むかのように。

 

でも、私には関係ない。

沢山の人も、勇者も私には必要ない。夢も未来も何もかもいらない。

この人さえ無事でいれば。この人さえ笑っていてくれたなら、私はそれでいい。

私を『リーザ』と呼んでくれる彼だけでいい。

それなのに、

 

 

リリー……、

 

 

不意(ふい)に、凛々(りり)しい顔立ちの白い花が私の鼻先をくすぐった。

……誰かが私の隣(となり)にいる。

頻(しき)りに、私を励(はげ)まし続ける男の人の『声』が聞こえた。

今まで私を温(あたた)めてきてくれたあの匂いが私を取り巻いた。

 

 

……ダメ、違うの、止めて。

今はお前の『声』を聞きたくない。

お前の『声』が邪魔で、彼の『声』が聞こえないの。

だからお願い、話しかけないで。彼を独りぼっちにさせないで。

私が彼の『声』を聞いていなきゃ、彼は迷子になっちゃう。『あの人』が彼を連れて行っちゃう。

彼の傍(そば)にいられるのは私だけ。

『あの人』に、彼を渡したくないの。

もう、『悪夢』に光を射(さ)すことができるのは私だけ、だから……。

 

 

私はもう、彼なしに生きていられない。

笑う彼を見て湧(わ)いてくる勇気がなかったら、私は沢山の人を殺すと思う。

怒る彼に反発(はんぱつ)して背伸びする気位(きぐらい)がなかったら、私は沢山の人を『燃やす』と思う。

リーザは『魔女』だから。

 

だからお願い。これ以上、私に話しかけないで。

 

……お前じゃ、ダメなの。

 

 

 

リリー……、

 

 

……誰にも渡さない。

この炎(ひと)は私だけのもの。

 

アナタと歩いた町。アナタと眺(なが)めた星空。私を抱きしめ、息が切れても走り続けてくれたあの夜。

……アナタとキスをした瞬間。

アナタとした何もかもが眩(まぶ)しくて、火傷(やけど)しそうなほどに愛(いと)おしい。どんなに美味(おい)しいパンや水だってアナタの代(か)わりになんかならない。

もしも、誰かがアナタを殺すなら私がその人を殺すわ。

アナタが望むなら、『あの人』とだって戦ってみせる。

だからお願い、帰ってきて。

 

私を、置いていかないで。

 

抱き締める彼の体は、とても熱い。

私がどんなに呼び掛けても『返事』は返ってこない。

まるで、「炎」そのものにでもなってしまったかのように。

 

 

 

 

 

――――目を開(あ)けると、私たちは見知らぬ土地に立っていた。

 

地面には見たことのない象牙色(ぞうげいろ)の岩が敷(し)き詰(つ)められている。ゴツゴツとしているはずなのに歩きにくくない。

海が見える。標高(ひょうこう)は凄(すご)く高いはずなのにあまり寒さを感じない。

……不思議なところ。

 

すぐ傍には数人の男の人の影があった。

彼を抱く私の手を引いて、何処(どこ)かへ連れて行こうとしている。

……声が、聞こえない。

 

恐い。恐いけれど、彼の温(ぬく)もりがあるから堪(た)えられた。

でも、やっぱり恐い。

……何処に行くの?

 

声が、出ない。

……ねえ、何処に行くの?

 

 

 

……嫌だ。

 

誰にも渡さない。

これは、私だけのもの。

誰にも……、渡さない。

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