聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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帰宅後、うっかり眠ってしまい、投稿が遅れてしまいました。申し訳ありませんm(__)m


浮彫りの影 その五

………微(かす)かに漂(ただ)うすえた臭い……、踊(おど)る土煙(つちけむり)…、横風に煽(あお)られて鳴くススキ…、そして、青い髪の女。

 

それが、辛(かろ)うじて見えるもの、臭うもの、聞こえるものの全てだった。

 

「……生きているのか?」

やがて、五感が雪解(ゆきど)け水のようにジワリジワリと世界に染(し)み渡(わた)り、今置かれている状況(じょうきょう)を静かに、静かに囁(ささや)き始める。

平野(へいや)…、スメリアの、ラウス。…太陽は…、昼中頃(ひるなかごろ)。

……寒い。全身に気怠(けだる)さが残っている。折れた右中指が脳に鈍(にぶ)い痛みを訴(うった)え続けている。……思うように頭が働(はたら)かない。

……そうだ。竜は…、どこだ?

 

ようやくここにいる理由を思い出し、凍(こご)える手足でどうにか起き上がる。

……あの竜が巻き上げた土煙がまだ残っている。気を失(うしな)ってから大(たい)して時間は経過(けいか)していないということか。

それにしても……、この臭いは何だ?

それは本当に僅(わず)かな異臭(いしゅう)だった。だがそれは俺が意識(いしき)を失(うしな)う前には間違(まちが)いなくなかったもの。この異常事態(じたい)が呼び寄せた何かだった。

 

臭いは土煙の中に続いていた。

 

「……これは、どういうことだ?」

臭いに導(みちび)かれ、フラフラと煙の中へ進むとそこには巨大な白(・)い(・)竜(・)がいた。それは、黒点の落ちた着弾点(ちゃくだんてん)から10m程(ほど)離(はな)れた所で横たわり、動かなくなっていた。

警戒(けいかい)しつつ竜の体に触(ふ)れてみると、「微細(びさい)な霜(しも)」にビッシリと覆(おお)われていることが分かった。竜は、火傷(やけど)しそうなほどに冷え切っていた。

初冬(しょとう)とはいえ、まだ陽(ひ)の高い昼日中(ひるひなか)。一粒(ひとつぶ)の雪さえ降(ふ)っていないにも拘(かか)わらず、巨大なトカゲは霜に飲まれ、凍死(とうし)していた。

そして、腐(くさ)っていた。

……状況(じょうきょう)が理解できない。

「……!?」

竜に触れたせいか。残っていた気力がまた、急速に乾(かわ)いていく。「死」が雪崩(なだれ)のように押し寄せてくる。

気怠さが押し流され、静寂(しじま)揺蕩(たゆた)う水面(みなも)に浮かぶような「安らぎ」が俺を飲み込んでいく。

 

「…これも、お前の『力』か……。」

崩(くず)れ落ちる俺と入(い)れ替(か)わるように、彼女はヨロヨロと立ち上がった。

彼女に俺の求める問いに応(こた)える様子はない。満身創痍(まんしんそうい)の様子で俺の下(もと)までやって来ると彼女は一言だけ、俺に命令した。

「…動くな、って言っただろ。」

ユックリと、倒(たお)れ込(こ)むように俺の頭を押さえ付け、強引(ごういん)に舌を捻(ね)じ込(こ)んでくる。

今度は抗(あらが)わなかった。抗えなかった。全身が廃棄(はいき)処分(しょぶん)された鉄クズのように、頑(かたく)なに俺の命令を拒(こば)み続けた。

 

彼女に魅力(みりょく)を感じていたのは間違いない。人として、女として。

それなのに、なぜだか、今のこの状況が俺には酷(ひど)く不快(ふかい)でならなかった。

 

……俺は今、いったい何をされているんだ。

広い平野の直中(ただなか)で、竜に襲(おそ)われ、死にかけ、女に押し倒されている。

エルクがこの場に居合(いあ)わせていたとして、俺はアイツにこの状況を正しく説明することができないだろう。

水槽(すいそう)から取り出された魚のように、脳が水を求めて喘(あえ)いでいた。

彼女の唇(くちびる)から送られてくる「水」だけが、俺の命を繋(つな)ぎ止(と)めていた。

他人から強奪(ごうだつ)することで生(い)き延(の)びていた幼い頃とは対極(たいきょく)に、与(あた)えられることで生(い)き永(なが)らえている無様(ぶざま)で無価値(むかち)な俺が、そこにいた。

 

だが、その境界(ライン)を越(こ)えると俺の世界は急速に整(ととの)えられていく。

脱力(だつりょく)していた身体(からだ)が、みるみる回復していく。音も臭いも光も、『影』で培(つちか)った全てが瑞々(みずみず)しく息を吹き返す。

……それでも、彼女が特殊(とくしゅ)な方法で治療(ちりょう)していると理解してもなお、俺はこの行為(こうい)に対し腹立(はらだ)たしさしか覚(おぼ)えない。

 

おおよそ1分間、その異様(いよう)な治療は続いた。

「……もう、十分だ。どいてくれ。」

押(お)し退(の)ける彼女の体はまだグッタリとしていたが、俺は動き回っても平気なくらいまで回復していた。指の骨折を除(のぞ)けば、全快(ぜんかい)と言っても過言(かごん)じゃない。

「アンタ…、斬るだの撃つだのには滅法(めっぽう)強いけど、この手となるとからっきしなんだね。……ふふん、イイことを知ったよ。」

その弱々しい声量(せいりょう)とは裏腹に、彼女の頭も手足もすでにキレイに『復元(ふくげん)』されていた。

「…『力』はコントロールできないんじゃなかったのか?」

俺の耳は彼女の口が確かにそう言っていたのを憶えている。

 

『不死』が、心臓を巡(めぐ)る血のように常に彼女の『再生』を計(はか)り続けていることは理解できる。俺を回復させた『力』がその副産物(ふくさんぶつ)だというのも納得(なっとく)できなくもない。

だが、瞬(またた)く間(ま)に竜を殺し、腐(くさ)らせた『力』は何だ?

町で見せた、俺の五感を『制限(せいげん)』するどころのレベルじゃない。彼女は、満(み)ち溢(あふ)れる竜の生命力をアッと言う間に枯渇(こかつ)させてみせた。

……俺にもその影響(えいきょう)が及(およ)んだということは、その『力』自体をコントロールできないのは確かなのだろう。

だがあの局面(きょくめん)、あの瞬間、その『力』は竜(・)を(・)殺(・)し(・)た(・)。

偶然(ぐうぜん)だと言い切るにはでき過ぎている。

仮に「命の危機(きき)」を切っ掛けに発動するのなら、彼女が”白い家”に囚(とら)われていた時にこそ、拷問(ごうもん)を楽しもうとするガルアーノを苦しめたはず。

理屈(りくつ)に合っていない。

 

……単に俺が真実を知らないだけなのかもしれない。

だったら尚(なお)さら聞き出す必要がある。今の俺に「仲間」と呼べる相手は彼女しかいないのだから。

それでも、彼女は俺の問いに答えようとしない。

「さあね。」

…いいや、平静(へいせい)を装(よそお)っているが、どこか混乱(こんらん)しているようにも見える。

ほんの少しだが、俺にも彼女の表情が読めるようになってきていた。

「……」

「なんだか、分かっちまったんだよ。天のお告(つ)げってやつなのかもしれないね。『ああ、アタシ今からなんかヤバいことをしようとしてる』。……なんか、分かっちまったんだ。」

「その『力』、ガルアーノには使わなかったのか?」

正直、ガルアーノがどれだけの『力』を秘(ひ)めているのかは俺にも分からない。

だが、たった今対峙(たいじ)した竜は間違いなく千ないし二千の歩兵を軽く捻(ひね)り潰(つぶ)せるだけの『力』を持っていた。

彼女の『力』はそれを上回っていた。……ならばガルアーノも彼女の『力』を警戒しないはずがない。

こんなにもアッサリと手放す矛盾(むじゅん)がやはり俺を悩(なや)ませた。

 

だが、彼女はただただ俺の深読みを鼻で笑う。

「フン、疑(うたぐ)り深いね。」

今まで、俺の回復を優先させていたのだろう。グッタリとし続けていた彼女は、話し始めて数分と経(た)たない内に起き上がり、普段通りの気の強さを見せ始めた。

「それができてりゃ今頃アタシは戦争好きのクソどもに代(か)わってアルディアの女王にでもなってただろうよ。」

体についた埃(ほこり)を払(はら)いながら、彼女は自分の『再生』の具合(ぐあい)を確認する。

 

……傷一つない。多くの賞金稼ぎを屠(ほふ)った竜の強襲(きょうしゅう)を受けていながら。彼女は自分のしぶとさを笑いつつ、その憎(にく)たらしい恩恵(おんけい)の数々に眉(まゆ)をしかめた。

「……ムカつく話さ。本当に殺したいヤツが傍(そば)にいる時には何にも起きやしない。逆に、アタシらを物扱(あつか)いするヤツはアタシを抱いてどんどん元気になりやがる。…クソかよ。弟を殴(なぐ)るような連中を、アタシが生かしてきたんだ。」

身を売ってでも護ってきた。だというのに――――、

「なにさ。憐(あわ)れんでるのかい?そういう態度(たいど)もムカつくんだよ。」

「……すまない。」

「連中よりはマシな人間だと思ってるからこそ、こうして一緒に闘(たたか)ってるんだ。そういうのはヤメにして欲しいもんだね。」

「……すまない。」

「それ以上謝(あやま)るのもナシだ。それとも何かい?自分はその程度(ていど)だって認(みと)めてるのかい?しょせん、アイツらと同類(どうるい)なんだって、認めちまうのかい?」

「俺は……」

「だとしたら話は変わってくるよね?」

『力』を問い詰(つ)めた仕返(しかえ)しか。矢継(やつ)ぎ早(ばや)に責め立ててくる。

だが、それが冗談(じょうだん)だというのは殺気のない表情ですぐに分かった。

ただ…、何度目になるだろうか。どうやら彼女は俺を試(ため)しているらしかった。俺が彼女と一緒に闘う価値のある人間であるか、そうでないかを。

 

「……俺は、今でも人を殺すことが恐い。」

俺は彼女に打ち明(あ)けた。口にしたくもない「彼女の過去」を晒(さら)したのが俺ならば、俺は「俺の弱み」を明かすしかない。

今も俺を苦悩(くのう)させ続け、しかし頼(たよ)らざる負(お)えないあの男のこと。そして、あの男が俺に刻(きざ)み込(こ)んだ罪の証(あかし)を。

 

ソイツは俺を暗殺者として育て、俺を『影』の中に押し込めた―――今も俺の傍にいて離れない―――もう一人の親のようなものだった。

「……」

揚(あ)げ足(あし)取(と)りの彼女が相槌(あいづち)も疑問も投げかけてこなかった。何も言わず、ただただ話に耳を傾(かたむ)けていた。

促(うなが)されるままに、俺は煙(けむり)好きの義父(ぎふ)と向き合った。

 

 

 

――――俺を取り囲(かこ)む灰色の壁。俺を染(そ)める沢山(たくさん)の血。耳から離れることのない罵声(ばせい)と悲鳴(ひめい)、そして銃声(じゅうせい)。

 

……目を瞑(つぶ)らずとも、口にするだけでありありと蘇(よみが)える。今の仕事場とさして変わらない環境。

幼い頃の記憶は「治安(ちあん)」や「家庭」とは程遠(ほどとお)いもので埋(う)め尽(つ)くされていた。

「ある日、俺が家に帰るとナイフを握(にぎ)り締(し)めた男が血だらけの両親を踏(ふ)みつけていた。だから俺も、男の背中をナイフで刺(さ)した。何度も、何度も……。俺の記憶はそこから始まっている。」

母が好きだった真っ白な絨毯(じゅうたん)に真っ赤な血が溜(た)まり、父の好きだった白百合(しらゆり)の絵は鮮(あざ)やかに彩(いろど)られていた。それを見て、俺の中で産声(うぶごえ)を上げる誰かがいたのを憶(おぼ)えている。

「男を殺した後、俺はしばらく、口を利(き)かない両親を見下ろしていた。ただ、ボンヤリと、何時間も。その時、俺は知った。」

殺したところで誰も喜ばない。

だけど、殺されれば全てを奪(うば)われる。

思い出も、温(ぬく)もりも、美味(うま)い料理も、楽しい会話も。そして、愛していた絨毯も絵も。

「だが同時に、俺は殺して奪うことも覚えた。金とメシと服。殺して奪えば生き残ることができる。全てを失った俺にはそれで十分だった。」

だが、当時10歳になったばかりのガキ一人を、大人たちが自由にさせておくはずもない。

「ひと月と経(た)たずに俺は憲兵(けんぺい)に捕(とら)えられ、死刑(しけい)が言い渡された。…それで良かったんだ。俺はすでに両親を奪われた身。ただ他人を殺しては貪(むさぼ)るだけの獣だったんだ。」

だからこそ、処刑(しょけい)前日になっても未練(みれん)など生まれなかった。

ところが――――、

「名も知らない男が俺の処刑を揉(も)み消(け)し、俺の身柄(みがら)を引き取った。」

男は「少佐」とだけ呼ばれていた。

深緑の上着と燻(くす)んだ白のパンツの軍服に真っ黒なサングラス、人を見下(みくだ)すかのような太いカイゼル髭(ひげ)。そして、死肉を焼いたようなキツイ臭いの葉巻。

一般的な軍人の一人であるはずのソイツを一目見て、俺は確信した。「コイツは狂(くる)っている」と。

そして、それはその通りなのだと俺は身をもって知ることになる。

 

来る日も来る日も俺は男の異常な教育に付き合わされた。そうして男の知る限りの「人を殺す術(すべ)」を身に付けた時、俺は男の”影”として戦争の裏舞台を駆け回っていた。

将校(しょうこう)を殺し、政治家を殺し、時には男の趣味(しゅみ)のために女子(おんなこ)どもも殺した。

だが、それでも構(かま)わないと思っていた。

なぜなら、俺という人間は本来、もうこの世に存在していないからだ。

俺は「俺」という自我(じが)を放棄(ほうき)していた。

 

一つだけ、気に掛けていたのは男の提示(ていじ)した最後の課題(かだい)をクリアしていないことだった。

「俺を殺してみろ。それができればキサマは合格だ。」

俺は隙(すき)を窺(うかが)っては男にナイフを振りかざし、帰投(きとう)の度(たび)に狙撃(そげき)を試(こころ)みた。

だが、男はその悉(ことごと)くを躱(かわ)し、殺せなかった罰として俺を気絶するまで拷問にかけた。

 

ところがある日、任務(にんむ)から帰った俺は異変に気付いた。

……男が、いない。

何処(どこ)を探しても、俺の帰るべき場所がなかった。

「殺されたのさ。任務中に擦(す)れ違(ちが)った浮浪者(ふろうしゃ)に刺(さ)されて。」

俺は信じられなかった。その程度の不意打(ふいう)ちを喰(く)らうような男でないことは俺が誰よりも知っていた。

だが、何処を探しても、やはり男の姿は見当たらない。

飼い主のいなくなった俺はすぐに捨てられた。”影”だけが取り残され、放浪(ほうろう)する毎日が始まった。男の残した技術さえあれば賞金稼ぎとして生きるのに苦労(くろう)することはなかったが、気付けば、居場所のない不安は少しずつ俺を”少佐”のような男に仕立て始めていた。

 

仕事の中で、無駄(むだ)な殺しをすることが多くなった。

 

そんなある日、俺の世界を転覆(てんぷく)させる存在と出会ってしまう。

幽霊、そして白骨の傭兵(ようへい)。

話には聞いていた。知識としても持ち合わせていた。だが、直(じか)に触れ合ったそれは俺のやってきたことの全てを否定してしまうようなモノだった。

心臓のないモノが、憎悪(ぞうお)や悲哀(ひあい)などの感情だけを持って俺に襲(おそ)い掛かってくる。

 

気が付けば俺は持ち合わせていた火薬の全てでもって辺り一面を火の海にしていた。

それでも奴らは動き続けている。俺を殺すことだけを考え、向かってくる。

俺は生れて初めて、戦場から逃げ出した。逃(に)げ延(の)び、誰もいない場所で震(ふる)えていた。

 

……「命に終わりはない」。

俺が理性(りせい)を保(たも)ち、人を殺し続けていられたのはそこで一つの「作業」が完結(かんけつ)すると信じていたからだ。

だが、真実は違った。

例(たと)え、それを宿(やど)す臓器(ぞうき)が腐(くさ)っても、肉を支(ささ)える骨が分解されても、「感情」という方舟(はこぶね)に乗ってヤツらは再(ふたた)びこの世に現れる。

俺は知るべきでないこの世のルールを知ってしまった。

 

俺が殺した人の数はすでに3桁(けた)にまで昇(のぼ)っていた。終わらせたと思っていたそれだけの感情が俺にぶつけられる……その光景(こうけい)を思い描(えが)いた時、俺は人を殺す罪の重さに気付いてしまった。

――――死をもって償(つぐな)う

これ以上に俺に相応(ふさわ)しい言葉はない。死ぬのは怖くなかった。……それまでは。

彼らの存在を知った時、俺は”死”の恐怖を再認識してしまった。

それは、遅れた思春期のように俺を必要以上に脅(おど)し続ける。いつまでも、いつまでも――――。どこに居(い)ても”死(やつ)”らは俺の傍(そば)にいる。

あの時、俺が免(まぬが)れたのは「死刑」という生(・)き(・)た(・)人(・)間(・)た(・)ち(・)がもたらす刑罰(けいばつ)だけ。俺は今もあの処刑台に立たされ、「死刑」よりも重い罰を受け続けているのだ。

俺が殺した全ての「死者」の手によって。

 

「殺すことでしか生き方を知らない俺は、今度はそれらから逃げる方法を探している。」

その一例(いちれい)として、俺は彼女に携帯用注射器をポーチから取り出してみせた。

「……どうして牧師になろうと思わなかったんだい?そうまでして、今も誰かを殺し続けて、アンタはどこに逃げようとしてるのさ。」

「……」

確かに初めは逃げていた。だが、今は違う。今は――――、

 

「……時間もない。今はこの辺にしておこう。」

俺は彼女を置き去りにして歩き始めた。今は一刻も早くペペの要求(ようきゅう)を満たさなければならない。バスコフやリゼッティ、そして……あの少年のためにも。

そ(・)の(・)た(・)め(・)に(・)、ここにいる。

それに、もしも竜が複数いるのだとしたら、ここで油を売っている訳にもいかない。

 

「今は違うかもしれない。…でも、それより前は、アンタはアタシの大嫌いな人種だったんだ。それは変わらない。変えられない。これからアンタがどれだけエルクに尽(つ)くしたって。それだけは…。」

分かっている。

彼女にとってだけじゃない。今まで俺が殺してきた人間、彼らに所縁(ゆかり)のある人間にとって『影(おれ)』は”ガルアーノ”と何も変わらない。人も家族も奪(うば)う「悪魔のような人間」でしかない。

救われる日が来るはずもない。

ただ、今はあの子だけを救えればそれで良いと思っている。あの子が心の底から笑う姿を見られたなら、俺は――――。




※昼中頃(ひるなかごろ)、昼日中(ひるひなか)
だいたい13時~15時辺りのことです。

※初冬(しょとう)
日本の、おおよそ11月のことです。

※静寂(しじま)
一切の物音がない状態。そんな空間。
「静寂」という表記が当て字だということを初めて知りました(笑)

※燻む(くすむ)
黒く濁っていてハッキリしない色。地味な色。冴えない色。

※カイゼル髭
ある程度伸ばした口髭を油で固めて、毛先を上向きにさせた髭のこと。

みんな大好きポテトチップスのメーカープリン○ルスのイメージキャラクターの髭を想像してもらえれば分かり易いと思います。
昔々、ドイツの皇帝(カイゼル)がこのように髭を整えていたことから「カイゼル」と呼ばれるようになったそうです。
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