「やぁ、気が付いたんだね。」
アタシを
「エレナから聞いたよ。悪いね、色々と
「言うほどでもないさ。アンタみたいな
「そう言ってくれると助かるよ。」
言いながら、私はガーレッジから
「何か礼ができればいいんだけど。知っての通り、今は持ち合わせがないんだよ。」
「礼なんていらないよ。世の中、どんな時も持ちつ持たれつだからね。」
「ありがたい話だね。」
だけど、甘っちょろい話だね。
そんなのが通じるのはここに本物の戦争がないから、戦争を知らないからなんだよ。
でもやっぱりコイツらには関係のない話だし、ここで波風立てるのはアタシにとって
だから見逃してやるのさ。
「ありがたいついでに一つお願いがあるんだけどさ。」
「なんだい、何でも言ってくれよ。」
「…なんか、食べられるものもらえないかい?何をするにしてもこの
「そうだろうと思ってね。今、
ガーレッジは好感の持てる男らしい声で笑いながら答えた。
「
「ありがたい話だね。海の妖精の住む宿ってのはまた良い
どうやらエレナは私のジョークをそのまま伝えたらしい。
「
「ハッハッハ。アンタ、本当にオモシロい人だな。
「また後で」と言い残してガーレッジは仕事場に戻っていった。
…実際のところ、「
あの悪魔が私にした
「飢餓」なんて
……なんて
あの男の顔を思い浮かべつつも、
「ハッ、これじゃあまるでバカンスじゃないか。」
こんな
……あ、エレナの父親のことを聞くのを忘れた。…まあ、いいか。
「シャンテお姉ちゃん、お待たせ。」
十数分後、甘い匂いのするワゴンとエレナ、そしてガーレッジの妻であろう背の高い女がやってきた。
「気分はどう?大事になりそうな傷や病気はなかったと思うけど。」
ガーレッジの妻、ミレントはなかなか感じのいい美人だった。
特別
そんな女だった。
「あぁ、問題ないよ。ありがとう。本当に助かったよ。」
それは自然と出た定型句だった。
私の返事が不満なのか。それを聞き届けたミレントからの返事はなく、黙々と私の前にパンとスープを並べた。
「それで、アンタはこの後どうするつもりなんだい?」
藪から棒というか、彼女の言葉には少なからず「トゲ」のようなものがあった。
「アンタたちには申し訳ないけど、いつまでもお姫様待遇を満喫していられるような余裕もないんだよ。足に
彼女の言葉に触発されて、思わず嫌味とも取れるような言い方をしてしまった。
当然のように返事はなく、ミレントはただただ私を見詰め続けている。
「もちろん、用事が済んだら礼はしに来るつもりだよ。」
そんなつもりは毛頭ない。
その場
だけど、彼女はそれを見抜いてる。そんな目をしていた。
そして、
「アンタ、
「…言ってる意味がよくわからないね。」
その目が、気に入らなかった。
「無茶をするのは
「ナメんなよ。アンタがどれだけこっちの世界を知ってんのさ。」
さらに、さらに……、
「本当は分かってるんだろ?アンタはもう十分に頑張ったさ。」
…このクソ女、今、この場で殺してやろうか……
「
アタシたちがどれだけ苦労してきたか知ってんのかい?
どれだけ逃げても、どこまでも、どこまでも苦労は私たちを追い回してきたんだ!!
苦労、しなきゃいけなかったんだ……
何人も殺してきた。何度も殺されてきた。誰かを
「何…、見てんのさ……」
私を見詰めるその目が、嫌な記憶を次から次に思い出させる。
どれだけ……、どんなに……、
「……」
……どうしてなのさ…どうして………
「ほら、キレイな顔が
彼女の
頭に乗せられる腕の重みで、私は彼女の胸に顔を
「…アンタは優しい子さ。」
彼女の手は私の頭にあるのに、言葉は誰にも
「……ママ…」
どうしてそんな言葉が出たのか分からない。
こんな
誰にも。一度だって。
「アルが、アルが……!」
護らなきゃいけなかった。
誰も、護ってなんかくれなかったんだ。
「死んじゃったんだよ!!」
「シャンテ」が、
壊れてしまった。
私の
同時に、私の中からたった一人の「家族」が消えていくのを感じた。
記憶かどうかもわからない、母親がたった一度だけくれた優しさが、
――――本当の私は、こんなに弱かったんだ。
「……ごめん。…こんなつもりじゃなかったんだよ。」
彼女をソッと
「謝るな。大切なことさ。」
彼女は
涙を流すなんて、みっともない。
ずっとそう思ってきたのに、今は、意地を
「少し、休ませてもらっていいかい?やっぱりまだ体が
「かまわないさ。お腹が空いたらまた言ってくれればいい。スープは
「…ありがとう。」
彼女は笑顔で返すと、エレナを連れて出ていった。
……やっぱり、なるべく早くここを離れるべきだ。
でなきゃ、二度と
私は白い
彼女の好意が気に入らなかった訳じゃない。間違ってるとも思わない。
ううん。むしろ、嬉しかった。
だけど――――、
私だって、23年間、私なりに
このまま私だけが
たとえ、頭の悪いあの子が私の中から消えても。
私はあの子の姉として生きていたいんだ。
本当に疲れていたらしく、目を
3時間後、あの子の夢こそ見なかったけれど、私は若干の
「一つ聞きたいんだけどさ、エレナの父親ってのは今、会えないものなのかい?」
温め直してもらったスープでお腹を満たしながら、私は自分の進むべき道を再確認する。
「グルガかい?アイツなら今、“
「やっぱり、こっちから会いに行くのは
「そうじゃないだろうけど、あの辺りは化け物も出やすいからね。
こんな
「お姉ちゃん、危ないよ。」
あの醜態を目にしたからか。エレナは私に対して
「…そうだね。そんなに急いでる訳じゃないし。」
ついさっきまでの私なら、それに腹を立てていたかもしれない。
「それに、エレナとお
でも、今はエレナを妹のように感じるようになっていた。
ムチャばかりする弟を気に掛ける自分を見ているようで、
「良かったね、エレナ。読んで欲しい本もあったんだろ?」
「うん!」
……ううん。妹っていうよりも、娘に近いわね。
「他には何をしてたの?」
絵本を読み終えると、エレナは私の身の上話を聞きたがった。
私は、今まで自分が体験してきた仕事をなるべく美化させながらエレナに聞かせた。
売り子に
どれもこれも私にとっては
「シャンテは
「…そうかい?」
「今度、私にも歌を教えてくれない?」
エレナはすっかり私に
それなのに、私たちの部屋に入ってきたミレントは私だけを呼びつけた。
「シャンテ、すまないけど少し手伝ってくれないかい?」
「いいよ。何をすればいいんだい?」
エレナを残し、私は家の裏手まで連れて行かれた。
「…アンタなら話さなくても合わせてくれるだろうと思ってはいるんだけどね。」
ハッキリしない物言いをする彼女の顔は少し
「どうしたのさ。ハッキリ言いなよ。エレナの父親のことなんだろ?」
「……そうさ。」
これが、女だけが持っている「
その表情を見るまでもなく、「手伝い」というのが私だけを呼ぶための嘘だというのもなんとなく分かっていたし、彼女もまた、私が
私から切り出したことにも驚かなかった。
「あの子とグルガは、血が
やっぱり。
母親のことを
自分の子を
そうして、お
そうでもしないと今の世の中は生きていけないんだ。肉体的にも、精神的にも。
「なんでわざわざアタシを呼び出すんだい?」
こうしてわざわざあの子に聞かせまいとしているってことは、その男はあの子の目が見えないことを利用して「本物の父親」を
でも――――、
「あの子もそのことには気付いてるだろうに。」
もしかしたら戦争が彼女からいくらかの記憶を
それでも、両親の声、臭い、空気ってのはそうそう忘れるようなもんじゃない。
たとえ似ていたとしても、ずっと傍にいればその違いに必ず気付く。
あの子の場合、特に。
「それでも、あの子はまだグルガを本物の父親だって信じてるのさ。そして、グルガもあの子の目が見えなくなった責任を感じてる。二人は本物の家族じゃないといけないのさ。」
……
エレナはそういう環境に取り残されていたんだ。グルガというニセの父親にすがり付くことでしか自分を
そして、その
子どもってのは
それなのに、悪夢のような現実に出会っちまった日には一生のトラウマになっても仕方がない。
そういう「
だからエレナが特別じゃないってことも分かってる。
だけど、できたばかりの娘の「過去」は私にとっても目を背けがたい「悪夢」のように思えてならない。
「事情はなんとなく分かったよ。とにかくアタシは知らんぷりをしてればいいんだろ?」
「そうだね。」
「心配しなくていいよ。
彼女は急に私を抱き寄せた。さっきとは違って私が何をするでもなく一方的に強く、強く。
まるで八つ当たりでもするように。
「どうしたのさ。アンタらしくもない。」
出会って数時間だけど、私には彼女が強い母親のように見えていた。
「…ムカつく世の中なんだよ。どいつもこいつも。笑ってるのは
……だけど、
「アタシはバカだからさ。みんな助けてやりたいなんて思ってる。だけど…、だけど、どうしようもできないことってのもあるんだ。
その口から「
私と同じように。
だから私は彼女を受け入れられた。
だから私も彼女に
たとえ、
「分かってるさ。だから、アタシたちはできることをやってるんだろ?」
「シャンテ……」
「しっかりしなよ。アンタは良い奴さ。妖精のアタシが言うんだから間違いないよ。」
彼女はハニカミ、また、私の頬を
「アンタは本当にイイ奴だね。」
――――そんなこと言われたのは初めてのことだった。
彼女は心配事を一つ
「あと…、なんだ、その…、グルガのことなんだけど。見た目がだいぶアタシたちと違うからさ。
なんだ、そんなことか。
私は彼女の小さすぎる
「どんな奴なんだい?」
「…まぁ、一言で言うのなら色黒の大男…だね。」
「なんだい、やけに
色黒の大男…、西アデネシア人ってところか?
「話せばいい奴ってのは分かるんだけど、やっぱり大会の準決勝まで残るような奴だからね。
どんな奴だろうと、人間は人間。本物の化け物を
アルド人だろうとアデネシア人だろうと、猫か犬かの違いってなもんさ。
「こんな時代なんだ。
今だって私の
だからエレナの父親がどんなに人間
「それに、命の恩人がこんなに頭を下げてるんだ。間違っても二人の仲に水を差すような
少なくとも彼女が私のことで悩まないように彼女の目を見詰め、ハッキリと言い切った。
「…もしもアンタが男だったらアタシは今ので落ちてたと思うよ。」
「それはお互い様さ。」
私たちは笑い合い、抱き合った。
私たちは
「グルガの
「噂?」
目の前を横切る小さな
彼女はそれを目で追いながら続けた。
「ブラキアって国があるだろ?そこの独立戦争の
「……ビックリだね。そんな大物なのかい。」
「あくまで噂さ。ブラキア人だってことは本人からも聞いたけどね。戦争については触れなかったよ。まあ、あの戦争自体、
5年前、ニーデル国の植民地にあったブラキアは、悪化し続ける人種差別に声を
たくさんの血が流れた。
それでも勝利を勝ち取ったブラキアは独立国として
だけど、その勝利は表向きなもので、裏で糸を引いていたロマリアがニーデルに
一般人はこのことを知らない。
ミレントもガーレッジも。場合によってはそのグルガってのも知らないかもしれない。
「でも、アイツは良いヤツさ。やり方はあんまり好きにはなれないけど、アイツは本気でエレナを愛してる。」
「本当に?」
もちろん、親が子どもを愛するのは普通のことで…。でも、グルガとエレナは他人だ。
そもそも私はどうしても親の愛に
「もちろん罪悪感は
自分のせいで誰かが何かを
護ってもらえるかもしれない。でもその子は多分、幸せにはなれない。
ミレントはそういうことを言いたいんだろうと思った。
そして、私は誰よりもそれを理解できる。
「さっきも聞いたけど、アンタはどうするのさ?本当にすぐに出ていくつもりかい?」
私の、想いに
「…そうだね。アタシの場合、失くしたものの穴を
「……」
「アタシのことも嫌いになったかい?」
「ああ。死にたがりは嫌いだね。アタシたちをバカにしてるようなもんだからね。だけど、なんとなくだけど、アンタは違う気がする。必ず帰ってくるよ。……ううん、違うね。見つけられるよ。何か大切なものをさ。」
「ハハハ、そりゃあ
アタシにとってあの子以上に大切なモノなんかないよ。
「今は分からないだけさ。」
「……そうだといいね。」
私はまた、あのクソ
でも、もうあまりハッキリとは思い出せない。
思い出したくないのかもしれない。
良い意味でも、悪い意味でも。
「そんで、どうやら楽しいお
聞き耳を立てるでもなく、
「……シャンテお姉ちゃん?」
エレナはやはり恐るおそる、
「エレナ、待たせてごめんね。」
「
その声と表情に
「大丈夫さ。用事は今、
…そうさ。子どもってのは
積もり積もったものが、この子の将来を傷付けちまうんだ。
私は知ってる。
「待たせた
「本当!?」
過去にどんな事故があったのかは知らないけど、この子にこれだけの笑顔を取り戻した男なんだ。ミレントの言う通り、
私は心のどこかで、その男と出会うことを
でも、その一方では楽しみにしている。
…どうしてだろう。
エレナの笑顔のせいなのかもしれない。
二度と取り戻せない家族の
私もそこに――――、
……本当に、この島はシャンテというクソ女をどこまでもダメにしてしまうところだ。
※面はゆい(おもはゆい)
照れくさい。くすぐったい気持ちになること。
※ミレント
下書き段階では登場すらしていなかった彼女が、原作では影も形もなくもちろん私も出す気のなかった彼女が、いつの間にか重要なキャラクターになっていました。
本当に、人生って分からないものですね(笑)
※アルド人
シャンテの生まれたアルディアのある大陸、アルド大陸に住む人の総称。
私たちの感覚で言えば、北米な感じです。
※アデネシア人
ロマリア大陸の南に位置する大陸、アデネシア大陸に住む人の総称。
アフリカと南米のあいの子って感じです。
ちなみに、インディゴスで情報屋をしている「グランズ(愛称:さまよえるアデネシア人)」は南米よりの顔をしている設定です。
※ブラキアとニーデル
モチーフはブラジルとポルトガルです。
西暦1500年頃、新大陸としてブラジルを発見したポルトガル人はその後、長い間、先住民(ブラジル人)に対する人種差別が長く続きました。(欧州、主にポルトガルからの)
奴隷として扱われることが多く、ブラジル人による独立運動やクーデターも幾度か起きています。
また、ブラジルには「ブラジル合衆国」と呼ばれていた時代があって、カステロ・ブランコという将軍による独裁政権が敷かれたそうです。
そして、これはブラジルとの関連性は薄いですが、ブラジルのある南米、アンデス山脈は大きなマグマ溜まりとして有名で、”超巨大火山”、”スーパーボルケーノ”と呼ばれているそうです。
(将軍や火山の説明は後々出てくる舞台設定の伏線?です)