聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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潮騒の家 その二

「やぁ、気が付いたんだね。」

アタシを看病(かんびょう)してくれた宿屋“カジキ”(てい)の主人は気さくで恰幅(かっぷく)のいい男だった。

「エレナから聞いたよ。悪いね、色々と迷惑(めいわく)をかけたみたいでさ。」

「言うほどでもないさ。アンタみたいな(わけ)ありは結構(けっこう)この島に流れ着くからね。()れっこなんだよ。」

「そう言ってくれると助かるよ。」

言いながら、私はガーレッジから()れたてのコーヒーを受け取った。

 

「何か礼ができればいいんだけど。知っての通り、今は持ち合わせがないんだよ。」

「礼なんていらないよ。世の中、どんな時も持ちつ持たれつだからね。」

「ありがたい話だね。」

だけど、甘っちょろい話だね。

そんなのが通じるのはここに本物の戦争がないから、戦争を知らないからなんだよ。

でもやっぱりコイツらには関係のない話だし、ここで波風立てるのはアタシにとって都合(つごう)の良い話でもないから。

だから見逃してやるのさ。

「ありがたいついでに一つお願いがあるんだけどさ。」

「なんだい、何でも言ってくれよ。」

「…なんか、食べられるものもらえないかい?何をするにしてもこの()きっ(ぱら)じゃあね。」

「そうだろうと思ってね。今、家内(かない)(せい)のつくものを用意しているよ。」

ガーレッジは好感の持てる男らしい声で笑いながら答えた。

(いた)れり()くせりだね。うっかり根が()えちまうかもしれないよ。」

「ありがたい話だね。海の妖精の住む宿ってのはまた良い宣伝(せんでん)になるよ!」

どうやらエレナは私のジョークをそのまま伝えたらしい。素直(すなお)というか、(おさな)いというか……。

精々(せいぜい)()きさせないようにしておくれよ。」

「ハッハッハ。アンタ、本当にオモシロい人だな。接客(せっきゃく)のしがいがあるってもんだよ。」

「また後で」と言い残してガーレッジは仕事場に戻っていった。

 

…実際のところ、「飢餓(きが)」は私を殺せるのだろうか。

あの悪魔が私にした拷問(ごうもん)の多くは血と肉が床を()たすものばかり。

「飢餓」なんて欠伸(あくび)の出るような殺し方はついぞ興味(きょうみ)(しめ)さなかった。

 

……なんて殺伐(さつばつ)とした記憶も、ここではあまり私を苦しめないらしい。

あの男の顔を思い浮かべつつも、(かみ)()でる風に花の(かお)りを楽しむ余裕(よゆう)がある自分に(おど)いている。

「ハッ、これじゃあまるでバカンスじゃないか。」

こんな(よご)れたアタシにでさえそう感じさせるこの島は、エレナの笑顔と同じくらいムカついた。

 

……あ、エレナの父親のことを聞くのを忘れた。…まあ、いいか。

 

「シャンテお姉ちゃん、お待たせ。」

十数分後、甘い匂いのするワゴンとエレナ、そしてガーレッジの妻であろう背の高い女がやってきた。

「気分はどう?大事になりそうな傷や病気はなかったと思うけど。」

ガーレッジの妻、ミレントはなかなか感じのいい美人だった。

特別容姿(ようし)がいいという訳じやないけれど、夫に()て無条件に信頼(しんらい)できるような、まさに姉御肌(あねごはだ)というような人柄(ひとがら)好印象(こういんしょう)(あた)える。

そんな女だった。

 

「あぁ、問題ないよ。ありがとう。本当に助かったよ。」

それは自然と出た定型句だった。

私の返事が不満なのか。それを聞き届けたミレントからの返事はなく、黙々と私の前にパンとスープを並べた。

「それで、アンタはこの後どうするつもりなんだい?」

藪から棒というか、彼女の言葉には少なからず「トゲ」のようなものがあった。

「アンタたちには申し訳ないけど、いつまでもお姫様待遇を満喫していられるような余裕もないんだよ。足に目処(めど)が付き次第、出ていくつもりさ。」

彼女の言葉に触発されて、思わず嫌味とも取れるような言い方をしてしまった。

当然のように返事はなく、ミレントはただただ私を見詰め続けている。

「もちろん、用事が済んだら礼はしに来るつもりだよ。」

そんなつもりは毛頭ない。

その場(しの)ぎだ。

だけど、彼女はそれを見抜いてる。そんな目をしていた。

 

若干(じゃっかん)沈黙(ちんもく)が私たちの間に流れると、彼女はベッドに腰掛(こしか)け、()め息を()く。

そして、不意(ふい)に私の(ほお)()でた。

「アンタ、頑張(がんば)()ぎなんだよ。」

「…言ってる意味がよくわからないね。」

その目が、気に入らなかった。

()えられた手を(はら)い、トゲを(するど)くした。

「無茶をするのは仕方(しかた)ないさ。今はそういう時代なんだ。でも、何もかも背負(せお)ってたらアンタが(つぶ)れちまうよ。」

「ナメんなよ。アンタがどれだけこっちの世界を知ってんのさ。」

さらに、さらに……、

「本当は分かってるんだろ?アンタはもう十分に頑張ったさ。」

…このクソ女、今、この場で殺してやろうか……

反吐(へど)が出る言葉だね。そんなんで生き残れるほど世の中バカだとでも思ってんのかい?」

アタシたちがどれだけ苦労してきたか知ってんのかい?

どれだけ逃げても、どこまでも、どこまでも苦労は私たちを追い回してきたんだ!!

苦労、しなきゃいけなかったんだ……

 

何人も殺してきた。何度も殺されてきた。誰かを(だま)しては、誰かに騙されてきた。(うば)わなきゃ生きていけなかったけど、強い奴には(さか)らえなかった……。

「何…、見てんのさ……」

私を見詰めるその目が、嫌な記憶を次から次に思い出させる。

 

どれだけ……、どんなに……、

「……」

……どうしてなのさ…どうして………

 

「ほら、キレイな顔が台無(だいな)しじゃないか。」

彼女の()れた指先が私の目尻(めじり)(ぬぐ)った。

頭に乗せられる腕の重みで、私は彼女の胸に顔を(うず)めるしかなかったんだ。

「…アンタは優しい子さ。」

彼女の手は私の頭にあるのに、言葉は誰にも()れられたくないところから()()げてくる。

 

「……ママ…」

 

どうしてそんな言葉が出たのか分からない。

こんな醜態(しゅうたい)は誰にも、一度だって見せたことなんかない。私はあの子の「姉」なんだ。

誰にも。一度だって。

「アルが、アルが……!」

護らなきゃいけなかった。

誰も、護ってなんかくれなかったんだ。

「死んじゃったんだよ!!」

「シャンテ」が、(こわ)れた。

()み立てて、積み立てて、誰にも触れられないようにしてきたものが、全部。

壊れてしまった。

 

私の(おも)いに(こた)えるように、彼女は私を強く、強く抱き返した。

同時に、私の中からたった一人の「家族」が消えていくのを感じた。

記憶かどうかもわからない、母親がたった一度だけくれた優しさが、誤魔化(ごまか)し続けた私を壊していく。

(ささ)えにしていたたった一人の家族を奪っていく。

 

――――本当の私は、こんなに弱かったんだ。

 

 

 

「……ごめん。…こんなつもりじゃなかったんだよ。」

彼女をソッと()退()け、私は彼女から顔を(そむ)けるようにして(あやま)った。

「謝るな。大切なことさ。」

彼女は真面目(まじめ)眼差(まなざ)しで私を見詰(みつ)め、笑いかける。

 

涙を流すなんて、みっともない。

(なぐさ)められるなんて、バカにされてるのと(おんな)じだ。

ずっとそう思ってきたのに、今は、意地を()って他人を(こば)み続けていた自分が子ども()みて思えた。

「少し、休ませてもらっていいかい?やっぱりまだ体が(だる)いみたいでさ。」

「かまわないさ。お腹が空いたらまた言ってくれればいい。スープは(あった)かい方が美味(おい)しいんだからね。」

「…ありがとう。」

彼女は笑顔で返すと、エレナを連れて出ていった。

 

 

……やっぱり、なるべく早くここを離れるべきだ。

でなきゃ、二度と(たたか)えなくなる。

 

私は白い天井(てんじょう)を見詰めながら思った。

彼女の好意が気に入らなかった訳じゃない。間違ってるとも思わない。

ううん。むしろ、嬉しかった。

だけど――――、

私だって、23年間、私なりに覚悟(かくご)を持って生きてきたつもりだ。それに、つけなきゃいけないケジメだって残ってる。

このまま私だけが()()うと生きるなんてできない。

たとえ、頭の悪いあの子が私の中から消えても。

私はあの子の姉として生きていたいんだ。

 

気恥(きは)ずかしさで出ていってもらっただけなのに。

本当に疲れていたらしく、目を(つむ)ると気付かない内に私は眠っていた。

3時間後、あの子の夢こそ見なかったけれど、私は若干の罪悪感(ざいあくかん)(とも)に目を()ました。

「一つ聞きたいんだけどさ、エレナの父親ってのは今、会えないものなのかい?」

温め直してもらったスープでお腹を満たしながら、私は自分の進むべき道を再確認する。

「グルガかい?アイツなら今、“鍛錬(たんれん)の岩場”で特訓してるだろうからね。帰ってくるまで少し待った方がいいと思うよ。」

「やっぱり、こっちから会いに行くのは邪魔(じゃま)かな。」

「そうじゃないだろうけど、あの辺りは化け物も出やすいからね。単純(たんじゅん)に近寄るのは(すす)められないってだけさ。」

こんな(おだ)やかな土地でも、出るものは出るんだな。

「お姉ちゃん、危ないよ。」

あの醜態を目にしたからか。エレナは私に対して同情(どうじょう)的な態度(たいど)をとるようになっていた。

「…そうだね。そんなに急いでる訳じゃないし。」

ついさっきまでの私なら、それに腹を立てていたかもしれない。

「それに、エレナとお(しゃべ)りでもしてれば時間なんてアッという間だよね。」

でも、今はエレナを妹のように感じるようになっていた。

ムチャばかりする弟を気に掛ける自分を見ているようで、共感(きょうかん)すら覚えていた。

「良かったね、エレナ。読んで欲しい本もあったんだろ?」

「うん!」

……ううん。妹っていうよりも、娘に近いわね。

 

「他には何をしてたの?」

絵本を読み終えると、エレナは私の身の上話を聞きたがった。

私は、今まで自分が体験してきた仕事をなるべく美化させながらエレナに聞かせた。

売り子に清掃員(せいそういん)、皿洗い、情報屋、歌手……、思えば色んなことをしてきた。

どれもこれも私にとっては(にが)い思い出なのだけれど、思い返すと不思議な達成感(たっせいかん)があった。

「シャンテは(すご)いね!」

「…そうかい?」

(めん)と向かって言われると(おも)はゆい感じもした。

「今度、私にも歌を教えてくれない?」

エレナはすっかり私に(なつ)いてしまった。(ひざ)の上で眠る猫のように、迂闊(うかつ)に動けない緊張感(きんちょうかん)は私に(みょう)な幸福を感じさせていた。

 

それなのに、私たちの部屋に入ってきたミレントは私だけを呼びつけた。

「シャンテ、すまないけど少し手伝ってくれないかい?」

「いいよ。何をすればいいんだい?」

エレナを残し、私は家の裏手まで連れて行かれた。

「…アンタなら話さなくても合わせてくれるだろうと思ってはいるんだけどね。」

ハッキリしない物言いをする彼女の顔は少し(くも)っていた。

「どうしたのさ。ハッキリ言いなよ。エレナの父親のことなんだろ?」

「……そうさ。」

これが、女だけが持っている「(かん)」とでも言うんだろうか。

その表情を見るまでもなく、「手伝い」というのが私だけを呼ぶための嘘だというのもなんとなく分かっていたし、彼女もまた、私が()()()()に勘付いているのも薄々(うすうす)気付いていたらしい。

私から切り出したことにも驚かなかった。

 

「あの子とグルガは、血が(つな)がってないんだよ。」

やっぱり。

母親のことを(たず)ねた時、「お父さんが(そば)にいるから」と答えたエレナの顔は嘘を吐いていた。

紛争地(ふんそうち)ではよくあることだ。

自分の子を()くした親は、同じく身寄(みよ)りを失くした子どもを養子(ようし)にする。

そうして、お(たが)いの傷をなめ合う。

そうでもしないと今の世の中は生きていけないんだ。肉体的にも、精神的にも。

「なんでわざわざアタシを呼び出すんだい?」

こうしてわざわざあの子に聞かせまいとしているってことは、その男はあの子の目が見えないことを利用して「本物の父親」を(えん)じているのかもしれない。

でも――――、

「あの子もそのことには気付いてるだろうに。」

もしかしたら戦争が彼女からいくらかの記憶を(うば)ったのかもしれない。

それでも、両親の声、臭い、空気ってのはそうそう忘れるようなもんじゃない。

たとえ似ていたとしても、ずっと傍にいればその違いに必ず気付く。

あの子の場合、特に。

 

「それでも、あの子はまだグルガを本物の父親だって信じてるのさ。そして、グルガもあの子の目が見えなくなった責任を感じてる。二人は本物の家族じゃないといけないのさ。」

……(かな)しい話だ。

偽物(にせもの)だって分かってるのに、本物だと思い込まなきゃならない。

エレナはそういう環境に取り残されていたんだ。グルガというニセの父親にすがり付くことでしか自分を(たも)てないような、悲惨(ひさん)な光景が彼女の目から光を奪ったんだ。

そして、その一端(いったん)をグルガが(にな)ってる。

 

子どもってのは繊細(せんさい)な生き物だ。親が振るった暴力一つで殺人鬼にだってなっちまう。

それなのに、悪夢のような現実に出会っちまった日には一生のトラウマになっても仕方がない。

そういう「障害(しょうがい)」を(かか)えた人間を何人も見てきた。

だからエレナが特別じゃないってことも分かってる。

だけど、できたばかりの娘の「過去」は私にとっても目を背けがたい「悪夢」のように思えてならない。

 

「事情はなんとなく分かったよ。とにかくアタシは知らんぷりをしてればいいんだろ?」

「そうだね。」

「心配しなくていいよ。生憎(あいにく)と人を騙すのには慣れてるからね。…おっと。」

彼女は急に私を抱き寄せた。さっきとは違って私が何をするでもなく一方的に強く、強く。

まるで八つ当たりでもするように。

「どうしたのさ。アンタらしくもない。」

出会って数時間だけど、私には彼女が強い母親のように見えていた。

「…ムカつく世の中なんだよ。どいつもこいつも。笑ってるのは上辺(うわべ)だけで、その下では”助けて”の言い方も知らずに泣いてんのさ。」

……だけど、結局(けっきょく)は彼女も違うんだ。

「アタシはバカだからさ。みんな助けてやりたいなんて思ってる。だけど…、だけど、どうしようもできないことってのもあるんだ。()()(おさ)えられないんだよ。……クソッたれ。」

その口から「(きたな)い言葉」が出るほど、彼女は「今」を(にく)んでる。

私と同じように。

だから私は彼女を受け入れられた。

だから私も彼女に(こた)えてあげたいと思える。

たとえ、一時(いっとき)の関係であったとしても。

「分かってるさ。だから、アタシたちはできることをやってるんだろ?」

「シャンテ……」

「しっかりしなよ。アンタは良い奴さ。妖精のアタシが言うんだから間違いないよ。」

彼女はハニカミ、また、私の頬を(いと)おしそうに撫でた。

「アンタは本当にイイ奴だね。」

 

――――そんなこと言われたのは初めてのことだった。

 

彼女は心配事を一つ解消(かいしょう)して喜んでくれたけど、すぐにまた顔を曇らせた。

「あと…、なんだ、その…、グルガのことなんだけど。見た目がだいぶアタシたちと違うからさ。圧倒(あっとう)されるかもだけど、あんまり顔に出さないでやってくれよ。」

なんだ、そんなことか。

私は彼女の小さすぎる(なや)みに安堵(あんど)した。

「どんな奴なんだい?」

「…まぁ、一言で言うのなら色黒の大男…だね。」

「なんだい、やけに(にご)すじゃないか。」

色黒の大男…、西アデネシア人ってところか?

「話せばいい奴ってのは分かるんだけど、やっぱり大会の準決勝まで残るような奴だからね。威圧感(いあつかん)他人(ひと)よりもあるんだよ。それがまた見た目との相性(あいしょう)が良すぎるというか…。とにかく初対面には強烈(きょうれつ)印象(いんしょう)を与えちまいがちなんだ。」

 

どんな奴だろうと、人間は人間。本物の化け物を(くさ)るほど見てきたアタシにはなんてことない。

アルド人だろうとアデネシア人だろうと、猫か犬かの違いってなもんさ。

「こんな時代なんだ。誤解(ごかい)されやすい奴ってのはどこにでもいるよ。安心しな。アタシはもっとヤバい連中を山のように見てきたんだ。その手のスペシャリストとでも思ってくれていいよ。」

今だって私の網膜(もうまく)には、悪魔たちの醜悪(しゅうあく)なツラが焼きついてる。

だからエレナの父親がどんなに人間(ばな)れした面相(めんそう)をしていたってビビらない自信がある。

「それに、命の恩人がこんなに頭を下げてるんだ。間違っても二人の仲に水を差すような真似(まね)はしないさ。」

少なくとも彼女が私のことで悩まないように彼女の目を見詰め、ハッキリと言い切った。

「…もしもアンタが男だったらアタシは今ので落ちてたと思うよ。」

「それはお互い様さ。」

私たちは笑い合い、抱き合った。

 

私たちは()べたに(すわ)り込み、青い空を見上げながら世間話でもするようにエレナたちのことを話していた。

「グルガの素性(すじょう)についてはアタシも旦那(だんな)もよくは知らないんだよ。(うわさ)はよく耳にするんだけどね。本人もあまり話したそうじゃないから追及(ついきゅう)もしてない。」

「噂?」

目の前を横切る小さな羽虫(はむし)にフウッと息を吹きかけると、虫は彼女の息に乗り、遠く遠くへと飛び去っていく。

彼女はそれを目で追いながら続けた。

「ブラキアって国があるだろ?そこの独立戦争の立役者(たてやくしゃ)になった男らしいよ。」

「……ビックリだね。そんな大物なのかい。」

「あくまで噂さ。ブラキア人だってことは本人からも聞いたけどね。戦争については触れなかったよ。まあ、あの戦争自体、当人(とうにん)たちからすれば決して良い思い出じゃないだろうからね。」

 

5年前、ニーデル国の植民地にあったブラキアは、悪化し続ける人種差別に声を()げ、戦争が勃発(ぼっぱつ)した。

たくさんの血が流れた。

それでも勝利を勝ち取ったブラキアは独立国として(みと)められ、ブラキア人たちによるかつての生活が取り戻された…、と思われている。

だけど、その勝利は表向きなもので、裏で糸を引いていたロマリアがニーデルに()わり(ひそ)かにブラキアを苦しめている。

一般人はこのことを知らない。

ミレントもガーレッジも。場合によってはそのグルガってのも知らないかもしれない。

 

「でも、アイツは良いヤツさ。やり方はあんまり好きにはなれないけど、アイツは本気でエレナを愛してる。」

「本当に?」

もちろん、親が子どもを愛するのは普通のことで…。でも、グルガとエレナは他人だ。

そもそも私はどうしても親の愛に懐疑的(かいぎてき)になってしまう。

「もちろん罪悪感は()くせないだろうさ。でも、アイツはエレナのためなら自分の全てを投げ打つだろうよ。まあ、そこがアイツの悪いところでもあるんだろうけどね。」

 

自分のせいで誰かが何かを(うしな)う。

護ってもらえるかもしれない。でもその子は多分、幸せにはなれない。

ミレントはそういうことを言いたいんだろうと思った。

そして、私は誰よりもそれを理解できる。

 

「さっきも聞いたけど、アンタはどうするのさ?本当にすぐに出ていくつもりかい?」

私の、想いに(ふけ)る顔を見て何かを感じたらしく、彼女は話をぶり返してきた。

「…そうだね。アタシの場合、失くしたものの穴を()めにいくって感じだけどね。」

「……」

「アタシのことも嫌いになったかい?」

「ああ。死にたがりは嫌いだね。アタシたちをバカにしてるようなもんだからね。だけど、なんとなくだけど、アンタは違う気がする。必ず帰ってくるよ。……ううん、違うね。見つけられるよ。何か大切なものをさ。」

「ハハハ、そりゃあ皮肉(ひにく)かい?」

アタシにとってあの子以上に大切なモノなんかないよ。

「今は分からないだけさ。」

「……そうだといいね。」

私はまた、あのクソ生意気(なまいき)な弟の顔を必死に思い出そうとする。

でも、もうあまりハッキリとは思い出せない。

思い出したくないのかもしれない。

良い意味でも、悪い意味でも。

「そんで、どうやら楽しいお(しゃべ)りもどうやらここまでのようだよ。」

 

聞き耳を立てるでもなく、(おそ)るおそる(つえ)()く音が近づいてくるのが分かった。

「……シャンテお姉ちゃん?」

エレナはやはり恐るおそる、(かど)から顔を(のぞ)かせた。

「エレナ、待たせてごめんね。」

(いそが)しいの?」

その声と表情に遠慮(えんりょ)と不安があった。

「大丈夫さ。用事は今、()んだところだからさ。」

 

…そうさ。子どもってのは(ひと)りにされるのも、(かま)ってもらえないのも恐いんだ。

積もり積もったものが、この子の将来を傷付けちまうんだ。

私は知ってる。

「待たせた()びだ。特別に歌の歌い方を教えてやるよ。」

「本当!?」

過去にどんな事故があったのかは知らないけど、この子にこれだけの笑顔を取り戻した男なんだ。ミレントの言う通り、立派(りっぱ)な男なんだろう。

 

私は心のどこかで、その男と出会うことを(おそ)れていた。自分の不運を再確認してしまいそうで。

でも、その一方では楽しみにしている。

…どうしてだろう。

エレナの笑顔のせいなのかもしれない。

二度と取り戻せない家族の(ぬく)もりを、他人の家族で埋められるなんて(あわ)期待(きたい)(いだ)いているのかもしれない。

私もそこに――――、

 

……本当に、この島はシャンテというクソ女をどこまでもダメにしてしまうところだ。




※面はゆい(おもはゆい)
照れくさい。くすぐったい気持ちになること。

※ミレント
下書き段階では登場すらしていなかった彼女が、原作では影も形もなくもちろん私も出す気のなかった彼女が、いつの間にか重要なキャラクターになっていました。
本当に、人生って分からないものですね(笑)

※アルド人
シャンテの生まれたアルディアのある大陸、アルド大陸に住む人の総称。
私たちの感覚で言えば、北米な感じです。

※アデネシア人
ロマリア大陸の南に位置する大陸、アデネシア大陸に住む人の総称。
アフリカと南米のあいの子って感じです。

ちなみに、インディゴスで情報屋をしている「グランズ(愛称:さまよえるアデネシア人)」は南米よりの顔をしている設定です。

※ブラキアとニーデル
モチーフはブラジルとポルトガルです。

西暦1500年頃、新大陸としてブラジルを発見したポルトガル人はその後、長い間、先住民(ブラジル人)に対する人種差別が長く続きました。(欧州、主にポルトガルからの)
奴隷として扱われることが多く、ブラジル人による独立運動やクーデターも幾度か起きています。
また、ブラジルには「ブラジル合衆国」と呼ばれていた時代があって、カステロ・ブランコという将軍による独裁政権が敷かれたそうです。

そして、これはブラジルとの関連性は薄いですが、ブラジルのある南米、アンデス山脈は大きなマグマ溜まりとして有名で、”超巨大火山”、”スーパーボルケーノ”と呼ばれているそうです。
(将軍や火山の説明は後々出てくる舞台設定の伏線?です)

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