聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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戦争を望まない者 その二

目を覚ますと、この町では滅多に見ない文句なしの青空が穏やかに俺を見下ろしていた。

「……なんで殺さねえ。」

狼は横たわる俺の隣で呑気(のんき)に銃の手入れをしてやがった。

「初めから殺すつもりはなかった。」

「ハッ、なんだそりゃあ。まんまとバカにされてたわけだ。」

(コイツ)にも「声」があることに俺は少し驚いた。

そんなことはさて置き、あんだけの殺気をぶつけといて「殺す気はなかった」?俺はチビりそうになってたんだぞ?

じゃあ、もしもテメエが本気を出したら俺ぁどうなっちまうってんだよ。この化け物め。

……というか、奥の手を出した後の記憶が曖昧だ。

それでも何かを斬ろうと必死に刀を振り回していたのは憶えてる。

…俺は、いったい何と闘ってたんだ?

「ゴーゲンから俺のことを聞いていないのか?」

「…テメエ、あのクソジジイの差し金だったのかよ。どうりで…。今度会ったらブッ殺してやる。」

「違うな。俺は個人的にお前たちの作戦の一部に参入したいだけだ。」

「……」

その目付きはよく知ってる。今も、俺の周りで賑やかにしてる目障(めざわ)りな奴らだ。

なんのことはない。コイツもハゲ頭(アイツ)らと同じだ。ただの「復讐者」ってだけのことだ。

 

俺はほんの少し、ガッカリした。

 

「そりゃあどこからどこまでだの話だ?」

「ガルアーノを殺したい。それだけだ。」

「あ?あの野郎はもうおっ()んだんじゃねえのかよ。」

俺がつい先日聞いたのは、ウチの総大将が襲撃してアジトもろとも潰したって話だ。

「死んではいない。この国にある研究所本部まで退(しりぞ)いただけだ。」

…ガセを掴まされたのか?それとも、情報を売った奴はそもそも敵の駒だったってのか?

クソが、なんにしても危うくニセの情報に踊らされてアイツらの足を引っ張るところだった。

「じゃあ、なんでこんな回りくどいことをしたんだ?俺が話の通じねえ猿にでも見えたかよ。」

正直、コイツに狙われるのは楽しかった。負けた後だってのに悔しさは少しも湧いてこない。

だけど、俺はジジイみたいにあの手この手で他人を思い通りに操ろうって奴が嫌いだ。それが本心でなかったとしても。

その点、コイツは――――、

「ああ。酒場でお前を一目見て理解した。一度、()()()()必要があるとな。」

 

狼の辛辣な一言は赤髪の口を阿呆のように開け、そのまま固めてしまった。

「……っ、だっはっはっはっ!」

バカにされていた。お前は言葉も理解できない畜生なのだと。

だが、それすらどうでも良いと思えるほどに、狼の言い草は痛快で真っ直ぐだった。

「俺のことは知ってるんだろ?」

自分で言うのもなんだが、俺は気性が荒い。四の五の言う前に拳が出るなんて茶飯事だ。

賞金稼ぎの界隈(かいわい)でも「無知な新米(ルーキー)も喜んで殺す」だとか、「目の前にいるのは人じゃあない。頭の悪い熊か虎だ」なんて言われる始末。

そしてその軽口の殆どが真実だった。

俺は()(はだ)かる連中を全員()ちのめしてきた。半死半生もかまわずに。

だからこそ最近は、素顔で町をブラついても、おいそれと命を狙われることもなくなっちまった。

「知らない人間の方が少ないと思うが?」

そんな中、コイツは見事に俺を黙らせた。

あんなにも俺を本気にさせたってのに…。

 

少なくともコイツは、ジジイより信用できる。そう思った。

 

「だったらなおさら気に入ったぜ。アンタ、名前はなんて言うんだい?」

「…シュウ。」

どうしてだか赤髪は狼の名前に特別なものを、ずっと昔からの知り合いだったかのような親しみを覚えた。

毛嫌いしている魔導師からの紹介だということもスッカリ頭から抜けてしまうくらい。

「改めて自己紹介はいらねえとは思うが言わせてもらうぜ。俺はトッシュだ。よろしく頼むぜ、シュウ。」

こんなにも上機嫌になったのはやはり久方ぶりのことだった。

今なら何でもできる気がする。

自惚(うぬぼ)れではなく、今度こそ。

この”相棒”がいる今なら。

「…ああ。」

 

対して、狼は僅かな不安を覚えた。

あまりに無防備すぎる。赤髪の抱える組織「レジスタンス」は”アーク一味”の戦局を支える重要な駒の一つのはず。

そこへ現れた味方の名前を口にする不審な自分(おとこ)

気に入られることは計算の上だったが、それにしてもこんなにも簡単に受け入れられて良いものなのか?

俺の証言とコイツの持っている情報も噛み合っていないというのに。事実確認もせず。

アークに信頼されているであろう男がこんなにも警戒心が薄いはずがない。

…俺の考えすぎか?

「付いてきな。冴えねえ奴らだが、俺たちの根城に案内してやるよ。」

どうやら俺を本拠地(アジト)に招き入れるらしい。

…取り敢えず、少し様子を見るべきなのかもしれない。だが…、

「待ってくれ。その前に一つ解決しておくべき問題がある。」

だが少なくとも、これに関しては俺たちのどちらの奸計(かんけい)でもあるまい。

 

唐突に、狼は赤髪の意気揚々とした先導に水を差した。

「あ?どうしたよ。」

「…出てこい。出てこないなら、ここで死んでもらう。」

シュウは10mほど離れた廃屋に銃を向け、わざと引き金を絞る音を響かせた。

すると、

「ま、待って!いま出るから、撃たないでっ!」

朽ちた建物の背後からトッシュと同じ髪色の少年が慌てふためいた様子で飛び出してきた。

「…テメエ、まだ諦めてなかったのかよ。」

「知り合いか?」

「…ああ。最近、何度か()()()()()()()ってゴネてたやつだ。」

若干()せこけて見えるが、顔色、全身の血色からは、一応の生活ができていると(うかが)える。

対して衛生面には無頓着らしく髪はざんばらで、油まみれ。

着ている衣服も寒さを凌げればそれで良いというような感じに統一性がなく、あちこち穴も開いている。

所々に()り傷や火傷の痕もある。

簡単にいえば、少し腕白なホームレスのような出で立ちをしていた。

 

そんな赤髪の少年はトッシュの言葉を受け、さっきまでの彼の機嫌を引き継ぐかのように顔を明るくして応えた。

「今、()()()って言ったよな?!やっぱりそうなんだろ?アンタはレジスタンスの一員で、この腐ったロマリアをブッ壊してくれるんだろ?」

「…チッ、」

トッシュは「相棒」との数奇な巡り合いに浮かれていた自分を呪った。

「さっきの戦いも凄かったよ!あんなの俺、見たことないよ!ロマリア軍なんて目じゃないさ!」

「おい…、」

「でも、黒服の方のアンタは?アンタもレジスタンスかと思ってたのに違うのか?でも俺を助けてくれたもんな。ロマリア軍じゃないのは確かだ。じゃあアンタ、いったい何者なんだい?」

「おいっ!」

「ヒッ!な、なんだよ。褒めてるんじゃないか。なんでそんな怖い顔するのさ。」

「これ以上、俺たちに付きまとうんじゃねえよ。じゃねえと―――、」

自慢の気迫で(くじ)かせようとするトッシュを、シュウが制した。

「こういう手合いにその程度の脅しでは何も理解しない。」

「アンタと同じようにな」そう言われている気がして、赤髪の相棒は少し気分を害した。

シュウはハンドガンの安全装置(セーフティ)を外し、照準をユックリと上げる。

そこに見えない力が働いているかのように赤髪の少年は一歩、二歩と後退る。

「な、何のつもりだよ。」

「…こういうことだ。」

 

ドンッ!

 

「…え?」

何が起きたかも分からず、少年は自分の体を見下ろした。

すると、使い古してヨレヨレのズボンの太もも部分からユックリと赤い染みが広がっていく。

そうして、ようやく頭がそれを理解した。

――――撃たれたっ?!

「うわあぁぁぁっ!!」

不格好なことも気に留めず、少年は痛みのままに芋虫のように転げまわった。

「痛い、痛い!チキショウ!なんで…、ああぁぁぁっ!!」

喚き散らす少年をよそに、無言で詰め寄る狼は次の的に狙いをつける。

「次は右腕だ。」

「ヒッ!」

「利き腕を負傷しては、製鉄所勤めもままならないだろう。」

「な、なんでそれを…?」

「食いぶちをなくしたお前を待つのは勇ましい戦死じゃない。誰にも(かえり)みられることのない惨めな餓死だ。」

言葉の通じない本能的恐怖。容赦なく迫りくる本物の死の足音。

少年は、生まれて初めて本物の悪魔を見た。

「それでもキサマは幸せだ。化け物に生きたまま喰われる恐怖を知らずに死ねるのだからな。」

悪魔はユックリと、少年に突き付けた。

醜い世界を知らない澄んだ瞳にも、ハッキリと自分を殺す銃口(もの)の顔が見てとれるように。

コーヒー豆程度の小さな穴が少年の瞳に向かって、悪魔と同じ言葉で何事かを囁きかけた。

「ヒ、ヒィィッ!!」

少年は悪魔から逃れようと必死でもがき、立ち上がり、足を引き摺りながら無様に去っていった。

 

 

瓦礫の山を吹き飛ばす火薬、雷鳴を呼ぶ剣戟(けんげき)、騒がしい身の程知らずが失せ、鉄クズ置場はようやく本来の静けさを取り戻した。

 

「あれで諦めると思うか?」

「いいや、おそらくまた俺たちを付け回すだろう。」

心の底から怯えていた。けれども、あの無垢な好奇心を根元から折ることはできなかった。

電気椅子でもあれば話は違っていたかもしれないが。

それに、他人(ひと)の忠告を理解できるほど賢くもないようだった。

「ああいう小物は敵に狙われやすい。その小さな綻びが全滅を招くこともある。」

「…何が言いてえ。」

シュウの指摘は、トッシュの脳裏に聞き慣れた悲鳴を木霊させた。

恐れていた「最悪の結末」を、その元凶をみすみす逃がしてしまったような気分にさせた。

「決めておいた方がいい。次、奴が現れた時、どうするか。…生かすか、殺すか。」

それは、常識的に考えれば後者一択に思えた。力もない。恐怖を前に立ち向かう根性もない。

たとえ運良く功績を上げられたとしても、圧倒的に経験が足りていない。行動があまりに若すぎる。

だから引き際も(わきま)えず、撃たれた。

一から育てる労力さえ今は惜しい。

仲間として迎え入れるにはあまりにもリスクが大きい。

突き放しても、こちらの親切を理解せず何度もやって来る。

だったら――――、

 

「…アンタならどうするよ。」

「なぜ俺に聞く。」

「いいから答えろよ。」

組織の頭が、しがない賞金稼ぎに尋ねた。

半分は単純な興味。自分を倒した男が何を考えているのか。

残る半分は、どこまで信用できる男なのか。世界的犯罪を行おうとする一味の一人として、知っておく必要があった。

男は青く冷めた視線でトッシュの言葉を値踏みすると、取り繕わず、簡潔に答えた。

「殺さない。」

「なぜ。」

「アイツが敵に利用されるのなら、それを俺たちが利用すればいい。」

「簡単に言うじゃねえか。そんなことができるなら、俺たちが今まで無駄に一般人を死なせたりすると思うか?」

口にした瞬間、何かに「負けた」気がした。

アークの仲間になってから暴力で負けたことのなかった彼が、「殺される」と分かっていながらそれでも狼に挑んだ彼が、あの時から棲み付いてしまった「臆病風」に知らぬ間に体を奪われてしまっていた。

そんな彼の顔を見詰めながら、彼の事情(かこ)を知らない男は涼しい顔で言い返した。

「問題ない。俺たちならできる。」

 

シュウは気付いていた。

彼が化け物と対等でない「一般人(にんげん)」をこの戦争に関わらせないようにしていることを。

さらに、少年に向ける彼の言動からその理由を(さと)った。

彼の背中を押さなければならない。この戦争に勝ちたいのなら。

だからこれは打算的な言葉だった。

そして頭の悪い獅子はその罠にかかってしまう。

「ハッ、言ってくれるじゃねえか。たった一回、俺に勝っただけで俺の何もかも理解したつもりかよ?」

「アンタはアイツを始末しなかった。アレがレジスタンスにとって危険な存在だということは初めから分かっていたはずなのに。」

「それが?」

「そもそもアンタはアレを危険視していない。なぜならアンタはレジスタンスを動かす気がないからな。」

「……」

「アンタは(くすぶ)っていた。アーク一味にならできること。それを一般人で補うのが気に入らない。違うか?」

「……」

「だが、俺ならその全ての”一般人”を担える。いいや、それ以上の働きをしてみせる。」

「……」

「まだ他に問題が?」

狼は饒舌だった。まるで仲間を狩りに誘う狼の遠吠えのように。真っ直ぐに、力強く。

「…クッ、ククク…、カッカッカッ!」

腰かけていた赤髪は膝を叩いて笑った。

「負けた、負けたよ!シュウ、お前には根性がある。それに見合った実力もな。間違いなく最高の相棒だよ。」

「戦闘狂」と揶揄される彼だが、正真正銘のバカではない。自分の利益のために言い寄る人間の分別くらいつく。

そんな彼だからこそ、真っ直ぐに打つかってくる狼との遣り取りを心から心地好いと感じた。

無知な少年の出現で水を差された興奮がいま一度、「士気」となって赤獅子の心を満たした。

 

「だがよ、一般人(アイツら)は既にヤル気満々だからな。無視すれば必ず勝手な行動を取り始めるぜ?」

家族を奪われた者。国の未来を憂う者。化け物の支配を嫌悪する者。

理由は様々あれど、赤髪の集めた戦士たちは皆、現ロマリア政権を心の底から憎んでいた。

「復讐の機会」という首輪がなければとっくにデモを起こし、軍に淘汰されていてもオカシクない。

「適当に利用すればいい。誤魔化して戦場に出さなければ問題ない。」

「それでアンタが大勢の敵を相手にして死ぬことになっても?」

「俺が?…仮にそれがアンタだった場合、アンタは死ぬのか?」

お前よりも強い俺が?

シュウの目は暗にそう語っていた。

「…クックッ。まったく、歯に衣着せることを知らねえ野郎だぜ。お前はよ。」

狼は打算で動いているのかもしれない。

獅子もそれに気付いているのかもしれない。

たとえそうであったとしても、二人の「意気投合」が運命の輪から外れることは万に一つもなかっただろう。

それ程に二人の相性は良かった。

 

今までになく痛快な気分だ。

これから殺し合いをするってのに、こんな気分になっても良いのかって自分を叱りつけたくなるくらいだ。

「一応、聞いておきたいんだがよ。」

シュウを連れ、町に戻る道中、俺は唯一気に掛かっていたことを聞いた。

「アンタはなんでガルアーノを殺したいんだ?」

核心を突いてもシュウは眉一つ動かさねえ。本当に、あらゆる意味で「百戦錬磨」を見せつけやがる。

「仲間に地獄を見せた。その落とし前をつけにいく。それだけだ。」

「…それは、アンタの家族か?」

さっきのガキへの忠告の仕方を見て、なんとなくそんな気がした。

コイツの実力、性格からして、私生活に良い人間関係なんてものがそうそうあるとは思えねえ。

そんな中、その「仲間」ってのが唯一の支えだった。

だからこそ合理主義のコイツでも、あの化け物にも同じ「苦しみ」を味あわせてやろうなんてイカれた考えに至ったんだ。

その「仲間」があのガキとダブった。

同じ地獄に向かわせないよう、あんなにも必死に説得していたんじゃねえのか?

「仲間」なんて言ってやがるのはただの強がり。根っこの部分は俺に似てるんだコイツは。

そう、思った。

「……俺に家族はいない。」

そう言いながら、顔の下半分を覆う襟巻きの下で口元が僅かに緩むのを俺は見逃さなかった。




※ガセ
にせ、偽物の意味。
人騒がせの「がせ」から生まれたという説があります。

※奸計(かんけい)
悪だくみ。

※ホンマのあとがき
思い返してみれば、私、人物描写が少なかったような気が。
キャラクターがすでにゲームや漫画やらで十分すぎる露出をしてるから、無意識に「皆知ってるもの」として書いてた気がする。
…気を付けようf(^_^;)
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