聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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今回、一部キャラクターに原作の性格を著しく損なうようなグロテスクな表現を使っています。ですが二次創作者としては「良い解釈」だと思って書いているので、なにとぞご了承ください。


巌窟姫 その三

 3000年前、我々が「勇者」として認められた偽りの偉業の一つ、それと引き換えに我々は彼と一つの約束を交わした。

 世界の支配権をかけた人間との抗争を控える代わりに、互いの種の存続を脅かさないこと。危機に(ひん)した時、互いに手を差し伸べ合うこと。

 それは精霊らとの口約に反したが、ソルはそれを受け入れた。

あのまま攻めていれば間違いなく我々はあの消耗戦を制することができた。しかし、その和睦(わぼく)にはそれ以上の価値があるのだとソルは確信し、魔王セゼクに誓った。

 精霊信仰が強く、我々のリーダー的存在だったグラナダや、精霊の信徒でもあるゲニマイ、ハトはこれに反発したが、それでもソルは決定を(くつがえ)さなかった。

「俺たちは人間だ。魔族でも精霊でもない」

それが、最終的に我々全員を説き伏せたソルの言葉になった。

そして、続く新興国イガルトス攻略の際、セゼクは約束を守り自ら戦線に立って我々を支援した。

 

だからこれもまた、彼との約束の内というだけのことだ。

……それに、彼もそれを望んでいる。私にとって、それだけで十分行動する価値がある。

 

老魔導士は地下深くに生える草原(くさはら)の上を歩き、その青さを思い返していた。

 

 

 

 

――――永い永い夢の中でなら、私は子どものままでいられると思った。何も知らずにいれば、誰も傷つけず誰も憎むこともないだろうと。

私は、永遠に彼と暮らしていけると信じていた。

 

「……父さま?」

そこに、見慣れた背中がある。働き者で、優しい背中。だけどよくよく見ればそれは、初めて出会った頃と比べて随分と小さくなっていることに気づかされた。

「おかえり、ちょこ。お腹が空いただろう?」

振り返る男は私のよく知る顔で笑った。

「そうなの!ちょこ、たくさん歩いてお腹ぺこぺこなの!」

「座りなさい。今日はお前の好物を作ってあげたよ」

「わぁ、ハンバーグなの!」

ジュウジュウとプレートの上で油の音を立てる肉の塊。私は彼の作るその料理が大好きだった。

 何も考えずに彼と同じテーブルに()き、彼に習った通りにナイフとフォークを使い、それを切りわけては口に放り込む。口の中で広がる肉の香りは昔から少しも変わらない。

昔はよく自分の手で獲って食べていたものだ。

「ちょこ、冒険は楽しいかい?」

彼は(せわ)しなくナイフとフォークを動かす私を見つめ、不意に問いかけた。

「うん、とっても楽しいの!今はシャンテとグルガとおじいさんと一緒にちょこのお気に入りの遊び場にきてるのよ」

それとわかって尋ねたのか。彼は途端に顔を強張らせ、席を立った。

「父さま、どうしたの?」

「……おかわりは、いるかい?」

「うん!父さまのハンバーグをたくさん食べてちょこ、早く立派なお嫁さんになるの!」

それは、彼を安心させるための彼と私の間で交わされた合意のウソ。

私は大きくならない。永遠に、子どものまま。

誰とも争わないように。誰も失くさないように。

 それなのに、彼が用意した「おかわり」を口にした瞬間、私はお隣の世話好きのおばさんの味を思い出した。それでも私の食欲は止まらない。

「おかわりなの!」

子どもながらに、それが最後の手段だとわかっていたから。

 

「ちょこ……私はお前に謝らなきゃならない」

フライパンの上で次々に焼かれていくひき肉のタネ。良くないことだと知りつつも食べる手を止めない私。

ハンバーグに夢中なフリをして、彼の言葉を聞き流した。

「私は悪い人間だ」

彼は昔の話をし始めた。とても悲しいことがあって、だから私たちは一緒に暮らしているのだと。

私は憶えてる。私の、本当の父上の顔を。……父上を殺した男の顔を。

「あの子も、そしてお前も。結局、私は不幸にしてしまった」

「…おかわりなの……」

私はお前を許さない。それなのに私はまたここに帰ってきて、お前を「父」と呼んでしまう。

 大好きだった料理は少しずつベチョベチョになって、血の味が強くなっていく。

「でも、これだけは信じてほしい。私は、お前を心の底から愛していた」

……嫌。…もう、そんなのは嫌なの……

「そろそろ行かなければ」

「やだよ!やだよ!もうちょこを独りぼっちにしないで!!」

お腹はいっぱい。それでも私はおかわりをせがんだ。

お前がいればそれでいい!他に何も要らない!だから……

「さようなら。ちょこ、そしてアクラ。私はいつでもお前たちの幸せを願っているよ」

 

男は最後まで悲しげな笑みを浮かべたまま、()()()()()()()消えていった。

 

……そんな……、

勝手だわ!もう心配いらないって。これ以上私を不幸にさせないって、そう言ったのはお前でしょ!?

…もう誰も信じない!お前も、アークも、シャンテもっ!!

 

 

――――少女たちは夢を見た。翼をもがれ、地上で生きることを許されたほんのひと時の出来事を。

 

 

 そうして少女の片割れは美しい花畑の上で目を覚ます。定められたもう一つの別れを済ませるために。

「…ここはどこなの?」

むくりと起き上がり、辺りを見回すと、なぜかそこはとても見慣れた場所のように感じられた。

 ジェリービーンズのように色鮮やかで愛らしい花々が咲き誇り、風もないのに花びらが蝶のように舞っている。少し向こうには雪解け水のように澄んだ水路が走り、そのまた向こうには森を思わせるほどの立派な木々が生い茂っている。

だけど、頭上を見上げてもそこに鳥たちの(さえず)る青い空はない。雲よりも白い石で埋め尽くされているだけ。

 さらには、よくよく目を凝らせば花畑の中に埋もれる墓標のように、ある一点を向いて(かしず)く命亡き六人の騎士の姿があった。三人は漆黒の鎧を纏い、魔術によって生前のままの姿を(とど)めているけれど、残り三人は術が不完全だったためかほとんど白骨化している。

そして……

「そう、私たちはずっと夢を見ていた。永く、(うと)ましい夢を」

淀みなく完璧に循環する水路に視線を落とし、そこに映る顔を見て独り言のように呟く紅い妖精がいた。

「あ!あなたアクラね!?ちょこ、知ってるんだから!」

どんな騒音の中でもよく通る女の子の声で呼びかけても、痛々しく濡れた真紅の羽は振り向きもしない。

「そして、我ら魔族も『地上』という本物の理想郷を求めた。害獣を駆除し、平穏と幸福を手に入れるはずだった」

「こら、誰かとお話する時はきちんと顔を見て話さないとダメなのよ?じゃないと自分でも誰と話してるのかわからなくなっちゃうんだから」

「…それを、勇者と名乗る連中が阻んだばかりか。()()()が私の大切な人を奪っていった」

不思議と、ちょこは紅い妖精の言う男が誰なのかわかる気がした。けれども、それがどうしてなのかわからない。何も、思い出せない。たった今見た夢でさえ。

 誰も傷つけたくないから。誰も、不幸にしたくないから。全部忘れることにした。

だから、目の前の女の子をどうやって助ければいいのかもわからない……

「ちょこ、あなたの言ってることがわからないの」

紅い妖精はゆっくりと振り返る。その顔はちょこに負けず劣らず愛らしい女の子のはずなのに、今は牙を剥き出しにし、鼻にシワを寄せた猛犬のように醜く歪んでいる。

「なら、お前なんかそのまま死んでしまえばいい!!」

怒りに任せ、妖精は死神の鎌のような両翼を広げる。

「あれ、あれれ?」

ちょこは見えない手に(つま)まれ、十字架(アンク)を描く水路の中心に浮かぶ島へと引き寄せられた。

術式の最後のピースが揃い、透明だった水路は息を吹き返すかのように妖精と同じ色に染まった。

 

「ちょこ!?」

時を同じくして最下層へと降り立ったシャンテたち三人は、置いてきたはずの少女が今まさに運命の舞台に引きずり出される瞬間を目の当たりにして取り乱した。

「待て、迂闊に飛び出すな!」

予想外の展開に我を忘れて駆け出すシャンテを、グルガが抑えつけた。その残像を斬るように、黄金(こがね)色の剣が走った。

「ふんっ!!」

立て続けに襲いくる重い剣を彼は斧で防ぎ、弾き返す。

花に覆われていた死せる騎士たちが水路と共に目を覚まし、儀式を妨げる彼らへと襲いかかったのだ。

 彼らは老魔導士が例の古代語で呼びかけても従う様子を見せない。それどころか、花畑へ一歩も踏み入れさせまいと三人に向かって突進し続ける。

それをグルガは正面から受け止めたが、蘇生したばかりとは思えない彼らの身のこなしはグルガの防御の隙を突き、彼の強靭な体を容易く斬り裂いた。

「ぐうっ!」

「バカ者、其奴(そやつ)らがただの死人と思うてか?!早くわしの後ろに下がらんか!」

ゴーゲンは杖を掲げてグルガと騎士たちの間に風の障壁を張り、四方八方に氷柱をつくっては騎士たちを突こうと試みるも、彼らはそれらを難なく()ねのけ、ブラキアの英雄を追い詰める。

グルガは、ゴーゲンの忠告を聞かなかった。

「私には何が起きているのかわからない。だが、私のすべきことはいつだって一つしかない」

「お前の死がその全てを愚弄するのだとわからんか?!」

常であれば一言二言並べるだけで竜の一匹二匹を床に就かせる老魔導士が、なぜか小技ばかりを使い、騎士たちの牽制にだけ(つと)めている。

 その意図を知ってか知らずか。グルガはゴーゲンの補助があってなお防戦一方を強いられ、遥か格上の剣を一つ受けては一つ傷を負うことを繰り返していた。傷は致命傷にこそなっていないが、傷口から流れる血は確実に彼の体力を奪っていく。

しかし――――

「私は死なない。いいや、死ねない!この拳はようやく誰かを護ることの意味を覚え始めたのだ!!」

遂に、グルガは騎士の剣を見切り、その両腕を斬り落した。木偶(でく)になった騎士を掴んで次に襲いくる騎士へと投げつける。そうして形勢は一気に逆転した。

 戦士としての意識の覚醒が彼を本物の「ブラキアの英雄」へ昇華させたのか。突如、腕に浮かび上がった古代文字(ルーン)が戦斧の柄へと走り、彼の刃を受けた騎士はたちまち動きを鈍らせた。

そこから先は彼の独壇場となった。常人が両手で扱う斧を片手で扇のように振り回し、残る片手は騎士の剣を弾き、または真っ二つにへし折った。

 

一つの変化を皮切りに、瞬く間に歴戦の騎士たちを(ほふ)る彼を見て、老魔導士は漏れ出る溜め息を抑えることができずにいた。

「……ソルといい、あの黒装束の小僧といい、我らはなぜこんなにも己の種というものを嫌うのだろうな」

 

一方、騎士たちが身を(てい)して護る祭壇では、二人の少女による独り芝居が佳境を迎えようとしていた。

「…ここは…、私はいったい……」

「父上!」

トココ村の悲劇が再演されようとしていた。




※ソル、グラナダ、ハト、ゲニマイ
3000年前の七勇者の方々です。アークRでは七人に確定したみたいですが、アークⅡでは謎に九人いるという。
アイテム鑑定やグレイシーヌの大図書館で名前を確認でき、物語の終盤でちょっとだけ登場します。

※ちょこの夢からアクラとの決戦までの流れ
原作の展開と少し違っています。
今回のちょこの夢は、原作ではちょこのつくった幻のトココ村編でのイベントでしたが、話の都合か単に忘れていたのか(多分、後者が濃厚(笑))。ここで書くことになりました。

※ジェリービーンズ
ゼラチンにいろんなものを混ぜて固めたカラフルな砂糖菓子の一種です。

※十字架(アンク)
十字架は十字架でも頭が輪っか状になったものです。エジプト十字とも呼ばれるそうです。
古代エジプトでは「生命」の意味がありました。

※古代文字(ルーン)が戦斧の柄へと走り、彼の刃を受けた騎士はたちまち動きを鈍らせた
(アイテム関係のネタバレ有り)

原作の遺跡ダンジョン地下70階で手に入るグルガの専用武器「ルーンアックス」と本人の「光」という属性を合わせて表現したものです。
特別な斧を手に入れたのではなく、グルガ本人が戦士として覚醒し「ルーンアックス」の能力を手に入れた感じにしています。
ルーンアックスの攻撃時の効果は、相手に反撃低下とジャンプ力低下を与えるものです。
ちなみに、アイテム鑑定にかけると「攻撃した相手の心を恐怖で充たし、反撃する気力をそぐ魔法がかけられている」と説明されるのでその辺も表せればと思っています。

※我らはなぜこんなにも己の種というものを嫌うのだろうな(ネタバレ有り)

結論から述べますと、アークやエルクが人間をやめて精霊になろうとしているように、グルガもまた人間ではない何かになろうとしているとゴーゲンさんは言っているのです。

アークⅡ以降の設定を完璧に把握している訳ではないので、こういう二次設定が原作に則しているのかただの二次設定なのか判断できませんが、「人間の王」なるものが存在してそれがラスボス「闇黒の支配者」の別名だというからには人間≒魔族みたいな感じなのではないかと。

そして、アークたち勇者やエルクたちもそういった曖昧な存在なのではないかと。
人間王やカサドールが完全な魔族になったように、何かの切っ掛けがあれば人間も魔族に(だったらその反対も?)なるのではないかと。

今回、ただただグルガの専用武器をどう書くかで迷った末に行き着いた形ですが、アークが精霊に呑み込まれようとしていたり、シャンテが完全な不死者になっているのでこれくらいのことはもう、してもしなくても一緒かなと思って書きました(;^_^A
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