聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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巌窟姫 その四

 翼をもつアクラは縦横無尽に空を駆け巡り、ちょこを翻弄した。ちょこはこれに応戦しようと拳を振り回すけれど、アクラの洗練された動きに必殺の一撃を合わせられないでいる。

それが、この闘いに臨む両者の気持ちの差を表すかのように。

「動いちゃダメなの!」

「ふん、そんなものがお前の実力?そんなもので何が護れるっていうの?」

護る?アクラの言葉の意味がわからず、ちょこの拳は増々迷い、標的から遠のいていく。

「やっぱりお前にはもう生きてる価値なんてないのよ!」

ただ、「死にたくない」という想いだけが彼女に拳を振るわせ、立ち回らせる。どうしてそんな想いが自分の中にあるのかもわからない。

……忘れているから。……忘れてきたから。

それが、二人の間にある唯一の火種であるにも拘わらず。

 

 ちょことアクラが対峙する祭壇の向こう。一段高い場所に設けられた一際大きな黒曜石の台座の上に、一体の骸が横たわっている。

 

時来たれり……

 

台座は水路が赤く染まったその時から脈打ち、骸に呼びかけていた。

まるで原木からキノコでも生えるかのように、医師を必要としない未知の施術が行われ、朽ちて消えたはずの肉がみるみる間に骨の内と外を満たし始める。

 紅い二人の少女がそこに立って初めて生まれる奇跡が、役目を終えた骸を表舞台へと引きずり出す。運命がけじめを責め立て、死してなお彼を(はずかし)める。

「…ここは地下王宮か?なぜだ、よく目が見えぬ……」

「父上!」

数百年ぶりに感じる喜びにアクラの声は震え、天にも昇る気持ちで彼の名を叫んだ。

「おお、アクラか!教えてくれ、これはどういう事態だ?」

「落ち着いてください、父上。まだ肉体が再生しきってないのです。今しばらく横になっていて。すぐに、すべてに決着をつけてみせますから」

「……お前は…、お前は誰だ!?アクラは、私の娘はどこだ!?」

たった今、一つの苦悩が(むく)われたばかりで、まさかそれが自分に向けられた言葉だとは夢にも思わなかった。

それもそのはず。父親が、あろうことかたった一人の娘に敵意を見せるなんて想像する方がどうかしている。

しかし、彼は確かに自分を見ていた。(めし)いた目が、お前のことだと牙を剥いていた。

「そ、そんな…。わ、私です!アクラです!わからないのですか!?」

「止めろ。おおかたあの石を使ったのだろうが、そんな術で私を(たばか)れると思うな!」

「……そんな…」

愛する人の怒鳴り声がアクラの視界を歪ませ、羽を動かすこともままならなくなってふらふらと水路に舞い()ちてしまう。

「…待て。この魔力は……ノル…いいや、ウルトゥス、キサマもいるのか?」

儀式(きせき)の守護者だった騎士たちを(ほふ)り、祭壇へと歩み寄る老魔導士は今までにない落胆した面持ちで彼の呼びかけに応じる。

「久しいな、魔王セゼク」

「その声…、やはりノルか?いいや、それよりもこれはどういうことだ。答えろ、我らの誓いはどうなった」

「すまんな。今一歩、お前を護ってやることができなんだ」

「なにを(とぼ)けたことを……。私は聞いているのだ」

男はかつて「王」を名乗るほどの器を持ち合わせていた。しかし、彼はその王冠を黄泉に落としてしまった。

「私の娘をどこに隠した!?」

 アクラと同じ二本の角を生やす冠なき王は水路に落ち、ずぶ濡れになった少女には目もくれず、ただただ記憶の中の娘だけを気にかけた。まるでそうプログラムされた機械のように。

「ソルはどうした?奴を八つ裂きにせねば。何が勇者だ、狡猾な悪魔どもめっ!!」

旧友の醜い姿を前に老魔導士は胸を締めつけられ、一刻も早くこの茶番を終わらせようと彼の娘へと歩み寄り、憐れな王に呼びかけるように促した。

「ほれ、あれがお前さんの探しておったガイコツじゃよ」

「おじいちゃん、ちょこをバカにしちゃダメなの。ガイコツさんはもっと可愛いお顔をしてるのよ?」

ちょこは知っていた。あの骸は独りでに動かない。だからこそ足繁(あししげ)く通い、お話を聞かせ続けてきたのだと。

 

 (はか)らずも、ちょことゴーゲンの会話を王の耳が拾い、嬉々として答えた。

「おお、その声はまさしくアクラ!いるならなぜ返事をしない!」

「……え?ちょこのこと?」

王とは違い、ずぶ濡れで放心する女の子が気になるちょこは、右を見て左を見て、もう一度右を確かめてもそれが自分のことだとわからないでいた。

「チョコ?娘よ、どうした。私のことがわからぬか?」

「わからぬー!」

「…まさか、記憶をまるごと石に移したのか?なんと危険な。万が一、石が破壊されでもしたらどうするつもりだ!?」

セゼクの怒りは力を伴わなかった。冠なき王は自身の弱体化もまた彼らの仕業と決めつけ、老魔導士に説明を求めたが、ゴーゲンはそれに応じず彼の知るべき真実だけを伝えた。

「セゼクよ。少しは自分の娘を信じたらどうだ?彼女は記憶を失くしてなお500年もの間、お前のためにこの墓を守り、お前の愛する地上を守ってきたのだぞ?」

「墓?守る?キサマ、いったい何の話をしている」

「…私がお前の後を継ぐ。そういう話だ」

老魔導士の言葉は王の魂によく響いた。落とした冠の場所を思い出させるほどに。

「まさか私は……。そうか、あの時の男が……」

(よみがえ)って早々、彼は後ろを振り返った。禁忌の石を片手に、彼に襲いかかる狂戦士の姿を。

「ならばなぜ私を蘇らせた。こんな、不完全な形で」

自身の死を知り、改めてその身を見下ろした彼はいかに自分の命が醜く歪められているのかに気づいた。

そこへ、今こそ自分が認められる時だとずぶ濡れの少女は声を上げるが……

「ち、父上を蘇らせたのは私です!私は父上に今度こそ地上に楽園を築いて欲しくて……」

「…そうか、そうだったのか。石の分際で余計なことを」

「え?」

「そもそもお前はなぜそんなにも勝手気ままに動いている。それは私の娘のものだろう。今すぐそれを私の娘に、アクラに返すのだ」

 

……どうして?

 

 どうして誰も私の気持ちに気づいてくれないの?

500年間、あの暗い石の中で耐え忍んで、貴方まで救い出したのに、どうして名前で呼んでもくれないの?…わからない……わからないよっ!!

「なぜ…なぜ父上は私ではなくあんな薄情者を選ぶのです?アクラは、アクラは私なのに……」

「なるほど、確かにその記憶はアクラと呼ぶべきなのかもしれん。だがお前はその記憶から先へ、一歩でも踏み出したか?新たな家族を、友人を一人でも見つけたか?苦痛を乗り越える術を一つでも見つけられたか?」

できるはずがない。

私は独り檻に閉じ込められていたんだから。

500年間の孤独そのものが私のすべてだったんだからっ!!

「そうだ、できるはずがない。それがお前の正体だからだ。もう一度だけ言おう。今すぐにそれをアクラに、私の娘に返すのだ!」

これからだった。これから貴方と一緒にそれを見つけるはずだった。それなのに……

 

私が悪いの?

500年、耐えてきたのに。誰にも頼らず、ここまで頑張ってきたのに。…こんなにも…貴方を愛してるのに……

 

「……もういい。私はもう何もいらない。代わりに私がすべて滅ぼしてやる!!」

「石」は羽で水路の水を叩き、セゼクの頭上まで飛ばした。その一粒一粒から生まれる紅の雷が、彼女が夢にまで見た父を再びこの世から追放する。

「うぅ、アクラよ……」

「安心してください、父上。私もすぐに貴方の下へ参ります」

この世界をメチャクチャにした後でっ!!

 

……お父、さま?

私には「ちょこ」という父さまにつけてもらった素敵な名前がある。それなのに、紅い雷に呑まれる最中、彼の口から漏れ出た名前もまた自分の名前であるような気がして、彼が苦しみ消えていく姿から目が離せなかった。

 

 水路の水はすがりつくように石の翼に染み込み、文字通り彼女の体を石のように重くした。

もはや羽ばたいたところで彼女に舞える空はなく、「誰も、生かしておくものか……」翼を引きずり水路から這い上がる一歩一歩は、誰も自分を苦しめない楽園を築くための怨念が動かしていた。

「止めるの。あなたはもう闘えないわ」

水路の水には特殊な術式が編み込まれ、触れた者に絡みつき、力を奪い、花壇へと送られる。石は、長く浸かり過ぎたのだ。もう、ちょこの拳に耐えるだけの体力もない。

「戦えない?戦う必要なんかないわ。私は滅ぼすだけ。お前があの村にしたように」

「…それは、使っちゃダメなの……」

石の言葉が忘れなきゃならない記憶を呼び起こし、増殖するウィルスのように少女の小さな頭の中で喚き出す。あれは、賛歌。王が民の死を祈る罪深い歌。

「ふん、本当に、お前はそうしてるのがお似合いね。それじゃあ、さようなら―――!?」

割れるような頭の痛みに(うずくま)ったかと思いきや、少女は何かに突き動かされるかのようにアクラに飛びついた。

「な、放せっ!」

「全部ちょこが悪いの……ごめんなさい……」

「やめろ、何を今さら!」

ちょこは絶妙な力加減でアクラを逃さず、壊しもしない。それを同情だと感じたアクラはさらに怒り暴れ、翼をバタつかせれば枯れた花のように羽根が散る。

不思議なことに、アクラに絡みついた水がちょこに触れても、水はちょこを侵さなかった。

代わりに、アクラの体が崩れていく。乾いた泥人形のように。

「もう、放さないの」

「無駄よ。何をしたって私は止められない。必ずお前に……同じ苦しみを味合わせてやる」

少女の腕に抱かれ、石は父と慕っていた人と同じように朽ちていく。

「私は、お前が、憎い……」

やがて、アクラと名乗っていた妖精は完全に肉体を失い、中から拳大の丸石が現れた。

「ちょこがあなたに色んなものを見せてあげる。その後また、一緒に考えましょ」

少女が祈ると丸石は砂漠に堕ちた雫のように溶けて消える。

 

そして、舞台にはちょこだけが残った。

 

「ちょこ、大丈夫かい?」

「……?」

少女はまるで産まれたばかりの赤ん坊のような無邪気な顔で首を(かし)げる。それが余計に彼女を不安にさせた。

「アタシが誰だかわかるかい?」

もしも忘れているなら、このまま手を引いてもいいのかもしれない。この子はもう大丈夫。あの出来損ないの弟より何倍も強い心を持ってる。だから……

「シャンテ、とうしたの?何か辛いことでもあったの?」

「……はぁ、アタシはアンタに聞いてるんだよ。体調は?どこか違和感があったりしないかい?」

「ううん、ちょこはいつだって元気一杯なの!……あれ?ううん、ちょこはアクラなの!……あれ?やっぱりアクラはちょこなの……あれれ?」

シャンテは振り返り、事情通な老魔導士に尋ねた。

「問題ない。見るに、一時的な記憶の混乱じゃろう。なんにしても、『憎しみ(アクラ)』を受け入れ、己を失わなかったんじゃ。その子はようやったわい」

それは、壮大な時と死体を積み重ねた悲劇に対し、あまりに呆気ない終止符に思えた。

しかし、過去と向き合う覚悟を決めた少女にとって、これからが本当の償いと成長の旅路になる。彼女が夢見る大人になるための。

 

 老魔導士は奮闘した少女を励ましながら、胸を掻き(むし)りたい衝動に襲われていた。

 術式は悪くない出来だった。それでもあのセゼクは生前の彼と比べ、明らかに暴力的で思慮に欠けていた。娘への妄執が辛うじて肉を着ている、そんな二級品と言う(ほか)ない。

「やはり完全な反魂など不可能ということか」

彼の、誰にも明かせない野望の一つが音もなく(つい)えた。

老魔導士の皮を被る彼にとって、それが何よりも耐えがたい現実に感じられた。

「さて、帰るとするかのう」

「帰る?アンタもかい?」

「ほ?何か問題でも?」

失意に暮れる老魔導士は普段の狡猾さを忘れ、苛立ち、シャンテ問いの意図も読めずにいた。

しかしそれも大した問題ではなかったと知ると、彼は静かに胸を撫で下ろした。

「アタシはてっきり、魔王だか大王だかになって一生ここに根を張るんだと思ってたんだけど」

「ほっほっほっ、もちろんそのつもりじゃよ。だがそれはいずれそうするというだけの話。今回はただ、奴にその許しをもらいに訪ねただけよ」

「死んだ奴に?わざわざそんなことする必要があるのかい?」

「まぁ、多少面倒ではあるがな。約束とはそういうもんじゃよ。旧友との約束ならなおさらな」

そう、これも一つの儀式。多少面倒でも欠かせない行程なのだ。

魔王になり、魔王を滅ぼすためには。あの人の仇を討つためには。

「しかし、お前さんもよく黙って見守れたのう。その気性なら居ても立ってもおれず、ちょこに加勢するものと思ったのだがのう」

「ただの姉妹(きょうだい)喧嘩みたいなもんだろ?そんなことにいちいち構ったりなんかしないよ。それに、世界が滅んでアタシも死ねるならそれこそ万々歳さ」

「ほっほっほっ、そうかいそうかい。そりゃあ言うだけ野暮だったようじゃのう」

シャンテが答える(かたわ)ら、グルガは蹲るちょこへと静かに歩み寄った。

「……本当に、野暮なんだよ」

 

 最後まで後ろ髪を引くように、衣服だけを残してあの人は逝ってしまった。鼻が曲がるほど死臭の染み付いたそれは私を嘲笑っているようにも見えた。

「父上……」

「悲しむ必要はない」

振り返ると、大男が恐い顔で私を見下ろしていた。

「…ちょこにもわかんない。でも、なんか悲しいの」

すると大男は一言断り、あの人の服で一番色鮮やかな黄色い襟を千切り、それで私の髪を結んだ。

「私の部族では家族のものを身に付けていれば永久(とわ)の加護を得られると言われている」

「……家族?」

「あぁ、この男はお前が命をかけて護りたかった大切な家族だ」

以前の私なら、何もわからないという顔で首を傾げているだけだっただろう。でも、今の私にとってその優しい言葉はひどく胸を熱くさせた。

「それならもう一つ結んでなの。二つにすれば最強なの!」

「……」

今の私は一人じゃない。二人で一人だから。

「色合いは悪くないけど、千切った跡が品に欠けるね。アンタは女の子なんだから、身に付けるものもオシャレでないと。後でアタシが綺麗なリボンに仕立ててあげるよ」

「本当?!」

「ああ」

私はまだ、生きている。貴方たちを亡くし、人間への憎しみも息づいてる。だけど、私の傍にはまだ大事な人がいる。

……今度こそ、護りたいのです。

 

「帰るならここから直接お外に出られるの!」

赤毛の少女は黒曜石の台座の上でくるくると回って上機嫌に答えた。

「ほう、転移もできるのか。祭壇の力を借りるとはいえ、ちょこは芸達者じゃのう」

「芸達者ってなあに?」

「ふむ、そうさのう……一言で言うなら『大人の(レディ)』という意味じゃな」

「ほんと?!」

「ああ、本当じゃ」

赤毛の少女は太陽のような笑みを咲かせ、また回った。

「じゃあ、大人になった記念に皆で特別なハッピーバースデーを歌うの!」

「ほほう、特別とな?」

「そう、ルリラルラパパって歌うの!とっても元気になる言葉なのよ!」

特に意味なんかない。今、心が口ずさんだ歌をそのまま言葉にしただけ。

でも、それができる今この瞬間を幸せだと感じなきゃならない。私を生かしてくれた二人のお父さまのためにも。

 赤毛の少女が溌溂(はつらつ)とした声で歌うと、寡黙な大男もつられて大声で歌う。

『ルリラルラパパ!』

歌は彼らを外へと送り出し、一陣の風を起こした。

 

 風は庭園の花びらを誘い、黒曜石の台座を彩る。祭壇に散らばる紅い羽根もまた、雪解けの色に戻った水路を潜り、ひらりひらりと台座に寄り添う。

水に洗われたそれは今、青空に浮かぶ雲の色に染まっていた。




※黒曜石
この黒曜石、実はロマンシングストーンの原石?だから反魂なんて大技もあっさりとできたんじゃ?(ひとり言です(笑))

※盲いた目(めしいため)
文字通り「盲目(視力ゼロ)」という意味ですが、今回は「ほとんど盲目」くらいの意味で取ってもらえればと思います。

※貴方を見殺しにした
セゼクがラルゴに殺された時、アクラ(ちょこ)は傍にいながらラルゴの恐ろしさに怯えて何もできなかった、ということがありました。

※あの人の服で一番色鮮やかな黄色い襟を千切り、それで私の髪を結んだ(ネタバレ有)
原作のちょこ専用装備「黄色いリボン」です。

アイテム鑑定では
「ちょこのお気に入りのりぼん。
このリボンで髪を結ぶと頭のつぼが刺激されて体の調子がよくなるらしい。
使うといい事があるけどなくなるとちょこが悲しむ。」

とあるように思い出の品だという風に読めたので、こんな形にしてみました。ちなみに、原作では地下71階の宝箱から入手できますが、入手できるのは戦闘中だけで、戦闘後には入手できないという「バグ」となっていますが、もしかすると意図的な仕様なんじゃないかなと思いました。
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