聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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ブリキの魂 その一

 アーク一味はアンデルらの画策する殉教者計画の一端、フォーレスに設置された洗脳装置の破壊に成功した。ならば次の目標は驚異的な速度で諸国を(たい)らげる軍事国家ミルマーナ、ヤグン元帥の打倒。そのはずだった。

「ブラキアに?それは確かな情報なのか?」

しかし、シルバーノアに乗り込み、次の進路を伝えるアークの言葉を艦長のチョンガラが遮った。

「アルディアの一匹狼がそう言っておったんじゃ。まず間違いないじゃろう」

単身、情報収集をさせていたシュウは試験運用と(めい)打っていた洗脳装置がすでにブラキアにも配備されているという情報を掴んでいた。

「それってつまりさ、実はお試し期間っていうのは終わってて、アンデルたちが治めてる土地にはもれなくその装置が設置されててもおかしくないってことだよね?」

「どうやらそうみたいだな」

装置を破壊するためフォーレスに向かう途中、サニアがそんな警告していたことを思い出し、アークはチラリと彼女を見やった。それに気づいたサニアは不機嫌そうにその顔色に応える。

「アタシのご機嫌取りなんかしないで。本当に不満だったら逆に何を言われたって出ていくわよ」

彼女の故郷と家族を奪ったヤグンの打倒。これに協力するという条件で同行しているサニアだったが、アークたちと付き合う内に彼らの境遇を理解し、「それに言ったでしょ?アイツらに恨み言を吐かせるために十年耐えたんだって」彼らに合わせるのも悪くないと思い始めていた。

 

 サニアの了承を得たアークはすぐさま船の進路を変え、さらにはもう一つの約束事にも気を回した。

「それとチョンガラ、ブラキアの後でエルクたちをグレイシーヌに送ってほしい」

「それは構わんが、また別行動かい。せっかく仲間が増えたってのに足並みが揃わんのう」

「仕方がないさ。俺たちは同じ時代に生まれたけど、同じ使命を背負って生まれた訳じゃない。それでも最終的な目的が一緒なら俺たちにとってはそれで十分だ。そうだろ?」

言葉の通り、フォーレス攻略後にヂークベックの欠けた(ぶひん)の回収するのは彼の目的だが、同時に彼を「兵器」として完成させることはアークにとっても必須のノルマだった。

 それに、以前であればゴーゲンが集めた地下組織(レジスタンス)に任せていたかもしれないが、今はエルクたちがいる。

小人数で行動する分、多少危険に晒してしまうかもしれないが、それで戦えない人間に武器を持たせずにすむのならそれを選ばない訳にはいかない。

それが、彼らの求める未来の第一歩だから。

「ガッハッハ!仲間を信頼するのはお前さんの良い所だが、信頼が過ぎて何もかも失くさんよう気をつけることじゃな」

「……言われるまでもないさ」

彼の言葉はどこか、人生の先輩が語る「人の道」というよりは、熟練の呪術師が告げる「警告」のように聞こえ、青年は気の引き締まる思いがした。

 

 

 

――――そうしてアークらをブラキアに届け、再びグレイシーヌへと向かうシルバーノアの客室に、眼下を滑る雲を眺めながら()に落ちない考え事をする幼い魔女がいた。

 

 あの洞窟に引き()もる魔女はホルンを護ってくれてたんじゃないの?それとも、私たちがガルアーノを殺したから外に目をやることも止めてしまったの?

そんなの、勝手だわ……

「……すまねえ、リーザ」

彼は、そんな沸々(ふつふつ)と湧き上がる苛立ちの最中(さなか)に頭を下げてきた。

その理由を聞かなくても『聞かなくても』、その表情を見れば何を考えているのか大体わかった。彼が、護ると決めた人を護れなかったのはこれが初めてじゃないから。

「ねぇ、エルク。何もかもがあなたのせいなら私はこの手であなたの首を絞めなきゃならないわ。エルクは私にそんなことをさせたいの?」

「そんなつもりで言ったんじゃ……けどよ……」

おじいちゃんは村を守るため、自分の目で見てきたものだけ、そこにある事実だけを信じて生きてきた。そんな生き方を私に教えてきた。

だから私たちは町の人に心を開かなかったし、町の人を護るために命を投げうつなんて考えもしなかった。死ぬまで町の人を恐れ続けるのだと思ってた。

 でも、おじいちゃんは私とリッツを護った。そんな風に変えてくれたのはエルク、あなたなのよ?

私と同じようにあなたの炎を見て人を信じ、人を護るために自分のすべてを()けることができた。

「エルク、私を信じて……」

私は心からあなたに感謝してる。心から、この(きもち)を預けたいと思ってる。

 

 人目のない船室で、考えてもしかたのない疑問を隅に追いやろうと彼の温もりに体を預けていると、のけ者に感じた彼が小言を漏らした。

「お前ラ、仲が良イのハイイが、せメて()()のツかントころデやれ」

「バ、バカ野郎、そ、そんなんじゃねえよ!」

「……」

()()はないと大胆になってしまった私が悪いんだろうけど。それが本心じゃないってわかってても、そこまで力いっぱい否定されるとさすがに傷つくわ。

気がつくと、慰めるように体をこすり付けてくるパンディットの毛皮を腹いせのようにぐちゃぐちゃに掻き混ぜている自分がいた。

 

 グレイシーヌ国、某山間部。ラマダ寺に匹敵する険しい山奥にそれはあった。

見るからに古代の遺物を感じさせる粗削りな花崗岩を積み上げてできた建造物。その入り口には門番のように威厳のある佇まいの、赤錆(あかさび)に覆われた二体の甲冑が立ち塞がりエルクたちの来訪を阻んでいた。

「見るからに大事なものを隠してますって感じだな」

 

バチッ

 

そうして警戒しながら近づくエルクを止めたのは板金の門番たちではなく、一瞬、頭から火花を咲かせたブリキの人形だった。

「少年よ、私に任せてくれ……」

「…お前、また……」

つい先日起きた、ヂーク本人も記憶にないというこの遺跡の座標を提示した不調(バグ)が、またも彼を襲っていた。それもまたバグの影響なのか、その口調にはヂーク特有のイントネーションも機械的な淀みもなくなっていた。

 彼は呼びかけるエルクを無視し甲冑の前に進み出ると、合言葉を唱えるように名乗りを上げた。

「我、機神ヂークベック。七勇者の求めにより今一度、世界に任を与えられし者……」

電子的な音質を除けばそれは一人の人間と変わるところはなく、まるで小さなブリキの皮の下に何者かが潜んでいるようだった。

 そして、物々しい威圧感で道を塞いでいた甲冑たちはまるで成仏する亡霊かなにかのようにガラガラと音を立てて崩れ落ち、さらには甲冑そのものまで煙となって消えてしまった。

「おい、これってどういうことだよ」

力でねじ伏せるでもなく、暗号や仕掛けを解いた訳でもない。ただ、素性を明かしただけで門番は道を開けた。

それはつまり、ヂークとこの遺跡を造った者たちは少なくとも敵対関係にないということ。

 小さな疑問がエルクに不信感を抱かせたにも拘わらず「……何ガじゃ?」人形(ブリキ)に憑りついたバグは疑心暗鬼を晴らす責任も負わず、甲冑が崩れると同時に記憶喪失(ポンコツ)と入れ替わっていた。

 

 ヤゴス島の遺跡はコイツを解放しようとすると亡霊が問答無用で襲いかかってきたってのに……。

本体を封印した奴と心臓をバラバラにした奴は別なのか?

それを知ろうにも、肝心な時にしか顔を出さない「もう一人のヂークベック」は俺の質問に答える前に姿を消しちまうし。まるでこの遺跡と同じように知られたくねえことでもあるみたいじゃねえか。

 遺跡の中へと入ると、その疑いはさらに深まった。

内部の構造もまた、ヤゴス島の遺跡とはまるで違っていたからだ。

 外見こそ3000年前に封印されたという彼の証言に沿った、石を積み上げただけの原始的な姿をしていたが、それは部外者の目を(あざむ)くハリボテで、内部壁面にはかつて高水準の科学技術を備えていたとわかる機械的構造があちこちに見て取れた。

一方の床は一面、赤煉瓦(れんが)で統一されていて科学的要素は見当たらない。むしろ、それを嘲笑(あざわら)うように呪的文様が所々に描かれている。

まるで、その二つがあってこそ現代には成し得ない「何か」を造ることができたと言わんばかりに。

 そんな未知の技術を持っていたかもしれない奇々怪々な場所も、時の流れには逆らえず、腐蝕(ふしょく)と風化、赤錆と赤土で埋もれていた。

 

 対してヤゴス島にあったそれはいたってシンプルな「遺跡」だった。一貫して石灰岩で築かれていて、中は湧き水や苔、カビの臭いが充満し、そこを荒らす侵入者(エルク)をミイラや白骨兵が襲いかかった。

だが、グレイシーヌの甲冑や亡霊はエルクたちが横切ってもひっそりと佇んでいるだけ。

「なんか、逆に気味悪ぃな」

「大丈夫か?オ腹、痛イのか?風邪薬いルカ?」

「そんなんじゃねえよ。だいたい、こんなに何も起きねえってわかってるならテメエ一人で取りに来りゃあ良かったじゃねえか。なんで俺らまで付いて来なきゃならねえんだって話だよ」

「そ、ソンナ言イ方せんでモ……」

ポコを思わせるようないじけた声は母性をくすぐり、エルクの天敵からの援護射撃を誘った。

「エルク、それはあんまりじゃない?私たち、なんだかんだ色々とヂークには助けてもらってきたじゃない。そのお返しをして何がおかしいの?」

「……チッ、謝りゃあいいんだろ?……悪かったな」

リーザを(まじ)え、そんな呑気な遣り取りが許されるくらい、遺跡に漂う緊張感は緩かった。

 

 そうしていくらか地下へ進むとエルクたちは呆気なくソレを見つけてしまう。

腐蝕と風化が遺跡を緩やかな赤色の崩壊へと導く中、ソレだけは今なお息づき、白銀の輝きを放っている。

その輝きはどこかシルバーノアを彷彿(ほうふつ)とさせるものがあった。

「これがお前の探してた心臓なのか?」

それは宝石箱の中の指輪のように、壁にできた穴に添えられているだけ。あまりに無防備で、思わず無警戒に手を伸ばすと、またしても現れた『彼』が、エルクの手を止めた。

御子(みこ)よ、それには触れない方がいい。それは(けが)れている……」

「…そりゃあテメエの態度次第だな」

エルクは疑っていた。「ヂーク」の陰からコソコソとこちらの様子を(うかが)っている『彼』を。『彼』とその背後に見え隠れする組織的な何かを。

リーザがそれを指摘しないことから、ソイツらは敵じゃないのかもしれない。

それでも気に喰わない。「ヂーク」を人形のように利用する『彼ら』が。

 さらに、『彼』の答えはそんなエルクを挑発しているようにしか聞こえなかった。

「それを作るために()()は精霊の信頼を逆手に取り、多くの精霊を捕獲し、研究し尽くした。護るべき世界のために護るべきものを徹底的に解剖したのだ」

その文言はまるで歯には歯を、と言っているように聞こえた。つまり『彼』は……

「テメエの本当の敵は誰だ?ロマリアの化け物どもか?それとも、精霊かよ?」

その答え次第ではアークの敵にもなりかねない。しかし『彼』の答えは終始、一辺倒なものだ。

「私は七勇者と共に闘うもの。彼らの定めた敵が私の敵。たとえそれがかつての私の部下であろうと変わりはない」

『彼』はかつて兵団を率いていた。しかし『彼』がとある敵との激戦の末に動けなくなってしまったところを狙われ、ほとんどの兵士が敵に捕獲されてしまった。敵は彼らを改造し、自分たちの兵士として流用している。

まるで精霊からの報復と言わんばかりに。

「私の製作者は私までが使命(コマンド)を書き換えられないように心臓(コア)を分解し、各地に隠した」

中枢システムを隔離することで『彼』を制御できず、敵は封印という形で『彼』を監視下に置いた。

エルクたちが「ヂーク」と呼んでいる人格モジュールは敵を(あざむ)くために生まれた「ダミー」なのだという。

「信じてほしい。私は七勇者と共に戦う。そのためだけに生まれた存在だ」

()()()()()()?…なるほどな。テメエは自分のことを『道具』か何かとしか思っちゃいねえんだ。違うか?」

「……否定はしない。我々は命も感情も持たない。戦争の悲惨さを思えば、我々こそが兵士という『(ユニット)』に最適な存在なのだ」

「はっ、どっちがダミーなんだか」

エルクは『彼』のもっともらしい言葉に吐き気を覚えていた。

「俺の知ってるヂークはそんなこと、口が裂けても言わねえぜ?一人は嫌だとか、自分を助けろとか生意気なことばっかり言いやがる」

「それに関しては私も想定外としか言いようがない。欺くためとはいえ、どうしてあんな非合理的な人格が形成されたのか」

「教えてやろうか?」

エルクは挑発的に言った。自分の方が『彼』よりもずっと「ヂークベック」というロボットのことを理解していると言ってやりたくて。

「あれがテメエの本心だからだよ」

「私の、本心?」

「機械ぶって感情がないだのなんだの強がってるけどよ、本当は戦争が恐くてしかたねえんだろ?使い捨てにされる仲間を見て、次は自分の番なんじゃねえかってテメエはビビッてるんだよ」

「私が、恐れている?あり得ない。私は兵器だ」

「そりゃあ戦争を知る前の3000年前はそう思ったのかもしれねえ。でもテメエはそこで色んなものを見て、3000年考えて、変わったんだ」

僅かな沈黙が二人の間で交わされた。『彼』は混乱していた。

 

……そう、これは混乱だ。兵器が、恐怖するわけにはいかない!

 

 沈黙し、銅像のように固まった『彼』を見て、エルクは改めて彼の心臓を手に取り、彼に突き付けた。

「テメエが満足するまで付き合ってやってもいいぜ。ただこれだけは憶えとけ」

エルクは戸惑う『彼』を見てようやく、『彼』をヂークベックだと認めた。

「テメエにウソを吐くんじゃねえ。テメエを犠牲にしたところで護れるもんは一つもねえんだよ」

『彼』もまた、自分と同じ臆病者の一人なのだと。

 

 俺を護るためにアイツは進んで自分を犠牲にした。それなのに、死の間際になって「自由になりたい」とか叫びながら俺の目の前で死んでいきやがった。

……俺はもう、そんなのは二度と許さねえ。

 

『彼』はエルクの手で還ってきた心臓を見つめ、なぜかキスをする二人の姿を思い返していた。

あの時口を挟んだ言葉は、役に徹するためのプログラムだったのか。それとも……




※ホルンの魔女(マザークレア)とガルアーノ
私の話ではガルアーノはマザークレアが生み出したことにしています。
(3000年前、町の人間がホルン村の人間を虐殺した仕返しとして)

※グレイシーヌの封印の遺跡(マメ情報)
地上1階から地下8階のマップの形状が「ARC THE LAD」になっているという開発者の遊び心が垣間見えます。
なんでグレイシーヌの遺跡なのかはわかりませんが(笑)

※ヤゴス島の遺跡と他封印の遺跡(ネタバレ有)
原作のシステムではヂークの装備(パワーユニット)を集める順番が決まっていて、それを守らずに遺跡を訪れると天から「お前はまだ〇〇(遺跡のある国)でやり残したことがある。帰れ」と言われ、突風か何かで追い返されてしまいます。だけど、それだけ。
ヤゴス島ではヂークのパワーユニットを取ろうとすると問答無用で死神が襲ってくるのに。

このことから、もしかしたら各国の封印の遺跡はヂークに敵対する勢力(グロルガルデやガルアーノ)とは別の勢力(ヂークの製作者やジャッジメント)がつくったものなのかもしれないと思いました。
ジャッジメントはグロルガルデ、ヂークに並ぶ、もしくはそれ以上に強い機神のことです。
ギルドのお仕事「海竜の卵返却」、海底神殿にてお目見えします。

※精霊とアーク
私の話ではアークは精霊に魅入(みい)られ、より強力な力を使えるようになる代わりに「精霊」そのものに変態しつつあるという設定にしています。
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