聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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太陽(ひかり) その一

 私は幼い頃から周囲の男たちよりも強かった。体格に優れ、どんな困難も力で解決することができた。

しかし、力を発揮するほど同胞たちは私を頼るようになり、視線も自然とそんな色を帯び始めた。

「ブラキアの加護」、大人たちは口々にそう言って私を担ぎ上げるのだ。

そうしていつしか私は村に降りかかる難題の導き手になり、村にとり憑く悪魔を(はら)う戦士になった。

 私が彼らの期待に応えようとしてきたことも良くなかったのかもしれない。私の用いる手段はいつだって暴力なのだ。周囲はそれを「加護だ」「光だ」などと良いように言うが、私にはそれが「難題」や「悪魔」と同じ性質のものに見えて仕方がなかった。

 そんな自分に耐えられなくなった私を救ったのがエレナだった。あの子は私のせいで両親を失い、光を失った。しかし、そのお陰で私は「加護」も「光」も必要のない普通の人間として生きる喜びを知った。私はあの子に感謝している。

だが、彼女にとって私は不幸をもたらす兆しだったのかもしれない。だからこそ、私は……

「グルガ、どうしたんだい?」

「……いや、なんでもない」

ぼんやりと考え事に(ふけ)るなど……私はどうしてしまったというのだ。

ここは私を一方的に神仏化する故郷ブラキアでもなければ、あの子の目から逃れるように出ていったクレニアでもない。私は今、熱砂と砂嵐とともに水を奪い合うアララトスにいるというのに。

 

 アララトスの地は全身の皮という皮に「渇き」をもたらし、鈍い痛みとなって私にあの戦争を思い起こさせる。野蛮で、血の臭いが鼻腔にこびり付くあの地獄のような場所を。……そんな砂漠のただ中で、あの子のことが脳裏をよぎったのはなぜだろうか。ただの喪失感からくる未練の現れか?それとも……

「予感は、自身の内から湧く妄想とは違う」

先を行く老師が唐突に振り返り、私に言った。

「愛は科学の道を容易に外れ、『奇跡』の名を借りる。虫の知らせ、胸騒ぎ……これらもまた、想い合う気持ちがあって初めて得られるものだよ」

やはり彼は怪しい人と言わざるをえない。

「私の頭の中を覗いたか?」

「ほっほっほっ、そんな小難しいことをせんでもその仏頂面に書いてあるわい」

何と書いてあるか尋ねた。すると……

「護らなければならない。少なくとも私にはその責任がある、とな」

それはまるで今まで私たちを監視してきたかのような説得力のある言葉だった。

「グルガは、エレナに会いたいの?」

あまり物覚えの良い方ではないちょこまであの子の名前を口に出し、私を驚かせた。

 

 

―――世界有数の火山帯を持つ大地、ブラキア。この地で生きる命はすべからく火山の恩恵に畏敬の念を抱き、火山はただそこに堂々と頂く。

そんな威風を象徴とした褐色の大地はかつて、ニーデル国の植民地だった。彼らは自国で栄える闘技場(コロシアム)用の戦士をブラキアから調達するなどの一方的な搾取(さくしゅ)を行ってきたが、一人の戦士が立ち上がりブラキアは尊厳を取り戻した……はずだった。

「これは、どうなっている」

戦士は数年ぶりに見る祖国の姿を見て唖然とした。

 国で唯一の町グーズ。独立の日に夜通し賑わった喜びの発信地は今、時間を逆行したかのような光景が広がっていた。

ロマリアの軍服を身につけた連中の目を避け、同じく彼らの視線から逃げ回るように生活する町の人間に聞けば新たに町の領主に就任した男が彼らを呼び寄せたのだという。

「こんな時にグルガさえいてくれれば……」

「グルガ様なら彼らを追い払ってくれるのに……」

「どうしてグルガ様はこの国を見捨ててしまったのか……」

彼らは揃って二言目には英雄の名を口にした。まるで彼の無責任を(とが)めるかのように。

「気にしない方がいいよ。アンタも言ってただろ?自分で立ち上がる力の無い奴はいつまでも他人任せになるんだって」

グレイシーヌ攻略の際、アークを責めたグルガは今、あれは自分のことを言っていたのだと恥を感じていた。

 

 そんな折、偶然か必然か。グルガはアークと望んでもない再会を果たすのだった。

「お前たち、なんでここに?」

ア-クたちがフォーレスの洗脳装置を破壊し、シルバーノアでブラキアへやって来たのと同じく、グルガたちはアララトスの砂漠を抜けて町に着き、ゴーゲンの一声で潜伏していたレジスタンスの一人が商船を手配してシャンテたちをブラキアへと運んだのだ。

「それはこっちのセリフよ。もうミルマーナの用事は済んだわけ?」

「いいや、ミルマーナは後回しにしている。俺たちは今、フォーレスの件と同じものを追ってここに来た」

「…洗脳装置とかいうやつか?」

浅黒い大男はアークの言葉に思わず気色ばんだ。変装して目元もろくに見えないとはいえ、彼の高身長が落とす影に包まれればビルが倒れてくるような威圧感を覚えずにはいられない。

町を巡回するロマリア兵にその殺気を気取らせないため、アークは事情を説明して何よりもまず彼を落ち着かせることに専念した。

 そうしてひとまずの安全を確保すると、今度はアークが彼に尋ね返した。

「ゴーゲンはどうした、一緒じゃないのか?」

「あのジイさんなら野暮用だのなんだので一人、アララトスに残ってるよ」

「またか……」

そんな気はしていたし、今さらそのことについて言及する気も起きない。アークは徘徊老人の事情を捨て置き、彼らが揃ってここにやって来た理由を尋ねた。

すると彼は威圧感とは正反対の重苦しい気配で呟いた。

「……予感だ」

彼は、ここに来なければならないような気がしたとだけ溢し、それ以上は語らなかった。

 

 アークはフォーレスで見た装置の規模を伝え、土地勘のあるグルガに怪しい場所はないかと聞いた。

人でいられない故郷に戻るつもりはなかった。けれど、彼らが危険な目に遭っているのなら迷わず手を差し伸べてしまう自分がいる。彼は複雑な気持ちでアークの問いに答えた。

「ブラキアは広い。設置するだけならいくらでも場所はある。だが、それが機械で電気を必要とするものならこのグーズをおいて他にないだろう」

一度は開発の手の伸びたブラキアだったが、ニーデルからの独立を果たし、選択の自由を与えられたブラキアは途上国であることを選んだ。

そのため、ここブラキアにおいて電気の開通している地域は限りなく狭い。

だが、アークという天敵を残しているこの状況下で、あの連中がわざわざ見つかりやすい場所に切り札を隠すだろうか?

「グーズにはない」

アークは断定した。

「だとしたらどこに?」

レジスタンスに頼るという選択肢もあった。だがここ最近、彼らを動かし過ぎた。ただでさえ防衛手段に(とぼ)しい彼らにこれ以上敵の視線を集めさせる訳にはいかない。

アークは敢えて手探りで情報を集めることを選んだ。

 そう思った矢先、赤猿がふいに不敵な笑みを投げかけた。

「その必要はねえみたいだぜ」

「どういう意味だ?」

「プロは必要な時に現れるからこそプロってことだよ」

促され振り返ると、アララトス風の旅装束をまとった男がそこに立っていた。

「……」

全員が唖然と彼を見やっている。誰も彼の接近に気づけなかったのだ。

どういう技術なのか。そこにいるとわかってるのに、気を抜けば男の姿は風景に溶けて見失ってしまう。まるでトリックアートのようなのだ。

「バンザ山だ」

そして男は何を聞かれるでもなく無愛想に言った。

「シュウか?」

辛うじて声で判別できた彼の名前を口にするけれど、彼はそんなことはどうでもいいと言いたげに一切反応を示さない。

特徴的な銀髪とシャープな顔立ちを布で覆い、目を伏せて人相をごまかしている。テクニックらしいテクニックはそれくらいなのに、それだけでは説明できない何かが彼の素性をこの世界から覆い隠していた。

「……」

そんな彼に、鋭い視線を向ける人物がいた。(かれ)もまた、その視線に気づいていたが敢えてそれに触れるようなことはしない。「ついて来い」とだけ言い残すと狼はやはり「旅人」の体を崩さず、一行から少し距離を取って先導する。

 狼はどこまでも無愛想だった。まるで人間の言葉を知らない、人間でない何かのような気配さえ感じさせる。

「エルクのことは気にならないのか?」

堪らずアークが投げかけても、彼はチラリと冷ややかな視線を投げるだけで答えなかった。

「はっ、相変わらず素っ気ねえ野郎だな。あのクソガキにそっくりだぜ」

「そ、そうかなぁ。エルクはもっと優しい人だよ?」

「ははっ、ポコも言うじゃねえか」

「えっ、あっ、そ、そういう意味じゃないんだよ!ごめんなさい!」

「……アンタたち、変装の意味わかってんの?」

緊張感のない遣り取りが狼の静けさを壊しても狼が振り返ることはなく、ただ役目をまっとうする獣であり続けた。

 

「この先は……」

狼の背中を追う内に、グルガは見覚えのある景色に包まれ、胸の痛みを声に出してしまう。

 ルワガ、そこはまさしくグルガの生まれた村であり、「ブラキアの英雄」と「ブラキアの悪魔」の誕生の地でもある。

望まない代名詞に足取りは次第に重くなり、遂には足を止めてしまった。

「どうした」

「……ここにいろ。問題を取り除いてくる」

しかし、彼の足を止めたのはそういった郷愁ではなく、狼による危機察知能力だった。

「私の村だ。私も行こう」

狼が一人村へ向かおうとすると、グルガはそう言って彼を呼び止めたが、彼はそれを認めなかった。

「ここではお前は火種にしかならない」

彼の言葉は、一度は故郷を捨てた英雄の足に重い、重い枷を繋いだ。

 

 狼の予想通り、村にはすでに気色ばんだ兵隊たちの姿があった。

「これは密告による情報だ。これ以上隠し立てしても意味はないぞ!」

「今すぐジンバを出せ!さもなくば村を焼き、何人かを見せしめにする!」

兵隊たちは村人に彼らの力の象徴でもある銃を突きつけた。ウソが下手な村人はただただ天を(あお)ぎ、(おび)え、救いが現れるのを待っている。

「そんな…わ、私たちは何も隠してないのに」

「グルガ様がいればこんな、こんな奴ら……!」

「ほう、小僧。まだそんな臆病者の名前にすがっているのか?」

夢見がちな少年の悲鳴を耳ざとく拾った一人が歩み寄り、少年の額に冷たい鉄くれをソッと押し付ける。

「そんなに助けが欲しいのなら呼びに行けばいい。俺が手伝ってやろう」

引き金に添えられた指がゆっくりと閉じ、あとほんの僅かで少年が鉄くれと同じ存在になろうという時、アララトス風の装束に身を包んだ男が突如現れ、卑しい様子で彼らに声をかけた。

「兵隊さん、いい話がありますよ」

「なんだキサマは!?」

恐れを知らない異邦人は十数人の銃口を前にしても両手を上げるだけで(ひる)む様子は微塵も感じられない。それが逆に兵隊たちの(かん)(さわ)った。

「待て、撃つなっ!!」

どういう訳か。兵隊たちの横暴な余興を止めたのはその内の一人だった。彼らは軍人らしく上官の怒声が轟くや否や軍規が手足を縛り、軍人流のエンターテインメントをピタリと閉幕させた。

 上官は自ら男に歩み寄ると何事かを告げようとする男に耳を貸し、顔を曇らせた。

「……わかった。すぐに向かおう」

すると、今にも乱痴気(らんちき)騒ぎで村一つを消そうとしていた兵隊たちは厳しい表情でただちに引き返していった。

「何があった」

程なくしてアークたちを呼び寄せたシュウだったが、「彼に聞いた方が早い」とだけ返すと一行を村の奥へと案内する。

 

「…もしかして貴方は…グルガ様では?」

「そうだ、グルガ様だ!グルガ様が帰ってきたぞ!」

「……皆、苦労をかけたようですまない」

たちまち村は彼の帰還で賑わい、群がった。彼の佇まいには変わらず「英雄」に恥じない気迫があったが、村人たちが喜べば喜ぶほどに、彼の表情が強張(こわば)っていくように見えた。




※火山はただそこに堂々と頂く
「頂く」という言葉で「そびえる」に「威厳のある佇まい」のような意味を足して使ったつもりですが、もしかしたら使い方を間違えているかもしれません。

※シュウの性格
だいぶイメチェンしてしまいました。

※鉄くれ
「土くれ」が「土塊」という字が当てられるように、「鉄塊」と書いて「鉄くれ」と読んでもいいと思います。意味はそのまま「鉄の塊」です。
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