聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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太陽(ひかり) その二

「狼だ。(たか)は追い払った」

村の奥に構える家に入るとシュウは誰に向かってという訳でもなく言った。

すると机の下からノックが聞こえ、住人たちが机と絨毯をどけると床板を(めく)って一人の男が現れた。

「アンタの言う通りだったな。危うく奴らに見つかるところだったよ」

男は床下に(もう)けた穴から這い出しながら狼に視線を送ると、その後ろに立つ一人の男を見つけ、思わず声を荒げてしまった。

「グルガ!?」

「ジンバ……」

穴から現れた男は腕や足に痛々しい治療のあとがあった。包帯に滲む赤いシミは大きく、グルガと同じく浅黒いはずの顔がどこか青く見える。

「ああ…グルガ、本当にお前なのか!」

彼は()んだ傷の痛みや憎しみを発散するようにグルガの肩をガシリと掴み、熱く抱き寄せた。「ブラキアの加護」は()()()()()()()と言わんばかりに。一方的に。

「なにもかも狼の言う通りだ!お前は必ず仲間を引き連れて俺たちのために帰ってくる。信じていたぞ、兄弟!」

そして、ここへやって来た時からその覚悟を決めていた彼はシルバーノアでアークに苦言を(てい)した自分を想い返し、自分の愚かさを嘆き、受け入れた。

「なぜお前がこんな所にいる。それに、あのロマリア兵たちは?」

ジンバは彼と共に歩んできた血生臭い過去を顔に張り付け、自分たちが手に入れたはずの勝利を否定しなければならない現実を憎んだ。

「奴だ。レイガルが…帰ってきたんだ」

「レイガル!?バカなっ!奴は私が、この手で葬ったんだぞ?!」

それをさらに否定するグルガは怒りにわななき、癖のある髪がヘビのように蠢いてさえ見える。

「もちろん知ってるさ。だから奴を不死身の悪魔と呼んで混乱している者も少なくない。すでに多くの兄弟も犠牲になってしまったし、俺もこの様だ」

たった一人の異邦人の名が二人の脳裏から血みどろの過去を引きずり出し、重い沈黙をもたらした。

 

「グルガ、説明してくれ」

二人が沈黙から抜け出せない様子を見かねてアークが口を挟むと、ジンバもようやく彼らに関心を示し、彼らの素性を尋ねた。

しかし、いくら同じ光を浴びて育った兄弟が相手でも、指名手配犯の彼らをおいそれと紹介できるはずもなく「私の友人だ」としか言えなかった。

「…まあ、お前と行動を共にするくらいだ。生半可な連中ではないだろうし、世間一般に知られるのもマズいんだろう。俺は根掘り葉掘り聞かない。…だが、一つ約束してくれ」

ブラキアは途上国で外交が盛んな訳でもない。それでもジンバはこの国の王で、他国との繋がりもそれなりにある。そんな彼がアークを見て何かを察するように彼に釘を刺した。

「お前はブラキアを裏切らない。そうだな?」

「……ああ、当然だ」

 

 グルガから誓いを聞き届けたジンバは改めて自分たちの直面している問題を説明し始めた。

八年前、ニーデルからやって来た男、レイガルは母国の名物でもある闘技場(コロシアム)で使う奴隷のためにブラキアを統治していたが、五年前に起きたブラキアの独立戦争でグルガ率いるブラキア人との衝突に敗北し命を落とした。

 グルガはその瞬間を今でも鮮明に思い出せる。光を失っていく支配者の目は反逆に怒り、敗北を憎みながら、死に恐怖していた。

「どういう手を使ったのかわからないが、奴は生き延び、ロマリアに取り入った」

「何も難しいことあるかよ。この国を乗っ取るのに都合のいい人間をあのクズ共が見逃すはずがねえ。死んでも化け物に改造して利用するだけ。そうだろ?」

猿でもわかるロマリアの問答無用のやり口。それはブラキア人の恐怖を掘り返し、あわよくば最高の実験体をおびき出せる最適な餌で手軽な作戦。

「奴は化け物を引き連れて現れた。そして俺たちの戦意を奪うために前の戦争で関わった人間を探しては殺して回っている」

猿と王の言葉で誰もがそれに確信を抱いた。

確かにその通りなのかもしれない。けれど、あの男が帰ってきた理由は()()()()ではない。グルガにはそう思えてならない。

「グルガ、何を隠している」

それがはるばる砂礫の国にまで「予感」を走らせたものの正体なのだと。

「お前たちが気にするほどのことじゃない」

彼にはそれを言葉にする勇気がなかった。言葉が、運命を引き寄せてしまいそうで。

「それよりも、奴は今どこにいる」

「グーズの北西にある奴の館だ」

グーズの北西に一段高い土地がある。そこにこの国を見下(みくだ)すように建てられた洋館。ブラキアにはないその石造りの邸宅は、異邦人が持ち込んだ異物の一つだった。

「なぜまだアレを残している。アレをブラキアを汚す悪魔の象徴だと言ったのはお前だろう」

「……奴が帰ってくるまで私がアレを使っていたからだ」

まさかの友人の裏切りに、グルガはかける言葉すら失くしていた。

 

 それは今でも異彩を放ち、ブラキアを見下しているかに思われたが、実際には四六時中舞っている火山灰が建物の壁面をくすませ、いくらかこの地に馴染んで見えた。

それでも邸宅の中にはロマリアの最先端技術が生み出した鋼鉄の操り人形が徘徊している。

それらを蹴散らしながら、グルガは疑問を感じていた。

「なぜこんな過剰な力がここにある。今のブラキアには勝利へと導くリーダーもいないというのに」

逆に、館の外に警備は一人もいなかった。グルガが帰ってきたことをいち早く察知し、無駄な犠牲を出さないようにしているのかもしれない。

「もしくは例の火山で作業する要因かもしれんな」

今も立派に活動しているブラキア最大の火山、バンザ山。そこからは常に一定量の有毒ガスが出る。いくら怪物たちといえど、来る日も来る日も火山で働かされたなら体調を崩す者もあらわれるのかもしれない。

彼らに身内を気遣うほどの良心があるとは思えないが、他に数十体に及ぶ貴重なロボット兵器がこんな辺境に配備される理由がわからなかった。

 そんな汎用(はんよう)性の高い貴重な人材も、アークたちの手でみるみる間に数を減らされていく。

そうして大仰な応接間の扉を押し開けると、そこに(くだん)の男がいた。こんな状況下にも拘わらず、男は優雅に軽食を()りながら彼らを、グルガを待っていた。

「待ちかねたぞ、グルガ。この五年間、本当に……。この瞬間だけを待ち望んでいた私には、もはやこれも悪夢の一つなのではないかと錯覚させられるほどだ」

「……レイガル、本当にキサマなのか?」

返事を聞くまでもない。二人は五年ごときで顔を忘れるほど浅い関係ではない。

多くの命を奪い合った、ブラキアの黄金の大地を赤く染め合った宿敵の顔を見間違えるはずがないのだ。

「何を期待していた?まさか、今ここにいる私を『たかが噂』と否定しようとしていたのか?だとすればキサマはこの五年で随分と弱くなってしまったのだな」

宿敵はおもむろに立ち上がり、ワイングラスを彼に放り投げた。グルガは眉一つ動かさずそれを叩き割ると中に入っていた赤が彼を濡らす。

男は濡れた英雄を見て昔を思い出し、懐かしむようにほくそ笑んだ。

「確かにあの時、キサマには致命傷を負わされたが、ある方が私を拾ってくださってな。今ではこの通りブラキアに、そしてお前に借りを返す力まで与えてくださった」

自惚(うぬぼ)れるな。この地での真剣勝負はブラキアが厳正に下した運命の裁定(さいてい)だ。今さら私に勝てる道理などどこにもない」

「神に我々の勝負を(ゆだ)ねたと?笑わせるな。いいや、たとえそれを認めたとしてもお前は私にトドメを刺し損ねた。そして今、お前の前に立っている。私はまだ負けてなどないではないか!」

「……だが、今回ばかりはお前に勝ち目はない」

「アークを味方に付けていい気になっているのか?」

「……キサマ」

男は彼の背後に並ぶ面々の正体を言い当て、邪悪な笑みを濃くしていく。

「ついて来い。コイツを見ればキサマがいかに愚かなことを言っているか気づけるはずだ」

 付いて行ってはいけない。本能が警鐘(けいしょう)を鳴らしていた。…いいや、もはや警鐘などと高尚なものでもない。レイガルが生きていて、私の前に現れた。それはつまり……そういうことなのだ。

「エレナ!!」

そう。奴は、レイガルはエレナの実の父親なのだ……

「その声…お、お父、さん?」

いつかその目と対峙しなければならない時が来るということは覚悟していた。「うそ……うそよ……」たとえ私が逃げ出しても、あの子が私を捕まえ、私に言うのだ―――

 

あの晩のように、黒い肌に埋もれ、真珠のように浮き立つ双眸(そうぼう)が彼女を静かに見下ろしている。

 

 あの晩、私はエレナに両親の血を浴びせかけた。悲鳴を上げる間もなく意識を失った彼女は私が駆けつけ、悪魔を倒したのだということになっている。

しかし、五年の時を経て、ウソの殻を破って真実が飛び出す。飛び出したものの顔を見て、彼女は絶句する。そして、徐々に思い出す。

目の前にいるものが、何者なのかを――――

 

「……この…悪魔っ!!」

 

 栗色の少女(カモメ)は心から後悔した。それと同時に誇らしくも思えた。

どうしてあの島を飛び出してしまったんだろう。何も知らないまま、あの二人に愛されて生きていれば良かった。

あろうことか、私は本当のお父さんの顔も声も忘れていたのだ。

「エレナ、これで私の言葉が真実だとわかっただろう?私が本当の父親だと」

だけど代わりに、私は今日、少し大きくなった。世界がどんなものか、少しわかった。

「あの男はお前の目が見えないことをいいことに、ずっと騙してきたのさ」

目に見えるものだけが信じるべき真実なんだと。

優しい言葉も、温かい抱擁も当てにならない。

 

……良かったじゃない。私は悪夢から覚めて本当の父親の下へと帰ってきた。

それなのに、どうしてこんなにも納得がいかないのだろう。

それなのに、どうしてこんなにも怒りがこみ上げてくるんだろう。

噴火して悪魔を罵ったのもまた「怒り(わたし)」のはずなのに。「怒り」は本当のお父さんの下へ帰っていく私に向かってこう言った。

 

―――お前はどこまで聞き分けの悪い子どもなんだ




※シルバーノアでアークに苦言を呈した自分を想い返し
211話「余韻 その二」で怪物に立ち向かう力を持っていない世界の全ての人に代わって戦おうとするアークにグルガが「救われただけの人間が平和を維持できると思うか?」「彼らの神にでもなるつもりか?」など責め立てたシーンがありました。
あの時の言葉はアークにではなく、無意識に自分に向けた言葉だったのかもしれません。


※八年前、ニーデルからやって来た男
原作の設定には五年前の独立戦争は明言していますが、いつ頃からレイガルがやって来たかは説明されていませんでした。なので八年前というのは勝手な設定です。

※カモメ?ロザリオ?
Bパートの「エレナの告白」で使った表現と、神父からもらったアイテムです。
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