男は悪魔を見下し、嘲笑った。
「私はロマリアの力を借り、再びこの国を支配する。もはや誰の抵抗も許さん。もっとも、この国の支柱はすでにへし折ったようなものだがな」
かつてその悪魔を「父」と慕っていた少女の目は彼を嘲笑う本物の父親のそれによく似ていた。
「エレナ…本当にそれでいいの?」
悪魔の傍らに立つ赤毛の少女はエレナのことをほとんど知らない。それでも二人の父を前に困惑するエレナを見ていると胸の張り裂ける思いがした。どうにか全てが丸く収まらないかと声を出さずにはいられない。
エレナはそんなちょこの気持ちに気づいている。それでも罵った言葉を撤回しない。
「お父さんは一人だもの。お父さんは私を恐い目に遭わせたりしないもの……」
「それ、本気で言ってるのかい?」
顔は憶えてなくてもそれが自分に歌を教えてくれた人の声だとすぐにわかった。そして、彼女が自分を責めていることも。
「……」
声が出ない。
私の人生をメチャクチャにしたのは悪魔の方なのに。罪悪感で首の絞まる感覚がさらに困惑を誘う。
困り果てた娘は赤毛の少女と歌姫から目を逸らし、「本当の父」に助けを求めた。大きくて無骨な手が彼女を抱き寄せ、猫の背を撫でるような優しい声が首に絡みつく罪悪感を解いた。
「心配しなくていい、エレナ。今度こそ私がお前を護ってみせる。約束する」
違和感と、今もはっきりと思い出せない懐かしさに支えられ、エレナは五年もの間「父」を
「私を止めたいのなら追ってくるといい。もっとも、これ以上この子を不幸にさせたいのであればの話だがな」
男の声は崩れ落ちる悪魔の頭を押えつけ、消えゆく彼女の背中を目で追うこともできなかった。
「おいおい、俺たちを
「……」
もはや猿の挑発など耳にも入らない。音のする方へと死んだ瞳で見やるだけ。
向けるだけで敵の戦意を削ぐ眼光を放っていた
アークの父もまた、ある日突然姿を消し、母に苦労をかけた存在だった。だからこそ彼を憐れむ一方で怒りも感じていた。
「トッシュ、その辺にしておけ」
それでも「父」を信じずにはいられない。いつか必ず、自分と母の所に帰ってくるのだと。だからこそ彼に手を差し伸べたい。
「たった一言ガキになじられたくらいで立つ気力もねえのかよ。ブラキアの英雄の中身は自分の娘の
「私の…娘ではない……」
それを口にした瞬間、彼の中で何かがフツリと切れた。風船のように昇っていく決意をぼんやりと眺め、彼は仲間たちの制止も聞かず少女のいない館を後にした。
残されたアーク一味は大半が今すぐレイガルを追うよう意見したが、彼らのリーダーは頑なにそれを認めなかった。
「アークよ。お主は時折、人情が過ぎる。我々はあくまで人を導く光であって、万人に手を差し伸べる神ではない。他ならぬあの男がそう言っていたはず」
「イーガの言う通りだぜ。腰抜けと弱い奴は別だ。あんな奴と一緒に戦うなんてまっぴらゴメンだね」
「僕は、アークの言うことも一理あると思うんだけどな……」
リーダーの言葉に抗うイーガとトッシュ。ポコはそんな二人に頼りなく言い返すけれど、彼らも本心ではグルガを気遣っているのだとわかっている。ただ、自分たちに課せられた時間が有限なだけで。
それを知った上でアークはかの英雄を迎えにいくことを強要した。
「俺たちの光はまだ弱い。ロマリアに巣食う闇を払うにはもっと、もっと多くの光が必要だ」
「……本当に、テメエは意固地になると面倒臭ぇな」
「それは俺たち全員に言えることだろ?」
誰かに似て口が達者になった彼を睨みながら、それでも猿と僧兵は「違ぇねえな」と信頼する男に白旗を振った。
一行は村に戻り、彼の実家だという場所を訪ねた。村人たちは帰ってきたグルガの変わり様を見たらしく、不安を
「お前たち、グルガはどうしてしまったんだ?!」
「こ、このままじゃブラキアは終わりだ……」
以前、グレイシーヌを護るために向かった時、グルガが言った言葉を村人たちは見事に再現してみせた。
彼らは促され、自らの手で武器を持つことはあっても、その足で自ら戦場に
「問題ない。彼は何度だって立ちあがる。それがあなたたちの信じるブラキアの英雄なんじゃないのか?」
そして、彼らは物語の
「私に任せてくれない?」
村人たちを振り切り彼の家に着くと、彼と行動を共にしてきて思うところがあるのか。シャンテが進んで彼を説得する役を買って出てくれた。
ロマリア戦艦から投げ出され、クレニアの浜辺に流れ着いた自分を助けた彼。ちょこと並んで敵をなぎ払ってきてくれた彼を思い返し、シャンテは入り口に立った。
初めて彼に出会った時、彼の事情を聞き彼の巨躯を目の当たりにした時、頼もしい男だと思った。そんな彼に護られるエレナを嫉妬するくらい。けれど今は……
「なにしてるの?」
彼は私の両親と同じことをしていた。出口のない殻に閉じ籠もり、自分で招いた不幸に酔いしれて、すべての責任を子どもに
「エレナ……、エレナ……」
気味が悪い。コイツらはそうやって惨めたらしく酒を
「立ちなさいよ、この悪魔野郎」
「……」
グラスを持つ手がピタリと止まった。
「あの子の最後の言葉がそれでいいの?」
「……」
正直、あんたはもう故郷のことなんてどうでもいいんでしょ?じゃなきゃこんな所であの子の名前を漏らしながら泣いてなんかない。私の言葉でここまで動揺したりなんかしない。
「それとも、あの子への関心なんてその程度な―――!?」
岩のように固まっていた彼が突然グラスを握りつぶしたかと思えば振り返り、私の胸倉掴んで睨みつけた。
……そうよ、そんな顔ができるなら初めからしゃんとしてればいいのよ!
だけど彼はそんな衝動的な自分に嫌悪感を覚えて肝心の言葉を吐き出せずにまた俯いてしまう。そしてまたあの子を悪者にする。
「あの子は…あの男の子だ……」
バチンッ!!
せいぜい諜報員レベルの腕力しかない私が石像みたいな彼の顔を殴ったところで彼にケガさせるなんてできやしない
「バカじゃない?!血が繋がってないからってなんなのよ!?」
でも、彼を傷つけることはできる。彼に気づかせるくらいのことはできる。
「アンタはどうしてあの子の目を治したのよ!?」
「それは……私があの子から奪ってしまったから。私は償いをしたに過ぎない―――」
バチンッ!!
今度はハッキリと
「だったら今のあんたがしてることはなんなのよ!?あんなクソみたいな男と一緒にいて、これからあの子がどれだけ不幸な目に遭うか考えた?!」
何度叩けば彼からアイツらの影を
何度叩けば彼は自分の気持ちに気づいてくれるんだろう。
「だが、俺では……」
どうして?たった一回、思春期の女の子が父親を罵っただけじゃない。どうしてそれだけでそんなに何もできなくなっちゃうの?
どうして私の気持ちに気づいてくれないの?!だから嫌いだった。パパも!ママも!!
「グルガ、エレナのこと嫌いになっちゃったの?」
エレナと同じ背丈の赤毛の少女が彼を見つめる。あの子と同じ瞳が、彼の胸の奥底に沈んだ一つの言葉を照らす。
「私は、あの子を、愛している……」
「じゃあ今すぐ会いにいかなきゃなの!ちゃんと会って好きって言わなきゃ、エレナは悲しむの」
「会って、言う……それだけでいいのか?」
「そうよ!ちょこ、お父様やシャンテに好きって言ってもらえたら恐いもの全部追い払えちゃうんだから!」
「……シャンテ、もう一度だけ、俺を殴ってくれないか」
部屋を出ると真っ先に猿が同類の臭いを嗅ぎつけ、友好的な挨拶を寄越してきた。
「かかっ、安酒の臭いなんかさせやがって。気合入ってんじゃねえか」
「…覚悟は、できたんだな?」
彼よりも沢山の不幸を乗り越えてきた勇者の眼差しが、彼に
「あぁ、俺はあの子を幸せにするために闘う。それが結果的にこの国を救うことになるのなら、俺は神にでも、悪魔にでもなろう」
改めて握り締めた男の決意はどこか俺が自分の胸に立てた誓いに似ている。赤いハチマキの青年は、彼を想う歌姫と同じように彼に救われるエレナに若干の嫉妬を覚えていた。
「おお、グルガ!正気に戻ったか!お前まで膝を折ったと聞いた時はどうなるかと思ったぞ!」
彼もまた、確かに戦った。命を落とす瀬戸際まで雄叫びを上げ、
しかし、彼らがその時に掲げたのはブラキアで鍛え上げた拳ではなく、敵が彼らを殺すために生み出した銃だった。
「だがこうやって帰ってきた!それでこそブラキアの光だ!!」
戦友のその言葉を聞いた瞬間、5年前の戦場で振り返らなくて正解だったとグルガは安堵した。
もしもあの時、戦いの最中で振り返っていたなら、俺は敵と味方の区別がつかなくなっていたかもしれない。返り血に
彼らに非はない。同じ大地で育った
「グルガ様、万歳!」
「グルガ様、万歳!」
戦場へと見送る彼らに、俺は手を振って応えた。そんな私のもう一方の手を、赤毛の少女はずっと握っていてくれていた。
――――ブラキア北部、バンザ山麓
そこは独立以前、火山岩の採掘場として交易の
その入り口に、坑内へと伸びるいくつもの真新しい足跡があった。その足跡からアークたちはレイガルの邸宅を巡回していたロボットの有無や敵の特徴を探ろうとするが、グルガはそんな慎重さを一蹴した。
「そんなことはどうでもいい。倒すべきレイガルがこの山のどこかに潜んでいるということだけわかっていれば」
「何を言っているんだ。敵が火山ガスや溶岩を利用した罠を仕掛けてきたらどうするつもりだ?坑内にロボットがいるかいないかは大きな違いだ」
それでも彼の拳は揺らがない。
「そんなもので俺たちは負けはしない。なぜならここがブラキアで、敵が悪であれば裁きは必ず敵に降りかかるからだ」
ついさっきまで酒に溺れ、泣き言を言っていた人間とは思えないほど、グルガは威勢よく
「あの野郎、大丈夫かよ。ちょっとばっかし飲み過ぎたんじゃねえか?」
「そんなこと言わないで今は信じてやってよ。アイツはアイツなりに臆病な自分をごまかして前へ進んでるんだから」
酒が抜けてないのは事実かもしれない。それでも彼の拳は鉄のように固く握られている。私は、それを見守っていたいんだ。
坑内は彼らが想像していた以上に整然としていた。所どころ線路は切れているものの、トロッコは機能しているし、落盤しないよう坑内を支える木枠もしっかりとしている。
採掘坑としてではなくとも、今も何らかの用途で利用されているのがはっきりと見て取れた。
そこへ、ミノタウロスや巨漢の悪魔、狼男などが現れ、彼らは一様に採掘用のハンマーを片手にアークたちを叩き潰さんと襲いかかってくる。
「キサマらにブラキアの大地を踏む資格などない!」
坑内の土と同じ色の肌を持つ大男が最前線に立ち、手にした戦斧で枝打ちでもするかのようにソレらをなぎ倒していく。その歩みは一時も止まることを知らず、まるで火山の噴火を予兆するように彼の拳は赤く染まっていく。
その様子をいまいち緊迫感に欠けたポコとちょこが並んで見ていた。
「なんだか戦車みたいだね」
「ちがうの、ポコポコ。グルガはね、ふんどしファイターなの!」
「ふ、ふんど…なに?」
「ふ・ん・ど・し。ふんどしファイターよ!アークの赤いハチマキと同じ正義の印なの!」
「ええ、アークの?……ええ?」
どんなに穏和で平和主義な音楽家でも、むさ苦しい大男の下半身を覆う汗まみれの布きれが親友の決意の象徴と同じもだと言われた日にはじゃっかん不愉快になもなるのだった。
そんなこんなで彼らは硫黄の臭い漂う、灼熱の採掘坑を抜け、火口付近までたどり着いた。
そこに小型の航空機の発着できる舗装された地盤があり、そこに聖なる山を我が物にせんとする
「……驚いたな。キサマにそんな度胸があったとは。それもこれもアーク一味のお陰か?」
「だとしたらなんだ。お前になんの関係がある」
「ふん、なんだっていいさ。だがグルガ・ヴェイド・ブラキール、私はここでキサマを葬る。その
彼は拳から滴る血を拭わなかった。5年前と同じように、彼はその拳で少女の父を葬りにやって来た。
「……やだ、やめて…もう、やめて……」
煮えたぎる火口の
「エレナ、私は沢山の人を
黒い肌に浮かび上がる白い瞳が、この世にたった一つしかない太陽を見つめる。
光を取り戻した世界の残酷さを憎む幼い瞳は、迫りくるたった一つの未来から目を逸らせない。
「私はそれを取り戻すためにここに来た」
二つの
「エレナ、私はお前を愛している」
赤く濡れた拳で護るべき人を。無邪気な笑みで寄りかかれる人を。
「どけ、レイガル。その子は私の娘だ」
――――黒き獣の静かなる咆哮に、ブラキアの大地が揺れた
※それが、自分に歌を教えてくれた女の声だとすぐにわかった
132話『潮騒の家 その二』でシャンテがエレナに歌い方を教えるシーンがありました。
※詰問(きつもん)
責め立てるように問いただすこと。
※火山岩の採掘場として交易の要になっていた
二次設定です。火山の主要産業がわかりませんでしたm(_ _)m
※鉱坑(こうこう)
鉱物などを採掘するために設けられた地下施設のこと。
※アークの赤いハチマキと同じ正義の印なの
ちょこのイベント中、アークを操作キャラにしてクレニア島の「時の森」でちょこのしかけた罠に捕まると「お兄ちゃん正義の味方?」というセリフから始まり「その赤いはちまきが何よりの証拠よ!」「最近の正義の味方はみんなそうなんだから!」などと一方的にアークをキャラ付けするシーンが見られます。
これはそれをもじったものです。