――――それぞれが目的を果たした直後、彼らは勝利の余韻に浸ることなく睨み合っていた。
グルガがレイガルを討ち倒し、洗脳装置はアークたちの手で火口に落とされた。彼らの完全勝利といえる。だがその過程で、彼らは無視して通れない問題を目の当たりにしたのだ。
「ひとまずお前たちがどこで何をしてきたのかは聞かない。ただ、その問題は解決してるのか?」
「それともまだアレはまだ
さらに戦闘が終わると天使は光に包まれあろうことか、その大人びた様子とは正反対の、彼らのよく知る天真爛漫な女の子に姿を変えてみせたのだ。
アークは火口に落下したショックで気を失ってしまったエレナを見守るちょこを指して言った。
「だとしたらどうするつもりなのさ?」
「あの子と話し合うさ。あの子が最終的に何を望んでいるのか。俺たちは争わずにすむのかどうかをな」
その目にあの無責任な男たちの様子がないとわかると、シャンテはようやく険悪な空気を解き、あの子の苦悩を話した。ちょことアクラ、そして彼女の人生を狂わせた男たちの話を。
「この目で見るのはアタシも初めてだけどね。でも言葉を交わしてわかったよ。姿形が変わってもちょこはちょこだ」
「違うよ、ちょこはアクラなんだよ?でもアクラもちょこなの。……”魔法少女ちょこラ☆”ね!」
「はいはい」
ちょこの言う通り、姿形だけじゃなく声色までアクラそのものだった。ただ、バンザ山に現れたアクラの翼は雪のように白く、ちょこを憎みラルゴやセゼクに
「それなら、いいんだ」
「……ジジイのことを気にしてるのかい?」
シャンテはすっきりしない返事をする青年の不安を読み取った。
アーク一味の中でも突出して謎の多い人物、老魔導士ゴーゲン。彼は遺跡で魔王を宣言した。セゼクに取って代わり、地上を支配するのだと。それは、ともすればアークへの宣戦布告に取れる。
ちょこを遺跡へ誘導し、アクラとして覚醒させることも魔王への足掛かりなのかもしれない。シャンテはそう思った。
しかし、アークは彼女の意見を真っ向から否定した。彼は老師の「未知の領域」をまるで警戒していなかったのだ。
「あのジイさんがイカれてるのは今に始まったことじゃない。ただ、それでも俺たちを裏切るなんてことは万に一つの可能性もないな」
「なんでそんな風に言い切れるのさ。あの妖怪の頭の中を覗いてみたってのかい?」
「そうだな、そんな感じさ」
青年はシャンテの苛立ちに対して
「アレは確かに面倒な奴だけど、言い換えればただの年相応なジジイなのさ」
アークをリーダーとして育てようと多くの助言をする傍ら、背後に陰謀のようなものが見え隠れすることもあった。付き合い始めた当初はシャンテの言うように彼を疑っていた。
けれどある出来事が切っ掛けでそれらがすべて自分の邪推だと気づいた時、疑うことを止めた。そんな価値もないのだと。彼に魔王の器なんてものもなければ、自分を裏切る度胸もない。
「肝の小さい男なのさ、アイツは」
アークは自分を天才だと勘違いしているただの老人を鼻で笑ってみせた。
その後、エレナは目を覚まし、事情を説明するけれどそこはすでに空を泳ぐシルバーノアの一室。彼女をジンバに預けようという提案をグルガが拒んだのだ。
「エレナ、私はお前の傍にいる。だが、私は彼らに借りをつくってしまった。返し切れない借りを……」
だから、私はこれからも戦い続けなければならない。そう言わなければならないのに罪悪感が喉を
そんな彼に代わってエレナが彼の気持ちを
「私、昨日のことはあんまり憶えてないけど、私はお父さんを護りたい。私はここで待ってる。お父さんが帰ってくるんだって信じられるなら何も恐くないもの。……だから、絶対に帰ってきてね」
あんなに恐かった黒い肌を強く、強く抱きしめることができた。
「前みたいに抱っこして」
目は見えていても、この温もりは変わらない。大きな父の胸に抱かれ、クレニアの潮風を感じれば嫌なことはみんな洗い落とせる。酒飲みの男たちみたく豪快な笑い声を聞けば恐いものはみんな吹き飛んでいく。
目の見えなくなったエレナは彼のそういう優しさに護られ、まだ生きていようと思うことができた。
「笑って、お父さん」
おねだりして返ってきたのは作り笑いだった。けれどその作り笑いからは黒い父がこれまで自分のために抱えてきた苦悩と愛が滲み出ている。
それがわかる光を取り戻してくれた彼だからこそ、私は彼を心から信じることができた。
「愛してる、お父さん……」
「エレナ、ありがとう」
私たちは
「次の目標はミルマーナだ」
グルガとエレナが誤解やわだかまりを解いている一方、作戦会議室ではアークがロマリアに次ぐ敵の主戦力への侵攻を告げていた。
「ミルマーナぁ?なんだ、もうヤグンを叩くのかよ?まあ俺としちゃあ洗脳装置なんてまどろっこしいもんを壊して回るより断然やる気が出るってもんだけどな」
「もちろん可能であればヤグンも討ち取りたいところだが、残念ながら俺たちの主な目標は変わらず洗脳装置だよ」
「なんだよ、期待させやがって……」
大物相手じゃないとわかって調子を落とすトッシュの傍ら、イーガがアークの言葉尻を拾った。
「可能であればというのはつまり具体的な場所がわかっていないのだな?」
「ああ、チョンガラいわく装置の電波を追跡したところ発信源はミルマーナ近海を指していたらしいが」
「海の中ってこと?」
「おおよその位置以外の情報はない。海上かもしれないし、上空かもしれない」
イーガに続いてポコが矢継ぎ早に尋ねたが、アークはそれに明確な答えを返すことができなかった。それだけ彼らの注意を惹く「餌」であり、巧妙な「罠」なのだ。
そして早速その「罠」にかかろうとする赤猿が得意の行動力を見せつけた。
「グダグダ言ってねえで、そこに行ってみりゃあいいだろうがよ」
「……前々から思ってたんだけどアンタ、バカなの?電波なんて曖昧なものを頼りに海上とも海底とも知れない場所にある装置を探せる訳ないでしょ?それともアンタのそのご立派なお目々なら砂山に埋もれた砂金も見わけられるって言いたいわけ?」
「カカッ、そりゃあ便利だな。一攫千金も夢じゃねえ」
「……それに、時間稼ぎが敵の目的なのよ?なんでそんなこともわからないの?」
その無鉄砲さに虫唾が走ると言わんばかりの棘のある声色でサニアは猿をなじったが、どこ吹く風。猿はさらに面白おかしく彼女をからかってみせた。
「町で情報集めでもするつもりか?」
「当然でしょ?それ以外にどうするっていうのよ」
「そうやって欲しい情報を探して町を練り歩くのと、広い海の上を散歩するのとどう違うってんだよ」
「は?何言ってんの。一緒なわけないでしょ?万が一、船を落とされでもしたらどうするつもりよ?抵抗もできないまま海の
「へへっ、そいつはありがてえ。血のねえ戦い以上に話し合いが嫌いでね。お言葉に甘えて高みの見物でもさせてもらうぜ」
大義名分を得た猿は仕入れたばかりの酒を片手に会議室のど真ん中で酒盛りを始めた。その太々しさにサニアは青筋を立てたが、アークは言わずもがな、それ以外の面々はいつものことだと気にも留めない。
「サニアの言う通り、このまま当てもなく海上を捜索するのは賢明じゃない」
「だが、ヤグンが直接支配するあの土地にレジスタンスを置くこともできなかったのだろう?賞金稼ぎ
「蛇の道は蛇。そこはシュウに任せたい」
視線を投げかけられた黒装束は無愛想に「三日あれば十分だ」とだけ言うとまた黙り込んだ。その様子にアークはどこか違和感を覚えた。黒装束にではなく彼を睨む呪術師に。
「サニア、お前にはシュウが戻ってくるまで俺たちと一緒に町で待機してもらう」
「……」
「いいな?」
「……ここにいる以上、アンタたちに従うしかないじゃない。いちいち聞き直す必要がある?」
そこで初めて自分のことだと気づいた彼女は苛立たしげに睨み返してごまかそうとしたが、経験豊富な青年にその手は通じなかった。
「緊張しているのか?」
「は?」
「必要以上の詮索はしないが、もしも何か困難な問題にぶつかっているのならまずはリラックスすることだ。主観に囚われた人間ほど
自分は家族友人のいるその他大勢よりも困難な経験をしてきた。その自負があっただけに彼の、しかも年下の男のその言葉に呪術師は言い知れない怒りを覚えた。
「一人でできないというなら俺たちを頼ればいい。俺たちならうってつけだ。強敵との戦いにも、憂さ晴らしにもな」
「……考えておくわ」
彼女はシュウとなんらかの因縁がある。それは間違いない。だが彼女がピリピリしている大きな理由はもう一つある。
ギーア寺院でのリッツしかり、バンザ山でのエレナしかり。
次は自分の番だと思い詰めているんだ。それが誰で
――――水没、フェイク
それが作戦会議に向けて彼女が占った結果だった。「水没」は言わずもがな、キメラを製造できる連中を相手に「フェイク」という言葉は彼女に余計な不安を与えさせた。
その上、ヤグンは四将軍の中で最も慈悲という言葉から遠く、破壊という言葉を好む男だ。それが効果的とわかればたとえそれが国の民全員の命と引き換えでも抵抗など感じやしない。そうして滅亡したアリバーシャという国は未来のミルマーナの姿かもしれない。
しかし悲しいかな、得意の力ではその具体的な打開策までは知ることができない。
だからこそ苛立つのだ。たとえ打開する力はあっても使い所を間違えてしまえば俺たちの二の舞になりかねないから。
チョンガラはミルマーナの首都アジャール近辺の森に俺たちを降ろした。
さすがと言うべきか。シュウは船を降りるなり落ち合う日時と場所を告げると躊躇することもなく森の奥へと姿を消していった。
その森は以前に訪れた時よりも色濃く、聞こえてくる肉食の吐息にも無駄に殺意が感じられた。
「これもあのデブの影響かと思うとゾッとしねえな」
言いながらトッシュは刀を抜き、意気揚々と道を切り開いていく。襲いかかる獣も繁る枝葉も関係なく視界を遮るソレを斬り伏せていく。そうして横たわる残骸は足下を固め、ぬかるみに足を取られることもなく順調に歩を進めることができた。
「ホント、力を振りかざすことしか能がないのね。猿そのものね」
「だが頼りになる。だからこそお前はアイツを殺さないでいてくれるんだろ?」
「アタシが?アイツを?冗談言わないで」
サニアは刺々しい声で突っぱねたが、彼女はアイツが
そうして潜入したアジャールにはよく見る光景が広がっていた。
「奴らはイカれておる。列車砲で近隣の国を制圧したくらいでロマリアに
「近頃は産業も発展してきて便利にはなってる。なってるけど……」
「奴らは何もわかっちゃいない。ミルマーナは緑に護られてきた国なんだ。それを精霊の森にまで手を出すなんて。いつか
始めこそ巡回する憲兵の目を気にしていた町の人間も、少し突いて穴を開けてやれば溜めに溜めた
その話の中心には必ずミルマーナ元帥の存在があったが、その名を口にする勇気は誰にもない。だからこそ多くの切り口で彼を遠回しに罵り、憂さを晴らしていた。
「アナタたちのその不満がアイツの狙いんだってどうして気づかないの?」
そんな彼らの様子を見て彼女もまた、堪らず憂えた声を漏らしていた。
「え、そっちの人、今なんか言ったかい?」
「……なんでもないわ」
たとえこの国を故郷にする者たちでも今の彼女の顔を知る者は一人もいない。その上、変装までしている彼女に王家としての資格もない。
だから彼らの言葉が知らず知らずこの国を支える役目にあった彼女を罵倒していたとしても責めることなどできない。
そして、言葉を漏らして初めて彼女はアークの言葉を認めることができた。肉迫する決着を前に、呆れるほど緊張している自分がそこにいるのだと。
酒場に立ち寄ると、伝統の
「ねえ、アーク。あの人、軍本部で見かけた清掃のおじさんじゃない?」
大したことじゃない。たかが清掃員。複数の現場を持つことだってあるだろうし、クビになったって可能性もある。それでも不思議と目を奪われた。
自然と俺たちの足は彼に向いた。そうしてある程度近づくと突然、彼女はひどく動揺し、思わず彼の名前を口にしてしまっていた。
「ロアン、ロアンなの――――!?」
突如、名前の割れた当人はサニアの何倍も驚いているだろうに、鍛え抜かれた反射神経は抵抗する隙も与えずに彼女の口を塞いでいた。
「まさか、お……お嬢様、サニーお嬢様なのですか?」
冴えない容姿の男はすぐさま冷静さを取り戻し、変装しているはずの彼女の正体を見破ってみせた。それとなく名前をごまかす機転まで働かせ、それでも信じられないというような顔で彼女を見つめていた。
「……どうしてあなたがここにいるの?」
サニアは死地から生き延びた知人の強運を喜んだ。しかし一方では、この「ありえない再会」にひどく怯えてしまっていた。
※清廉(せいれん)
心が清らかで私欲がないこと。
※彼女をジンバに預けようという提案をグルガが拒んだのだ
原作ではエレナの身を案じてジンバに預けますが、
※無為(むい)
自然のまま、変化しないこと。
「無為に過ごす」
特別なことをするでもなく、だらだらと過ごすこと。あるいは成り行きに身を任せること。
※ホンマのあとがき
ミスりましたね。サニア編なのに、半分くらいグルガ編とかぶってしまいましたね(笑)