聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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呪われた緑 その二

 懸念(けねん)が生んだサニアの複雑な表情は自称清掃員ことロアンの警戒心も掻き立てた。彼の視線に耐えきれず逸らした先にいる俺たちと彼女を交互に見ている。

ともすれば俺たちがサニアに何かを強いていて、たった今助けを求めているように映ったかもしれない。

だがロアンがその警戒心を俺たちにぶつけることはなかった。

「ご安心を。あなた方には見覚えがあります。私の記憶が確かであればの話ですが」

驚いたことに、一年前にミルマーナの軍本部ですれ違っただけの俺たちのことを憶えているというのだ。

「僕たち、今魔法で変装してるんだよ?どうしてわかっちゃったの?」

「…あなたは確か楽士さんでしたね」

それはもはや彼の特殊能力のようなものだった。

どんな変装の名人でも自分の全てを偽ることはできない。体臭、姿勢、身長、動作の癖……彼はその微妙な痕跡をかき集めて個人を特定できるのだという。

「ほとんど感覚なのでなんとなくではあるのですが」

「それで?そんな名探偵さんはあんな場所、そしてこんな場所でいったい何をやってんだい?」

当然かつ身も(ふた)もないトッシュの追及に、ロアンは眉間にシワを寄せ「勤務中ですので」と日時を改めて会おうと俺たちを追い払った。

 彼の対応は終始冷静に見えた。だがサニアの正体に気づいてから、彼の掃除用具を握る手だけはずっと(かす)かに震えていた。

それは再会への喜びを表しているように見えて、ある種の覚悟の現れのようでもあった。

 

 酒場を出るとミルマーナの太陽は建物の隙間を縫って地平線に沈みかけていた。やがて訪れる完全な黒の世界を想い、赤黒い光で町中をべっとりと塗り潰しながら。

「大丈夫か?」

徐々に彩度を落とす光は彼女の顔に特有の陰を落としていく。それは彼女の中に(にじ)み、声色に乗って返ってくる。

「余計な気を遣わないで。私は私の思った通りに行動するだけよ」

彼女の使命において唯一と言っていい懸念が彼女を存分に苦しめ、孤独へ追いやる。そこへ、確証をもって答えられる男が邪悪な太陽の光をソッと(さえぎ)った。

「あの男から邪悪な氣は感じられなかった。正真正銘、ただの人間だ」

「……そう」

善悪を見極めるラマダの眼が懸念をほんの少し(ぬぐ)い取り、彼女はボソリと礼とも言えない言葉を返した。

 

 翌日の深夜、町明かりのほとんどない暗闇の中を不穏な気配が跋扈(ばっこ)する。そんな中でも清掃員は慣れた様子で俺たちの泊まる宿屋を訪ねてきた。

「改めて貴方がたのご無事を祝わせてください、サニア様。そして()()()()()()()()()

「時間を空けたのは何も気持ちの整理ってだけでなさそうだな」

ロアンの顔にはすでにいかなる情報戦においても常勝する自信が見て取れた。対して、この場に現れたのが変わらず彼一人という現実にサニアは僅かばかりの失意を見せた。

「答えて、ロアン。他の兵士は……あなたは、一人なの?」

自分を追い詰めるような彼女の問いかけに同情しながらも、彼は決して戦場に背を向けない。窓の外に広がる黒を憎々しげに見つめ、彼女の求める答えに淡々と応えた。

「仲間は全員やられました。最後の希望だったギオネス将軍ですら、今やグラウノルンの指揮官を()()()()()()()

「まさか……あの森の番人と呼ばれたあの人が?」

「もはや凡才な兵を投入したところで奴らの手駒を充実させるだけ。必要なのは銃や剣などではなく精霊の力なのです」

敵の懐にいながら未だ吸収されず、キメラの存在すらも確認している彼の情報収集能力には(あなど)りがたいものがあった。しかし、彼にできるのはそこまで。

「ですが、ヤグンの政策により精霊の森トヨーケも今や壊滅寸前」

彼は自分の能力の限界を恥じ、かつての主に深々と頭を垂れた。

「サニア様、もしも貴方様がすでに精霊の加護をお持ちなのであればどうか……どうか、今一度ミルマーナに新緑の芽吹きをお与えください」

それが彼女の傷口に塩を塗るような行為だったとしても。彼にはもうそうすることしかできない。

「……ひどいわ、ロアン。あなたなら今の私がどういう人間なのかわかっているんでしょう?」

「……」

「でも、そうよね。私があなたの立場だったらきっと同じことを言うわ」

彼が今、真に期待しているのは復讐に取り憑かれた呪術師などではない。精霊の国スメリアの血を引くアーク・エダ・リコルヌその人だった。

「あの事件後、ミルマ王家の血筋は絶えたと聞かされ、我々は失意に暮れていました。ですがその数年後、スメリアの若き戦士が闇の支配者たちを苦しめているという噂を耳にしたのです」

それは命からがら国の日陰に逃げ延びた彼らに小さな希望をもたらした。

「ミルマーナの復興は望めないかもしれない。それでも奴らに一矢(いっし)(むく)いることができるのなら。その一心で我々は生き永らえる道を選びました」

いつの日か現れる勇者のために細心の注意を払い、軍本部に潜伏して情報を抜き続ける。

「それでも日を追うごとに一人、また一人と同志の姿が消え、再会した時には身も心も闇に染まっていました」

遂には彼の能力をもってしても本部に留まることができなくなり、アジャールの酒場へと追いやられてしまった。

「しかし今日、私は貴方と再会を果たした。貴方が存命だと知った瞬間、私は初めて運命に感謝することができたのです。ですが――」

だが彼は油断しなかった。敵となった同志を幾人と葬った彼は運命の再会を果たした人を追い返し、その素性を調べた。そして彼は失望する。敬愛していた主人が、自ら「悪」に染まっていたことに。

「闇に染まった貴方ではヤグンの首を取ることはできない。それでも私は信じたいのです。貴方が、今でも我々の王だということを」

辛酸を舐めてきたのは彼も同じだ。それでもサニアは、ここに至るまでに死に物狂いで得た経験と力を否定するような彼の物言いを素直には受け入れることができなかった。

「そんなこと、言われなくてもわかっているわ。私がお父様やお母様から何を学んできたと思ってるの?」

彼女とて、望んでその道を選んだ訳ではない。彼らと同じようにあの日を憎む心が、自分の中に流れる血が誰から受け継いだものなのかを思い出す度に踏み出す一歩が、自然とその道を選んでいたのだ。

「頭を上げなさい、ロアン。私たちミルマ一族は精霊の御名に誓い、民の願いを無下にしないわ」

主に言われてもなお、ロアンは頭を上げることができなかった。

 

「奴らは近海に石油プラットフォームに偽装した洗脳装置を建設しています」

彼にとって果たしてサニアは王女なのか。それとも小さい頃から親しかった娘のようなものなのか。おそらく彼自身もそれを割り切れてないのだろう。

彼の表情は、彼女に戦いを押し付けなければならない自分たちの不甲斐なさを嘆いているように見えた。

そして彼女は自分の力を否定する彼に、いつまでも子ども扱いをする彼に苛立っているのだ。

「ですがプラットフォームの防御は固く、海には化け物が。空は列車砲が睨みを利かせています」

「列車砲?そのプラットフォームは列車砲の射程圏内にあるのか?」

もはや自分の役目に(てっ)するしかない彼は淡々とプラットフォームの正確な座標を提示してきた。

「もとより列車砲はプラットフォームの防衛のために造られたもの。それを近隣国の制圧に使ったのはあなた方の目を海に向けさせないため」

あんなあからさまな戦争兵器にそんな繊細な用途があったとは思いもしなかった。そしてあの威力ならまず間違いなくシルバーノアも落とせるだろう。

「列車砲自身の装甲も相当に厚く、ダイナマイトであってもビクともしないでしょう」

「だが付け入る隙はある。そうだろ?」

「はい」

砲台は高い防御力を誇るが、その図体が物語るように回避能力は高くない。

「そして現代の圧倒的な頭上への警戒心のなさがまさに奴らの唯一の隙と言ってもいいでしょう」

「つまり敵の注意を引きつつ空から近づいて内部から破壊しろと?」

ロアンは重々しく頷いた。彼の導き出した隙ですらかなりのリスクを負うだろうと。

「砲台にはギオネス将軍が()いています。あの人がこの弱点に気づいていないはずがありません。それに、あなた方の船ほど大きいと近づく前に撃ち落とされてしまうでしょう」

グラウノルンは超長距離射程用の特殊砲台だが、接近戦にも対応すべく3基の対空砲が配備されている。

だが、ロアンの言うように「対空」への意識のなさが3基という油断を招いていた。

シルバーノアなら問題なく強行突破できるだろう。だがシルバーノアほどの性能を誇る船は機動力を求めるアークたちにとって替えの利かないもの。船への損傷は極力避けたかった。

「だったらエルクたちの船を使わせてもらえば?」

いつもなら仲間たちの難しい話に頭を悩ませているか、感心しているかのポコが珍しく作戦に意見をした。そして彼の単純な思いつきは血の気の多い赤猿をおおいに喜ばせた。

「それってのは、あのヒエンとかいうオンボロのことか?カカッ、いいねえ。博打感があって俺好みだぜ」

 

 グラウノルンへの対処法に見通しが立ち、プラットフォームの見取り図も描き終えたロアンはまた罪悪感から深々と頭を下げ、サニアの苛立ちを誘った。

「この5年間、私がどんな気持ちで生き延びてきたかあなたにわかる?いいえ、わからないでしょうね」

主人の苦言に男の頭は深く、深く沈んでいく。

「でも、それでいいのよ。私もあなたたちがどこで何をしてきたか、何を感じてきたかなんて理解できないもの。あなたはあなたにしかできない闘いをしてきた。それでいいの。だから私とあなたは今、生き延びてる」

その口調は優しく理性的で、亡霊たちの気配を感じさせなかった。

ところが、彼女の瞳は忠臣(ちゅうしん)に「闇に染まった」と言わせるに足る深い、深い沼を(たた)えられていた。

彼女は言う。「泣かなくていい」と。

「ロアン、忘れないで。私もあなたもミルマーナの子。そしてミルマーナはあの日、死んだの。いくら私たちが再興を望んで闘い続けても死んだものは(よみがえ)らない。だからこそあの日命を落とした者たちの憎しみをあの男に教えてやれる。……それが今の私の考えよ」

王女は少しやつれた忠臣の頭をソっと起こし、彼の目を覗き込んだ。彼の期待を打ち砕くために。

 

――――ミルマーナは再興しない

 

「けれど私たちは生きている。それは決して無意味なことじゃない。……あなたは?」

 

――――あなたはどう思う?あなたは何をしたい?なんのために生きているの?

 

呪術師は彼をベッドに()()()()()()と、俺たちを置き去りにする勢いで部屋を後にした。

 

 

 ヒエンはシルバーノアに格納してある。どう足掻(あが)こうがチョンガラたちが戻ってくるまで動けない状況。加えて明日、シュウと合流する予定もある。それなのにサニアの足取りはそれらをすべて無視して進んでいた。

()いては事を仕損じるぞ」

そんな、千尋(せんじん)の谷へ身を投げようとする彼女の前に僧兵が立ちはだかった。

「自分の役目もまっとうできない無能な坊主ごときが私に何を説教するつもり?」

サニアは見下す男の顔を誰かに()()え、ゆっくりとナイフを抜いた。まるで予行演習とでも言わんばかりに。

 彼女の力は紛れもなく本物で、その切っ先に少しでも触れたなら寺では知ることのできない未知の苦痛に侵されるだろう。それでも僧兵は(ひる)まない。

「人は能で語るに(あら)ず。人はただ人であるのみ」

彼女と同じく彼もまた、自分が何者であるか片時も忘れたことなどない。

「目に見える物事に心を動かされるな。お前は一人の人間で、周りには私たちがいる」

「何が言いたいわけ?」

「人は人として生きてこそ価値がある。成功を求めるがあまり、神や魔に身を堕としたならそれはもはやお主の憎む奸賊(かんぞく)らと何も変わらない」

それはどこか、間接的に俺を叱っているようにも聞こえた。

「言ったでしょ?ミルマーナは再興しない。王家の血を引くサニアなんて人間はとっくの昔に死んでるの。今の私は彼女と、彼女が護るべきだった人たちの怨念でしかないのよ。わかったらそこをどいて!」

叫ぶと同時にナイフの切っ先が僧兵へとまっすぐに迫ったが、僧兵はそれを難なく(はた)き落とし、落ちたナイフを(かかと)でへし折ってみせた。

 

「喝っ!」

 

彼は呪術師の狙いを見抜いていた。ナイフで注意を引いた隙に頭を(とら)え、彼の眼を潰そうとしていたのだ。しかし、イーガ・ラマダギアはその蛇のように襲いくる邪悪な両手までもいなした。

逆に彼女の両肩を掴むと、直接脳を揺らす(こえ)を叩き込んだ。

「……」

予想だにしない反撃にサニアは鬼の形相のまま固まり、放心してしまっている。その数十秒後、放心が解けると膝が震え出し、崩れ落ちてしまった。

「ね、ねえ、少しやり過ぎなんじゃないの?」

気を失ったサニアを抱きかかえるイーガを、ポコは心配そうに見上げた。

「サニア、僕たちのことまで敵だと思っちゃうんじゃない?」

「それで一国の王女を救えるのなら安いものだろう」

さらにイーガが「我々は彼女に殺されるほど弱くないからな」と付け足すと「そ、そんなぁ、僕なんか一発でやられちゃうよ……」たちまち心配の矛先を自分に向けるのだった。

 翌日、完全に出鼻を挫かれたサニアは思いのほか大人しく俺たちの言葉に従い、シュウを待つことに同意した。

「そんなに私を(さら)し者にしたいの?」

それが彼女なりの反省の言葉だった。

 

 何事もなく帰ってきた黒装束はさすがと言うべきか、ロアンと同等の情報を入手していた。

俺たちが列車砲、海上石油プラットフォームの攻略についてすでに十分な情報を持っていると知ると、次に彼は驚愕の一言を言い放った。

「ヤグン・デル・カ・トル軍曹はすでに戦死している」

「ヤグンが戦死?それに軍曹というのは?」

「現在、ヤグン名乗っているアレは操り人形(フェイク)だ。本物のヤグン軍曹は二十三年前に魔物に遭遇して戦死している」

「フェイク……」

それが占いの真相なのか。はたまたまったく関係ないことなのか。サニアは今日ほど自分の力の曖昧さに苛立ちを覚えたことはない。

そして、銀髪の狼がそこで報告を止めるとわかるや否や、憂さ晴らしとでも言うように噛みついていた。

「どうして?どうしてお前は肝心なところで責任を果たさないの?!あの時もそう!私を助けておいて……。お前のせいですべてがオカシクなったのよ!」

狼は怒鳴り散らすサニアをチラリと一瞥するだけで取り合う素振りすら見せなかった。

そんな彼の態度が彼女をさらに刺激し、同じ過ちを犯そうとする。すると今度はアークが彼女の腕を掴んで言い聞かせた。

「それをシュウにぶつけてどうする。怒りや憎しみはお前の力の原動力なんじゃないのか?もしもお前がロアンを見返そうと考えているのなら今まで以上に力を溜めておくべきなんじゃないのか?」

「……」

サニアは返事もせず黙り込み、握りしめたナイフの柄をゆっくりと放した。

 その後、シルバーノアと連絡が取れるまでシュウと作戦内容を共有している間も、一種の儀式とでも言うように亡国の王女の瞳は銀狼の喉元を睨み続けていた。




※跋扈(ばっこ)
(主に悪意のあるものが)思いのままに振る舞うこと。

※ギオネス
原作ではグラウノルンと共に現れ、グラウノルンと共に散っていくだけの人です。
なんだかもったいないキャラだったので、「ミルマーナの将軍」「森の番人」という色づけをしてみました。

※石油プラットフォーム
石油を採掘するための施設で、原作の「海底油田(石油の取れる場所)」としてマップに表記される場所のことです。

※忠臣(ちゅうしん)
誠心誠意をもって主君に仕える臣下、家来。

※奸賊(かんぞく)
悪い人。心がねじまがっていて、邪悪な人。

※ホンマのあとがき
原作では初めにシルバーノアで海底油田(石油プラットフォーム)を攻めてグラウノルンに迎撃されるというシーンがあったんですが、一身上の都合でカットしました。(その分、掃除機のおじさんの出番がかなり多め(笑))
グラウノルンの弱点を語る場面で、サニアがポコの頭を叩くというちょっと有名なシーンがあったのですが、それも泣く泣くm(__)m
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