聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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呪われた緑 その三

 あの日の夜はとても暑かった。いつにも増して強く吹く夜風は熱を帯び、宮殿の装飾という装飾を焼いた。耳を押さえても聞こえてくる、山吹色の悪魔たちの轟々という雄叫(おたけ)びと逃げ惑う知人たちのヒステリックな悲鳴。彼らの大合唱はだんだんと夢物語のような非現実的な感覚に私を(おとしい)れた。

今、目の前で何が起こっているのか理解できなくてもしかたない。だってこれは「夢」なんだから。すべてを理解しようとすること自体がそもそも無意味なことだわ。

「南国の女なんてのはどいつもこいつも猿みたいにクセえかと思ってたが、さすがに王族ともなると話は別だな!」

私は茂みの中から自分と同じ形をした生き物が家族の体を使って何かをしている様子をただただ見守っていた。

「テメエもしけた面してねえで一発キメろよ」

「……」

群がる彼らの中で一人だけ、傍観する男がいた。耳が痛くなるほどの合唱に包まれる宮殿を背景に、私の家族が(けが)される姿をただただ静かに。

「……ひっ」

不意に、傍観する男の目が茂みの中の私を捉えた。狼のように鋭い目付きと握りしめる鈍色(にびいろ)の牙が、心の枯れた私の喉から彼らとは比べ物にならない小さい、なんとも憐れな悲鳴を引きずり出した。

そしてひとたび感情を取り戻してしまうと途端に、私の姿を隠してくれていた森は私の身動きを封じる檻に変わってしまったのだ。

 喰われる。彼の目にはそう思わせるだけの迫力があった。ところが男は私に何をするでもなく、彼らに向き直り、ふらりと歩み寄る。次の瞬間、彼は傍観という第三者をやめた。

 

パパパパッ!!

 

何が男をそうさせたのか、彼らに向けて引き金を引いていた。

「な、テ、テメエ、いったいどういうつもりだ!?」

「……」

男は応えない。無表情に引き金を引き続けるだけ。

「よ、よくもっ!」

彼らは狼狽(うろた)えながら応戦するけれど、牙のない彼らに男は仕留められない。男は瞬く間に彼らの心臓を喰い破ると、辛うじて息をしている私の家族たちの頭も丁寧に撃ち抜いていった。

 そして、気がつけば私は男に手を引かれていた。私は何が起きているのかわからなかったし、彼は一遍して口を利かない。振り返れば私の目に映るのは煌々と明かりを灯し、悪魔たちが賑やかに歌う私の家。

「う、ううっ」

こんなの、あんまりだ……。一つ一つを思い返し、その出来事に一つ一つ残酷な名前を付けていくと、私の中で何かが産声を上げたような気がした。

「…よくも……よくもっ!!」

私が(うめ)くと男は急に足を止め、胸を押さえて私を睨んだ。けれどもまた黙って私の手を引いて歩き始める。

「お兄様を、お姉さまを!!」

「……俺を殺したいか?」

男が口を利いたことに私は驚いた。私は答えられずに男を見つめていると、彼はスッと腕を上げてある方角を指さし、こう言った。

「行け」

それだけ。

「……名前は?」

私が尋ねても男はやはり答えない。答えないまま、彼は自分の巣に帰っていった。

置き去りにされた私はしばらくその場に立ち尽くし、彼の消えた方を見つめていた。するとまた、背後から産声が聞こえてきた。

 

『仇を……』

 

気づけば私の足は銀狼の指した方へと歩き出していた。

「銀狼……」

乱れたマスクの隙間から男の目にそっくりな鋭利な光を放つ銀髪を見た。

男のことを忘れないため、私の中の産声がそう名付けた。

 

 その後、私は砂の国で幸運にも師母(しぼ)に拾われ力を手に入れた。けれど、力を使って銀狼と宮殿を襲った連中の情報を探り始めると師母は私の邪魔をし始めた。だから私は彼女を殺した。

そうして砂の国でも居場所を失くして私はただの占い師としてミルマーナに帰還した。

 復讐の矛先がヤグンを捉えるのにそう時間はかからなかった。けれど、銀狼の情報だけはどうしても手に入らなかった。

あの時、狼はロマリア軍の出で立ちをしていた。それなのに軍の資料のどこにもその足跡がない。水晶を使っても「再会」の予見が浮かぶだけ。

 さらに年月が流れ、私もロアンと同じように風の噂を耳にする。スメリア王の暗殺、それを犯したアーク一味。彼らの名前を耳にした瞬間、水晶を覗くまでもなく私は確信した。

彼らのような異端者こそが狼との再会を叶えてくれる。さらには私の復讐の最良の道具になってくれるのだと。

 その直感は間違っていなかった。けれど、再会を果たした私は違和感を覚えた。

なぜか、手が出せない。

ヤグンの思考をある程度理解した今なら、あの時の狼の行動も理解できる。けれど彼が私を独りにしたことに変わりはない。私の生きる目的の一つであるべきだった。それなのに……

「お前の好きにすればいい。殺したい時に殺せ」

回想から目を覚ますと銀狼はアークの肩越しにそう言った。

「……まだよ。まだその時じゃない」

銀狼は普通の獣とは違う。一筋縄ではいかない。確実に、そして最高のタイミングで。そう自分に言い聞かせなきゃならなかった。

 

――――行け

 

一方で、私はまたあの時の言葉を思い出していた。

 

 

 

 銀の箱舟はその日の内に私たちを迎えに来た。

「よう、オッサン。しばらく見ねえ内にちょいと老けたんじゃねえか?」

「そう言うテメエも相変わらずオムツの取れねえ顔してんじゃねえか、クソガキが」

炎の御子と魔女、そして(いにしえ)の機械兵が私たちを出迎えると、不思議と彼らの士気は高まった。

猿二匹のケンカは次第に板につき、気弱な楽士と魔女が仲裁することも少なくなっていた。……その様子を腹立たしいと感じるのはなぜだろうか。

「今回の作戦のどこかでヤグンと衝突することになるだろう。皆の意見を聞かせてくれ」

アークが二匹を無視して口を開くと、ケンカも自然と収まり全員が本職の顔付きになる。そうして彼らは瞬く間に作戦を整え、行動に移し始めるのだ。私が何年かけても実行できなかったことを、ただの一時間もかけずに。

 

 列車砲(グラウノルン)を攻略するにあたって、私たちは二つの部隊に別れて行動することになった。

一方は地上で敵の注意を引き、あわよくば列車の運行に関わる兵隊を一人でも多く引きずり出す。もう一方は小型飛行船(ヒエン)に乗ってグラウノルンに接近、潜入し、内部から破壊する。とても単純な作戦だ。

けれど、これを実行に移すにはそれに見合うだけの兵力が必要になる。最低でも100人はいる。それなのに彼らは、使役している化け物、シルバーノアの船員、私を合わせてようやく20人程度。それでも彼らに躊躇はなかった。

 銀狼、エルク、リーザ、ヂークベックそして私はグラウノルンを内部から壊す班。

「陰でコソコソ呪うのが本業だからって、ラマダ山でみたく俺たちの足を引っ張ったりするんじゃねえぞ」

私の緊張をほぐすためか。エルクは子ども騙しな挑発で私を(あお)った。

「戦場で助けを求めるような無様な真似はしないわよ。それに私はもともとアンタたちの仲間でもないんだし、邪魔になったなら殺せばいいんじゃない?」

「そんな話をしてるんじゃねえよ」

「だったら何?あんまり女をいやらしい目で見るのは感心しないわね。それとも恋人に嫉妬させたいの?まったく、いい趣味してるわ」

「…上等じゃねえか。男も女も関係あるか。ケンカがしてえなら喜んで買うぜ?」

私は、猿が口先ばかりだと知っている。コイツは身内に手を出せない。左目の火傷が私にそう囁いていた。

……身内……

「……」

このメンツを選抜したのは銀狼。だけど銀狼は私に何も説明しない。あの日と同じように。

 

「ヒエンの操縦はお任せください」

ポコに似た小太りの操舵士は古臭くて狭っ苦しい船内を見渡してしきりに感心していた。

「何度見ても心躍る設計ですね。雑多な配置や機能は一つ一つが無駄に見えて操舵士次第で獅子にも竜にも化ける可能性を秘めている。小さいながらに男心の詰まったロマン溢れる良い船です」

あちこち触って動作チェックを怠らないその姿勢はプロフェッショナルなようで表情はすごく子ども染みている。

「それ、うちのロクデナシには言ってくれるなよ。ただでさえ浪費癖があるんだ。これ以上熱が入っちまったら俺の住んでるアパートまで手放さなきゃならなくなっちまう」

エルクは言うけれど、どこか誇らしげにも見えた。

私には彼らが何をそんなに愉快に話しているのかわからない。飛行船も結局は戦争の道具の一つ。それらの扱いに長けるほど、人殺しに長けていると名乗っているようなもの。今の私と何も変わらない。善人面してその実、結局はお前たちも人殺しを楽しんでいるの?

「俺たちがグラウノルンに移ったらすぐに離脱してくれて構わない」

「ええ、ええ、承知しております。操舵歴30年、見事使命を果たしてみせますとも」

「……」

私にはお前たちが理解できない。だけど、

 

――――行け

 

もしもあの時、この言葉をもっと深く理解していればもっと心穏やかな道を選べたのかもしれない。そう思ってしまう時がたまにある。

だけど私は戦場(ここ)に帰ってきた。

目的のために、あの場でもっとも強者の素質を感じた狼の目を真似たつもりだったのに、ロアンはそんな私を認めなかった。

私は人殺し(おおかみ)になんかなっちゃいけなかったの?だけど私には他に選ぶ道がなかった。お父様たちをあんな目に遭わせた連中を殺したくて、殺したくて、殺したくて……

 

 

 年季の入った船、ヒエンは見事、小柄な体に見合わない健脚で敵の虚を突いてみせた。

地上ではアーク一味の主力たる面々がさながら怒れる象のごとく暴れ回り、列車砲に待機していた対白兵戦の人員を次々に食い散らかし、狙い通り運行用の人員を引きずり出していた。

あまりに上手くいき過ぎて気味が悪いけれど、これがアーク一味の力なのだと私は再認識した。

そして、ヒエンで突っ込む私たちを止めるために臨時で対空砲に()いた兵士たちは慌てふためいていた。

 

 

――――ヒエンが突撃する数分前、列車砲グラウノルン指令室

 

 轟々と呻るエンジン音に包まれる中、ミルマーナを知り尽くした男が戦場に変貌していく森を見て眉間にシワを寄せていた。

「ギオネス指揮官、左舷後方より高速で接近中の船あり!」

「…やはりそう来たか。対空砲の準備はどうだ」

「問題ありません。いつでも撃てます。ですが標的が小さく、迎撃は難しいとのことです!」

「アークたちの侵攻も押さえられません!」

「アークは気にするな。じきに消える。今は船にだけ集中しろ…いや待て。小さい?シルバーノアじゃないのか?」

「はい、小型の民間機のようです!ですがおおよそ300ノットはあり、こちらの装備では対処は困難かと」

なんてことだ。だからあれほど空への警戒を怠らないよう進言したんだ。……それとも、このシナリオも将軍たちの筋書き通りなのか?

俺たちは捨て駒にされた。

そんな疑念が思い浮かんだが、少なくともヤグンにそのつもりはないようだった。

『バカを言う暇があるのなら奴らを一匹でも仕留めてみせろっ!!』

アレは確かに冷酷で周到な奴だ。大抵の勢力は抗うこともままならないだろう。だが、一度頭に血が昇ると途端に周りが見えなくなる。補いようもない弱点だ。

『……いいか、もしもこの作戦に失敗するようなことがあれば、私が思いつく限りの苦痛をキサマに与えてやる。いいな?』

とてもじゃないが上に立つべき人間じゃない。

それでも上司を選べないのが軍人の悲しき運命(さだめ)。誰かを()らなければ自分が殺られるだけ。

「やるじゃないか、アーク一味。この列車に正面から挑まないのは賢い選択だ。なんぞ臆病な清掃員に入れ知恵でもされたか?」

そんなくだらない運命に晒されてもなお、俺は笑っていた。

あの日の襲撃の時ですら自分の役目を果たせず激昂していたというのに。今の俺は愛してやまない祖国を穢すことに快感を覚えている。この醜い砲台で美しい森をさらに破壊したい。その機会を与えてくれるお前たち、そしてヤグンのことが愛おしくて堪らないんだ。

 聞くところによると、あの死にそびれた王女が帰ってきているらしいじゃないか。

くっくっくっ。ロアンよ、風は今お前に向いている。無様に生き延びたお前が勝つか、それとも新たな人生を手に入れた俺たちが勝つか。賭けようじゃないか。

 

かつて森に愛され、森を愛した男は愛するものとの死闘に心からの笑みを(こぼ)していた。

 

 その頃、彼らにとって悪魔とも呼ぶべき者たちが高速ですれ違う船から身を投げ、当たれば即死の射線を掻い潜って獲物の背中に飛び移っていた。

「ウソだろ……」

一匹は青い(たてがみ)の狼に乗って。一匹は子どもの工作のような鉄のカカシに乗って。残りの二匹はさながら本物の悪魔のように身一つでやって来た。

「道を開けるなら今の内だぜ?」

赤いバンダナを巻いた小柄な悪魔は着地の衝撃なんて感じさせない気軽さで機関銃に対し剣一本を握り締めて詰め寄ってくる。訓練とはまるで違うその異様な光景に兵士たちは恐怖し、自らの声で喉を引き裂かんばかりに叫んだ。

「よ、よ、寄るな……寄るな!寄るなぁぁあ!」

 

ズガガガガンッ!!

 

「バカ野郎が」

あろうことか小柄な悪魔は左手の指輪を光らせたかと思えば、秒間70発以上を発射する50ミリ口径の弾を剣ではなく素手で弾いてしまった。

そこから先は宣告した通り一切の容赦はなかった。悪魔は異質な炎を(まと)い、敵兵を一方的に斬りつけた。彼らは皆、獣のごとき業火に爪を立てられ、断末魔を上げながら列車から滑り落ちていく。

 人が死ぬところなんてもう見飽きた。力を手に入れるために何人も殺し、実験台にしてきた。そんな私でも何かが燃え上がる様を目にしたなら無性に劣悪な感情が込み上げてくる。

 

 そうして銀狼が持参した爆薬でハッチを破壊し、潜入する。まるでそういうマニュアルに従っているかのように、やはりすんなりと事は進んだ。

中は予想に反して静かだった。唐突に、銀狼とエルクはほぼ同時に歩みを止めた。

「どうしたのよ」

「罠だ」

「罠?何も見えないけど?」

それもそのはず。エルクたちは肉眼で見えるはずのない赤外線を指して言っていたのだ。エルクは経験と直感から。銀狼は鉛色が縦横無尽に走る雑多な景色の中から小さな照射口を見つけ出して。

「どうするの?」

それはロアンの情報にもなかった。つまり敵は彼の存在を逆手に取って私たちを困惑させようとしているということ。だけどそれは銀狼にとって躊躇(ためら)う理由にはならなかった。

パンッ!

なんの工夫もなく撃ち抜くと当然、艦内には銃声と共にエラー音が鳴り響いた。けれどそれで敵兵が現れるようなことはなく、音もすぐ鳴り止んだ。

「ワシなラそもソも敵に気ヅカレずニ処理できたノに……」

そのために連れてきたはずのヂークは自分の担当を任せてもらえず、まるで人間の子どもが爪を噛むように口?に指先を当てた。

「今さら気づかれるもなにもねえだろ」

「ワシダッてカッコいいトころヲ見せタいノニ……」

結局、その後も銀狼は問答無用に罠を破壊しながら進んだ。するとついに痺れを切らした敵兵が直接襲いかかってきた。

奴らの姿を認めるや否や、銀狼と魔女の狼が同時に飛び出し、遅れてエルクがそれに続いた。二匹の狼は通路を縦横無尽に駆け回り、兵士たちの銃はオーケストラの指揮棒のようにただただ右往左往するばかり。

そして数十人の指揮者たちは全員、演目が終わる前に自らの鼓動を永遠に止めてしまった。

「どうして一人も生かしておかないの?これじゃ情報を引き出せないじゃない!」

ロアンの情報に信憑性がなくなった以上、現地で補填(ほてん)していくしかない。それなのに……

「キャンキャン騒ぐなよ、うるせえな。そんなの、必要がねえからに決まってんだろ」

「え?」

「見ろよ」

エルクが顎で指した先には敵兵から奪取した端末を意気揚々と口に咥え、中枢システムに潜り込むヂークの姿があった。

「いけたか?」

「当タリ前だ、ワシを誰ダと思っとる。最強ダゾ?」

1分も経たない内にヂークは艦内すべての罠を解除し、ついでに指令室に向かうまでの昇降機とハッチの制御権を取得したと言う。

「余計なことをしなきゃもう少しまともにやり合えたかもしれねえのに。アイツらはただただ自分の首を絞めてるだけなんだよ」

彼らは効果的に敵にダメージを与えていた。私が誰かを呪い、操るよりも遥かに手早く、正確に。

それが、悔しかった。

 

 艦内に、彼らの「敵」と呼べるものいなかった。炎の御子は指輪を光らせずとも――銀狼には劣るけれど――超人的な身体能力で敵をねじ伏せた。魔女の力もしかり。彼らもまた、「アーク一味」を名乗るに相応しい化け物なのだ。

そして、彼らがねじ伏せた敵の中には私の知っている顔がいくつもあった。

「まさかここまでたどり着けるとは思いませんでしたよ、サニア王女」

「ギオネス……」

指令室に辿り着くと、かつて私たちに忠誠を誓った人が私に銃口を向けていた。

「……ヤグンは?あの卑劣漢はどこなの?!」

「ハハハ、まさかヤグン様を探してここへ?あの方の身分を考えたなら、こんな緑しかない退屈な場所におられる訳がないでしょう?」

「ヤ、ヤグン、様……?」

思わず動揺を顔に出してしまった。それに気づくと彼はわざとあの男にそっくりな下卑た笑みを浮かべてさらに私を苦しめた。

「ええ、()()()()ですよ。私はギオネス・ヒルバ・オット・ノーマ。ヤグン様の忠実な部下であり、ミルマーナを、この森を破壊することに劣情を覚える卑しい魔物です」

「本気、なのね?」

「信じられないと言うのでしたら手始めにアジャールを火の海に変えてみせましょうか?あの日のように。そうすれば貴方も思い出す――――!?」

黒いカードが風を切ってギオネスの頬を(かす)めた。背後のモニターを割り、黒い煙を放つソレと私の顔を見て彼はこう言った。

「くっくっくっ、噂通りだ。貴方は我々よりも先に闇に堕ちていた。本当に、笑える……。こんなことなら再興や復讐など無駄なことを考えず、私ももっと早く楽になるべきだったよ」

責任感の強い精悍(せいかん)な顔立ちが崩れ、枯れ木の怪物のような醜い姿を現した。さらに彼はどこまでも故郷をバカにしようと部下たちを森の精霊を模した魔物に変えてみせる。

「サニア王女、もはやこの地に貴方の居場所はない。ならばこれ以上苦しまぬよう私がトドメを刺してやるのが筋だろう」

私は言葉を返さなかった。これ以上、彼を受け入れられなかった。

合図を決めていた訳じゃない。けれどもエルクたちは私がナイフを抜くと同時に床を蹴り、炎で彼らを焼いた。

「…今のミルマーナは呪われている。貴方と同じだ……」

彼らはエルクに敵わない。あの日のヤグンの部下がそうだったように。

ただ一つあの日と違うのは私がバルバラードから呪いを学び、師から受け継いだナイフで自分の家臣の額に突き立てていることくらい。

「こんな所、さっさとブッ壊しておさらばしようぜ!」

「……」

突き立てたナイフを引き抜くと無性に怒りが込み上げ、何かにぶつけたい衝動に駆られた。気がつけば()かす猿の言葉を無視して訳もわからずに操作パネルを(いじく)り回していた。すると彼は私の腕を掴んでこう言う。

「いいんだな?」

「……ええ」

彼は私の返事を受け取るとそれ以上何を聞くでもなくヂークベックに砲台を軍本部に向けるよう指示した。

「できるか?」

「いい加減ニセいヨ。誰ニ口を聞イトル。そンナの朝飯前に決マっとるダロうガ」

ヂークは指令室をたった一度見回すと、迷うことなく一つのパネルを叩き始める。まるでグラウノルンと会話でもするかのように淀みなく。

「残弾すべテ打ち込むゾ。いイナ?」

「…待って!……どれを押せばいいの?」

ヂークに言われたボタンに指を置いてみる。とても重くて到底、私の力じゃ押せないようにも感じられた。

 

――――行け

 

そんなことはない。今の私にならできる。……あの家をこの手で燃やすことくらい。




※師母(しぼ)
造語です。父のように慕う先生、「師父」の母バージョンだと思ってください。
(ただ、中国語にはこの言葉が存在するようで、師父の妻という意味だそうです)

※ノット
ノット(knot)とは、1時間に1海里進む速さの単位(1ノット=1.857Km/h)のこと。

※前回に引き続きギオネスについて
二次創作だからと彼の設定を大きく変えてしまったので、口調が原作と大きく違っていますがご了承ください。

※ギオネス→原作では明記されませんでしたが、おそらく闇の道化師だと思います。
ギオネス・ヒルバ・オット・ノーマはもちろん創作です。
※森の精霊を模した魔物→原作のグリムロックのことです。

※そんなことはない。今の私にならできる。……あの家をこの手で燃やすことくらい。
原作ではどういう設定なのかわかりませんが、ミルマーナ軍本部はサニアの住んでいた宮殿の跡地、焼け落ちた跡にも増設されたことにしています。

※ホンマのあとがき
おおよそ8000字と長めですが、現在の目標として、いちパートだいたい6話以内で収めたいと思っているのでご了承いただければと思います。
かなり切り詰めたんですがそれでもこれが限界でしたm(__)m
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