聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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方舟に乗れなかったモノたち その一

 ミルマーナには「緑の国(ミルマーナ)」を象徴する双子が存在する。

どこまでも広がる深い森、鏡のようにこれに寄り添う海洋。二つは紺碧で国を染め上げ、そこに根付く命を静かに支え続けてきた。

 そんな紺碧の双児の揺り籠のように広がる白い砂浜が、雲の波間を掻き分けて現れた一頭の白鯨を優しく受け止めた。けれども鯨は群がる十数匹の小魚たちを懐に抱きかかえるとただちに手足を唸らせ、慌ただしく空へと帰っていった。

空高く潜っていく鯨は巨体に見合う風で砂浜をかき乱し、水面を泡立たせる。

その慌ただしさはさすが「犯罪者」と言ったところか。しかし海と砂浜、そして森の木々は懸命に飛び回る彼らを励ますようにいつまでも手を振り続けるのだった。

 

 空を舞う白鯨、シルバーノアは家庭用ボイラーに仕掛けた発信機を頼りに、命からがら海底から逃げ延びた彼の仲間たちの回収に成功していた。

そして、彼の舵を切る品のない主人もまた、お得意の卑しい笑いで彼らを迎え入れるのだった。

「ガッハッハッ!お前さんらときたら、そんなに命を危険に晒すのが楽しいか?心配を通り越していっそ愉快じゃわい!」

シルバーノア作戦会議室、一行は疲労の残るその体に鞭打って次の作戦を確認するためにその場に集まったが、彼らは兄弟の心身が健康かどうかを知るため、どうしても恒例のじゃれ合いを挟まずにはいられないらしかった。

チョンガラが煽り、トッシュがそれに吠えてあっという間に見慣れた光景を生み出した。

「はっ、そんなに可笑しいかよ。だったらテメエも次は雲みたくプカプカ呑気に浮かんでねえで俺たちと(おか)で暴れてみるか?」

「ガァッハッハッ!生憎とワシは今のやり方がすこぶる性に合っとってな。慎んで遠慮させてもらうわい」

「……チョンガラ、次の目標は?」

互いに噛みつき、ひと段落ついたのを見計らうとアークは次のじゃれ合いが始まる前に「作戦会議室」の名に則した話題を投げかけた。

「無論、当たりはつけておいたぞい」

聞かれた艦長は大きな体を左右に振りながら部屋の一番奥に貼り付けられた世界地図まで進むと二つのピンを立て、自慢げに答えた。

「二つも?」

「なんじゃいなんじゃい、どこかのトサカ頭と違って少しばっかりワシが有能過ぎたか?なあ、ニワトリ侍や」

「ブタが調子に乗るんじゃねえぞ」

「ふ、二人ともケンカは止めなよ……」

気弱で真面目なポコを巻き込んで再びじゃれ合う彼らをよそに、アークは二つのピンをジイッと睨みつけていた。

 一方はミルマーナの西隣、砂の大国バルバラード。もう一方はエルクたちの出身アルディコ連邦の南に隣接する亜熱帯の国アミーグ。

確かに、その二つの国はアークたちが行動を起こしてから一度たりとも手をつけたことのない場所だったし、それぞれの国が持つ特色は「隠す」という意味でかなり良い条件なように思えた。

「どうするよ、また二手に分かれるのか?」

「ガルアーノに続きヤグンを落としたことで奴らの中で俺たちへの警戒心は格段に上がっている。今まで通りという訳にはいかないだろう」

「まあ、そりゃそうだよな。言いたいことはわかるぜ。それで、我らが大将はその攻略まですでに見立ててたりすんのかい?」

仲間たちの期待に対し、アークは深く頷いてみせた。エルクやシュウのような頼もしい仲間を迎え、アークは以前にも増して選択肢が増えたことを実感していた。

 

 もちろん彼らの象徴として最前線に立つ。それが自分の使命だと思っている。けれども幸か不幸か事態はそういったレベルの話ではなくなっていた。

ただ先頭に立ち、剣を振るうだけが彼の仕事ではなくなってきていた。

……皮肉なもんだな。今なら父さんが何も言わずに一人で闘っているのかわかる気がする。

彼は心の中で独り()ち、自分の身勝手さを鼻で笑った。

「各個攻略するが陽動と実動の二組に分かれる。そして今回、陽動側は一切変装しない」

「……念のために聞くけどよ、その囮の中にアンタは入ってないんだよな?」

その場にいる全員の疑問にアークは不敵に笑って返した。

「一番敵の目を引く奴が囮から外れてちゃ意味がないだろ?」

「……マジかよ」

賞金稼ぎを生業(なりわい)にするエルクの目に彼の笑みは勝機を見いだせないがために仲間もろとも無理心中を計画しているように見えた。

国際テロ組織「アーク一味」。彼らに掛かった賞金は首一つのためにその後働けない体になったとしても十分にお釣りのでる額だった。

「正気じゃねえよ。アンタら、賞金稼ぎをまともに相手したことあんのか?」

「あるに決まってるだろ。あれだけ大々的に宣伝されてるんだぞ?彼らに悩まされたのは一度や二度じゃないさ」

「だったら俺たちがどんなイカれた人種かもわかってるだろ?一度ターゲットが金に見えちまったらどっちかがくたばるまで一切容赦なんかしねえクソが付く亡者だぜ?」

「エルク、俺たちが一般人に負けるとでも?」

「バカか、その逆だよ。アイツらは『賞金稼ぎ』って肩書きを背負っただけの犯罪者で理性も実力差も全部バリアフリーになっちまってんだぞ?そんな連中を前にしてもアンタらは()()()()()()()()()()()()って聞いてんだよ」

どんな金の亡者でも初めから命を無駄にしようとする者はいない。けれども打つ手が限られれば限られるほど彼らは大胆になる。人質しかり、情報操作しかり。一つ行動を間違えれば勇者一行の真の敵はアンデルや賞金稼ぎではなく本来護るべきなはずの一般人ということになりかねない。

賞金稼ぎはそういった究極的な他力本願を得意とする人間の集まりなのだ。

「なるほどな。確かにそういった奴らへの対処に関して()()()()不慣れかもしれない」

「……おいおい、いくらなんでもそれは丸投げし過ぎだろ。俺たちは何でも屋じゃねえんだぞ……」

言いながら、自分やシュウもまた「金を積まれれば何でもする賞金稼ぎ」だということを思い出し、グウの音も出なくなってしまった。

 

「エルク、大丈夫よ。もし本当に手に負えなくなったら私も手を貸すから」

「……リーザ、お前、マジで言ってんのか?」

リーザのそれはつまり「人間に対して魔女の力を使う」ってことだ。あんなに人の心を壊してしまうかもしれないってビビってたリーザが――近頃はある程度の制御ができてるみたいだけど――、こんなにも積極的になるなんて……

「はっ、アルディアの異名持ちが何をそんなにビビってんのさ。前にアタシにいいように弄ばれて自信をなくしちまったかい?」

そこへ追い打ちとばかりにシャンテがリーザの意を汲んで()()()()()()()をするものだから、反射的に口がそれに応えちまってた。

「ナメんなよ、アイツらのやり口を何万回見てきたと思ってんだ。バカの扱いは骨の髄まで沁み込んでんだよ」

「じゃあ決まりだね」

結果的に俺の言葉は「二つ返事」に捉えられ、それ以上駄々をこねるのがひどくカッコ悪く思えた。

 

 アーク、エルク、リーザ、シャンテ、ポコを陽動班に、グルガ、ヂーク、ゴーゲン、トッシュ、サニア、イーガを実動班に編成して話は実際にどう攻略するかに移っていった。どちらの班にも編成されなかったシュウは完璧なフリー枠。彼自身の判断に任せた支援班にわけられた。

 そして、ミルマーナでひと騒ぎ起こした彼らは状況の読みにくい隣国バルバラードを避け、影響の薄いアミーグから攻略することにした。

「ねえ、エルク。アミーグってどんな所?」

基本的に外の世界を知らないリーザの純粋な好奇心は目的が戦争でさえなければと思うエルクを悩ませたが、それと同時に前向きな彼女の姿は彼の戦争への意識を少しだけ薄めた。

「一言で言えば空気が美味しいだけのザ貧困国だよ。『神の塔』って遺産がなけりゃどの国からも見向きもされないような、な」

神の塔、国の南部を並走する二つの山脈に挟まれて建つ超高層の塔。雲も()こうかというそれがアミーグ唯一の財産でもあった。

目視で確認されている高さは約300m。「目視」というのは頂上への到達はおろか、一層として上へ進んだものがいないため、正確な高さが計測できないことを意味している。

外壁を伝おうとした者、航空機を利用しようとした者もいたが、建物が発していると思われる謎の斥力(せきりょく)がそれらをことごとく阻んできた。しかしてその(いただき)には空を写し取らんばかりにスカイブルーの輝きを放つ神秘的な鉱石が鎮座しているという。

 神の塔、この一点においてアミーグは特筆すべき遺産を有していると言える。だが裏を返せばそれ以外に他国がこの国に魅了される要素は一つもなく、世界の科学者たちが神の塔の調査を断念した今、他国からの支援を得る手段もなくなり、彼らは決して生活を満たしてはくれない痩せた土地と環境に左右されない陽気な気質だけで生き延びることを余儀なくされてきた。

さらに、これらの経緯から彼らの神の塔への想いは複雑で、国が大々的に管理することも(はばか)られている。それが現状だった。

たとえそこに奇怪な装置が一つ設置されていたとしても彼らがそれに気づくことはない。……そいうことだ。

 

「それで例の電波の発信源だが……」

「まぁ、言うまでもないわな。その神の塔じゃよ」

衆目を集めないという点ではうってつけかもしれない。だがタネが割れてしまえばそれは逆に候補が少ないというのがバルバラードとアミーグの欠点だ。

「けどどうやって叩くよ?塔に潜入はできても上に登る手がかり一つを見つけられた奴はいないってんだろ?」

神秘的な存在ゆえに毎年多くの「観光客」が挑むが、塔を囲む森や山脈には例に漏れず化け物たちがたむろしており、近づくことさえ命懸け。仮に塔に到達できたとしても未来から送られてきたかのような未知の構造物を前に冒険者、賞金稼ぎ風情の知識で対抗できるはずもなく、彼らは毎度ハイリターンだけを背負って帰還するのだ。

「おいおい、忘れたのか?こっちには3000年の叡智を持つ大魔導士様がいるんだぞ?すべて大魔導士様に任せればいい」

流し目で指名された老魔導士はため息交じりに答えた。

「やれやれ、都合の良い時だけ持ち上げよって」

「でもそのためにお前は俺たちの傍にいるんだろ?」

今まで「教育」という名目で散々難題を投げかけられてきたアークはここぞとばかりに笑みを浮かべてみせた。彼は悪趣味な老人へのささやかな復讐を果たすと振り返り、同じく「3000年」の肩書を持つ家庭用ボイラーの肩?を叩いた。

「お前にも期待しているぞ、ヂークベック。もしも塔が機械的構造をしていたならお前しか頼れる者はいないからな」

「おオ、おお!イいダろう、ワシにスベテ任せロ!イイや、任セロリ!」

上機嫌に冷却装置を働かせる家庭用ボイラーを乗せた船は山脈の手前で陽動班を降ろし、続いて塔に向かって飛び立っていった。

 

 山の麓にはモレアという名の村があった。しかし、そこは「村」と呼ぶべきかどうかも怪しいほどに荒れ果てている。

整備された道なんてものはなく、そこかしこに使い物にならない荷台や酒樽、その他もろもろが投棄されている。さらには野生のサボテンまでもが村のあちこちに自生し、村人以上に村人らしい風格を見せている。

 それでも村人たちは(たくま)しく生活していた。ジャガイモのようにゴツゴツとした顔つきに朗らかな笑顔。彼らは確かにその土地の水を飲んで育った顔をしていた。

「少し前までは例の『観光客』がたんまり金を落として村も栄えてたらしいけど、ブームも過ぎればこの様よ」

彼らはよそ者を歓迎する。かつての幸せもそうして得られたのだと信じて。

「それを聞くとあの顔一つひとつに一発お見舞いしてやりたくなるわね」

自らの手を汚して姉弟の命を繋いできたシャンテにとって、彼らの他力本願な姿を好意的に取ることはできなかった。

 そんな不毛な立ち話をしていると、どこからともなく彼らを呼ぶ馴れ馴れしい声が飛んできた。

「よお、アミーゴ!そんな所で突っ立ってどうした。困りごとなら俺たちに任せときな!」

声の主は、一見して悪質なツアーガイドと見抜ける怪しさ満点の男たちだった。

「そうだぜアミーゴ、なんたって俺たちはこの村のことなら何でも知ってる。おっと、この村の外のことにだって詳しいぜ」

「つまり俺たちにわからないことはないってことだな、ブラザー!」

「おおよ、その通りだぜブラザー!」

二人はとにかく声が大きく、質問しておきながら答えを聞かない自分たちだけで会話を進めるタイプの人種だった。

 一方はモスグリーンのソンブレロ(円形につばの広い帽子)とポンチョ、首に赤いスカーフを巻いたどこかチョンガラを彷彿(ほうふつ)とさせるような寸詰まりの無精ヒゲ。

隣のノッポは土地の風土にそぐわないインディゴブルーのスーツとハットを着込み、白いスカーフを口元に巻いてサングラスかけた姿はもはや――好意的に解釈してようやく「陽射しに弱いのかもしれない」と擁護できるレベルの――出来の悪いマフィアそのものだった。

「けどなブラザー、俺たちはまだ自己紹介もしちゃいねえ。だからアミーゴも目が豆鉄砲を食らっちまってるぜ?」

「おっと、こりゃあうっかりしてたな!」

ダミ声と妙な抑揚をつける二人の喋りはサーカス団の座長とピエロのようにも聞こえ、そのせいで一人の子どもの関心を強く引き寄せてしまった。

「俺は泣く子も黙る最強のガンマン、ゴメス!」

「相棒の歩くスーパーコンピューター、アントニオ!」

「二人を裏で操る真の黒幕。赤ずきんのちょこなの!」

 

『………は?』

 

寸詰まりの男は腰に差したリボルバーを空に向けて乱射し、インディゴブルーはハットを軽く持ち上げ紳士風の会釈をして特撮ばりのチープなポーズを決めたかと思えばそこに待ってましたとばかりに余計な役者が混ざってしまっていた。

「お、おう、アミーガ。どういうつもりだ?」

「どういうつもりだぁ?」

「いくら俺たちが男前だからってサインはお断りだぜ?」

「ううん、サインはいらないの。その代わりちょこと遊ぶの!」

「……おい、アミーゴ。なんでも知ってる俺たちだがベビーシッターは専門外だぜ?」

会話の主導権を取り返そうと()()()()()()()()を選んでいたエルクも、埒外(らちがい)の役者の乱入に頭を抱えてしまっていた。

「おいシャンテ、コイツはアンタの担当だろ。なんとかしろよ」

いまいち幼女の扱いがわからないエルクは早々に保護者を呼びつけるけれど、何か思いついたのか。彼女はイタズラっぽく笑ってその手を払いのけた。

「何言ってんだい。あんなに活き活きしてるってのにアタシが邪魔なんてできるわけないだろ?」

すると今まで「友人(アミーゴ)」と馴れ馴れしかったゴメスがそのリボルバーをエルクたちに向けて凄んだ。

「おい、何を揉めてるのか知らんが、俺たちをあまり甘くみない方が身のためだぜ。()()()()()()()()()()()よ」

「……」

よほど他に獲物がいないからか。こんなにも早く釣れるとはさしものエルクも予想していなかった。

間抜けにも銃を向けていい気になってる奴がアンデルの部下なわけもない。ギリギリ賞金稼ぎといった風体だが確実に小物専門だ。

だからこそ彼らの無駄に大きなパフォーマンスは彼らの耳に入りやすく、その役割を十二分に果たしてくれるはず。

()()()()()はアイドルだったの?ちょこもテレビに映れる?ちょこ、ファッションショーと大食い大会、どっちが似合うかな?」

無邪気だからこそウソは吐かない。二人組はアークたちがボロを出したと笑みを浮かべ、わかりやすく取引を持ち掛けてきた。

「アミーゴたちの身の安全は保証する。だがその代わり、それに見合う『お宝』を俺たちに貢いじゃくれねえか?」

「……だったらそのお宝の眠るダンジョンまでの道筋を教えてくれよ」

「おお、さすがは親しき隣人!話がわかるぜ!」

ゴメスの言葉にエルクの眉がピクリと跳ねた。

「隣人?なんのことだよ?」

「しらばっくれるなよ。アミーゴの装束を見るに、俺たちとそう遠くない血が入ってんだろ?だからよ、まあ仲良くやろうぜ!」

言われてみれば……。仲間の誰もが思った。エルクの赤いバンダナや羽飾り。大きくなってから彼が好んで合わせたという服飾の端々はどこか彼らと近しい民族的なものを感じさせた。

「……だったらなんだってんだ。あんまり調子に乗るなよ。テメエらはただ約束を守ってくれさえすればいいんだよ」

本人もまたそれを感じ取り、妙な居心地の悪さを覚えていた。




※斥力(せきりょく)
二つの物体がお互いを押し返そうとする力。

※アミーゴの装束を見るに、俺たちとそう遠くない血が入ってんだろ?
エルクの衣装はおそらくインディアン(ネイティブアメリカン)をイメージしたのだと思います。
アルディコ連邦がアメリカ合衆国だとすると、南に隣接するアミーグはメキシコもしくは南アメリカの西側、アンデス山脈の国々をイメージされているんじゃないかと思います。

同じアメリカ大陸の国なのでその民族衣装にもどこか似た雰囲気があります。
エルクの衣装も上半身丈の緑色のポンチョに羽飾り、赤いバンダナ。デザインや色使いがゴメスの服に似てるなぁって思っただけで大した意味はありません(;^_^A

※アミーガ
アミーゴがスペイン語で漠然とした「友だち」を意味するのに対し、アミーガは「女友だち」を意味します。
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