聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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方舟に乗れなかったモノたち その三

 空を高速で滑空する翡翠色の巨鳥はさながら戦闘機のようで、その非日常的な感覚は騎乗の少女の妄想をおおいに(はかど)らせた。

「すっすめ〜すっすめ〜巨大ロボ〜〜♪敵も味方もなぎ払え〜〜♪町を壊して経済回せ~~♪」

「ブ、ブラザー、これはどういうこった!?」

対して怪鳥にわし掴みにされスリル満点の遊覧飛行を体験するアミーグのチンピラ二人の精神は、いろんな意味で極限状態に陥っていた。

「何言ってんだ、ブラザー!これこそ俺たちの待ち望んだ神の(おぼ)()しじゃないか!」

「そ、そうなのか?…そうなのか!そ、そいつはクレイジーだな!」

「その通りだぜ、ブラザー!これからだ!これから俺たちは世界一の大金持ちになるんだ!」

「わははは、俺はてっきりこのまま羽でも生えちまうんじゃないかと思ったぜ!」

「そいつぁクレイジーだな!」

「だろ?」

『ワッハッハッハッ!!』

三人の意思疎通はチグハグで(かしま)しいけれど、大空を舞う三人の顔は誰の目から見ても幸せそうな笑みで満たされていた。

 

 

 

 

 

ビーーッ!!ビーーッ!!

 

――――感じる呼びかけ、暗転

 

頭が、熱い。……?冷却装置は?演算にバグでも生じたか?

化け物たちを薙ぎ払い、高山を越え、驕り高ぶった塔を目前にしていたはず。それが何かの拍子に視界が切り替わり、今は謎の合わせ鏡に挟まれている。

その鏡の中に、見世物のように(はりつけ)にされた私の姿が延々と連なって見える。

……「見える」?私は……誰だ?

鏡の中は際限ない闇で満たされ「私」はそこに埋まり、拘束されている。

高い湿度と腐臭、虫たちの這い回る音が検知できるそこで、身動きの取れない「私」は時おり悪夢から目を覚ますかのように再起動を繰り返す。

無論、そこに充填可能なエネルギー源はない。課せられた使命を思えばそれが「命令違反」だというのは明らかだ。事実、起動のたび視界一面に真っ赤なエラーコードが滝のごとく流れ、数分としない内に「私」は再び眠りに落ちる。

それでも「私」は数日、あるいは数年おきに目を開ける。そうしてツギハギの記憶が形成され、合わせ鏡のように不連続な「私」がフィギュアのようにそこに並んでいる。……「私」は何事かを期待していた。

 

 

 

――――予期せぬ衝撃、明転

 

「おいおい、ポンコツ!あのジジイのうんちくを遮るたぁ、お前もなかなか見所があるじゃねえか!」

とてつもなく耳障りながなり声に合わせ、決して頑丈とは言えない子どもの工作のようなロボットの後頭部?を赤髪の男が酒飲みらしい自分本位な態度で嬉々として殴った。

「……ビ?ガ?……こコハ、ドこだ……?」

明らかな「不調」を訴える音声。だがそれにも増して一行は、直前に見せた工作物の明らかな「変化」に眉をひそめている。その疑問をグルガが代弁した。

「ヂーク、お前今なにか私たちに大事なことを伝えようとしていたんじゃないか?」

けれども工作物は大男の言葉が理解できず、ついはぐらかしてしまう。

「な、ナんじャオ前ラ。いクラワシがカッこ良イカらッテそんナに見つめルな!金取ルゾ!」

問い詰める相手を間違えた彼らの視線はそのままトッシュへと流れていく。

「……な、なんだよ、俺のせいだって言うのかよ」

自覚があるだけに知らず知らず声をくぐもらせ、所在なさげに視線を泳がせている。

それを老魔導士がフォローすることで――それがゴーゲンなりの意地悪だとわかっていても――彼の居心地はますます悪くなってしまった。

「うるせえな、何かあったら俺が責任取ればいいんだろ!」

トッシュはミスを挽回しようと風を切って塔の中へと入っていく。その様子をヂークベックは不思議そうに顔を(かし)げ、サニアは念のためにもう一度だけ尋ねてみた。

「ナンじゃ、アイツは?」

「あんなの放っておきなさいよ。それより本当に何も思い出せないの?」

「……?」

「ううん、なんでもないわ」

 

 一方的な状況。何が起きたのか。何を求められているのか。何一つ理解する間もなく事態は進んでいく。

それは、3000年前から定められた「機神兵」という名を持つものの宿命。またの名を「消耗品」。それ以上でも以下でもない。

課された使命を果たせればいい。彼らに救いなど必要ない。彼らはそれを受け入れなければならない。

それが、彼らをこの世に産み落とした「神」の最大の罪だった。

 

 見上げても全容のつかめない高さを誇る「神の塔」。天を衝くそれは一見、石灰石のみで建てられた白一色の造りなのかと思いきや、中に踏み入ると足下は一面、謎の翡翠色の石で覆われ、数羽の天使と天上に建つ宗教的な建造物の画が彫られていた。

精緻(せいち)な描写はまさに神への畏敬を表しているように見えたが、これを見たサニアはそれとは反対の感想を添えた。

「こんな露骨な皮肉を見せつけるなんて、よっぽど『神様』とやらに恨みがあるんでしょうね」

「というと?」

「わからない?もしアンタが作者だったら足下に天使を描こうと思う?」

塔に入った者は必ずそれらの顔を踏むことになる。そういう意図があるとしか思えない構図だった。

「ふむ、なるほど。一理ある」

踏まれてもなお身を捧ぐ献身を尊ぶラマダの教えからすればそれは上に立つ者の(おご)りにも思える。しかし、彼らの背中には美しい「翼」が生えていて、それを踏みしだく行為にはやはり矛盾にも近い悪意があることだけは異国の僧兵にも理解することができた。

 さらに、彼ら全員が塔に踏み入ると翡翠の床は侵入者の素性を調べるかのように中心から縁へとスカイブルーの光が走り、直後、歓迎の(しるし)が現れた。

「これは?」

「さてのう。毒味役に真の意味で感想を聞くことができんように、物事っちゅうのはそれに触れた者にしか真意を推し(はか)れんものよ」

「……つまりアンタにもわからないってことよね?」

入り口の対面に人ひとりが収まる大きさの濃紺のサークルが二つ浮かび上がった。翡翠の床と同じスカイブルーの光が周期的に波打っている。それは一見して罠のように見え、光は彼らを誘惑しているように見えた。

だというのにサニアは率先して毒味役を買ってでた。

「…ゴーゲンの術もそうだが、やはりこの手の妙技はこちらの胆を冷やすものだな」

サークルの中心に立ったサニアはたちまち波打つ光に包まれ、光が中心に収束するや次の瞬間には跡形もなく消えてしまっていた。

「我々も先を急ごう。飛んだ先に敵の大群がいたのでは彼女には荷が重いだろう」

結果的に彼女がどうなったのか誰にもわからないというのに、彼らはそれが転送装置だと決めてかかり慌てる素振りも見せなかった。

彼らは初めから気づいていたのだ。老魔導士の「毒味役」などという表現が場を(わきま)えないジョークだということを。

「……行クのカ?」

「なんだよ、さすがの最強様も高い所は恐えか?」

「ば、バカ言ウな!ワシがコノ世で恐イのは落チナい錆トお前のつマラん冗談くらイダ!」

ヂークベックは息を巻いたが、その躊躇(ためら)いは隠せなかった。塔に入る直前、淀みのない()()()()()()で塔の情報を語った彼しかり、彼の異変がこの塔の攻略の鍵だと一行は何とはなしに勘付いていた。

 

「それにしてもあからさまよね」

予想通り彼らは待ち伏せを受け、それらを返り討ちにするとサニアは足下を踏み鳴らし甲高い音を立て、さらにはそこに転がる遺体を指してこの塔が口にするもう一つの皮肉を笑った。

「人間ってのはとことん見てくれに騙される生き物ってことよね」

甲高い音の主は、塔の入り口で見たあの翡翠の石材でもなければ「神」を敬う黄金色のそれでもない。床も壁も散らばる遺体たちも何もかもが味気なく、「工場地帯」を思わせる鉄臭さを漂わせていた。

 かつて人はこの塔の(おごそ)かな佇まいから、自分たちよりも上位の存在が住まう場所と信じて「神」の名を冠した。ところが実際は、本来、人間の支配下にあるべきモノたちの巣窟でしかなく、技術以外に優れたところのない鉄クズの集積所でしかなかった。

まるで、人間の想像力とは得てしてそういうものだと「神」にバカにされているかのよう。そして永年「神」と呼ばれてきた「鉄クズたち」は相応の違いを彼らに見せつけた。

「コイツら、戦い方がひどく人間臭くないか?」

この場の誰よりも戦争を知るグルガがそう溢した。

 鉄クズたちは体をバラバラに砕かれても執拗(しつよう)に彼らを襲い続けた。ちぎれた四肢はそれが一個のミサイルとなって床を這い、彼らの足下で自爆した。落とされた首は死体を装って彼らの足首に噛みつこうと隙を窺い、それが叶わなければ耳を(つんざ)くような大音響を吐き出して彼らの三半規管を狂わせた。

「怨念」、これまでのロボットになかった要素が目の前のロボットには確実に備わっていた。

それを目の当たりにしたゴーゲンとヂークベックは彼らとは違う反応を見せる。

「此奴らはかつてわしら七勇者の命を奪うためだけに造られた軍団。機神兵じゃよ」

老魔導士はソレら、もしくはソレら殺された者たちを想い胸元で十字を切り、自称「最強の機神」はその自惚(うぬぼ)れを恥じるかのように「ジジ……、ジジジ……」と眠り(スリープモード)に落ちようとしていた。

「ちょっと待てよ。このポンコツもそういう名前じゃなかったか?」

「ワシは……」

 

 

 

――――呼びかけ、そして暗転

 

なぜ目を覚ます。そこにいればもう二度と争いに憂うことはないというのに。「私」はそれを嫌悪していたじゃないか。だのになぜ彼らを待つ?

合わせ鏡の中の一体一体が私に聞こえない声で何事かを呟いている。

…わ……ア…を……、…し……いる…ら……

 

――――衝撃、そして明転

 

「そんなにしょぼくれんなよ。そのグロルガルデって奴もブッ倒しゃあなにもかも丸く収まるってことだろ?」

「……グロルガルデ?なんジャそリャ?」

それは敵か?味方か?それとも……?

「おいおい、待て待て。今度はそんなに強くやってねえだろうがよ」

確かに赤毛は軽く小突いただけだ。だから今回の明暗はそれとは関係ない。そうではなく、唯一「家庭用ボイラー」の本当の姿を知る老魔導士の手で密かに集められた「心臓の欠片」を受け取ってから調子がおかしくなっていたのだ。それに彼も気づき始めていた。

……何かがおかしい。……おかしい?ワシが?それとも私以外が?

ワシは最強の機神ヂークベック。勇者を護り、世界を救う機神団の長。

……世界を救う?何のために?

 

 

 

 相次ぐヂークベックの異変に一行が二の足を踏む最中、大きな大きな友人に運ばれてやって来たちょこたちは塔の前で「仲間」の絆を深めるのだった。

「ヘイ、アミーガ!いや、使者様!やっぱりアンタは只者じゃないと思ってたぜ!まさかケツァルまでお目に掛かれるなんて夢みたいだ!」

「……ちょこ、良い子?」

「ああ、もちろんだとも!俺たちは今、猛烈に感動しているぜ!」

心から喜び飛び跳ねる二人の姿は、少女をじわりじわりと満たしていく。そして居ても立っても居られなくなった彼女は笑いながら二人の手を引いてまっしぐらに駆け出すのだ。

「早く行くの!この魔王城にはキンギンザイホーも冒険もたくさん詰まってるの!!」

「その言葉を待ってたぜ!」

「ヒャッホーー!」

今の三人の世界には神も悪魔も存在しない。そこにあるのは視界一杯の、彼らのための「未来(たからもの)」だけ。

生きることに苦痛を感じる人々は忘れているだけなのだ。「未来」は笑うものにしか微笑まないと。

 一方、神や悪魔の存在を許し、ひたすら彼らに「平和」を訴えるゴーゲンやグルガらは機神兵たちを蹴散らし、塔の上を目指している。強敵という荒波を押し返し、上を目指し続ければ彼らを説得できると信じて。

そして今まさに「平和」に否定的な彼らが自分たちを引きずり下ろそうとしていると肌で感じていた。

 

――――体が、重い

 

諸悪の根源たるロマリア四将軍を二人も討ち倒した彼らにとって機神兵との戦闘は決して苦戦を強いられるものではないはず。であるにもかかわらず、彼らは確かに疲労以上の何かが体の自由を奪っているのを感じていた。

「老師、アンタの力でどうにかならないのか」

「はあ、なにをどうしろと?」

「何を?これ以上何を説明する必要がある。アンタの魔法で敵の仕掛けた何かを取り払うことはできないかと言っているんだ」

「……ふむ、できんことはないがちと骨が折れる。我慢せい」

老魔導士はここでも無類の強さを誇る。かつての恨みを晴らすかのように襲いくる機神兵を寄せ付けず、確実に()()()()仕留めていた。まるで塔を壊さないよう細心の注意を払うかのように。

同じような理由で彼は仲間の助けを拒んだのだ。仲間たちはそう思い、それ以上の追求は無駄だと諦めてしまった。

 一方、家庭用ボイラーは気怠さ以上に自分の中の不調(おかしい)が、仲間の力を借りて敵兵を破壊するほどに膨張していくのを感じていた。

「ちょっとアンタ、大丈夫なの?」

ゴーゲンの魔法で溶解する姿を見て、グルガの拳で押し潰される姿を見て、自分もまた彼らにとっての「異物」であるかのような感覚に襲われていた。

「……ワシは、最強ノ機神ジゃ……」

その後も塔は「平和」を望む彼らを嘲笑い続けた。

突然、進む足下に濃紺のサークルを出現させ、眠っていた機神兵たちを前触れもなく起こした。まるで軽いノリでコントローラーのボタンを押すかのように。人形遊びをするかのように。

その度にグルガは彼らを粉砕し、彼の中の光と闇の境はより曖昧になっていく。

 

私は、何のために戦っているんだ……

 

人形(ヂークベック)は不完全な心で本当の敵と対峙していた。

 

 

 

――――同刻、凸凹三人組はそこに広がる未知をこの上なく楽しんでいた

 

「あいたぁっ!」

「だ、大丈夫かい、使者様!?」

「平気なの。でもちょこ、何か押しちゃったみたい……」

床の出っ張りに足を引っかけたちょこはものの見事に壁に頭をぶつけ、その愛らしい額はいかにも意味深なスイッチを()()押してしまった。

それが偶然とはいえ、ちょこはその不可抗力がどんな冒険を招いてくれるのかと期待に胸を膨らませた。……けれども、待てど暮らせど危険が彼女たちを襲うことはなかった。少女はあからさまに落胆し、大きな溜め息を吐いて二人に理想を語って聞かせる。

「つまんないの。こんな時はお山みたいに大きなお岩さんがゴロゴロ~~って転がってきて、みんなで悲鳴を上げながら追いかけっこして、最後には落とし穴に落とされるのがダンジョン様への正しい作法だと思ってたのに」

「落とし穴……つまりお宝は地下にあるってことか、使者様!」

二人は伝説の巨鳥を操ったちょこにすっかり魅了され、彼女の言葉をいちいち都合良く深読みしては歓喜の声を上げ、的外れな行動を繰り返していた。

ちょこもちょこで、今回ハズレだったなら次こそはもっとすごいことが自分たちを待ってくれていると信じて疑わない。

「急げ、地下への道を見つけるんだ、ブラザー!」

「了解だ、ブラザー!」

「二人とも、死ぬ気で探すの~~!」

地下を目指す道中、三人はあちこちで見つけたスイッチを手当たり次第に押すけれど、それでも真の冒険は彼女たちの前に現れない。

「ぐぬぬ、ちょこにこんなに偽物を掴ませるなんていい度胸なの。こうなったら何がなんでも危ない目に遭ってみせるんだから!」

「了解だ使者様!スイッチ、スイッチだブラザー!もっとスイッチを見つけるんだ!」

「了解だぜ、ブラザー!」

彼らは夢にも思わない。そのスイッチ一つ一つが世界平和のために奔走する勇者たちの足を引っ張っているなどとは……。




※翡翠色の巨鳥(ケツァルコアトル)
原作のロックのことです(前回、注釈を入れるのを忘れていました(;^_^A)。

※飛行速度
旅客機でおおよそ時速900㎞、鳥のワシで200~300kmなのでその間くらい?を取りました。

※神の塔の高さ
原作ではそんなに高い描写はされていませんでしたが、バベルの塔的なイメージで今回、こんな風に書いてみました。

※「俺たちは今、猛烈に……」
ここまで書いてつい「熱血してるぜっ!!」って書きそうになってしまいました。世代ですねえ(笑)
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